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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第五章 地の軸
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第7話 「雪と氷の大地」

 南極島沿岸の拠点に一泊したその翌朝。十分に食事を取ってそりに荷物も詰め込み、犬たちの準備も整うと、まだ薄暗い中ではあったがいよいよ内地の拠点との中間地点にある無人小屋を目指す頃合いとなった。


 一日目の今日はその小屋で一夜を明かし、二日目は有人の拠点その二を目標に出発することになっている。そしてまた到着地点で一泊し、三日目には地の軸までの中間に位置する小屋へと移動する。そうして四日目、ソラたちはようやく軸の麓までたどり着く……という行程になっている。


 ちなみに犬ぞりでの移動は内地の拠点までで、そこから地の軸までは徒歩となる。何でも、島の中心部に近づくとわずかながら気温が高くなるのだそうで、降り積もった雪と氷が溶けて広く浅い湖のようになっているらしいのだ。


 水浸しになる中で犬にそりを引かせるわけにはいかない。


 いくら気温が温暖とは言え、それは沿岸部に比べてという意味であって、雪がちらつく低温下で水に濡れるのは命に関わる。


 人間たちは防水の備えもして、一歩ずつ慎重に進んでいく必要があるというわけである。ソラを背負うのもさすがにエース一人ではその長距離を耐えられないため、随伴する二人と交代で対応することが決まっていた。


 エースとしてはソラのことを見ず知らずの他人に任せたくはなかったが、途中で自分が足手まといになっては仕方がないし、こればかりは意固地にもなっていられなかった。


 エースは荷物を載せたそりの足にジーノとともに乗り、小さくため息をつく。というのも、ソラの乗るそりをユエに任せることになってしまったからだった。


 魔法が使えないエースとジーノでは、そりの前部分に座るソラを降りかかる雪から守ることができない。しかも犬たちが牽引する重量にも限りがあるため、ソラのそりの後ろに二人は乗れない。


 というわけで、人間それぞれの体重と荷物の重さを考慮して、ユエの操るそりにソラを乗せ、エースとジーノ、ホムラと随伴一人のそりに少量の荷物、セナともう一人の随伴者のそりに大半の荷物を載せて移動することになったのである。


 ちなみに、セナのキツネは今の拠点に預けていくことになった。


「ユエさん……くれぐれもソラ様のこと。お願いしますよ」


「分かっとります。そない睨まんでも何もしまへんて」


「……」


 釘を刺すエースだけではなくジーノまでも半眼になり、ユエに無言の圧力をかける。


「……コホン。さて、皆さん準備も整ったようやし、ぼちぼち出発しましょか」


 先頭を走るのはセナが乗るそりで、同乗する随伴者が頭上に煌々と輝く明かりを掲げ、暗闇に沈む前方の景色をありありと浮かび上がらせ走り出した。続けてユエが光を掲げ、その後ろにランタンの火を焚くエースたちが続き、最後尾にホムラたちが出発する。


 静かな雪上に、疾走する犬たちの息づかいが響く。瞬く合間に過ぎ去っていく銀の風景。それを楽しむ間もなくそりの操作に追われるユエは、走り出してしばらくしたタイミングでソラに意識を向けた。そりに掛けた風の障壁によって犬たちが蹴り上げた雪は弾かれるものの、猛スピードで走る乗り物の上で前方から障害物が飛んでくる様を目の当たりにするのはあまり心臓によろしくない。


「ソラ様、大丈夫です? 怖かったりは──」


「うはは! これめっちゃ面白い!! テンション上がるぅゲホゲホ」


「あの、あまり興奮されんように……」


「大丈夫でっす。ひゅーう! わんわんのお尻かわいい~!」


「……ほんま元気そうで何よりですわ」


 最初のうちはソラも飛んでくる雪玉におっかなびっくりしていたが、今ではすっかりアトラクション気分で楽しんでいるようだった。ユエは心配したのが損だったようにも感じ……しかし終始怖がって心臓に負担を掛けるよりはいいのだろう。今のような興奮は最初だけのことだ。それは時間とともに収まり、やがて彼女の心拍は普段の通りに治まるはずだ。


 かくしてユエの予想は当たり、拠点その一を出てから十数分が経った頃には、ソラは静かに景色を眺めるようになっていた。昼の時分になっても夕暮れのような明るさしかない光景は、ソラにとって初めて目にするものだった。彼女は最後に見る未知の風景を心に焼き付けておこうと、雪に煙る白い大地をせわしなく見渡していた。


 小屋までの道のりの間に何度か休憩を挟み、今日の目的地に着いたのは夕方前だった。この時間帯になると周辺はもう暗闇の中である。これからは日中もほとんど暗い中を進むことになるらしい。


 一行はそりを小屋の床下に収め、犬とともに建物の中へと入る。


「結構広いですね?」


 エースに抱えられたソラは部屋の中央に灯した明かりが端まで届かないのを見て、そう感心した。

「そない言うても、半分以上は犬に取られますけどな」


「へへ……モフモフに囲まれて寝るとか、幸せじゃないですか……」


「……ソラ様が犬好きで助かりましたわ」


「犬っていうか、動物全般好きですよ。まぁ、相手からあんまり好かれたことはないんですけど」


「それは残念ですなぁ」


「体質なんですかね? 犬はその中でも割と懐いてくれる方だったん好きなんです。こっちから嫌なことしなければ、悪い子になるとかは基本的にないですし」


 近くの椅子に座らせてもらい、近づき膝の上に顎を乗せた一匹の頭を撫でながらソラは笑った。


 そして翌朝。


 濃い藍色に染まる空には無数の星が輝いていた。今日は雲のない快晴である。暗い雪の上を魔法と炎の光が一列に並んで滑っていく。沿岸と軸との中間に位置する拠点その二には、これといった問題もなくその日の夕刻前にたどり着くことができた。


 迎えてくれる明かりがある建物の中に入り、腰を下ろしたソラは背中を丸めて大きく息を吐いた。


「私、座ってただけなのに……疲れた。眠い……」


 ついでに言えば腰と尻も痛い。前屈みになった際に頭に被さった防寒着の帽子を、鼻筋の長い犬がふんふんと言いながら押し上げる。ソラはその鼻に自分の鼻を寄せ、これまでの労をねぎらうようにして微笑む。


「キミたちとはここまでだね。ありがとう」


 彼女は顔を上げ、ファーのついた帽子を背中に下ろす。約二日ぶりに明るい光の中で見るその顔はいやに白く、向かって左の頬に黒化の侵食が進んでいた。それを知らないソラは誰に見えるのも構わず、乱れた髪の中に指を差し込んで肩の後ろに払いのける。


 その直後、ジーノがソラの横に座って髪の手入れを手伝い始める。彼女はソラに気づかれないよう、自然な手つきで頬の変色を隠すように髪を整えた。


「ソラ様、ご飯はどういたしますか?」


「少しは食べないと、だよね──イテテ。薬も飲みたいし。うん。食べます」


 完全に味覚を失ってしまってからというもの、ソラの頭に食欲は残っていなかったが、食べなければ周りに心配をかけるし体にもよくない。まだここで倒れるわけにはいかないのだし、そうなればソラに食事をせずに寝るという選択肢はなかった。


 幸いなのは香りが分かることである。ソラは食事を口に運んでもその味を楽しむことはできなかったが、嗅覚が生きていたおかげで「これはきっと美味しいに違いない」と思いながら食べることはできたのだった。


 食事を終えるとソラは少しだけ兄妹と談笑を交わし、ウトウトとし始めたところで個室へと引っ込むことにした。彼女を運ぶエースと付き添うジーノの足下に四匹の犬がついて行く。彼らはソラのそりを引いて来たものたちで、最後の夜を一緒に過ごすことになっていたのだった。


 それから八時間後。


 かすかな明るささえも失った極夜の朝。ソラたち一行は高い声で鳴く犬たちに見送られ、静かに拠点を発つ。


 この行程は遠く星の裏側──北の果てでも同じように辿っているのであった。

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