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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第四章 東ノ国
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第5話 「北斗寄港 1/2」

 ソラやロカルシュらもまだ海の上にいる頃、ナナシとジョンは一足先に東ノ国へと到着していた。


 第五都市「北斗」は小さな島々がほぼ南北に細長く連なる東ノ国の中で最も北に位置し、また島群の中で一つだけポツリと離れて存在している離れ小島である。緯度にして大陸のカシュニーと同じくらいで、今はちょうど初夏の時期であった。


 ナナシは甲板の上からその町並みを見下ろす。木造家屋の上に被せられた黒い瓦屋根が太陽の光を反射しキラキラと輝くその光景は、ナナシがかつての世界で見た故郷の田舎とよく似ていた。


「まぁツヅミんの格好から想像はしてたけど……、実際に目にすると妙な感じだな」


「みょう?」


「こんな世界に見覚えのある風景があるのって、何かすっげー不思議」


「ふーん」


 ナナシはジョンを背中にひっつけ、町から視線を移して船の繋留の様子を見ることにした。その背後にツヅミが姿を現す。彼はナナシたちを驚かせないように先に名を呼んでから声を掛けた。


「お二人とも、長旅お疲れさまでした。体の調子はどうです?」


「僕は平気」


「ぼくも、だいじょぶ」


「それはよかった。我々は今日から明後日の三日間、ここ『北斗』に寄港し北の軸へ向かう準備を整えます」


「北の軸?」


「えっとねー」


 ジョンは足だけでナナシの腰に張り付き、首を傾げる彼の頭を両手で挟み込むと北の方角に向けた。


「はやいはなしが、ほっきょく。そこにこのだいちをささえる、ちじくがあるの。ぼくたち、これからそこにいく」


「地軸……に行ってどうすんの?」


「そこで世界を呪っていただきます」


 ツヅミは笑顔と共に不穏な台詞をナナシの耳元で囁いた。彼が胸の前で両手を握る仕草は祈りを意味しているようで、ナナシは「ふーん」と興味があるようでなさそうな声を出して頷いた。ジョンもその言葉を聞き、そこで一つ疑問が浮かんだのか、眉間にしわを寄せながらツヅミに問うた。


「ねぇねぇ。そんなおいのりみたいなことで、いいの?」


「世界の延命とはまた別の話ですから。というか、ジョンさんは延命の方法をご存じなのですよね?」


「ごぞんじ。よ」


「それでよくこの話に乗ろうという気になりましたね」


「うーん……べつに、ななしがいいっていうなら、いいかなっておもってた」


「なるほど。左様で……」


 二人はナナシの頭の後ろでコソコソと話をする。一人だけ疎外感を味わうナナシはどこか不服そうな表情で彼らを振り返った。


「何の話してんだよ」


「せいじんの、ほんらいのやくめ。せかいのえんめい、のはなし」


「世界の延命……?」


「おや? そういえばナナシさんにもはっきりと確認はしていませんでしたね。ですがその様子ですと、貴方はご存じないようで」


 ツヅミがそう言うと、ナナシの背中でジョンがはっとして自分の口を塞いだ。


「いっけね。ななにおしえるの、わすれてた。おしえてないのも、わすれてた」


「忘れてたんかい」


「てへ~」


「仕方ないお嬢さんだなぁ。んで、結局それって何なの?」


「せかいをすくうための、やりかた。だよ」


「世界を救う……ねぇ? そういや何か僕みたいな聖人が何かするとかしないとか聞いたような……いや聞いてないな?」


「ごめん、さい」


「まぁ別に構わねぇよ。つーか僕らがやろうとしてることは真逆のことなんだから、本来の役目のやり方とかどうでもよくね?」


「それなー」


 ナナシとジョンは互いに視線を向け、頷き合う。ツヅミは安堵に胸を撫で下ろした風にして笑みを浮かべた。


「貴方がたお二人がそれでいいと言うのであれば、自分はこれ以上余計なことを言わないようにしましょう」


「そうしてくれ。しっかし北極か~。寒いんだろうなぁ……」


「現地には我々で設置した拠点がいくつかあります。既に真冬は越えていますので、無茶をしなければ死ぬことはないでしょう」


 北の軸がある北極は雪に覆われた島であり、軸のある中心部分で最も標高が低くなるすり鉢状の形をしているのだという。海面の遙か下になる島の底には高波で流れ込んだ海水が凍りつき、厚い氷の層となって平地を作っている。その中央──軸のふもとには深い亀裂が生じており、その亀裂を覆うようにして光の魔力を編んだ結界が張り巡らされている。ゆえに、軸に接触できるのは二属の魔力を持つ異世界の人間のみ。これは南の軸にしてもほぼ同じである。


 ナナシはその奇妙な地形を想像して少しばかり関心が湧いたらしく、寒そうなどと言って震えていた先程と打って変わり、瞳を輝かせてこれから向かう北方を見つめた。


「僕、ちょっと楽しみになってきた」


「つまんないより、いい。でもそのまえに──」


 ジョンは軸への興味の前に、まず確かめなければならないことがあるのを思い出し、ナナシの背中から降りた。彼女はツヅミの前で仁王立ちになり、垂れ下がった長い袖を差し出して言う。


「まりょくいしょくの、ろんぶん。ぼくがよみたいの。つづみん、わすれてない?」


「もちろん覚えています。既に送達の者もこちらに着いていると知らせが入ってますし、すぐに持って来させますよ」


 その前に船を降りようということになり、三人は船員に先導されてタラップを下った。ツヅミは荷の積み込みなどを軽く指示した後、ナナシたちを連れてこれから二晩を過ごす宿へと向かった。


 第五都市と呼ばれる北斗は数字を冠するとはいえ、その雰囲気はまさしく田舎そのものであった。寂れた……というほどの印象はないものの、あまり人や商売でにぎわっているようには見えない。だが、人々の顔は決して下を向いておらず、どこか誇らしげな表情で寄港した船を相手に荷を卸している。それというのも、北の軸がある島に設置した拠点の管理を一任されている──国の重要な事業の一端を担っているという矜持があるからだった。


 ツヅミが北斗に寄ったのは東ノ国の中で唯一、耐寒仕様の装備を調達できる場所だったからである。しかもそれらの装備は実際に北の軸での使用に耐えたという実績があり、今では越冬さえも可能なまでに品質を高めている。船にしても砕氷の機能を備えたそれを建造する造船所が存在する。


 つまり、ここ北斗なくして東ノ国の極地探索は不可能なのである。


 ナナシたちはそういった問屋が並ぶ通りを抜けて、宿屋が集まる区域へと向かっていた。荷の積み下ろしの間に船員たちが泊まるその宿場街は、港周辺より幾分活気があるように見えた。ツヅミはあらかじめ船の上から宿泊の手続きを取っていた宿に着くと、一目散に受付へと進み届いていた荷物を引き取った。


 ナナシたちにあてがわれたのは六畳一間の部屋だった。備わっているのは小さな正方形の座卓と、それを取り囲むように敷かれた四枚の座布団だけで、寝る際は布団を自分で押し入れから出して準備してほしいとのことだった。


 ツヅミはナナシたちを部屋に入れたところで、受付で受け取った荷物をジョンに手渡す。


「これが例の論文です」


 ジョンは喜色を浮かべ、それを手に取るや否や封筒をビリビリと破いて捨てる。その行為を前にツヅミは若干顔をひきつらせたが、中身は丁寧に扱うよう言うだけに何とかとどめた。彼の声を聞いてはいるがその表情までは見ていないジョンはルンルンと開封の手を進め、無惨な姿となった封筒から出てきた数本の巻物に首を傾げた。


「にゅ? さっしじゃ、ない?」


「我が国ではこれが一般的な記録方法となっています。結び紐を解いて巻きを緩めながら読み進めてください」


「はーい。わかりました」


 ジョンは封筒を破った乱暴な手つきが嘘であるかのように慎重な扱いで巻物をほどいていく。部屋の座卓では小さいため、畳の端から端に広げて、


「ふーん。ほんほん。なるほどなるほどぉ」


「ジョンさん分かりそう?」


「よめない」


「へ?」


「もじ、よめない」


「ええ~!? おま、ここに来てそこにつまずくの?」


「……つづみん。もしかして、ぼくによませるつもり、ない~?」


 ジョンは恨めしそうな目でツヅミを見上げる。ツヅミはといえば、彼も今ようやく大陸と東ノ国での文字の違いを思い出したようで、申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません、すっかり失念していました。ですが幸いにも我が国と大陸の発声言語は同一ですし、ジョンさんの頭脳であればすぐに理解できるかと思います」


「まず、もじのおべんきょ」


「そういうことになりますね。よろしくお願いします」


「んむぅ。まきものよみたいし、しかたない。ななし、すこしまっててね」


「おう。僕は構わないぞ。その辺で適当にコロコロしてっから」


 ジョンは目の前にある巻物を参考に、ツヅミから声で聞く言葉と文字とを対比させてその法則性を記憶していった。ゆっくりと二時間ほどかけると、彼女はすっかり東ノ国の文字を読解するようになっていた。その頃になるとツヅミも船の様子を見ると言って部屋を出て行った。彼は去り際に、「ここでおいたはしないでくださいね」。その言葉に対し、ナナシとジョンはそろって「はーい」と答えた。


 それから食堂での夕食を挟んで風呂も終えると、ジョンはまたしても巻物にかかりきりになった。


「いやに熱心だな、お前」


「これ、こんやじゅうに、よんじゃう」


「……夜更かしして大丈夫なのか?」


「へいき。このきろく、おもしろいから」


「そっか? んじゃ僕は寝るけど……」


「おやす~」


「ま、ほどほどにな」


 ナナシは自分の分と、一応ジョンの分の布団も用意してから眠った。


 翌朝、ナナシが目を覚ますとジョンは巻物を膝に置きながら舟を漕でいた。ナナシはその肩を揺すって目を覚まさせようとするが、彼女はうつろな視線を天井にさまよわせて再び眠りに落ちようとする。借りた巻物はまだ未読の物が一本残っているようだった。


「言わんこっちゃねぇな……」


 ナナシはジョンの手から巻物を取り上げ、半分寝ている彼女を脇に抱えて食堂へ向かう。そこで自分の食事をしつつ彼女の朝食も介助してやり、部屋へと戻ってくると布団に潜り込ませて寝かしつけてやった。


 ジョンが目を覚ましたのは昼過ぎだった。勢いよく起き上がった彼女は髪の毛を振り乱して部屋の様子を見回し、外の陽気を確認したところで「やっちまった!」と言わんばかりに額を叩いた。


「ジョン、知ってっか? 徹夜って非効率なんだぞ」


「……あい。みをもって、まなびました」


「目ぇ覚めたんなら昼メシ食いに行こうぜ。ちゃんと腹に物入れてからじゃないと頭の働きも悪いだろ」


「りょ! そしたらごはんごはん~」


 ジョンは昼食後から適度に休憩を入れつつ、再度巻物を読み進めていった。日が沈み、ナナシがあくびを漏らす頃になるとジョンはようやくそれらを読み終わった。


「知りたいことちゃんと書いてあったか?」


「あった。あした、あたまのせいりがてら、つづみんとおはなししたい」


「じゃあ僕はそれを聞いて分かった気になろうかな」


「ななし、わからないことあったら、すぐにてぇあげていいよ」


「マジで? そしたら遠慮なく聞いちゃお~」


 そうして、この日は二人そろって健康的な時間帯に睡眠に入り、翌日は朝日とともにすっきりと目覚めたのだった。

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