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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第五章 地の軸
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第5話 「南の地の果て」

 燕樹を出港してから数日。航海を進めるにつれて日照時間は徐々に短くなっていき、ソラ一行が南極島にたどり着いた頃には一日のほとんどが暗闇に覆われる極夜に近くなっていた。


 この南極島は海底からそびえる山の頂上付近が海面に顔を出して形成されたものだ。海底から続く山の頂──そのカルデラ部分が海面から出るようにして形作られている。島の縁には窪んだカルデラ内への海水の進入を阻むようにして岩壁がそびえ、急峻なそれは長年の海蝕によりほぼ垂直に切り立ち上陸を困難なものにしている。


 岸壁は場所によって標高に大きな差があり、そのうち最も低い谷間にほど近い場所に極地の港はあった。


 港では監視員の他に数人の東ノ国の人間が手を振っており、接岸の準備を進めていた。その風景を船室の窓から見るソラは申し訳なさそうに肩を落として言う。


「これ、私が移動するの背負ってもらわないと無理だよね。エースくんにめっちゃ迷惑かけそうだなぁ……」


 彼女はソルテ村で貰い受けた巡礼者の服に着替えており、その姿はエースとジーノに郷愁を感じさせた。薄くだらりと垂れ下がった左袖が余計にその思いを強くさせる。


 エースはそんな気持ちを振り払うようにして首を左右に振った。


「気にしないでください。俺は平気ですよ」


「いざとなれば私が代わることも──」


「いや、ジーノちゃん魔法使えないから無理じゃね?」


「あっ! そうでした……」


 初めて出会ったときは魔法で体重を支えていたため、ジーノの細い腕でもソラを持ち上げることができた。魔法が使えない今、あの時のようにはいかない。


「まぁまぁ、ジーノ。俺は大丈夫だから」


「魔法が使えないというのは、不便で仕方ありませんね」


「そうだね。でも工夫次第でどうにかなることではある。この場合だと、師匠に鍛えられた体がものを言うかな」


「私も少しは鍛えておけば……」


「ええー? ジーノちゃんは是非ともそのままでいてほしいなぁ。柔らかい方が抱きつき心地いいし」


「……それはそれで何だか複雑な気分です」


「何を言いますか。ふにふにしてるものは癒し効果抜群だし可愛いくて可愛いんだぞ」


 ソラは手袋の指先でジーノの頬をつんつんとつつきながら笑う。頬を膨らませたジーノはその指から逃れるようにして顔を背ける。


 そこに、部屋の外から声がかかる。下船の準備が整ったとのユエからの知らせだった。


「んじゃ行きますか。エースくん、よろしくね」


「はい」


「お兄様、もしも私で手伝えることがあれば遠慮なく言ってくださいまし」


「うん。ありがとう」


 三人は顔を見合わせて頷くと、防寒対策を万全にして部屋を後にした。


 甲板に出て行くと、肌を刺すような冷気が吹き付ける。ソルテ村を凌ぐ極寒の地。しかも季節は冬だ。風で舞い上がった粉雪が夕闇の空で霧散し星の瞬きの中に消えていく。


 吐き出す息はまるで絵の具で塗りたくったかのように白い。その色はソラに人としての体温がまだ残っていることを教えてくれた。エースに背負われる彼女は手袋の下に隠れる黒く変色した手を弱く握り込み、視線を上げて前を見つめる。


 岩壁にはトンネルが掘られており、入り口は高波を防ぐために鉄の扉が閉められるようになっていた。ソラはエースに背負われ、その後ろにジーノが続き、三人はぽっかりとあいた穴の中に足を踏み入れていく。と言っても、それほど長いトンネルではない。壁に設置されたランプの光量も十分であり、ソラたちは特に危なげなくその洞穴を越え、内壁に沿うようにして組まれた足場へと出た。


 眼下に見えたのは一面が雪に覆われた平地だった。遠くにはぼんやりと光る一筋の線が天に向かって伸びているのも見える。


「あれが……地の軸」


 ソラは感心したように吐息をこぼし、大地を貫き天高く伸びる光の筋を見上げた。そうして、再び視線を地上に戻して平地を見渡す。


 そこには本当に何の遮蔽物もない平らな地面が広がっていた。所々で雪が吹き溜まっているところはあるようだが、進路を妨げるほどのものではない。


 ユエが言うには、平地は海水面よりも低く近年では岩壁の浸食も進んでいるため、やがて至る所から海水が流入し、雪の大地を覆い尽くすだろうとのことだった。そうなれば軸への到達は流動する氷の上を行くことになり、今以上に困難になるだろうとも彼女は言った。


 このタイミングで救済が叶うのは、最後のチャンスなのかもしれない。ソラは首を伸ばし、島の内側を眺める。


 島の縁を囲う岩壁はその頂点を越えるとまたすぐに切り立った斜面となっていた。垂直とまではいかないものの傾斜はきつく、一歩足を踏み外せばほぼ落下に近い形で転げ落ちることになる。そこを真っ直ぐに下るのは簡易の昇降機に乗せられた荷物だけであった。人間はその横から壁面に沿って設置された階段を使うことになっていた。


 緩やかに下方へと伸びていくその段差がカルデラの底につく場所に、やや大きな建築物が見える。今日のところはそこにたどり着けば休めるとのことだった。


 目的地を視野に収め、ソラたちは一区切り着いたかのような顔をしたが、長く続く階段もまた一歩踏み外せば際限なく転がり落ちる斜面のようである。


「エースくん、足下には気をつけてね」


「ええ」


 下り道こそ気を緩めずに進まねばならない。ソラに声をかけられたエースは彼女を担ぎ直すと、丁寧に一歩ずつ階段を下りていった。途中で何度か休憩を挟み、第一の難関である南極島の壁を克服すると、辺りはすっかり真っ暗になっていた。


 高床の建物の前まで来たところでユエがソラたちを振り返る。


「これが、ここ南の軸における東ノ国の拠点──その一つです」


「じゃあ他にもあるんですね?」


「はい」


 エースの背中で首を傾げたソラにユエが頷く。


 数名の人間が常駐するのはこの拠点と、ここから軸の麓までの中間地点にもう一つ。さらにそれらの間にも無人の小屋がいくつか点在しているという。


 ユエはそんなことを説明しながら、階段を数段上って外扉を開け、建物の中へと導く。


「どうもお疲れ様でございました。今日はここに一泊し、明日は犬ぞりで次の拠点までの中間にある小屋を目指そう思てます」


「よかった……徒歩じゃないんですね」


 そう言って胸をなで下ろしたのはエースだった。彼は室内に入ってすぐのベンチにソラを下ろし、柔軟に体を伸ばしていた。


「ええ。せやから今日ほどご苦労かけることはないかと思います」


「しかしそうなると、何人くらいで移動するんですか?」


「ソラ様、エースはん、ジーノはん、うち、燕樹はん、セナはん……あとは随伴を二人ほどと考えてま──」


 と、そこでユエの言葉をかき消すようにして部屋の奥から床を爪で引っかきながら走ってくる複数の足音が迫ってきた。甲高い甘えたような声で鳴くそれは、


「わんちゃんだー!!」


 ソラはベンチの上で手足をばたつかせ、突如としてエントランスホールにあふれた犬たちに目を輝かせた。


「──まぁ、拠点や言いましても、ほとんど犬舎みたいなもんなんですわ」


「うわはぁ~。可愛い! この子たちが明日そりを引いてくれるんですか?」


「ええ。そうです」


「へぇ~! お仕事わんわん偉いなぁ!」


 ソラが犬たちにデレデレする一方で、セナについてきていたキツネはその大群に驚いのか、彼の懐から飛び出て器用に頭の上に乗り、毛を逆立てて威嚇していた。


 犬たちを追って奥から出てきた拠点の管理人がエントランスの皆に頭を下げる。


「すみません、皆さま。外から人が来るといつもこうで……落ち着けば聞き分けのいい子たちなんですが」


「大丈夫ですよ。全然いい子じゃないですか~」


 激しく尻尾を振る一匹の顔をわっしゃわっしゃと撫でながら、ソラは言う。


「大変かもだけど、明日からよろしくね」


「ワン!」


 その一匹につられ、他の犬も次々とソラの言葉に返事をし、エントランスは来客を歓迎する遠吠えの大合唱となったのだった。

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