第14話 「聖霊族 3/3」
「始まりの魔女……身勝手な怨念でこの世界を呪ったという話に、まさかそんな裏があったなんて……」
耳が丸い以外は聖霊族と同じ見た目の兄妹は悲痛な顔つきで声を沈める。その一方で、セナが首を捻る。
「いや……ちょっと待て。その軸の麓での出来事、何であんたらがそんな詳しく知ってんです? 当事者はその魔女──異界の女と聖霊族の二人、あとは魔法院の人間だけだったんだろ?」
「この話しには続きがありましてな。魔法院の方々の中にも一人くらいはまともな人間がおったそうで──言うても上司を諫めることもできない腰巾着ではあったのやけど──その方も流石に目の前で子どもに死なれて動揺しはったんやろなぁ。大陸に帰った後しばらくすると、救済の旅が失敗に終わった事実を公表し罪を償うべきだと訴えたそうなんや」
だが、魔法院は功績目当てに旅に同行し、その道中でやれ偉大なる魔法院だ何だと大きなことを言い触らしたからには、それが失敗したとは言えない。上層部は事の顛末を暴露されても厄介だと、問題の人物を院から追放した上に刺客まで差し向けたのだという。
「はぁ……その追放者が、東ノ国に渡ったっつーことですか」
「元々な、海流の関係で大陸さん──特にクラーナ辺りからの船だとうちの国に漂着しやすいんよ。その人はほんの小さな漁船にやせ細った姿でこの国にたどり着いた。そしてうちらのご先祖様が懺悔を聞き、その事実を巻物に書き残した……」
その後、魔女の恨みに手を貸した裏切り者として聖霊族が滅ぼされ、彼らは完全にこの世界から姿を消したのだった。
軸の青星は世界の状態を鑑み、光陰両方の異世界人を招き始める。魔法院は秘密裏に各地の聖域を手中に収め、利権のために陰の者を殺し、光の者を軸へ向かわせ世界を延命させることを繰り返した。
「えっと……つまり、その異世界から招かれた女の子は最初から私と同じ陰の魔力は持っていたけど、それが汚れていたとか呪われていたってことではないんですね?」
「ええ。魔力に善し悪しなんてあらへんのです」
ソラの確認をユエがはっきりとした態度で肯定する。それを聞き、エースが自分の考えを整理するかのように呟いた。
「やはり、魔法院が編纂した伝承記は意図的に改変されていたというわけか……。それも、過去の失敗を隠すために」
「どうして誰も、疑問に思わなかったのでしょう……?」
気力を失った様子で、ジーノが疑問を口にする。それに答えたのはエースだった。
「昔は大陸も五つの国に分かれていて、どこが覇権を握るかと大小の争いが絶えない乱世だった。統一直後も混乱は長く続いたというし、地方の書物も接収され文化浄化に近い行為が横行していた……」
「北じゃ極寒の地で日々を生きるのに精一杯──その日の加護を得るため祈ることしかできなかった。西では大陸統一に一役買った魔法院がますます勢いづき、南は南で商売のことしか頭にねぇし、王都の方では国を治めるのに必死でそれどころじゃなかった……」
「セナはんの言うとおりです。東に至ってはその宗教観からか世界の終焉もやむなしと現状を受け入れる始末。魔法院を信用しないのは正しかった思いますけぇど、結局のところ深くは切り込まず日和った腰抜けや」
「……無関心が作り上げた歪んだ真実が、今の大陸の歴史なのか」
エースたちはひどくショックを受けているようだった。しかもそれを率先したのが魔法院とあって、エースはますますもって院に対する嫌悪感を強め、セナは曲がりなりにも信頼していた組織の実体を知り唖然としていた。
「まぁ、この国かて逃げてきた聖霊族さん方や魔法院に追われてきた方からお話を聞かなかったら全く知らんかったことや。結果として、東ノ国では運良く真実が残った。大陸さんでは運悪く残らんかった。そういうことであって、余所様のことをどうこう批判しようなんて気はあらへん」
ユエは魔法院に対する不快感はあるものの、グレニス連合王国という国家そのものや、その国民を悪く誤解するつもりはないようだった。
「──さぁて、と。ここまでは理解してもらえたやろか」
ひとまず話の区切りまできたのか、ユエはそう言って巻物を仕舞い始める。ソラはくるくると巻かれていくそれを見ながら、重要な一点を見極めていく。それは、魔女であると断じられたソラの名誉を回復するために有用な情報はあったのか、ということである。
ユエの話してくれた昔話はその全てがソラの汚名を挽回するための材料であると言えた。しかし、ここで本題とは別の疑問が生じる。
歴史の真実を知っているはずの東ノ国がそれを……おそらくであるが、公表していないのはなぜか。
エース以上の物知りであるケイでさえ魔女に関する知識は少なく、その教授をユエたちに頼ったのだから、ユエの語った事柄は公にされていないと見て間違いない。
「なぜユエさんたち東ノ国の方はこの話を公表しないんです?」
「うち個人としては真実を叩きつけて大陸の皆さんの目を覚まさせたいところですけど……」
「……国としては利益がない、ってことですか」
「ご明察です、ソラはん」
「ちなみに今の話、この国では一般の方々にも浸透してるものなんですか?」
「まともにお勉強してればこの程度は知ってるはずです」
「皆さん声を上げないんですか……」
「武力に圧倒的な差がある大国相手に戦争の火種をまくような阿呆はこの国におりまへん」
「……」
「そうでなくても、うちらのご先祖様は聖霊族の方々から頼まれてますのや。この世界の平定に手を貸してくれと。誇り高き御方の望みは世界の平穏やった。その理想を裏切るようなことは……この国の誰もできしまへん」
「何でそんな……重大なことを、私たちに話したんですか」
ここにはソラだけではなく、大陸の人間であるエースたちも居るのだ。東ノ国が秘めるべき事実をわざわざこの席で暴露した意図に、ソラは嫌な胸騒ぎを覚えていた。
「そら、まぁ……」
ユエは明後日の方向を見上げ、どう答えたものかと思案しているようだった。
彼女は船の上で言っていた。この大願、もしも邪魔しようと考える輩がいれば一族総出で排除する、と。
少なからず、ユエにはソラたちを招いた目的があるのだ。なにがしかの方法でセナを丸め込み、東ノ国行きを優先させるくらいには重要なそれが。
ソラはざわつく胸を押さえ、ユエに問う。
「聞き方を変えます。ユエさんは私にどうしてほしいんです?」
「……あんたはん、もう分かっとるような顔してますけど?」
「だいたい想像はついてますよ。でも──」
「すみません……私、少し気分が悪いので外の空気を吸ってきます……」
突然、ジーノが口元を押さえて席を立った。彼女は一人で廊下に出ると、玄関の方に向かって早足で去っていった。
ソラはその姿をどこか悲しそうな目で見送り……瞬きをした後にはこれまで通りの表情に戻り、ユエを見つめて言う。
「私は貴方の口からお聞きしたい」
「……ええ。その役目はうちが負わなあきまへんな」
ユエは観念したように、肩を落として口を開く。
「うちがこの話を聞かせた理由……それはアンタはんらの退路を断つためや」
「国外秘の話を聞かせて、そちらの要求を飲まなければ秘密保持のために……最悪こちらの命を取ると?」
「ええ。そしてソラはん……それを盾にアンタはんにお願いしたいのはたった一つや」
「……」
「この世界のため、どうか死んでおくれやす」
ソラはユエの言葉に特段ショックを受けることもなく、ただ「ああ、そうか」と思い、彼女から視線を逸らした。
魔力を受け渡す「人柱」。
聖霊族の従者が少女を逃がそうとしたわけ。
魔力に精神を焼き付けるという、その行為。
それらを考えれば自ずと予測もできよう。
その話がなくても、ソラはエースと記憶を共有して聖人の末路を既に知っていた。
知っていたから、あの時……彼女は真昼の赤い月の下で「許せるのか」と自身に問うたのだ。
その答えは──、まだ出ていない。




