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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第四章 東ノ国
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第12話 「聖霊族 1/3」

 朝食の呼び出しは案外、間を置いてのことだった。おそらくはソラの体調を気遣ってユエが融通を利かせてくれたのだろう。ソラの部屋に支度が整ったことを知らせに来たのは侍女の一人で、ソラはちょうどいいからと、少し厚かましくなって着替えの手伝いをお願いした。


 ジーノに手伝ってもらうのを避けたのは、もちろん変色した足を見られたくないこともあったが、やはりなくなってしまった腕を見せるのは気が咎めたからだった。足下が冷えるからと荷物の中から冬用のレギンスを出してもらい、侍女の手を借りてそれを穿く。侍女はソラの足を見て息を飲んだが、その気配を衝立の向こうにいるジーノに気取らせることはなく、平静を保ってソラの望みを叶えてくれた。


 クラーナの衣装に東ノ国の羽織を着て、足下は真冬の装い……何ともちぐはぐな格好のソラは、そのまま侍女に付き添われて朝食が用意されている部屋まで移動した。


 椅子式の食卓の上に並ぶ料理は、季節の野菜と魚をふんだんに使った献立となっており、いかにも美味しそうな見た目であった。いざ箸をつけると皆が皆、一口含むごとにその味にため息をもらす。そんな中でソラは平坦な笑顔を浮かべたまま、一品につき一口ほどしか箸をつけていなかった。いつもであれば口いっぱいに頬張り、一口ごとに「美味しい、美味しい」と感想を持らすような彼女がである。


 なぜかと聞かれても、その理由は定かではない。緊張から胃が収縮しているのか、それとも体の痛みが食欲を減退させているのか。あるいは日々悪化する体調の一症状なのかもしれなかった。何にせよソラは絶品の料理を前に、紙を食べているような感覚で食事をしていたのだった。


 そうして味気ない朝食を終え、隣の部屋で茶をもらって一息ついていると、いくつかの巻物を持った老侍従を伴いユエが顔を出した。彼女は侍従にあれこれと指示をして、最後には話が終わるまで部屋には誰も近づかないよう言って彼を下がらせた。


 ユエとソラたちは向かい合ってテーブルを囲む。ユエは目の前に並べられた巻物を一つ手に取り、紐を解いてその内容を開示した。絵巻物らしきそれには躍動感のある絵が筆と墨で描かれており、その状況を説明する詞書きが添えられていた。


「さて。まずは大陸さんがいうところの聖霊族──この方々についてお話していきましょか」


「魔女の話ではないんですか?」


「聖霊族さんのお話は魔女さんに深く関係のあることでして。前置きがてら少し触れさしてもらいたいんです」


「それなら……分かりました」


 ユエの言葉にソラは頷き、手の平を差し出して話を促す。


「──光の加護を受けたその方々は、古くから大陸に暮らしてはった種族でした。白い肌に金色の髪を持ち、瞳は碧く耳は尖り、非常に長命な方々で、場合によっては優に千年を生きた方もいたという話です」


 ユエの指先が示す巻物の画は、ソラが想像するところのエルフそのものだった。ファンタジーな世界観らしくそんな種族も存在したのだなと考えるソラの一方で、ユエは話を続ける。


「これだけ長く生きられたんは、ひとえに悪しきを受け入れぬ体質……つまるところ、病気をしない特殊な体質を持っていたからだそうで」


「病気をしない?」


 それを聞いたソラは両隣のエースとジーノを振り向く。兄妹もユエの言葉には少々引っかかるところがあったようで、不思議そうな顔をして……しかし最初から話の腰を折るわけにもいかず、その疑問を口に出すことはなかった。


「まぁ、病気にならはっても具合が悪くなる前に直ってしまう……驚異的な治癒能力をお持ちやったそうで、そういった諸々が作用して長寿の特性を持ったらしい──と、うちらは伝え聞いとります」


 そんな聖霊族の中でも、とびきり特別な存在があったとユエは言う。


「その出で立ちは種族の中でも異色──肌は暗く、夜の海のように真っ黒な髪に緋色の瞳を持っていたそうや。耳が長く尖っていたことと、治癒能力が高かったことを除けば、聖霊族の通常とは何もかもが違っていた」


 それだけ見た目が違うと種族の中で疎まれそうなものだが、そんなことは起こらなかった。なぜかと言えば、その黒い個体は聖霊族にとって──延いては世界にとっても非常に重要な役割を持っていたからだった。


「ここで一つ、世界の成り立ちについて補足しておきましょか。この世界における地水火風の四属魔力と、光陰の二属魔力についてのお話や」


「四属はエースくんやジーノちゃんたち人間が持つ魔力で、二属は私みたいな異世界の人間や聖霊族さんが持つ魔力……ですよね?」


「そう。もっと詳しく言いますと、四属いうんはこの星の表層を覆い環境を整え、人間や動物など生き物の生命活動に関わってくる魔力。対して二属は星の内部を巡り、大地の──星自体の生命活動に深く関わる魔力なんです」


「星の活動……?」


「うちらの目に見える部分やと、陸地や山を作ったりですな。見えないところでは地面の下の燃える泥の対流やら何やら……色々ですわ」


「ああ、星の内部の動きのことですか。なるほど、この世界だとそういったところにも魔力が関係してくるんですね」


 巻物に描かれている星の内部構造を見ながら、ソラは学校で習った地学の知識を思い出しユエの言葉に相づちを打つ。その記憶を共有しているエースもしきりに頷くが、ジーノとセナは話についていけず首を傾げていた。


「今はその辺の話題は置いときましょ。話を戻しまして……二属いうんはどうにも気むずかしい性格の魔力だったらしゅうて、光陰の釣り合いが上手いことかいんと頻繁に魔力が滞ってあちこちで天地が大暴れ……なんてこともあったそうなんです」


「それは大変ですね」


「せやから、星はその二属魔力を上手いこと操る存在を生み出した。あるいはその力を地上に住まう一つの種族に授けた」


「それが聖霊族さんだった、と?」


「ええ。本当かどうかは分からんのやけど、聖霊族は星から生まれたいう話もあります。星を管理するために長寿を与えられたとか、または長寿であったからこそ管理の役目を与えられたとか……まぁ正直うちはどっちでもええんですけど」


 鶏が先か卵が先かの話に興味はないとユエは言う。


 つまり、二属を司る聖霊族はこの星の生命を維持する役目を担っていたのだ。彼らはこの世界(ほし)の要たる存在であり、本人たちもその使命を十分に理解しており種の誇りとしていた。


「さて。ここでさっきの話に戻りましょ」


「聖霊族の中でも異色の見た目をした人の話、ですね?」


「そう。といっても、もうだいたい予想はできてるとは思います」


 巻物の黒い聖霊族の画を指さし、ユエはソラたちを順繰りに見る。


 最初に口を開いたのはエースだった。


「聖霊族の方々は一般に光の加護を受け、白き力を振るった。となれば……」


「奴らが光陰の魔力を調整する役割を持ってたっていう巫女さんの話から考えれば、黒い聖霊族はその逆だな」


「ええ。黒の御方は陰の祝福を受け黒き力を授けられた……ということです」


「魔女の始祖ってことかよ」


「大陸さんの考えだと、そうなりますなぁ」


 セナは舌打ちして顔をしかめる。しかし、にぃっこりと不自然なまでに深い笑みを浮かべたユエを見て、それ以上毒づくことはせずに黙り込んだ。


「お話を進めてもよろしいやろか、セナはん?」


「……どうぞ」


「早い話が、二つの魔力を同時に扱うのが難しいなら役割を分担しよかと、そういうことになったようでして。それが功を奏し、聖霊族は長きに渡って世界を平定してきたというわけです」


「それがどうして滅びることになったんです?」


 ソラは首を傾げ、素朴な疑問をぶつけた。


「聖霊族の方々は四属の魔力を持つ人間とも、初めのうちは上手いことつき合っていたそうです。やけど、いつからか人々は聖霊族の長寿を羨むようになった。特別な力を妬み、いつしか自分たちを攻撃してくるのではないかと疑念を持つようになった」


「まぁ……その気持ちは分からないでも……」


「ええ。自分たちで太刀打ちできない強大な力を前に、怯えるないうんは無理な話です」


 巻物の画は先に進み、聖霊族と大陸の人間との対立を描き出す。


「じゃあ、その猜疑心が原因で大陸の人間は聖霊族を滅ぼしたってこと……?」


「この頃はまだ、聖霊族さんもそこまで追いつめられてはおりませんでした。そやけど、あちこちで小さな争いはありましてな……方々(かたがた)の住処は次第に人間の住みにくい場所に追いやられていったんです」


 切り立った山の谷間や、底なしの沼が広がる未開の森林地帯、涙も凍る極寒の地など、とにかく聖霊族の皆は人の手が届かないところに隠れ住むようになったらしい。


「──そしてある時、人の間で流行病が生じました。人々は選りに選って、それを聖霊族の黒き御方に原因があると言いよった」


「え? 何でそんなことが……?」


「それは黒き御方が持つ魔力の特性ゆえに……」


 ユエはソラに気遣うような視線を向け、少し言いにくそうにして口を開いた。


「陰の祝福は病を併発する。または、黒き力は病によって発する」


「……」


「黒き御方は生まれたその時より病と共にあった。他者に感染せぬとはいえ、人間であれば死は免れぬそれを負ってなお長命を生きていけたんは、聖霊族としての性質──高い治癒能力が備わってたからなんです……」


 エースもジーノも、セナさえもソラを振り返って驚愕の表情を浮かべる。ソラはと言えば、それら刺さるような視線を避けて目を巻物の上に泳がせていた。


 彼女は一度だけ深く呼吸をして、声を詰まらせながら疑問を口にする。


「通常の、聖霊族と違って……肌が黒いのも……その病あるいは、魔力のせいだったと。そういうことですか?」


「そのようです」


「その病が治ったという事例は……?」


「あらしまへん」


「……」


 首を振るユエを見、ソラは静かに俯く。


 陰の魔力の源流は何なのか。


 体の不調は何が原因だったのか。


「陰の祝福は、病を……」


 その疑問に答えは出た。


 出はしたが、ソラが抱えていた胸のつかえは一つも取れていなかった。


 ユエはそんなソラを見つめ、わずかに辛そうな表情を浮かべた後……いつも通りの飄々とした顔に戻って言った。


「ソラはん、お体の具合は大丈夫ですか?」


「……、……ええ。平気です」


「あとでうちの方でお医者さん呼んで、診察してもらうこともできますけど」


「そうですね……。一度お願いした方が、いいかもしれません」


「あい分かりました。お話が終わりましたら、手配させていただきます」


 それは外野からすれば、今の体調を心配する言葉であった。しかし、クラーナの都でユエが言った言葉、「あかんでソラはん……今のアンタがその力を使ったら……」。その意味を身を以て知ったソラは彼女の問いかけが、以降の話を聞くだけの体力があるかと心配してのことではないと理解していた。


 陰の魔力と病とは密接に関係している。ソラはそれを知らず、クラーナで黒き力を使ってしまった。結果、それまで体の中でくすぶっていた病が活発化し、全身の痛みという症状が現れることになってしまったのだろう。


 ユエが知りたいのは、その進行度だった。


「……」


 ユエの話はまだ続くようであるし、それによって事態がどう転ぶかは見当もつかない。今の時点でソラが理解したのは自分の体調不良の理由と……もう一つの事実である。


 それとは、聖霊族が持っていたという驚異的な治癒能力はソラに備わっていないということだ。


 ユエは先程、はっきりと言った。


 黒の聖霊族の背負うものは人間であれば死を免れぬ病であったと。詰まるところ自分の向かう先が想像できてしまったソラだったが、それはこれまでにも何となしに頭の片隅で考えていたことであった。


 いつかきっと病気で死ぬ……その予感は前々からあったのだ。


 以前と違うのは、それが漠然とした妄想ではなく具体的な可能性として目の前に示されたことである。


 それは、ひっくり返すことのできない余命宣告。


 もう、どうしようもない。


 終わりというのは案外すぐ隣にあるものなのだ。普段は意識の外に溶け込んでいて、何かをきっかけに顕在化し、見た者をがんじがらめに縛り上げて奈落の底に突き落とす。そこからは、決して這い上がれない。


 人はいつか必ず死ぬ……それが早いか遅いかの違いだ……そう考える者もいるだろう。


 だが、その違いはあまりにも大きすぎる。


 自分はまだ、


 たったの。


 二十七年しか生きていない。


 そう思うと、体の痛みはいっそう増したように思えた。ソラは膝の上に置いていた右手を強く握りしめ、奥歯を噛む。 


 しかしながら、どうしたって逃げようがない。


 あらがいようがない。


 聞かなかったことにも、嘘にもできない。


 ならば……行く末がはっきりした今、自分はどう行動すべきか。


 終わりまでに何がしたい?


 どう生きたい?


 自分の最期に何を望むのか、決断をしなければならない。


「……」


 その時が来たのだ。


 ソラは静かに顔を上げ、随分と前から考えていた覚悟を本物にする決意をした。

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