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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
38/153

第1話 「王国騎士の二人 1/3」


 旧領地時代に領主の住まいであった氷都ペンカーデルの古城は、現在では地方の行政を取りまとめる役所として使われている。敷地内には魔法院が隣接するほか、王国騎士が詰める兵舎も建てられていた。


 その兵舎一階、夕食の時間帯も過ぎて人もまばらな食堂で、一人の青年が落ち着きなく動き回っていた。


 銀の髪をふわふわと舞い上がらせ、堂の入り口から廊下をのぞいては、閉じた瞼をギュッと細めて眉間にしわを寄せる。彼の肩にはひっきりなしに頭を回す小さなフクロウが乗っていて、「ホゥホゥ」と壊れた絡繰り玩具のように鳴いていた。


「おい、ロッカ」


 また、食堂には青年の行動に苛立ちを露わにして貧乏揺すりをする少年もいた。


 色黒の肌にそばかすが特徴の彼は、年の割に低い声で青年に声をかける。


「なあ、いい加減にしろって。椅子に座って静かに待ってろよ」


 その呼びかけに気づいているだろうに、青年は一つ所にとどまることなく部屋の中を徘徊していた。食卓の調味料を全て逆さまにしたり(もちろん蓋はついている)、壁に掛かっている団旗を下からなめるように眺めたりと、とにかく忙しい。


「ロッカ……おい、ロカルシュ!」


 ロカルシュと呼ばれた青年は団旗を前に上体を横に曲げ、そのまま獣のようにしなやかな動きで少年を振り返った。


「なぁに? セナ」


 そして主人に呼ばれた犬のように少年──セナの元までやってきて膝の横でしゃがむ。


「アンタな、ちったぁ落ち着けよ」


「落ち着いたら帰ってもいーい?」


「いや駄目だろ」


 椅子に座っているセナは自分の隣の席を叩いてロカルシュに座るよう促す。ロカルシュはセナと空席を交互に見てしばらく考え込んだ後、素直に彼の隣に座った。


 これで少しは視界が静かになる。


 セナはそう思って気分をいくらかよくしたが、じっと座っていることのできないロカルシュはすぐさま後ろを向いて、座面に膝立ちになった。足をブラブラとさせるたびに、椅子の脚がギシギシと鳴る。


 セナの口元が引きつったのも知らず、彼は窓際に飛び移ったフクロウと同じような顔をして空を眺めた。


「セナー」


「……」


「ねぇ~! セーナー!」


「んだよ」


「なーんで私が魔法院の耄碌ジジイの頼みごとなんて聞いてやらなきゃならないのー?」


「それが仕事だからだ。つーか言い方に気をつけろ」


「むーりー。だって私、魔法院嫌いだもん。あいつらいちいち腹立つんだよね~」


「アンタ頭悪いんだから仕方ないだろ。あちらさんも同じように苛ついてんだよ。おあいこだ」


「まぁ頭は悪いよねぇ。それは認めるー。でも私が本気出せばこんな国乗っ取るくらい朝飯前なんだよ。セナってばそこんとこ分かってるー?」


「はいはい、分かってますとも。アンタは最高に頭の悪い馬鹿で楽しいこと以外やらないからな。できるっつっても、んな面倒くさいこと絶対にやらな──」


「ウフフ。最高かぁ、照れちゃうなー。セナのそういう正直なところ大好きだよー」


「人の話聞けよ。つかひっつくな変態」


「はーいヘンタイヘンタイ、たいへーん。ひゃ~!」


 セナは「やめろ」と繰り返し、自分にしがみつくロカルシュを引き剥がそうとする。だが、意外と筋肉質な彼からはそう簡単に逃れられなかった。仕方なく、諦めたセナはロカルシュのされるがままになる。


 一方で、素直な抱き人形を手に入れたロカルシュは上機嫌で、いつの間にか窓から彼の頭に移動していたフクロウも楽しそうに体を揺らしていた。


 そんなところに、食堂の入り口に髭面の大男が姿を現す。


「おっと! 大胆だなお前ら。こんなところで」


「フィナン隊長、やめてください」


 ロカルシュがセナを犬か何かのように撫でくり回す様を見て、二人の上司に当たるフィナンは片方の眉を上げ、冗談めかした顔つきで笑った。


「待たせて悪かったな。向こうさんもようやく落ち着いたみたいで、今から来いって話だ」


「私としてはぁ、ジジイがこっちに来ればいいと思うんだけどー?」


「杖つきのご老人にご足労いただくわけにはいかんだろ」


「座ってばっかで運動しないから足が悪くなるんだよー。痔になればいいのにぃ」


「まぁそう言わんでやれ。な?」


「むぅぅぅ……」


 立場が上の人間に対しても一切敬語を使わないロカルシュを、フィナンが咎めることはなかった。その代わり、いつも通りセナが彼に非難の視線を送りながら、フィナンに問う。


「ところで何の任務なんですか。追跡としか聞いてませんけど」


「それは元老から聞いてのお楽しみだ」


「じゃあ人選について。どうして俺らなんです?」


「そりゃお前……相手は魔法院なんだぞ? 少しは縁がある奴の方がいいかと思ってな」


「縁ですか。一年で放院になった出来損ないですがね」


「そう卑屈になるなって、セナ。俺に言わせれば、あそこに一年も在籍できたってのはそれだけで並じゃないんだぜ?」


「そうそう~。セナは魔法の使い方すっごく上手いしぃ」


「だよなぁ」


 少年は下を向いて、まんざらでもなさそうだった。


「セナってば照れてるぅ」


「うるせぇよ。つーかロッカ、アンタは元老相手に食ってかかったりすんなよ?」


「ええー? それはあっち次第~」


 ロカルシュは椅子の背もたれを掴み、海老反りになる。セナは彼の額をコツンと叩いた。その仕打ちにどこか納得がいかない様子で、ロカルシュが口を尖らせる。


「セナはもう、ジジイ側の人間じゃないんだからねー。王国騎士なんだよ、騎士ぃ」


「言われなくても分かってるっての」


「だったら私の味方してよぉ」


「そりゃアンタ次第だ」


「ぬぬぬ……」


 ロカルシュが口の中でうなる。フィナンは彼を立たせて、魔法院の建物がある方向を指さした。


「そしたら、そろそろ行くぜ。あんまり待たせるとご老人は小言がうるさいからな」


「はぁ~い」


 ロカルシュとセナはフィナンの後に続いて食堂を出た。三人は兵舎の脇道を通って魔法院の敷地へと向かった。目的の元老執務室は研究棟の最上階だ。


 昇降機に乗って五階へ昇り、突き当たりの大部屋。そこには元老のほかに、教会の大祠祭も来ていた。


「ようやっと来たか」


「お待たせしまして、申し訳ありません。お話にあったとおり、機動性と追跡能力に優れる者をそろえてきました」


 フィナンは胸の前で右の拳を握ると、深々と頭を下げてそう言った。


「たった二人か? こそこそと動くばかりが上手くても務まらんぞ」


 元老は半眼になってロカルシュとセナを見やる。


 その疑念に満ちた視線に気分を害したのは魔法院嫌いのロカルシュだった。彼は眉間に深々としわを刻み、歯茎を見せて不快を露わにする。


「嫌なら他に頼めばー? 私たちも暇じゃないんでぇー」


「こら、ロッカ」


「やーだー」


 咎めるセナの言葉も拒否して、彼はそっぽを向く。肩に止まっているフクロウも同じ方を向いて羽をばたつかせた。


 それを見て、元老はロカルシュがどういった能力を持つ人間なのか気づいたようだった。


「そうか……、時代遅れの蛮地で野放図に育った馬鹿が騎士になったと聞いていたが、ぬしのことか」


「ひっどぉーい。さすが鬼畜院の言うことは違うねー」


 案の定始まってしまった応酬にフィナンは米神を押さえる。そうしている間にも、二人の口論は続く。


「獣の血が混ざっておると口の利き方も分からぬか」


「ヤダおじーちゃんボケちゃった? 口の利き方を知らないのはそっちでしょ。何ぞ人に頼みごとするときは頭を下げろって、お母さんから教わらなかったー?」


「誰も頼んでおらぬわ。儂はぬしらに下知しておるのだ。早う逃げた魔女を捕らえよとな」


「へぇ! あのお姉さん(・・・・・・)、魔女さんだったんだ?」


 どこか嬉しそうにするロカルシュに対し、


「魔女、ですって?」


 セナはその単語を聞いて眉をつり上げ、顔に修羅を浮かべる。そこに見て取れるのは怒りと憎しみだった。


「そう。この世の災厄の根源たるその者が再来したのだ」


「魔女が……再来した……」


 セナは拳を強く握り込んで、胸に燃え立つ感情を耐える。


 その横でロカルシュは相変わらず、憎まれ口を叩いていた。


「おじーちゃん、何かやけにムキになってるけど、どうしたの? 魔女さんに何かされたわけ? あっはー、分かった。唾吐かれてお服が汚れちゃったんだぁ。くーやしー」


「こ、これ! そこな騎士! 何てことを──」


 これまで元老の後ろで黙り込んでいた大祠祭が見かねて口を挟む。が、その程度でロカルシュの勢いは衰えなかった。


「たかが祠祭のおじーちゃんは黙ってくれる~?」


「ヒェッ!?」


 もともと気が弱い質の大祠祭はビクリと肩を震わせる。彼はどうしたらいいのか分からず冷や汗をたらして挙動不審になることしかできなかった。


 仲裁役として全く役に立たなかった大祠祭を横目に、元老は小さく舌打ちをしてロカルシュを睨みつける。


「魔女のことといい、おぬしのその言いよう……よもや見ておったとでも言うのか」


「まーねー。虫さんを介してだと見えづらいし、声もよく聞こえなくて困るんだけどぉ。いやぁ、あれはスカッとしたよね~」


「卑しい獣使いめ。まさか他でも、このようなことをしているのではなかろうな?」


「それに関しては詳しく言えなーい。でも四六時中聞き耳立ててるなんてことはないから安心していーよ。そんなんしてたら疲れるし、虫さんだって案外暇じゃないしぃ。その時いる場所場所で気が向いたときにちょーっと見たり聞いたりしてるだけ。今回のはたまたま~」


 ニコニコと挑発的な笑みを浮かべ、ロカルシュは元老に背中を向けて室内を眺める。


「壁には大穴。床もすっかり焦げちゃってまぁ。それで、魔女さんにはこっちの窓から逃げられちゃったんだっけ~?」


 ロカルシュは板で塞がれている大窓を見て失笑した後、フクロウの顔を元老に向けて言った。


「やだぁ、こわーい顔。大丈夫ダイジョーブ。陛下ともちゃーんとお話しして、やっていいことと悪いことは決めてあるんだから。そっちが私のお国に何か仕掛けない限りこっちからは何もしないよ~」


「陛下と……だと?」


「ウフフー。私の能力ってあの人にとって重宝みたいなのぉ。いろいろと、ね~?」


 ロカルシュはその場でくるりと回って元老を振り向き、瞼の下から作り物の瞳を覗かせた。竜睛石の義眼。青灰色のそれは太古に存在したといわれる幻獣、竜の目によく似ていた。


 盲目のロカルシュは彼の目であるフクロウとともに、青の瞳を三日月のようにしならせる。


 その瞬間、老人は杖を突き出し風刃で彼を切りつけた。


 ほとんど脊髄反射の体でのけぞったロカルシュは、少し短くなった前髪を摘んでニッコリとした。


 その後ろでフィナンとセナが視線を合わせる。


「貴様、陛下を誑かしおったか」


「誑かしてはなーい。けど、阿呆院にはできなかったことだもんね。悔しいねぇ~。残念だっ──ぁたっ!?」


「ロッカ。終わりだ」


 口を閉じろと言って、セナがロカルシュの足を蹴った。


「痛いじゃん~。蹴らなくたってやめろって言われればやめるよぅ」


「嘘つけ」


 最初にセナの言葉を拒否したのはどこの誰だったか。ロカルシュはさっぱり覚えていないようだった。セナは呆れ果てて頭を抱える。


 フィナンはそんな少年の頭を優しく撫でて労い、


「ロカルシュの言うとおり、陛下もご承知のことですので。どうか大目に見てやってください」


 千慮に一得もない愚者の仮面を被って笑った。

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