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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第一章 ペンカーデル
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第24話 「氷都ペンカーデル 3/3」

 都に入ると、もう日は傾きかけていた。


「わぁ! 大きな教会だね~」


 都の教会はソルテ村のものとは比較にならないくらい大きかった。建物に入るとエースはすぐにスランから預かった書状を持って大祠祭に挨拶に行き、ソラとジーノは案内された宿坊で先に足を休めることになった。と言っても、歩いていたのはもっぱら馬の方である。苦労をかけた彼らには教会の厩舎で休んでもらっていた。


 部屋にはソラとジーノが寝る分のベッドと、団らん用の丸テーブルに椅子が二脚用意されていた。エースは隣に別の部屋を取ってもらった。ソラは荷物を下ろしてベッドの端に腰掛けると、靴を脱いで布団の上に寝転がった。枕を胸の前に抱えて天井を見上げ、吊り下がるランプをじっと見つめる。長柱状の鉱物は下半分を淡い暖色に輝かせて室内を明るく照らし出していた。


「いやぁ……なかなかに長旅だったね……」


「そうですね。私もこんなに遠出をしたのは久しぶりで、けっこう楽しかったです。ソラ様はどうです?」


「私も何だかんだ言って楽しかったよ。馬車だって乗ったの初めてだったし。ただ、最初の峠越えで馬に乗ってる時もそうだったけど、お尻が痛いのだけはちょっと辛かったかな」


 起き上がったソラが今も若干痛む尻を労っていると、ちょうど部屋のドアがノックされた。外から入室を伺ったのはエースだった。ソラとジーノが同時に「どうぞ」と言うと、エースがしずしずと入ってきた。


「お疲れさま、エースくん。で、どうだった?」


「すぐ魔法院に連絡を取ってくれるそうです。今日はどうか分かりませんが、明日以降の早い時機に面会できるようお話しして下さるとおっしゃっていました」


「じゃあ、とりあえず魔法院からのお返事待ちってことだね」


「はい。連絡は急告で出すそうで、今日中には返事をもらえるだろうとのことです」


 夕食後にでも分かるのではないかと彼は言った。そうなると、ひとまずその予定が判明するまでは暇である。


 ソラはある期待に胸を膨らませながらエースに聞いた。


「したら、この後はどうするの?」


「俺は今日お世話になる方々に挨拶して回ろうかと思っています」


「お兄様、私もご一緒した方がよろしいですか?」


「いや。ジーノにはソラ様のそばにいてもらおうと思ってる」


「はいはい、エースくん! じゃあその後は? できれば観光とかしたいな~と思ってるんだけれども」


「あ……それは、その。大変お気の毒なのですが、大祠祭様からソラ様の外出はなるべく控えるようにと言われてしまいまして」


「え。嘘でしょ?」


「ソラ様が魔法を使えないことも申し上げたのですが、やはり魔力の陰りを心配されているようです」


「そんな! 心配する必要なんてありませんのに……」


「いや、まぁ……そっか。ちょっと残念だな」


 外出禁止を言い渡されたソラは少し表情を暗くして背中からベッドに倒れ込んだ。視線を横にスライドさせると窓ガラスの向こうに薄く雲のかかった空が見えた。同じような雲が自分の心にも掛かった気がして、ソラはため息をつく。


 けれどここで駄々をこねるわけにもいかない。それをすれば周りの心証を悪くするだけだ。


「……うん、大丈夫。承伏しました」


 大人しく、大人らしく。


 一つ深呼吸をして、ソラは表情を元に戻して起き上がった。


「っしょ、と。それだとこの部屋からもあまり出ない方がいい感じ? 他の人を怖がらせるかもだし」


「重ね重ね、すみません」


「いいっていいって。気にしなさんな、お兄さん」


 心底申し訳なさそうに頭を下げるエースに手を振った後、ソラは膝を抱えた。こんな時はいったい何をしたら気が晴れるだろうかと考える。


 その問いに答えるようにして腹がきゅるると鳴り、ソラはとある思いつきに表情を明るくして顔を上げた。


「エースくん、一つ頼みごとしてもいい?」


「はい。何でしょう?」


「何か甘いものが食べたいのですが」


 何でもいいから、とにかく歯が痛くなるほど甘い物が食べたい。


「──はい! どうぞお任せ下さい」


 ソラの言葉にエースは快く頷いた。大祠祭の決定で逆らいようがないとは言え、自分の口からソラに不便を強いることを彼も心苦しく思っていた。そんなところにソラから頼みごとがあったのはありがたかった。それを叶えれば、エースの心に重たくのしかかる罪悪感も幾ばくかは軽くなる。


「挨拶回りの後になりますが、早速行ってきますね。ジーノ、ソラ様を頼んだよ」


「はい。お兄様」


 背中に垂れる金色の尻尾を翻して、エースは部屋を出ていった。


 そして彼は足早に挨拶回りを終えると、街の市場まで出向いてソラに頼まれていた甘味を買って帰ってきた。もっと時間がかかると思っていただけに、思いのほか早い彼の帰還にソラとジーノは驚いていた。


「エースくん、何もそんなに急がなくてもよかったんですよ?」


「少しでも早くソラ様の気を晴らしたくて」


「それを面と向かって言われると何か照れるな。ありがと……」


「いいえ、それほどでもないです」


 エースは化粧台の方に向いていた椅子を引っ張ってきて、丸テーブルに着席した。彼がまず紙袋の中から取り出したのは糖花──いわゆる金平糖だった。雪の結晶を模したガラス瓶に惹かれたのもあるが、さまざまに着色された砂糖の花が結晶の中に咲いて見える様はとても美しい。これなら見た目にも楽しめて、ソラの気分もいくらか上向くだろうと彼は考えたのだった。


 そして次に取り出したのは……、


「わー! チョコだ! さこいつだ~」


 ソラまっしぐらのそれである。


 彼女はベッドから飛び降りると、目を輝かせて椅子に着席した。ジーノもつられるようにして席につき、テーブルの上にころりと転がる包みをじっと見つめた。


「食べていい? 食べていい?」


「もちろんです。そのために買ってきたんですから。ジーノもどうぞ」


「ありがと~! エースくん」


「ありがとうございます、お兄様」


 ソラは十個ほどある包みの中から自分の分を一つと、ジーノの分をとりあえず三つ取った。ジーノは一つで十分だと言ったが、ソラとしては年の離れた妹を甘やかす心境で、美味しいものはいくらでも食べさせてやりたかった。


「ソラ様に買ってきてもらったものなのに、こんなにいただいてしまって……」


 と言いつつも、ジーノはもらった分を戻す様子はなかった。


 何気に彼女は食いしん坊である。


「それでいいんだよ。こういうのはみんなでワイワイ食べた方が美味しいんだから」


 彼女はジーノの手にさらに数を増やして五つ乗せ(これはさすがにもらいすぎなのでジーノはそっと元の場所に戻していた)、ソラは自分の分の包みをせかせかと開いて中身を口に放り込んだ。


「くぅ~ッ! やっぱ元気ないときは甘いものだよね!」


 ソラが手足をばたつかせて興奮する。


「そういや、エースくんはいらないの?」


「俺は食べられないので……」


「あ、そっか。使ってる原料にダメなもの入ってるのか」


「二人に美味しく食べてもらえれば俺はそれだけで十分お腹いっぱいです」


「さっすが。言うこと違うわ~」


 もくもくとハムスターか何かのように口を動かしつつ、ソラはさこいつの横に並べられた瓶を見つめる。


「こっちは? すっごく綺麗だけど、形からして金平糖かな?」


「こちらでは糖花と呼ばれている砂糖菓子です」


「お砂糖か。うん、たぶん金平糖のことだな。いやぁ、嬉しいわ。こちらもいただいちゃってもよろしい?」


「はい。遠慮なさらずにどうぞ」


 ソラは瓶の封を解いて中身を数粒手の平に出すと、ぱくりと口の中に放り込む。


「甘い! 美味しい!!」


「それはよかったです」


「二人も見てないで食べなよ。エースくんもこれなら大丈夫でしょ?」


「では……お言葉に甘えて」


「ありがとうございます、ソラ様。私もいただきます」


「どうぞどうぞ。ってか入れ物のこれ可愛いね。何か食べちゃうのがもったいないな。このまま取っておきたいかも」


 ソラは結晶の瓶の中で糖花が色とりどりに咲き乱れる様をいたく気に入ったようだった。せっかく買ってきてもらったのだから、きちんと美味しく食べたいとは思ったが、この美しさをそのままにしておきたいという気持ちもあった。この世界にスマートフォンを持って来れなかったことが悔やまれるのはこういう時だ。それがあれば迷わず写真に収めたというのに。


 しばらくソラが瓶を前にしてムスッとしていると、糖花を小さな口の中で転がすジーノがこう提案した。


「中身がなくなったら、代わりに魔鉱石を入れてはどうでしょう?」


「魔鉱石……そういや詳しく聞いたことなかったけど、それって魔法を使うのに必要なもの? なんだよね? たぶん」


「はい。体内の魔力を魔法に変換してくれる道具のことです。石の中に魔力の変換公式が組み込まれていて……ですからほら、私の杖にもついてますでしょう?」


「ははぁ。やっぱりただの飾りじゃなかったんだね」


「飾りで金剛石を杖につけるなんて酔狂な方はそういませんよ」


「こん──ッ!? ダイヤモンド……へ、へぇ~……」


「道具屋さんにお話しすれば媒体としては使えない小粒の石を譲っていただけると思いますから、それを入れましょう。色とりどりなものを用意すれば、今の状態を再現できると思います」


「そうだね。うん、ナイスだジーノちゃん。ぜひともそうしましょう」


 ソラはジーノの持つ杖の価値を考えないようにして、ぎこちない動作で頷いた。そうして夕食前のちょっとした間食を楽しみ、そのまま夕食も三人で囲んで食べることになった。


 そして風呂も済んであとは寝るだけとなった宵の頃、大祠祭に呼び出されたエースは魔法院からの返答をもらってソラたちのいる部屋を訪れた。


「明日の昼頃にこちらへ迎えを寄越してくれるそうです」


 ジーノが入れてくれた茶を飲みながら、エースとソラは丸テーブルの上で顔をつきあわせていた。


「明日かぁ。今すぐ来いってことじゃないんだね」


「はい。そのように聞きました」


 聞き間違いではないかとを確認するソラに、エースは確信を持って頷いた。ソラは乗り出していた体を背もたれに預けて腕を組み、怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。


「何か問題でもあるのですか?」


 自分の分の茶を入れて席に座ったジーノはソラの疑問がいまいち分かっていないようだった。


「いや……ただ個人的に引っかかってるだけなんだけどさ……」


「差し支えなければ聞かせてください」


「うん。今起こってる異常気象とかは魔女のせいなわけで、それって世界規模の問題でしょ。ぶっちゃけ私を明日まで放置しといていいのかなって不思議でさ。お客さん気分を改めた今だから分かるんだけど、本当ならすぐにでも対処しなきゃいけないことなんじゃない?」


 まるで急がなくても問題がないことを知っているかのような対応だとソラは言う。


「それは俺も随分と悠長なことを言うものだと思いましたが、相手方がそう言ってきている以上、こちらとしては受け入れるしかないかと」


 それはエースの言うとおりなのだが、ソラは納得がいかずに眉を顰める。もしも自分が魔女の存在を報告されたら、どんな予定もキャンセルしてすぐさま面会の場を整えるだろう。それほどまでに魔女は脅威となる存在なのだとソラは捉えていたが、魔法院では認識が異なるのだろうか?


 ソラがあまり出来のいいとはいえない頭を捻ってあれこれと勘ぐっていると、エースが彼女の前にある物を差し出した。


「実は……ソラ様には返事と一緒に魔法院から送られてきた物がありまして」


 エースが取り出したのは中央に丸く切り出された石がはめ込まれている銀製のブレスレットだった。石は黒と青の輪が同心円状に重なっていて、その模様はまるで何者かの目がこちらを睨みつけているかのように見えた。


 少し気味が悪い。


「ソラ様には、この魔封じの腕輪をつけてもらうことになります」


「それってつけると魔法が使えなくなる、みたいな?」


「そうです」


 つまり、魔法院としては腕輪で力を封じておけば魔女も悪さはできない、という考えなようだ。


「これは装着した人間にしか外せないようになっています。なので不便があったときは俺に言って下さい」


 固い音を立ててソラの腕にはめられたブレスレットは、彼女がどんなに強く引っ張ってもびくともしなかった。ソラはその摩訶不思議な腕輪をまじまじと見つめ、


「うーん。やっぱキモい」


 手首の上でこちらを見つめる石の目が不気味で、石の部分を手の内側に回して見えないようにした。


 その向かいで、エースは少し言いにくそうに口をもごもごとさせ、椅子に座り直す。


「それで、俺も明日は一応……魔法院の方について行こうと思っています」


「何か歯切れ悪いね?」


「その、ちょっと……自信がなくて」


「自信?」


「ソラ様、お兄様は魔法院が苦手なので……」


「あっ! そっか、そうだったね。ごめんごめん」


 これまでエースは「魔法院」という単語を口にするだけでも嫌な顔をしていた。本当ならこうしてソラを送ってくることも辛かったのかもしれない。


「無理そうなら私とジーノちゃんで行ってくるから、気にしないでもいい──って、ごめんジーノちゃん。勝手に一緒に来てくれるもんだと思ってたんだけど、ご同行頼めるかな? さすがに一人は心細いので……」


「私は初めからご一緒するつもりでしたよ」


「ほんと? ありがとうね。というわけだから、エースくんは無理しないで大丈夫だよ」


 誰にでも苦手なもの、嫌いなものはある。ソラはエースに、わざわざ嫌な思いをするところに向かって行かなくてもいいと言った。それを聞いたエースは申し訳なさそうに眉を下げる。


「それじゃあ……何かあればジーノに鳩を飛ばしてもらおうかな」


「分かりました」


 ソルテ村と氷都ペンカーデルの間を一日で飛んでいくような鳩を使うとなれば、それはもう火急の事態である。いくら何でもそんな物を使うことにはならないだろうと、ソラは笑った。これまでの経験上、人生はそう上手く行かないと知っていたはずなのに……彼女はその教訓を忘れて笑っていた。

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