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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第2話 「王国騎士の二人 2/3」

「それで、魔女についての詳しい情報をいただきたいのですが」


「……特徴はそこにまとめておいたわ。そのうち似顔絵も上がってくるはずだ。それらをもとに各地の教会にも鳩を飛ばすつもりでおる」


 元老は机の上に放り出された一枚の紙を顎で示した。


 フィナンはそれを手に取って文字を追い、おぼろげながら魔女の輪郭を頭に描いた。


「魔女めはどのような魔法を使ってくるのでしょう?」


「それについては心配せずとも良い。あれには魔封じの腕輪がついておる。のう、祠祭よ。ぬしの方できちんと封じたのであろう?」


「は……!? は、い。それは、その……迎えに来られた魔法院の方にも、ご確認いただいておりますので、はい……」


 元老の眼光は研ぎ澄まされた刃のようで、睨まれた大祠祭の顔色はみるみる青くなっていった。


 よもや、魔女が恐ろしくて連れの青年に任せたなどとは言った日には首が落ちないとも限らない。肝の小さな彼は自分の首を絞める行為だと分かっていても、元老の言葉を肯定するしかなかった。


 幸か不幸か、周りは彼が元老に恐縮しているのだと誤解し、話を続けた。


「あれはつけた人間にしか外せないようになっておる。魔女はもうこの先、魔法が使えぬと考えて良かろう」


「では、もう一つよろしいですか。魔女の逃亡を手引きした人間がいたという話も聞いているのですが?」


「おお、そういえば魔女をここに連れてきた小娘が一人いたのを忘れておったわ。どこの者だったか……おい、祠祭や」


「ソ、ソルテ村の……教会の者です」


 大祠祭の言葉はそこでとぎれた。


 素直に小娘以外にもその兄が同行していたと言えばいいものを、彼は嘘の上塗りをして自らを追いつめていた。そしてさらに間の悪いことに、考え直して付け加えようと口を開いたときには話がトントンと先に進んでいた。


「見目はよいが頭は悪そうな娘だったのう。髪は金で、腰までの長さだ」


「一応、魔女たちの逃走経路を教えていただけますか?」


「……」


 元老は先ほどロカルシュが笑った窓を無言で指さした。


 その後ろで、大祠祭はもはや息をしているかどうかも定かではない様子だった。


 フィナンは壊れていない別の窓から外を見やって、セナに言う。


「セナ、『眼』を使えるか?」


「はい」


 フィナンと場所を代わり、セナははるか下の地面を見る。この高さから落ちたのでは、魔法を使わない限り助からない。


 セナは瞼を閉じて目に意識を集中させる。眼球を裏返し、網膜に映った風景を外に向けて映写するような感覚がやってきたところで、舞台を覆う緞帳(まぶた)をそっと開く。すると、彼の目には景色のあちらこちらで様々に交差する光の軌跡が映し出されて見えた。


 その中で、大窓から続く一筋が街の教会の方へと延びていた。


「見えました」


 セナは携帯していた手控えに素早く何かの模様を書き取り、仕舞った。


「型は覚えたんで、相手が魔法を使ってくれてる限りは追えますよ」


 その言葉に元老が目を丸くする。


「ほう、ぬしは魔力の痕跡を見ることができるのか。どのように見えるのだ?」


「魔法を使った人間を追うようにして、光の筋が見えるんですよ。その筋は使用者それぞれに異なる模様が描かれていて、それを照らし合わせて追跡していくんです」


「ふむ。獣使いの小僧はさておき、貴様は何とか使えそうだのう」


「……それはどうも」


「して、魔女はどちらへ逃げたのだ?」


「都を出て北へ向かったようです。隊長、ソルテ村というと、確か北限の集落でしたよね?」


 セナは元老の視線を避けてフィナンに目をやった。


「ああ。北の雪深い山に位置する村だ」


「雪ですか……。ロッカ、天気はどうなんだ?」


「んとねー、そっち方面はしばらくずっと天気悪いみたい~。下手すると吹雪の中に突っ込んで行くことになるんじゃないかなー」


「空から追えそうか?」


「風が強いと無理かもー。晴れ間を見て鳥さんたちに飛んでもらうけど、セナの目とあわせて地上から追跡する方が確実~」


「そっか。天気が悪いってんなら、魔女もどっかで立ち往生するかもだ。案外さっさと片づくかもな。イテテ……」


 セナは目頭を押さえて唸る。


「おい、セナ。大丈夫か?」


「いつものことですので、ご心配なく、調子こいて見過ぎました」


「お前さんの『眼』は使用時間に制限があるんだ。無理しないようにな」


 魔力の痕跡を察知する方法は千差万別であるが、「眼」に頼る場合、往々にして長く「見る」ことができない欠点がある。


 セナは魔力の痕跡が続く方角を記憶し、裏返っていた眼球を元に戻した。


 フィナンがセナと同じ方向を見やり、顎の髭を撫でる。


「さてと。そしたらいつ出発するかだが……」


「似顔絵が上がってくるまでは待機じゃな~い? どんな顔か分かんないと探すの大変だし」


「ロカルシュ。お前さん、この部屋を覗き見してたんなら魔女の顔は見たんじゃないのか?」


「虫さんの視界ってなかなか見づらいんだよね」


「つまり何だって?」


「よく分かんなかったー」


 しれっと答えるロカルシュに、フィナンは半眼になる。肩にとまっているフクロウの目をじっと見つめ、強い意志を持って見返してくるその視線にため息をつく。


「……ったく、肝心なところでポンコツだな」


「エヘヘー、ごめんごめん」


 声だけ聞くと本当に申し訳なく思っているのかどうか怪しいところだったが、眉を下げて後ろ髪を掻くロカルシュは、今回に限っては本気で謝っているようだった。


「仕方ない。そうなると似顔絵を確認してからの出発だな。この分だと、動けるのは明日の夜明けからか」


「何を言っておる。今すぐにでも出発せぬか」


「申し訳ありませんが、部下を危険にさらすわけにはいきませんので。特務の貴重な人材を吹雪なんかで失った日には、陛下に何と申し上げたらいいか分かりませんからねぇ」


 フィナンはロカルシュを横目に見て、肩をすくめる。


「放りっぱなしにしておくのが心配なら、雑にでも探索させておくよ~? 魔女さんたちだって夜はどっかで休むでしょ? 鼠さんなら家に一匹くらい必ずいるし、徒歩一日くらいの距離なら何とかなる──」


「おい、小僧」


 そこで元老が訝しげな視線でロカルシュを見た。


「ぬしに使役できるのは肩のフクロウの他にせいぜい一、二匹であろう? それをあたかも多数の使役が可能かのように……できもせぬことを言うでない」


 ロカルシュを見下すその言い様に反発したのはセナだった。


「元老。俺の相棒を不当に貶めるのはやめてくれませんかね。確かにコイツの態度は癪に障るが、その才能は希代のそれだ。通常、獣使いの陪臣契約は一個体、多くても三個体が限度だが、ロッカは違う」


「そうだそうだー。私の人格はともかく、能力は一級なんだぞぉ。たいていの動物とは仲良くできるんだからね~!」


 ロカルシュは下瞼を人差し指で引き下げ、舌を突き出す。


 まるで自らの手足のように動物を操る「獣使い」は金色の瞳を持って生まれるが、そもそも眼球を持たずに生まれてきたロカルシュはその性質ゆえか、群を抜いた能力を有していた。


「私はこの国どころか、たぶん世界随一の獣使いだよ! たくさんを同時に操るだけじゃなく、その効果が及ぶ範囲も並大抵じゃなく広いんだから~」


「ロッカ……それを自分で言うなよ。そんなんだから嘘くさいって思われるんだぜ、アンタ」


「ま、何であれこの時期にこの地方での夜間行動は命取りですから。追跡は明朝より開始ということで、ご了承いただきたい」


「私は隊長に賛成~。夜は眠いし、出発はお日様が昇ってからにしよっ!」


 ロカルシュは手を挙げて兎のように跳ねた。彼はもう寝ることしか頭になさそうな顔だった。


 それを忌々しげに見やり、元老が言う。


「ぬしら、くれぐれも魔女は生かして捕らえるのだぞ」


 老人のその言葉にセナが片方の眉を跳ね上げる。


「殺すなとおっしゃるのですか?」


「ああとも。ならぬぞ小僧。儂はあの娘に一度痛い目を見てもらわんと気が済まんのだ」


「服を汚された腹いせー? 性格わるーい」


「フン、何とでも言うがよい」


「しかし、相手は魔女なんですよ? 生け捕りにしろだなんて──」


「殺してはならぬ!」


 それでもなお食い下がろうとするセナを抑え、フィナンが最後の確認をする。


「そうしましたら、金髪の娘についてはどういたしましょう?」


「そちらはどうでもよい」


「では、私の方で判断いたします」


 それを最後に話は終わった。


 明日の夜明けまでには兵舎の方にも似顔絵が回るよう頼み、フィナンたちは大祠祭ともども元老の執務室を後にした。


 廊下を抜けて、昇降機の奥に大祠祭とロカルシュが並んで乗り込み、フィナンとセナがそれに続く。


「金髪の女はどうするんです?」


「さてなぁ。どうするか……」


「魔女を助けるような奴です。きっとろくな人間じゃないですよ」


「そう逸るなって。上にお伺いをたてて、後で鳩で伝えてやるから。それまで待ってろ。な?」


「……早くしないと俺、何するか分かりませんからね」


 蛇腹式の扉を閉め、操作盤に手を置くセナは真顔で恐ろしいことを言った。


 彼の瞳には憤懣と怨嗟が燃えていた。その炎は誰にも消すことはできない。


 誰も彼を止めることはできない。


 フィナンは金髪の娘について、早急に対処を決めなければならなかった。


 剣呑な雰囲気に包まれる二人の後ろでは、終始顔を青くし続けてもはや死体に近かった大祠祭をロカルシュとフクロウが突っついていた。昇降機が最下層へ着くと、すっかり魂が抜けてしまった大祠祭は釣り竿で吊られた人形のように意思のない足取りで籠を降りていった。


 外には馬車が待っていた。大祠祭は行き先を確認する御者の声が聞こえていないのか、それを無視して車の戸を閉めた。呼びかけても返事はない。御者は心配そうな顔をしはするものの、台に乗って馬の尻を打ち教会への進路を取って院を離れていった。


 馬車が城壁を曲がるのを見送って、騎士の三人は兵舎に戻るべく狭い道を引き返す。


「いやー、本当はお前たちにもプラディナムへ復興の応援に行ってもらうつもりだったんだが、とんだ面倒ごとを頼むことになっちまったな」


「ホントだよー。せっかく何年かぶりにお国に帰れると思ったのにぃ」


「アンタ、神子の職務を放棄して失踪同然で出てきたんだろ。帰ったところで歓迎なんてされないんじゃねえの?」


「そうかなぁ? まぁ、されないならそれはそれで面白そう。どの面下げて戻ってきたー! って追い回されるのも楽しいかも~」


「隊長。今更ですけど、ホント何でこんなヤツが騎士なんてやってられるんです?」


「さっき本人も言ってたが、人格はともかく能力は使えるんだな、これが」


「それは俺も認めますけど……」


「そしてお前の能力もなかなかのものだぞ」


「取って付けたような言い方ですね」


「何だよセナ、ずいぶんと元気がないな。この任務にはお前の力が必要不可欠なんだから、頑張ってくれないと隊長ってば困っちゃうぜ」


「……それ、ロッカの世話って意味なら怒りますよ」


「もちろんお前の目が、って意味だ。あと射撃の腕もな」


 振り向いたフィナンが歯を見せて笑う。こういう顔をされると全てを許してしまいたくなるのがこの男の厄介なところだ。


 何を言われても、どうしたって憎めない。


 セナは毎度のごとく言いくるめられ、頬を膨らませながら彼の後をついて行くのだった。


 兵舎まで戻ってくると、大浴場のあたりから湯気が立ち上っていた。


「はぁ~。早くお風呂入って寝よーっと」


 やはり寝ることしか頭になかったらしいロカルシュが、フクロウと一緒に風呂場へ飛んでいく。彼は吸い込まれるようにして脱衣場に入っていったかと思えば、入り口からひょっこりと顔を出してセナに尋ねた。


「そだ! セナは誰がいいー?」


「何の話だ、いったい」


「明日は誰に乗って行こーか?」


「普通に馬がいい」


「山犬さんに頼む? あの子たち足速いよぉ」


「話聞けよ。あいつらに乗ると股が痛いから馬がいい」


「じゃあお馬さんね! 寝る前に顔見に行ってこよーっと」


 そうしてまた素早く顔を引っ込め、そうかと思えば「着替え持ってくるの忘れてた!」と言って、荷物を置いている部屋へ駆けていった。


 セナはその後ろ姿をうんざりといった目で見、フィナンはそんな二人を微笑ましそうに眺めていた。

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