第13話 「聖霊族 2/3」
やや虚ろではあるものの、ソラが瞳に光を取り戻したことを確認し、ユエは話を続ける。
黒き聖霊族──その生は終わることのない苦しみであった。であればこそ、白き者は黒き者を丁重に扱い、病であること以外の苦しみがないよう持てる全てを施した。
「その御方を、こともあろうに病原とのたまい打ち滅ぼさんとした。それが……、……。いや、これはうちらが口にすべき念とちゃう。きちんと事実だけをお話ししな……」
ユエは瞼を閉じ、自分を諫めるようにそう呟く。
「……そうした言いがかりが元で人間からの迫害はいっそう強まり、聖霊族はさらに数を減らした。そしていつしか、黒き御方の血が先に絶えてしまったのです」
その言葉に、セナが渋面になる。彼が知る歴史では、聖霊族の一部が人間に病魔を振りまいていたというのが定説であった。
「それが本当なら、大陸は歴史を改竄してるってことじゃねぇか。でも、あんたら東ノ国の人間は何でそんな事細かく知ってるんです?」
「ご本人らからの言い伝えとして残ってますのや」
「……生き残りがこの島国に流れ着いたってか?」
「ええ、その一部がここにたどり着いた。最後の一人となった黒の御方と、その護衛という名目で迫害が激化する大陸から逃がされた比較的若い白の方が数名で」
彼らのおかげで当時未開であった東ノ国は文明を発展させ、小国ながら医療に関しては他国の追随を許さぬ大国となったのだった。
「我が国に逃れた最後の黒き御方が亡くなられると、光陰はその一方を完全に失ってしまいました。これにより、やがて星の活動維持が難しくなるのは必至。そこでこの国に逃れて来とった白き御方の一人が、急場しのぎの──しかし現在まで続く世界の仕組みを作り上げたのです」
その偉業を成したのは、聖霊族の中ではまだ年端もいかない少年であったという。
「天地を貫き世界を支える軸を形成した御方を、我が国では青星様とお呼びします」
「青星……太陽を除き地球上から見える恒星のうち最も明るい星。天狼シリウス……」
ソラが呟いた星の呼び名はこの世界では当然のことながら馴染みのないものだったが、どの星を指すのかは一致していた。ちなみにペンカーデル地方では、軸に座する神としてその少年の存在が伝わっている。
「地の軸には今も青星様の精神が対流する魔力の中に焼き付いていると言います。その御方は今もこの世界を支え、維持しておられるのです」
「でもその仕組み、上手くいってないんですよね?」
「残念ながら。ソラはんの言うとおり、この仕組みには重大な欠陥がありました……」
青星は星の内部に流れる光の魔力に自分の魔力を合流させ、そこに自らの精神を焼き付けることで魔力の循環操作を可能にし、星の形を保つことに成功した。だが、対となる陰の魔力がない状態で正常な活動を維持することは困難だった。
星の魔力の循環は片方だけでは成り立たない。正常なサイクルでは光陰の魔力が互いに作用し合い、魔力の消費と同時に生成も行っていたのだが、片方の魔力のみに偏る状況では生成は行われず、星が持つ魔力は消費される一方だった。
そのため、いつか事態が解決するまで世界を延命するためには、次第に不足していく分を補う必要があった。
「しばらくは聖霊族の中から魔力を受け渡す人柱が選ばれました」
「しかし彼らはもう……」
「ええ、そうです。聖霊族の方々は既に絶滅寸前。このままでは解決を見ずに星は形を崩し大地が滅んでしまう」
「そこで目を付けたのが、こことは異なる世界だった……?」
ソラの言葉にユエは静かに頷く。
「この辺の話になると残っとる記録も推測でしか語らんのですけど、星を一つ支えるともなると遙かの世界に手を伸ばすことも可能なんでしょうなぁ」
似た魔力を持ち合わせる人間をこの世界に招いて、世界の延命もしくは救済を試みたというわけだ。
「──と、ここで大陸さんの魔法院が出張ってくるのやけど……」
「まだ続くのか?」
「肝心の魔女さんのこと、うちはまだ一言も話しとらんよ」
「……そうでしたネ」
その単語に顔をしかめ、セナは耳だけを傾けることにして顔をそっぽに向けた。ユエは一度咳払いをしてから話を再開する。
「地の軸ができてから最初に招かれたんは、陰の魔力を持つ女子さんでした。青星様も早うケリつけようて思てたんでしょうな」
「対の魔力を得て、軸による魔力の循環体系を完成させようと考えた。と」
独り言のように呟くソラの言葉をユエが肯定する。
「そういうことです」
「最初から軸の方に招くことはできなかったんですか?」
「それがでけへんから、地上の聖域に顕現なさるんでしょうな」
「……全てが全て、そう上手くはいかないってことですか」
「軸の麓で青星様に直接聞くなりできればええのやけどね。そんなんでけしまへんし、うちら人間にはもう想像も及ばへん領域ですわ」
ユエは首を左右に振り、次の話題へ移るために巻物を進める。
その少女は水の中から浮かぶようにしてこちらへやってきたそうだ。青星が作った聖域のうち、大陸で生き残っていた少数の聖霊族が守るそこへと彼女は送られた。そして彼女の役目を察した聖霊族によって手厚く保護され、やがて二人の従者を伴い軸を目指すことになった。
「どこから嗅ぎつけたのか、そこに目を付けたのが当時発足したばかりの魔法院やった。これはうちの私見やけど、奴さんらはもうこの頃から大陸取る画策してたんやと思いますわ。あん人たちは救済の旅に一枚噛むことで手っ取り早く大きな功績を手に入れようと考え、ついでに対立していた種族とも手を取り合う姿を見せて印象操作を狙ったんやろね……」
そんな経緯もあり、異世界から招かれた少女の付き人は聖霊族の姉弟二人と、魔法院のお歴々数名という顔ぶれになったのである。
「これは法令が行き届いた今と違って、ほぼ無法に近い大昔のお話……そうでなくても今の魔法院のお偉方の態度を見れば想像は容易いと思いますけど、まぁそれなりにひどい旅だったそうです。本来であれば厳粛であるべき旅程は魔法院のド腐れ連中──」
ユエは薄く紅を引いた上品な唇からとんでもなく乱暴な言葉を吐き出し、ハッと我に返り口を手で押さえた。
「失礼、魔法院の方々が権威を笠に着て贅沢三昧のものに。周囲から至誠を尽くされるはずの崇子様もその年齢や出自ゆえか軽んじられ、彼女を一人前の人間として尊重したのは聖霊族の従者だけだったとか」
「……聞きたくない話が続くな」
「聞く聞かないはアンタはんの自由やで? セナはん」
「いや、聞きますよ……ちゃんと最後まで」
セナは頭を抱えながらも確かにそう言った。
「では先を続けまして……。そうして一行は南の軸──その麓へとたどり着いたのです」
しかし、ここで一つ誤算が生じた。これまでずっと異世界の少女を守ってきた聖霊族の姉弟は……旅路を共にするうち情が移ってしまったのだろう、直前になって彼女を逃がそうとし、魔法院の者たちと対立することになってしまったのだ。
「二分された旅の仲間は土壇場で同士討ちの乱戦にもつれこみ……最終的に魔法院側が聖霊族の二人を討ち取り、崇子様の目の前でとどめを刺すことに……」
「そんな、ひどい……」
「ええ。それを見た崇子様は嘆きの声を上げ、血の涙を流し、この世の全てを恨みながら自ら麓の崖へと身をお投げに……その時の呪詛が軸に焼き付き、以降この世界は崩壊の災厄を繰り返すようになった……というわけです」




