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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第一章 ペンカーデル
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第17話 「五人の襲撃者」

 スランとジーノは居間で朝食を用意して待っていたソラとエースを見て、それはもう大変に驚いていた。


 昨日あんなことがあったばかりだというのに、二人の仲は元通りどころか、わずかに親密になったようなのだ。ジーノはそれを大いに喜んだ。スランは「昨日は通夜だったから今日はお葬式かな」と構えていただけに、肩すかしを食らった気分だった。とはいえ、仲直りできたのなら文句はない。雨降って地固まるとはこのことである。


 そうして四人は昨日と同じように和やかな雰囲気で朝食を終え、スランは祠祭服を着て村の方に下りていき、エースは森の奥にある祠の掃除に向かった。


 残されたソラとジーノは教会周辺の雪を除けることにしていた。昨晩でやんだ雪は今朝になっても降ることはなかったらしく、最後に雪を除けてから新たに積もった量は少なかった。外に出て天を見上げれば、何週間と覆っていた雲の隙間に青空が見えた。ジーノは雲間から差す光に感激してしばらく雪の上でくるくると回っていた。


「はぁ~……眼福。金髪の妖精が白銀の上で踊ってやがる」


 どこか男らしい口調でソラはつぶやく。そんな彼女を振り返り、ジーノは北の空を指さした。


「ソラ様! あそこに見えるのが軸ですよ」


「ん? どれどれ?」


 ソラはぴたりと回転を止めたジーノの指が示す方向に目を凝らした。薄灰色の雲がかかって見えにくいが、(けぶ)る青の中で天と地をつなぐ鎖のように「線」が伸びいていた。


「ソラ様が出ていらした祠の先は、あの軸につながっていると言われています」


「言われてる……ってことは、ジーノちゃんたちは祠の中に入ったことないんだ?」


「祠の周りには結界が張られていて、残念ながら私たちは近づくことができませんので」


「それって解けないの?」


「どんなに強力な魔法を使おうと、私たち人間の持つ魔力では決して破れない。そういうものなのです。それが誰の手によるでもなく自然に発生しているのですから、まさに神の御業ですね」


「そっか。だから聖域って言われてるんだね。でも、もしかして私なら入れたりするかも?」


「え?」


「いやさ、だって私そこから出てきたわけでしょ? 入れない道理はなくない?」


「そ、そう……ですね」


 ジーノはやや渋面になって受け答えた。彼女にとってとんでもない行いを口にしたのだと気付いたソラは、しまったと言いたげに口を手で覆った。


「──とは言え神様の領域なわけだし、そうそう入れるものでもないかも? なので、そんな深刻な顔しないでくださいお嬢さん」


「あ……私ったら、そんな顔してましたか?」


「してた。めっちゃしてた」


 ジーノは自分の顔を触って表情を確かめる。どうやら彼女は考えていることが顔に出やすい質らしい。エースも魔法院と聞いたときに思い切り顔をしかめていたし、そういうところも兄妹そろって似ている。


「でも、入れるかどうかくらいは確認しておきたいんだよね。だからこの作業が終わったら聖域に行ってみたいんだけど……」


「ううーん……。お父様に相談してからでも構いませんか?」


「そっか。スランさんにもきちんとお伺い立てておいた方がいいね」


「できればそのようにお願いします」


「了解。じゃあ確かめに行くのはスランさんに聞いてみて、了解が取れたらってことで」


 話がまとった二人は軸を眺めながらのおしゃべりもそこまでにして、物置からシャベルを取り出して除雪作業に移った。


 少ない新雪をせっせと除けて、まずは住居部分の玄関や勝手口、礼拝堂の周りを掘り返して進む。そのまま坂の手前まで道を開いていくと、ソラが勢い余ってシャベルを雪に深く差し込んでしまった。何とか雪を匙にすくい上げたものの、雪の重みでソラの腰は自然と曲がり、頭も下がっていく。姿勢を低くしたままの彼女がすくった雪を脇に投げるのと、背中に垂らしていたフードが頭に被さるのは同時だった。


「やっべ。気をつけないと腰にくるわこれ」


 ソラは腰を曲げ、年寄りじみた仕草でトントンと叩く。そして頭に被さったフードを取ろうとしているところに、背後から複数の人間が近づいてくる気配があった。


 その中の一人はどこか投げやりな様子で坂を駆け上り、ソラ目がけて突進してきた。


「エースお兄ちゃーん!!」


「ぎゃ──!?」


 やけっぱちな大声に振り返ろうとしたソラは何の身構えもできないまま腰に衝撃を受けて倒れ込んだ。一緒に下敷きにしたシャベルの柄がわき腹に食い込む。


 地味に痛い。


「ソ、ソラ様!?」


「ジー、ノ。ちゃん、助け……。上の子、退けて……」


 おそらく打ち身になっているであろうわき腹の痛みに耐えて、ソラは蛙が潰れたような声を絶え絶えに出して悶えていた。ジーノは慌てて彼女の上に覆い被さる子どもを抱き上げる。


 宙に浮いた子どもはつい今し方押しつぶしたフードの下から覗く黒髪に首を傾げる。


「あれ? お兄ちゃんじゃない?」


「あれ、ではありませんよユナ! 何をやっているのですか」


「ご……ごめんなさい」


 ユナと呼ばれた少女は下ろされたその場でとても小さくなった。人差し指をつき合わせてひたすら申し訳なさそうに謝っている。やがて、その後を追ってきた別の少年少女たちが坂を上って現れる。


「ユナー! お前っ、足早すぎだってーの……!」


「セトル、そう言わないであげてよ。ユナ姉それだけが取り柄なんだからさ」


「その分カムが足遅いっていうな。アハハ!」


「ベリック! それ言わないで!」


「このくらいで息が上がるなんて、三人ともだらしないわね」


「おまっ! シルベに乗ってるくせにそーゆーこと言うか!? 何かズルくね?」


「いいのよ。この子は私の足なんだから」


「ハハッ! ってことはこの中じゃミュアーの足が一番速いわけだ」


「そういうことね。分かってるじゃないのベリック。特別にシルベに触ることを許すわ」


「ありがたき幸せにございます女王様。フカフカ~」


「俺はシャクゼンとしねーぞ……」


 四人はソラを轢いたユナの友人であるらしい。白い毛並みが美しい犬──シルベにまたがる琥珀色の瞳の少女がミュアー。シルベの毛並みに顔半分を埋めて笑っている少年がベリック。眉間に不服のしわを刻んで口を尖らせているのがセトルである。そして、


「ユナ姉、どうしたの? もしかしてお兄ちゃん怒った?」


「あのねカム、ユナってば間違えたみたいで……知らない人だった」


「知らない人?」


 ユナの双子の弟であるカムはソラの方に目を向ける。ソラはジーノの手を借りて何とか膝で立つと、子どもたちの方に体の正面を向けて雪の上に尻餅をついた。手を挙げ、若干血の気が引いた顔で子どもたちに聞く。 


「ど、どうも知らない人です。とりあえず聞きたいんだけど、キミたちはどうして突っ込んできたんでしょうか……?」


 何ならゲホゴホと咳を漏らす彼女に、ミュアーが悪びれもなく言う。


「初めまして知らない人。これはちょっとした遊びだったのよ。じゃんけんで負けた人がエースお兄ちゃんを驚かせるってことになって、ユナが負けたの」


「なるほど。それで全力のタックルだったわけね」


 ソラはミュアーの態度を特に問題にせず、謝りたそうにしているユナに視線を移した。


「あ、あのね、知らないお姉ちゃん! ごめんなさい!! 帽子に隠れて髪の色が見えなくて……ジーノお姉ちゃんと一緒にいたから、ユナってばてっきりエースお兄ちゃんだと思って……」


「反省してるならそれでいいよ。子どもが元気なのはいいことだしね。だけど予告なく突っ込んでくるのは危険だからやめた方がいいと思うよ?」


「危険?」


「足下に尖ったものとかあったら刺さるじゃないですか」


 シャベルの柄で打ったわき腹をさすりつつ、ソラは若干厳しい口調でそう言った。それを聞いたユナもわき腹を押さえて顔を青くする。


「そ、そっか! 分かった……ごめんなさい! 気をつけるね!」


「うん。是非ともそうしてね」


 ソラはユナの頭を撫で、謝罪を受け入れた。


「なぁなぁ、ジーノ姉ちゃん。ところでこの人ダレ?」


 話が一段落したところで、ベリックがジーノに聞く。


「教会のお客様です」


「ふーん? お名前は?」


 振り向いた彼に、ソラは下手くそな笑みを浮かべて答える。


「ソラです。えーっと、その。よろしく~」


 経験上、自分の性格があまり子ども受けしないことを知っている彼女は、控えめに上げた手でピースサインを作りながら精一杯の親しみを込めてそう言った。


 ベリックはその仕草が何なのか分からないまま、真似して行儀よく笑った。


「ソラ姉ちゃんな。よろしく~。俺はベリックっていうんだ。そっちにいる同じ顔の二人は弟の方がカムで姉がユナね。毛玉に乗ってツンツンしてる奴がミュアーで、その隣にいるガサツそうなのがセトル──」


「もー! 同じ顔とか言わないでよ」


「双子って言ってもユナたち全然似てないし」


「毛玉じゃなくてシルベ! まったく、間違えて覚えられたらどうしてくれるのよ」


「ガサツってのは否定しねーけど、もう少しマシな紹介しろよな」


 四人同時にベリックの言葉に反論し、目の前で聞いたソラとジーノは耳を塞ぎたくなるほどの大音量となった。


 教会の後ろにある森の方からエースが戻ってきたのは、ちょうどその時だった。彼の存在にいち早く気づいたミュアーとユナが両手を大きく振って迎える。


「ソラ様、雪退けを手伝ってもらってありがとうございます。ジーノもご苦労様。それにしても、みんな勢ぞろいだね?」


「エースお兄ちゃん!」


 少女二人はエースを待ちきれず、駆け寄って行って周りを囲んだ。どこに行っていたのか聞くところから始まり、ソラを紹介されたことなどを口々に報告してエースを会話の輪に引き込む。


 その様子を見ていたソラはあまりの微笑ましさに表情筋を緩めた。


「はは~ん。なるほどね~。ふーん。へぇー」


 年頃の女の子は同年代の男子よりも年上の青年にお熱らしい。


 なんとも可愛らしい光景である。


 そんな感じで和むソラを現実に引き戻したのは、相手にされていない男子三人の声だった。といっても、彼らは女子の態度に腹を立てているというわけではなく、どうやら何か悪いことを企んでいるようだった。


「ソラおね~ちゃ~ん」


「ハ、ハイ? ナンデショウ??」


「ちょーっとこっち来てくれる? ジーノ姉ちゃんも」


「私もですか? 構いませんが、いったい何です?」


「まあまあ、後で分かるから」


 ソラとジーノはベリックが誘導する方に大人しく歩いていき、ほかの男子二人も含めてちょうどエースの横手に回る位置に場所を移した。エースは自分を取り囲む黄色い声に少々手を焼いているようで、男子の企みには気づいていない。そしてセトルとカムがソラたちの元を離れ、エースの背後に移動する。


「姉ちゃんたち、エース兄ちゃん呼んで」


「え?」


「いいから早く! ハイどうぞ!!」


「お、お兄様!」「エースくん!」


 二人に呼ばれたエースはすぐさま声のした方を振り向き、「何でしょう」と口を開こうとする。死角に回り込んでいたセトルとカムがそのタイミングで彼に突撃していく。


「ちょっと!? あの子ら私が言ったことまるで聞いてないじゃん!」


 ソラの警告は少年たちにまるで響いていなかった。「危ない!」と彼女が叫んだ時には、二人はエースの横腹めがけて飛びかかっていた。ソラは自分の二の舞どころかミュアーとユナも巻き込んでの大惨事を予想し、思わず目をつぶる。


 だが、いつまで待っても悲鳴らしきものは聞こえてこず、そのかわりにベリックの残念そうな声が聞こえた。


「ちぇ~ッ! また駄目だったかぁ」


「にーちゃんってばこういう時だけは鋭いんだよなー」


「何でいっつも分かっちゃうんだろ……?」


 襲撃を見破られたセトルとカムは、どういうわけか逆さまになってエースの小脇に抱えられていた。一部始終を見ていたジーノが言うには、セトルとカムが衝突する直前にエースが彼らを振り向き、勢いを殺せずに突っ込んできた二人をするりと両脇に抱え上げたのだそうだ。


 逆さまの二人は言う。


「こうなると、さすがエースお兄ちゃんとしか言いようがないよね」


「くっそー。こんなの反則だ! 普段は鈍ちんのくせにー!」


 感嘆するカムとは正反対に、セトルはじたばたと手足を動かして悔しがっていた。そこから一歩離れたところで、ミュアーがぼそりと呟く。


「それがいいのよ……」


「ギャップ萌えってやつですか」


「キャッ!? ぎゃっぷ? 何だか知らないけど勝手に人の話を聞かないでくれるかしら」


「こら、ミュアー。そんな口の利き方をしたらいけませんよ」


「しょうがないじゃない。この人相手だと何でか分からないけど敬語なんて使う気にならないのよ」


 ジーノの言葉に対してミュアーがもらした不満はぐさりとソラの胸に刺さった。


「ず、ずいぶんと率直な子だね。まぁ話し方に関しては気にしてないからいいけどさ」


「じゃあ問題ないわね」


「……そうね。ないですネ」


 その言い様にはさすがのソラも半眼になる。そんな彼女の袖を、下からユナが引っ張った。


「あの、ソラお姉ちゃん。ミュアーはちょっと生意気だけど悪い子じゃないから。だから……」


「大丈夫、分かってるよユナちゃん。このくらいの年頃ってみんなこんなだから、そう思ってれば割と何言われたって平気──」


「みんなって何よ。私はただ事実を包み隠さずに言っているだけなんだから、非難されるいわれなんてないわ」


「うんうん。思ってることはっきり言えるのはいいことですね。でも、隠さないまでも少しは包んでくれてもいいのではと、お姉さんは思います」


「ふん。考えといてあげるわ」


「ハッハッハ。よしなにどうぞ」


「……ねぇ、ジーノお姉ちゃん。ソラお姉ちゃんってば怒ってない?」


「いえ、おそらく怒ってはいないと思いますが……」


 そのとおり、別段ソラはミュアーの態度に怒っていなかったが、彼女たちのやりとりを端で見ているジーノとユナは心配で落ち着かない様子であった。


 ちなみに、離れたところにいる男子三人はいつの間にか、誰が先にエースに雪玉をぶつけられるかで競い合っていた。エースは四方八方から飛んでくる雪玉を避けるのに一生懸命で、ソラたちの声は耳に入っていないようだった。


 その騒がしい声を背後に、ミュアーはソラに物を言う。


「私、ソラみたいにヘラヘラした人って好きじゃないの」


「アーそうなの。さーせん」


「そういうのが気に入らないのよ。ユナの悪い見本になりそうで困るわ!」


「っと……そう言われると申し訳ない。改めます」


 ミュアーに指摘され、彼女の感情と同調するかのように白い毛玉にも唸り声を上げられ、ソラはさすがに自分のいい加減な態度を反省した。


 プンプンと頭から湯気を出すユナに、外野から声がかかる。


「ミュアー、あんまりプリプリしてっとエースにーちゃんにこんがり焼き上げられて食われちまうぞー! ギャハハハ!」


 黙っていればいいものを、セトルがエースを引き合いに出して冷やかすものだから、ミュアーはモヤモヤとした気持ちの矛先を彼に変えた。セトルは彼女の変化に気づかずにエースを追い回してる。


 ミュアーはシルベから下り、しゃがみ込んで雪玉を堅く握るとそんな彼に目がけて剛速球を投げた。雪玉は見事セトルの後頭部にぶつかって砕け、後ろから不意打ちを食らったセトルはそれまでのハイテンションを一気に下げてミュアーを振り返った。


「おーおー。シルベから下りたってことは本気だなお前。いいぜ、相手してやるよ。泣いたって許してやんねーからな!」


「は? 泣くのはアンタの方でしょ」


「いいぞミュアー! やったれ~!!」


「ええー? ベリックはそっち煽るの?」


「いっつもこうなんだから……ユナやんなっちゃう」


 こうして雪上決戦の火蓋は切られ、やがてミュアーに押され始めたセトルにベリックが仕方なさそうな顔で加勢し、ソラとジーノも少年らの陣営に巻き込まれて乱戦に発展した。ミュアー側にはエースとユナ、カムが付き、男女八人の雪にまみれる戦いは均した地面を凸凹にするまで続いたのだった。

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