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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第9話 「追う者たち 3/3」

 祠祭に見送られて教会を出てすぐ、セナは礼拝堂の扉の前で座り込んでいるロカルシュを見つけた。セナの頭に乗っていたフクロウが元の居場所へ戻っていく。


「セナー! 見て見てー。このワンちゃんかわいいー」


 彼は座り込んだ野良犬を後ろから抱き寄せてひたすらモフモフと撫でくり回していた。犬は満更でもないのか、されるがままである。


「へーへー、可愛い可愛い。ったく、アンタはお気楽だな」


「だって可愛いんだもーん」


 ロカルシュは犬に自分の携帯食を分けてやったらしい。見覚えのある包装紙が彼の腰袋からはみ出していた。


「犬とのじゃれ合いは終わりだ。行くぞ」


「どこへー?」


「住民の皆さんに聞き込み」


 教会に入っていく前に比べてやる気満々のセナは、服の裾を翻して人通りの多い市場の方へ向かっていった。ロカルシュも置いて行かれまいと立ち上がり、後を追う。


 彼はその途中で犬の方を振り返り、片目を開いて意味ありげな視線を送った。


「ありがとーね」


 すると犬は一声、ワンと力強く鳴いて自分も教会の前から去っていった。


「おいロッカ、何やってんだ」


「ワンワンにお別れ言ってたー」


 ロカルシュが素早くセナの横に駆けつける。ふんわりと、顔をしかめたくなるようなにおいが漂ってきて、セナは歩みを止めた。


「アンタ、余計にケモノくさくなったんじゃないか? 犬の他にも何か触っただろ」


「さすがセナ! 鋭い~。美人なニャンコさんの誘惑には勝てなかったのぉ」


「美人? アンタまさか、祠祭様との話聞いてなかったとか言わないだろうな?」


「聞いてたよー。見てなかっただけ~」


 言いながら、ロカルシュは服の袖口を鼻に近づけてにおいを確かめていた。


「そんなに気になるー? 私はそうでもないと思うんだけどぉ」


「アンタが気にならなくても、これから聞き込みかける相手にくさいって思われたら、聞ける話も聞けなくなるかもだろ」


 狼のねぐらで一晩を明かしたセナもそれなりににおうはずだが、時間が経ったおかげか、祠祭も気づかないフリをして我慢してくれるくらいには薄まっていた。


 だが、ロカルシュは駄目だった。このままでは彼を市場に連れていくことはできない。


「ムー。じゃあ私、街の外を回ってる狼さんたちの報告聞いてこよーっと」


「んだよ、また俺に全部任せるのかよ」


「ごめんー。でもまぁ、においのことがなくても私が一緒に行ったって、どうせ役に立たないよー?」


「アンタ、そのしゃべり方のせいでいっつも反感買ってるもんな……」


「年上に向かってその口のきき方は何だーとか、軽薄で信用できない~とかね。仕方ないのにねぇ」


「そういうこと自分で言うなよ」


「カシュニーに行った時なんて、獣使いってだけで街から追い出されそうになったし。やっぱあそこの人キライだなー、私」


「……あの矜持の高さがいただけない、ってのは分かるぜ」


 正しく接すれば、ロカルシュはとても優れた働きをしてくれる。それを知っているセナにとって、ロカルシュを差別的に扱うその地方の人間はあまり好ましいものではなかった。


 今だって十分に助けられているのだ。


 魔力の痕跡が見つからない現状、ロカルシュの獣使いとしての能力がなければ行き詰まっていたことだろう。


「役に立たないとか、そんなことないぜ?」


「適材適所ってやつだよー」


「ハァ……わぁったよ。聞き込みの方は俺がやるから、アンタは狼と──そうだな、適当に鳥も使って魔女の捜索網を広げてくれ」


「はーい。お任され~」


 ロカルシュの言ったとおり、セナは彼に適切な仕事を与えてその役目を果たしてもらうことにした。指示された途端に街の外へ走っていったロカルシュの背中を見つめ、セナは疲れたと言わんばかりに体を伸ばす。


「ったく、アイツのお守りも楽じゃねーな」


 少年はその役目にうんざりだと言いたいようだったが、表情と声はその反対を表していた。彼はロカルシュのお守り役にも(本人は決して認めようとしないが)やりがいを感じていた。


「ま、凡人には似合いの役目か」


 生まれ故郷では特別な目や魔法の才能を認められ、神童ともてはやされたが、世間に出てみれば自分のそれは凡庸の域を出なかった。


 フィナンが褒めてくれた射撃の腕も、同程度の人間は他に大勢いる。魔力の痕跡を見る「眼」にしたって、セナのそれはごく平均的なものだ。微かな痕跡でも読み取れる精密なものだったなら、少しは特別になれたかもしれないが。


 実のところ、セナはロカルシュの欠点を補うための人員でしかない。


「……ロッカには俺がいないとダメだからな」


 セナが卑屈にならずにそう言えるのは、事実としてロカルシュは彼がいないとまるで役に立たない人間だからである。ロカルシュの才能を引き出すのが自分の才能だと、セナは確信していた。


「よっし。張り切って行きますか!」


 セナは頬を叩いて気合いを入れ、自分の役目を果たそうと一歩を踏み出した。




 向かった先の市場は人で溢れ、周辺よりも気温が高いように感じた。


 体の小さなセナは人波に流されるようにして通りを進み、ある出店の前に辿り着いた。店主は陳列の箱いっぱいに野菜を詰め込んで、威勢よく客を引き込んでいた。


「すみません、ちょっといいですか?」


 店主は低い位置から聞こえた声にも愛想よく振り向き、


「おう、どうしたボウズ──ってその服、お前さんその年で騎士なのかい」


 目を丸くして驚いていた。


「ええ。端くれではありますが、これでも騎士をやってます」


「こりゃまた驚いたなァ。それで、小さな騎士様のご用は何なんだい? 買い物……ってわけじゃあなさそうだな」


「少しお話を聞かせてもらいたいことがあるんですが」


「おう。俺で役に立つなら何でも聞いてくれ」


 気っ風のいい店主は嫌な顔一つせずに頷いた。出だしから好人物に出会った幸運に感謝しつつ、セナは話を進める。


「人を捜してるんです。女の二人連れで、片方は黒髪でこの辺りじゃ見かけない顔つき。もう片方は金髪の大陸人なんですが」


 セナは魔法院が作った似顔絵を見せつつ、似たような人物に心当たりがないか確かめる。


「うーん。これじゃあ何ともなぁ。黒髪も金髪も珍しいもんじゃねえし。ってか、騎士様がお探しとなると何かい? この二人は何かエラいことでもやらかしたのかい?」


「詳細は申し上げられません、としか答えようがなく……すみません」


「まあ何でもいいけどよ。面倒な輩ならさっさと捕まえてくれよな」


「はい。そのように努めます」


 店主はもう少しだけならセナの聞き込みにつきあってくれそうだった。セナは若干早口になりながら先を続ける。


「ソラという名前を耳にしたりはしませんでした?」


「ソラ? いいや、聞かねえな。東ノ国風の名前みたいだが……」


「顔立ちもそちらの人間に似ているようです」


「それだとここいらじゃ珍しいな。見てたら覚えてそうなもんなんだが、どうにも記憶にねぇや」


「そうですか」


「力になれなくてワリィな」


「こちらこそ、お仕事中に失礼しました。ところでそこの林檎、一つ頂けます? 相棒が腹空かせてるんで」


「子どもが気ィつかうなって。一個ぐらい構いやしねぇから、持って行きな!」


 そういうわけにも……と言って代金を支払おうとするセナだったが、店主が再三断るので、お言葉に甘えて一つもらっていくことにした。セナは真っ赤な林檎を大切そうに両手に持ち、次へ、また次へと声をかけていった。


 街の住民だったり、行商に来ている商人だったり。子どもから大人、老人まで男女関係なく幅広く聞いて回った。


 返ってくるのは最初の店主と同じような答えばかりだった。


「東ノ国の人間に似てる、ねぇ? ここ最近はお見かけしないけど、半年ぐらい前に男女の二人組は見たことがあったわ。でも、騎士様が探しているのはつい最近来た人たちなのよね?」


「そうです」


「それだとやっぱり分からないわ。ごめんなさい」


 一度見た人間の顔を全て覚えている女将がいると教えてもらった宿屋でも、セナの聞き込みは空振りに終わった。


「これだけ聞いて何もなしかよ」


 セナは落ち込み気味に、街の外れにある公園で休んでいた。その耳元で突然、ホゥホゥとフクロウが鳴いた。


 セナは声を上げないまでも、かなり驚いた様子で座っていた椅子から飛び退いた。


「あは~。セナ驚いたぁ?」


「ロッカ! アンタな、俺がどこにいても見つけてくれるのはありがたいけど、毎度これはやめろよ」


「だってセナの驚く顔って面白いんだもーん」


 かなり失礼なことを言いながら、ロカルシュはセナの隣に座る。


「んで? 報告は?」


「もう街を出たみたいでぇ、西に向かってるってさ。空と地面、どっちも偵察出しといたよー。セナの方は何か収穫あったー?」


「そっか、ありがとよ。俺の方は全滅だ。いやまったく、どうやって隠れてたんだか……」


「変装とかしてたりしてー?」


「アン?」


「祷り様~」


「それか。アンタ、本当に話だけは聞いてたんだな」


「そうだよ。偉いでしょ~」


「はいはい、偉い偉い。だが、変装云々については現段階ではどうとも言えないな」


「女の祷り様一人に、護衛が二人。しかもどっちも男だって話だもんねー」


「そゆこと。気にはなるけど、今はまだ保留」


 座り直したセナは持っていた林檎をロカルシュに渡し、空を見上げた。ロカルシュは嬉々として赤い実にかぶりつき、同じように天を仰ぐ。


「ちな~。これから明日の朝くらいまで、また荒れるみたいだよ」


「市場の人たちも何かそんなこと言ってたな。午前で店じまいで商売上がったりだとか何とか。なーんか俺たち、天気にも見放されてねぇか?」


「こればっかりはどうしようもないねー。それでぇ、今日はどうするの?」


「大荒れの中、吹きさらしの野っ原を走るとか……考えただけでもゾッとするぜ」


 セナは腕を抱えて体を震え上がらせた。彼もさすがに昨日の今日で雪の中を無理に進む考えはなかった。ロカルシュはセナが大事を取って街にとどまる英断をしたことに対して拍手喝采を送った。


 それが大げさすぎて、セナとしては馬鹿にされているんじゃないかとも思ったが、ロカルシュが野獣のごとく林檎をバリバリと食べる様子を見て、本能しかない彼に限ってそれだけはないなと呆れ顔になった。

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