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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第四章 東ノ国
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第10話 「束の間」

「さて。皆さんにはまず鶴の間で今後のことをお話したいのいやけど、お部屋使っても大丈夫やろか?」


 ユエは大陸の三人がソラを見習って靴を揃えたのを確認すると、老侍従を振り返りそう聞いた。


「はい。いつでもお使いいただけます」


「おおきに。ついでに黒紅の巻子本(かんすぼん)も用意しとくれる?」


「受け賜りました」


「よろしゅう。それから、ナギには後でお話聞くて伝えといてや」


「はい」


 侍従は小さく頷き、主が行くのとは別の方向へ廊下を折れていく。その代わりにどこからともなく別の侍女が現れ、鶴の間とやらへ続く廊下を先導していく。


 案内された部屋は屋敷の内側にある主庭を望む一室だった。庭は家の前で見たのと同じく足下の石ころ一つに至るまで手入れが行き届いた芸術で、その景色を切り取る窓は作品を引き立てる額縁のようであった。部屋を支えるのは木目の美しい柱であるが、これは室内の建具一式や調度品を邪魔しないよう脇役に徹している。畳にしても毛羽立ち一つなく、縁の織物も菱形が整然と並ぶ逸品だった。


 それらを前に、ソラは二の足を踏む。


「……」


「どないしたんです?」


「いや、ちょっと心の準備が……」


「うっせーな。もたついてねぇでさっさと入れよ」


「ちょ、騎士様ってば押さないで……!」


 容赦なく背中を押され、ソラは決心しないうちに部屋の畳を踏んでしまう。そんな二人のやり取りを後目に、ユエは一人さっさと部屋に入って行き、


「偉い偉い。大陸のお客さんやから椅子を用意してくれたんやね」


 長足のテーブルから椅子を引き出す。


「どうぞ、お好きなとこに座らはってください」


 それはユエの口調のせいか「擦った揉んだしてないでさっさと座れ」と言われているようであった。ギクリとしたソラとセナはそそくさと席に着き、エースとジーノも部屋を見渡しながらストンと椅子に座った。


「ま、お話言うても……今日のところはゆっくり休んで魔女さんについてお話しするんは明日にしましょか、ってことなんやけど」


 全員が席に着くや否や、待ってましたと言わんばかりに茶と菓子が出てくる。それと同時に老侍従が再び現れ、黒と白の巻物、そして墨と筆をユエの前に差し出した。その巻物は軸の端に鈴がつけられており、しかし不思議なことその鈴は巻物が侍従からユエの手に移動しても音を鳴らすことはなかった。


「白花の……? 何や官署から連絡でもあったん?」


「はい。どうやら急ぎのようです」


「──皆さん、すまへん。先にお仕事ちょちょっと片づけさせてください」


 ユエはそう言ってソラたちにウィンクをしてみせる。侍従は白い巻物を主人の前で解いて広げ、小さく耳打ちした。


「外来の方から島を移動したいとの申し出があったそうです……」


「島の移動……? ああ……あの方がうちの名前を出しよったんか」


「いかがなさいますか」


「そないなもん、認められへんわ。例外はなしや」


「分かりました。そのように返信しておきます」


「よろしゅう」


 ユエが手をヒラヒラと振ると、侍従は白い巻物を閉じて静かにその場を後にする。ユエはその後もソラたちにもう少し待つように言い、黒い巻物を開いてなにやら文章を書き付け始めた。来客の四人──特にエースとセナは興味津々といった様子でその手を見つめる。


「巫女さん、それ何やってんだよ」


「これですか? 大陸さんで言うところの鳩みたいなもんですな。こうして紙に墨で文字を書くと、離れたところにある別の巻子本にその内容が転写されるんです」


 言いながらユエは文章を書き終え、細く白い指で最後の一文字をなぞる。するとたった今書き付けた文字が一瞬消えて再び紙の上に浮かび上がった。


「そ……、それで相手のところに連絡が行ったんですか?」


「ええ。軸の鈴が鳴って文書の受け取りがあったことを知らせる仕組みになっとります」


「へぇ~!」


 エースは身を乗り出して巻物を見つめる。ユエはその内容を(彼が東ノ国の文字を読めないにせよ)見られたくないらしく、そうと分からないよう自然な動作で巻物を閉じた。


「すごい……! 鳩よりもずっと利便性が高いですよ、それ」


「ふふふ。そう言われると悪い気ぃはしまへんな」


「あの、その仕組みを詳しく教えてもらえたりは──」


「あきまへん」


 エースの問いにユエは綺麗な笑顔を浮かべて首を左右に振った。


「で、ですよね……。でも、そういった連絡手段もあるんですね。参考に考えてみよう……」


「そうそう。まずは自分でやってみんとな。気張りやお兄さん」


 ユエは目をキラキラとさせるエースを微笑ましく見つめ、そこではたと気づく。


「ええっと、本題はどこまでお話したか……」


「魔女についてお話ししていただけるのは明日ということは聞きましたよ」


「ああ、そうでした。そしたらあとは……」


 ソラの言葉を受け、人差し指を頬に当てて斜め上を向くユエにセナがボソリと呟く。


「義手」


「──ええ、ソラはんの腕のことですな。これは魔女さんのお話が終わった後にて考えてるのやけど、よろしおすか?」


「アー、そうでしたね」


 ユエの言い方はまるで取って付けたようなそれであったが、実を言うとソラも今の今まで忘れていたので人のことは言えなかった。最近続いた困難により魔女の情報を求める理由も忘れかけていたところがあるソラは、自分が今こうして異世界の各地を旅している目的をはっと思い出し、その記憶力の悪さに辟易と言った表情を浮かべる。


 もっとも、魔女の疑いをかけられた手配の内容は西方カシュニーで出会ったノーラの口添えもあり、ソラの人相書きなどはナナシたち「宿借り」の変装であったとして世間に広まっている。ソラの汚名を返上するという意味では既にその目的を達成しているようにも思える今、流されるがままに東ノ国へと渡ってきてしまい、魔女についての知識を得る理由そのものが薄らいでいた。


 それでも、話を聞くのは無駄ではない。


 ソラは南方クラーナで影の魔力を使ってからどうにも体調がおかしいことを自覚していた。魔女に関することであれば、その魔力についても話題に上るだろう。体の不調の原因が分かるかも知れないなら、ユエの話は聞く価値があると言えた。


「義手の件は明日のお話の後で構いません。どちらかと言えば魔女について詳しく教えてもらう方が重要ですから」


「そうです? それやったら残るは……お部屋のことですな」


「お部屋?」


「ソラはんたちにはうちのこの家に泊まっていただこう思てましたから。どんな部屋をええですやろか?」


「……なるべく狭くて質素な部屋でお願いします」


「あら。ソラはんは遠慮しぃやな。でもま、そうおっしゃるならそのように用意いたしましょ」


「それと、エースくんとジーノちゃんも一緒の部屋にしてほしいです」


 突発的にそう言ったソラに対し、エースがぎょっとして彼女を振り向く。


「いいんですか、ソラ様」


「今更でしょうよ。それにキミ、分けたら分けたで私の部屋の前で番するでしょ」


「まぁ……そうですね……」


「ほら。それだったら一緒に居てもらった方がいいし。ジーノちゃんもそれで構わないよね?」


「はい。ソラ様がそのようにおっしゃるのでしたら」


「よしよし。んじゃ三人一緒ってことでお願いします」


「ふむ。ご本人のご希望やし……分かりました。とりあえず衝立でも立てればええやろか」


「それで十分です」


「セナはんはどないします?」


「魔女に監視の目が行き届くところ」


「はいはい。そしたらソラはんのお隣いうことで」


「ああ」


 ユエは部屋の外に控えていたらしい侍女を呼ぶと、各人の希望を伝えて適当な部屋を割り当てるよう言いつける。その毅然とした姿はまさにこの屋敷の女主人であった。職人の業をふんだんに取り込んだ家の作りと言い、宝物(ほうもつ)にも等しい馬車と言い、これほどの家柄を持つ人物と偶然とは言え知り合ったことに、ソラは改めて感慨を覚えた。


 これが気楽な放浪旅だったら、どんなにか心躍る出会いだったろう。


 ソラは一段と強い痛みを発した頭を押さえ、少し疲れたようにため息をついた。


「ソラはん、しんどいようなら横んなります?」


「ああ、いえ。そこまでじゃないので、大丈夫ですよ」


「そう? でも心配やし、お部屋の準備急がせますわ。風呂やら厠やらの場所は後でジーノはんたちに覚えてもらいましょ」


「そうですね……。お願いできるかな、ジーノちゃん」


「もちろんです、ソラ様。お任せください」


 やせ我慢ではなく、本当に耐えられる程度の痛みではあったが、休めるのなら早い方がいいのは確かだ。ソラは気遣うユエたちに精一杯の空元気で微笑み、礼を言った。

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