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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第五章 地の軸
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第4話 「流れのままに」

 宿借りの二人を追いかけ北の軸へと向かう騎士一行は北極島にほど近い第三国にて補給を行っていた。


 基本的に乗組員は船内待機であったが、船酔いがひどいエクルは波に揺られている時間をほんの数刻でも減らしたいと言って船を下り、彼以外ではフェントリーも下船していた。マキアスからある頼みごとをされていた彼は自分の小さな見た目を生かして子どもらしく無邪気に振る舞い、港近くで働く人間から次々と話を聞き出していた。


 ある程度の数の証言を得ると、フェントリーは船のから降りたところで座り込んでいたエクルの首根っこを掴んでマキアスの元に戻った。船に乗った途端、また顔を青くしたエクルを引きずりつつ、フェントリーは甲板に出てきていたマキアスとルマーシォに手を振る。


「隊長~! ルマーシォさん! 聞いてきたっスよ~」


「おう、ご苦労さん。それで?」


「ロカルシュさんの言うとおりだったっス。やっぱりフェンたち、宿借り連中から二日ほど遅れてるっス」


「お疲れ様でした、フェントリー。しかし二日ですか。離されましたね」


「船で追いつくのは無理かもしれねぇな」


「心配、すんな。爺さん……。陸についたら俺様が……しゅばっと捕まえてやるし……うぷ……」


「先輩ってば、無理してしゃべると言葉と一緒に中身出ちゃうっスよ?」


「う……、下りる……。あとの話は、頼んだ……」


「はいはい。出港の合図があったら置いて行かれないようにちゃんと乗るんスよ」


 エクルはフェントリーの軽口にもつきあわず、フラフラと怪しい足取りで船を下りていく。あんな様子なのに、陸に足がつけばたちまち元気になるのだから不思議だ。船の上ではないという暗示をかければ酔いもどうにかなるのではないかと、マキアスはケイに催眠術でも頼んでみるかと冗談を言った。


 その後、彼はすぐに頭を切り替えて今後のことを考え始める。


「さて。北極島に着くまではまだ時間がある。その間に何をすべきかだが……」


「あっ! それ、フェンは島の環境とかなーんにも知らないんスけど、隊長は何かご存じっスか?」


「知らん」


「そんな堂々と無知をさらさなくてもいいんスよ?」


「知らんもんは仕方なかろうが。ルマーシォ、お前はどうだ?」


「僕もあまり多くは知りませんね。とにかく寒いのと、一面が雪と氷の大地であることくらいですか」


 腕を組んで曇り空を見上げ、ルマーシォも首を傾げてそう言う。


「寒い、か……そういや一度だけだが、真冬の北方に派遣されたことがあったな」


「あれは堪えたっス~! フェンたち常夏に慣れた人間にはきついの何の……先輩なんて鼻水凍らせてガタブル言ってたっス」


「一応、僕たちも北方仕様の制服は着ていたはずなんですけどね」


「あんなん軽装備も甚だしいぜ。俺としてはもう二、三枚は重ねて着たかった」


「同感です。現地の隊員はよくあんな格好で外を歩けるものだと驚いたのを覚えています」


 北方ペンカーデルの思い出──着いた当初は雪だなんだとはしゃいでいたが、数分後には既にクラーナへと帰りたい思いに変わっていた。現地での任務についても、三人はそろって寒さを耐えたことしか覚えていなかった。


「……フェンたち、活動できますかね?」


 暑さにはそれなりに強いし、凌ぎ方も心得ている。だが寒さはいけない。どんなに服を着ても寒いものは寒いし、動きも鈍くなる。心配するフェントリーに、マキアスとルマーシォは顔を見合わせて言う。


「そこはお前……」


「気力でどうにかするしかないでしょう」


「っスよね~!」


「筋肉着てんだから何とかなるだろ」


「き、筋肉を着てるって……隊長……ふふっ」


「脳筋っス。頭まで筋肉の塊っス」


「うるせぇよ。まぁ今はとにかく情報収集だ。確か北斗では東ノ国の人間を何人か乗せたよな?」


「プッ、ふふふっ……」


「ルマーシォ」


「──ンン、コホン……失礼。確かに、北斗の人に北極島行きの件を話したら何度か航海の経験がある人間をつけてくれました」


「北斗に来るのも四苦八苦してた俺らを見かねたのかね。あるいは……」


 それすらも「朱櫻の客(ツヅミ)」の計らいかと思うと、マキアスは尻のあたりがむず痒くなるのを感じた。こちらの気を引きつけておきたい何かがあると考えるのが妥当だが、その「何か」が分からない。


 だが、追いかける先に宿借りの存在があるのなら、マキアスたちの目的に影響はない。


「──何にせよ経験がある奴に直接話を聞けるのはありがたいことだ。そしたら……面倒だが、役者になりきるかね」


「一応、北極島への渡航は学術調査のためという設定になっていますよ」


「フェンたちはその護衛ってことになってたっスね」


「了解、了解。隊長はちゃーんと筋肉で覚えてますよー」


「それは何よりです」


 三者三様にニッコリとし、手っ取り早く操舵室に居た一人を借りてきて食堂に案内した。そこでマキアスが顔の前で両手を合わせて頼み込む。


「北極島についてほとんど知らんもんでな。ちょいと教えちゃくれえねぇか?」


「そりゃ教えるのは構いませんがね……貴方がた、何しに行くんでしたっけ?」


 東ノ国の船乗りは本人の好みだという黒豆の茶を飲みながらそう聞いた。


「船の皆さんは学術調査の先遣でな。俺たちはその護衛だ」


「学術調査ですか……。それなら実績があるうちの国と協力すりゃいいのに」


「学者の先生方には頭の固いご老人が多くてな。余所様の手は借りたくないんだとさ。その見栄のおかげで現場は大迷惑ってわけよ」


 両手を広げて呆れ顔で首を振るマキアスに、船乗りは声を潜めて言う。


「俺たち東ノ国の人間乗せちまってますが、いいんですかね?」


「大丈夫っス! 机の上でふんぞり返ってるのがお仕事の先生連中はこの船に乗ってないんで」


「言わなきゃバレないってことですかい」


「そういうことっス~」


「目的地にたどり着く前に難破したら意味ないですからね。現場の判断だそうです」


「アンタらには迷惑かけねぇから安心してくれ」


 マキアスはさも自信満々にそう言う。その態度に安心したのか、船乗りは小さく笑みを浮かべて「それはよかった」と返した。そんな彼にルマーシォが話を続ける。


「──それで本題なのですが、僕たち護衛は極地の地形とかよく知らないもので、簡単にでもいいので教えてもらえませんか?」


「情報は多いに越したことないっスからね~」


「ええ、構いませんよ。といっても、俺らは物資の運び込みとかで沿岸部を出入りしたくらいですけど……」


「それだけでも十分です。ぜひ、見たままを教えてください」


 ルマーシォは人のいい表情を浮かべて船乗りを話に乗せる。北極島の地形や環境、北斗で管理しているという施設の位置、そこに配置されている人員など、ルマーシォは船乗りに違和感を覚えさせることもなく、言葉巧みに情報を聞き出した。


「……なるほど。船着き場には基本的に誰か一人はいるんですね?」


「ええ。それで岸壁の内側に入ってすぐの拠点とやりとりしてるんです」


「その拠点にはどのような方々がいらっしゃるんです?」


「どんな……?」


「調査を始める前に挨拶くらいはしておかないとでしょう?」


「護衛さんなのにずいぶんと気を回すんですね?」


「そのあたりの折衝も含めての護衛なんですよ」


「はぁ……大変ですね。えっと、拠点にはだいたい三、四人が詰めてます。設備の点検やら改修やらいろいろありますから、割合みんな土方気質で……ああそうか。確かに挨拶くらいはしておかないと、うるさいかも知れません」


「ええ。しかし、意外と人は少ないんですね」


「こう言っちゃ何ですが、人を置いておくのにも金がかかるもんで。北斗も慈善事業で北極島の設備を管理してるわけじゃないですから。しかも最近はちょっと予算が縮小気味でしてね……そのあおりを受けて真っ先に減らされたのが人間なんですわ」


「ははぁ。どこの国でもしわ寄せを食うのは現場の人間ってことか」


「他には何かあるっス?」


「あとは……拠点間の移動でそりを引いてくれる犬がいるくらいですかね?」


「へえ! わんちゃんがいるんスか~」


「そう言えばフェントリーは犬が好きなんでしたっけ」


「エヘヘ。挨拶ついでにモフれたら嬉しいっス!」


 フェントリーは食卓に頬杖をつき、この時は本心から犬との触れ合いを楽しみにして、座っている椅子の上で足をルンルンと揺らしたのだった。


 それから数時間後、船は問題なく補給を終え、エクルもきちんと乗り込み港を出発した。任を帯びる一行は自然と甲板の一カ所に集まり、「作戦会議だ」。マキアスの一言で船内の個室へと移動することになった。


 集まった面々の中で一番に手を挙げて報告したのは、意外にもロカルシュだった。


「はいはい! 新情報~。何とっ、宿借りの人たちは地の軸を目指してるみたいなの」


「地の軸ですか? なぜ、そのようなところを……?」


 ロカルシュの報告を聞き、彼の隣にいたエィデルが首を捻る。ロカルシュも同じ仕草をして、


「ほーんと、あの東ノ国の人なに考えてるんだろー? 実は世界を救いたいとか?」


「救う、ですか? ロカルシュさん、失礼ながら自分は貴方に『何をボケたことを』と言わざるを得ません」


「わぁ。第六のお姉さん割と厳しい~」


「滅ぼす、の間違いでは? 宿借りこそが魔女という噂もありましたし」


「魔女さんは──」


「アアン? ……魔女さん(・・)、だァ?」


 そこにエクルが話の腰を折り、船酔いを堪えてチンピラよろしくロカルシュに絡んでくる。


「この世の災厄に……さん付け、とはな……! この魔女信仰者め」


「うるさいな~。具合の悪い熊さんは無理しない方がいいと思うけどぉ?」


 言われっぱなしではいられないロカルシュは舌を突き出して頭の両脇で手を振り、最大限エクルを馬鹿にする。その後頭部をやんわりと叩いて止めたのはケイだった。


「こら、ロカルシュ。やめなさい」


 彼女はこちら騎士たちに話していない情報をポロリとこぼしそうなロカルシュの口を、ごく自然な理由で塞ごうとする。


「お前の故郷では魔女も信仰の対象だろうが、ここにはそう思わない者もいる。滅多なことは言わない方がいい」


「でもでも、だって……魔女さんは違うじゃん」


「ああ、そうだな。そうなんだが……今は抑えてくれ。な?」


「む、む、む。先生がそう言うなら分かったよぉ」


 ロカルシュは不服そうにしながらも、ケイの有無を言わせぬ視線に少し怯えたようにして黙り込む。そのやりとりを見て端で笑ったエクルはしっかりとルマーシォに頭を叩かれていた。


 二人が静かになったところで、マキアスは船乗りから聞いた話を全員と共有し、北極島に到着後の行動を確認していく。


「北斗から乗ってくれた船乗りさん方は着岸前に拘束。着いたら一目散に港の監視員を押さえる。あとは拠点の制圧だが……三、四名なら心配ないだろう。俺ら四人とエィデル、それに先生もいるしな」


「私はぁ~?」


「ロカルシュには犬を手懐けてもらう」


「わんちゃん?」


「そりを引く犬が居るんだと。できればこっちの足に使いたい」


「そうなんだ。分かったー」


 船乗りから「拠点に犬が居る」と聞いたときのフェントリーと同じ顔をして、ロカルシュは機嫌よく上半身を左右に揺らす。そんな彼とは反対に、腕を組んだまま難しい顔をしているのがケイだった。下を向いて何かを考え込んでいる様子の彼女の前で、マキアスは手を振る。


「先生、ちゃんと聞いてるか?」


「──聞いてるとも。大陸の人間が東ノ国の拠点を襲うのはまずいんじゃないか?」


「ああ。だから俺らは国籍も目的も不明の襲撃犯ってわけよ」


「完全に悪役じゃないか」


「とにかく宿借り連中をとっ捕まえちまえば問題ねぇ。大陸の大量殺人鬼の逃亡を東ノ国の人間が手引きしてたって分かりゃ痛み分けだ」


「単純に考えればそうかもしれんが……」


「難しく考えてたら俺らは身動きできねぇの」


「……はぁ。確かにな」


 互いにため息をついたケイとマキアスの横で、ルマーシォが壁の黒板に話で聞いた北極島の全体像を描き付けていく。


「話を続けてよろしいですか?」


「ああ。進めてくれ」


「北極島の形はほぼ円形。沿岸は切り立った岸壁で覆われ、島の中心部──つまり地の軸に向かってすり鉢状にえぐれている地形とのことです。東ノ国の有人拠点はその外周付近に一つと、軸との中間地点に一つ。そのほかに無人の小屋がいくつかあるそうです」


「問題は島の中心部に広がる水原なんスよね」


「水原ですか。深さは?」


 手を挙げるエィデルにルマーシォが答える。


「幸運なことにごく浅いそうです。我々の履いている靴の底が少し沈むくらいでしょうか」


「そうですか。濡れた足で行動するわけにはいきませんし、水への対策は必須ですね。魔法で足場を確保しますか?」


「いいえ。宿借りとの対峙を前に魔力切れを起こすことは避けたいので……」


 ルマーシォはちらりとマキアスに目配せし、さらにケイの方を見て言葉を飲み込む。


「おい、まさか内地の拠点も襲うつもりなのか?」


「なぁに、皆さんにはちょこっとおネンネしてもらうだけさ」


「ますます持って悪役だな」


「これでも行き当たりばったりの割には頑張ってるんだぜ?」


「ああとも。重々承知している……」


「船の方もな、できる限り急がせてるが追いつけるか見通しが立たない状況だ。つまり、島についてからが勝負ってこった」


 話のまとめに入ったマキアスは拳を振り上げて言う。


「奴らが何の目的で地の軸を目指しているのかは分からねぇ──が、俺たちのやることは変わらん。悪鬼どもを取り押さえ国へ連行する。以上。簡単な任務だろ?」


「俺様がいりゃ、なん、てことないぜ……!」


「先輩、ちゃんと使い物になるんスよね?」


「お前な……。陸に、上がれば、……元気になる、んだよ……」


「まぁまぁ。いつもの通り冷静に当たれば十分に完遂の見込みはあります。落ち着いていきましょう」


「熊さんは特に落ち着いてよねー」


「はぁ? お前にだっ、けは言われたく、ねぇ……!」


「もぉ~! ケンカは駄目っスよ!」


 睨み合うロカルシュとエクルの間でフェントリーがぴょんぴょんと飛び跳ねながら二人を仲裁する。ルマーシォはその間に黒板の絵図を跡形もなく消し、マキアスも伸びをして会議の終了を態度で表現する。騎士たちがわらわらと部屋を出ていく中、一人その場に残る者がいた。


 ケイである。


 そんな彼女の顔を覗き込み、エィデルが尋ねる。


「先生。何か気がかりなことが? 自分でよければお話をお聞きしますが」


「あ、ああ……いや。弟子のことが気になってな。鳩にも返事がないものだから。セナのこともあるし……」


「そうでしたか。確か、東ノ国の巫女殿について行かれたのですよね? そちらに連絡を取る手段はないのですか?」


「うーん……彼女から答えが返ってくるかは微妙なところだが……。しかし何もしないで気を揉んでいるよりはマシか」


「ええ。そのように思います」


「ありがとう、エィデル。さっそく連絡を取ってみるとしよう」


 ケイは顔を上げ、悩みが晴れたような顔をして微笑んだ。エィデルはその表情を見て安心し、彼女が部屋を出ていく後について歩き、ドアを閉めた。


 実を言うと、ケイの悩みは一切晴れていなかったし、またその内容というのもエースたちのことを心配しているだけではなかった。


 まず一番に頭を悩ませているのは、ナナシを聖人と知らないはずのツヅミが彼を連れて地の軸に向かっているという、その行動の真意が測れないことである。しかしこれに関しては一つの仮定がある。


 それとは、既にツヅミが何らかの手段でナナシを聖人だと知っている可能性はないか、ということである。


 そうであれば、彼がナナシを連れて行くのは世界に均衡を取り戻すための儀式を執り行うためと想像ができる。ユエを裏切ったのも、あるいはユエが彼の裏切りを装ったのも、何らかの理由で大陸の人間には秘密裏にその儀式を終える必要があったからと考えられる。


 もちろん、これらはあくまで仮定の話であるし、ツヅミがナナシの素性を知らないのだとしたら、彼の目的は依然として不明である。


 第二にケイの頭を悩ませるのは、セナが規則違反を犯してまで東ノ国行きを早めたことに対する疑問である。


 彼は何をおいても、ソラを王都に連れて行くことで納得していたはずだ。ユエと今後の旅程を話したときも、東ノ国行きは騎士側の用件が済んでからだと強く言っていた。それを曲げてまで彼が行き先を変更した理由──それはやはり、東ノ国で聞くことになっていた「魔女に関する情報」に関係があるのではないかとケイは考えていた。


 そして、その理由を元に魔女を憎んでいるセナが動いたとなると……。


「……」


 ケイは途中でエィデルと分かれ、彼女と共用の個室へと足を向けた。


 何が何でも状況を聞き出さなければならないと考え、ケイは部屋に入ると備え付けの小さな机に向かい、荷物の中から取り出した洋紙に事の次第を問いただす文を書き始めた。

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