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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第6話 「祷り 3/3」

 窓から差し込む朝日に瞼を刺され、ジーノは目を覚ました。彼女はそのままの体勢で何度か瞬きを繰り返し、見たことのない天井を見上げていた。


 目覚める前の記憶を探ると、それは雪に覆われた街並みが斜めに傾いていくところで途切れていた。あの時はちょうど鼻から伝った血を拭って……そう、自分は魔力が尽きて倒れたのだった。


 ジーノは上半身を起こし、首を左右に振って周囲の状況を確認する。隣に置かれたベッドには兄が寝ていた。


 同じ部屋で寝るなんて何年ぶりだろうか。幼い頃には──両親を失った悲しみと寂しさから、よく一緒に寝てもらうことがあった。そうしてもらうと悪夢を見なくて済んだので、当時のジーノはエースの腕にしがみついて寝ていた。


 ジーノはベッドから下りると、兄の寝るベッドの横にしゃがみ込んでその寝顔を見つめた。


 自分とよく似た顔が、目を閉じて寝ている。


 彼の顔はきっと両親とも似ているはずだ。


 ジーノは兄の姿に父と母を重ねて目をつぶる。


 瞼を閉じて見えるのは、泥の中から這い出ようと必死にもがく両親の姿だった。二人はジーノと兄に向かって手を伸ばし、土を吐く口で何かを伝えようとしていた。


 ジーノはそのうち母親の方の手を掴もうとして、その一方で兄に手を引っ張られ、彼女の手は虚しく空を切った。茶色く、黒く……塗りつぶされていく両親の姿は、やがて押し寄せてきた土砂に流されて記憶の遙か彼方へ消えていった。


 それらが見えなくなると、また別の顔が血を吐いて……裂かれた首から言葉を漏らす。


 ──こんな、こと……も……。


 その声が最後まで聞こえたことはない。何を言いたいのかは分からないが、ジーノは血濡れの「彼女」の声が頭に響くと、胸がチクリと痛む思いをした。 


 この悪夢を思い出すのも久しぶりだった。


 もうほとんど見ることもなくなっていたというのに、今更になってよみがえってきたのはソラと出会ったせいもあるのだろう。


 ジーノは彼女に出会ってからというもの、ふとした瞬間に亡き人に思いを馳せることが多くなった。そのたびに、記憶の中に埋まっている棺と対面する。そして考えてしまう。


 小さな左手が短剣を握り、柔らかな喉元めがけて振り下ろされる瞬間を……。


「……」


 ジーノは固く目を閉じて眠るエースを見つめる。


 彼も悪夢で苦しんでいるだろうか?


 エースは師から与えられたお守りの両刃(もろは)を、毎夜胸に抱き込んで夢に落ちる。兄はその剣がなければ安心して眠れない。いつの頃からそんな風になってしまったのかは定かではない。


 少なくともジーノが一緒に寝ていた時期はそんなことになっていなかった。


「……っ」


 頭が痛い。


 ジーノは無意識のうちに、思い出してはいけない出来事に蓋をして心の奥底に仕舞った。そうしながら、思う。自分にも刃があれば、と。


 ジーノは枕元に置かれていた自分の腰袋から、古ぼけた短剣を取り出した。


 それは赤い錆が浮く、なまくらだった。


「ん……、ジーノ?」


 物音が耳に届いたのか、目を覚ましたエースがゆっくりと起き上がった。ジーノは短剣を慌てて荷物に戻す。


「おはよう、ジーノ」


「おはようございます、お兄様」


「もう起きて大丈夫なのかい?」


「はい。見てのとおり、すっかり元気です」


 その言葉を聞いたエースは安心した表情を浮かべた。ジーノは天井を見上げながら兄に問う。


「私、いったいどのくらい寝ていたのでしょう?」


「丸一日かな」


「一日……。ここはどこなのです?」


「麓街の教会で宿坊を借りたんだ。ソラ様は隣の部屋でお休みになっているよ」


「素性の方は……知られたら、これほど穏やかには目覚められませんね」


「うん。教会の方には何とか言い訳して、ソラ様は俺たち以外とはあまり話さない方だと伝えてあるから、それについては心配ないよ」


 エースは寝台から起き上がり、抱えていた剣を膝に置いた。


「それでも、なるべく早くここを発った方がいいと思うんだ。もちろん優先すべきはジーノの体調だけど……」


「それなら大丈夫です」


「分かった。そうしたら、あとはソラ様の具合を見てから、かな」


「ソラ様はどこかお悪いのですか?」


「昨日一日、祷り様として務めてもらったんだけど、そのせいで膝を痛めてしまったんだ」


「そうでしたか……」


 ジーノはもう少し自分の魔力が持てばと悔やんだが、そういうことを言うとエースが困った顔をするので、心の中で思うにとどめておいた。


 会話が途切れた頃を見計らって、部屋のドアがノックされる。


 遠慮がちに開いた扉の向こうから顔を覗かせたのはソラだった。彼女は用心のため、こんな早朝でもベールだけはしっかりと被っていた。


「おはよう。ジーノちゃん起きてるけど、もう大丈夫な感じ?」


「はい。一日休ませていただいて、十分に回復しました」


 ソラはベールをたくし上げ、ジーノの表情をよく見ようと顔を近づけた。


 顔色は良好、ぱちくりとする目にも隈はなく、はにかんだ彼女はいつにもまして美少女──否、美少年だった。


 元気なその姿を見て安心したソラであるが、彼女はスッと目を細めて穏やかな表情を浮かべると、ゆっくりと顔を逸らして兄妹から見えないところでニヤニヤと口を緩めた。


 やはり美しいものはいい……。


 彼女はこんな旅の中でも、眼福を噛みしめるだけの余裕はまだあったのだった。


「ソラ様、寝癖がひどいですよ?」


「やっぱ分かっちゃう? 隠れるからバレないと思ったんだけどな」


 ソラはベールを取り、ジーノの手と同じように髪を撫でつける。それでも彼女の髪は四方八方に飛び跳ねる。四苦八苦するその背中に、エースが声をかけた。


「そう言えばソラ様、膝の具合はどうです?」


「あ、それね。昨日貼ってもらった湿布のおかげで痛みはもうほとんどないよ。よく効くお薬でびっくりした。すごいねー」


「そうですか。安心しました」


 三人揃って体調も良いとなれば、ここに留まる理由はない。三人は互いに顔を見合わせ、同じタイミングで頷き合う。


「ここを昼前に発てば、夕方には着ける距離に少し大きめの村があります。教会は置かれていませんが、宿はあるでしょうから、今日はそこを目指しましょう」


「了解~」


「分かりました」


 今日の予定を決めてしまうと、三人はまだ少し眠さが残っていた瞼をしっかりと持ち上げて、思考を目覚めさせる。


 それから朝食を済ませた後、ベールを被ったソラも一緒になって修道僧たちに礼を言って回り、心ばかりの寄付をしてから教会を発った。


 太陽が覗く空の下、街を白く彩る雪がキラキラと輝いている。


「この分なら、天気は日暮れまで持ちそうです」


「魔法で風を避けなくても大丈夫そうですね」


「よっしゃ。お天道様の気が変わらないうちに、さっさと移動しちゃおう」


 エースの入り用で街を出る前に市場へ向かったほかに用事はなく、三人は概ね予定通りの昼前に街を出た。


 セナとロカルシュがソルテ村に到着したのは、ちょうどこの日の昼過ぎであった。

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