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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第一章 ペンカーデル
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第11話 「ハッピーエンドの定義 3/5」

 ジーノたちは礼拝堂に限らず、毎日欠かさずに身の回りの掃除を行っているらしい。曰く、それは住まいを清潔に保つ意味ではもちろんのこと、精神の安定なども目的としているとのことだった。ソラはそれを仏教で言うところの作務と似た意味を持つものだろうと想像し、これから行うのはただの掃除ではなく修行であると理解した。


 神に最も近いと言われる土地であるわけだし、そうと分かったのなら心してかからねばならない。ソラは腕まくりをしてバケツの中を泳ぐ布巾を掴み、滴る水が一滴も出なくなるまで絞る。ジーノが床をモップで拭く一方で、ソラは長椅子、燭台、飾り棚、窓といった埃の積もりそうな箇所を片っ端から水拭きしていった。


 しばらくは二人とも無言で掃除に取り組んでいた……のだが、窓を拭いていたソラは背中にひしひしと感じる視線を訝しんでついに振り返った。


 それと同時にジーノが慌てた様子で顔ごと視線を逸らす。


「あのー、もしかして何かやり方間違ってた?」


「いえ! 全くそのようなことはありません。とても丁寧にやっていただいていると思います」


 ならばさっきの突き刺さるような視線はいったい何だったのか。ソラはムッと目つきを鋭くしてジーノを見た。


「白状なさい」


「……その、私ったら自分のことばかりでソラ様のことはほとんどお聞きしていなかったなと思いまして」


「私のこと?」


「ソラ様のいた世界がどのようなところだったのか、そこでどう生活してこられたのか……こちらと共通することなどが見つかれば、ソラ様も少しは安心して過ごせるかと思いまして」


 床を拭く手を止め、ジーノは宙を見上げてそう言った。時折見せる押しの強い態度は正直苦手だが、どこまでもこちらを思いやってくれる彼女の優しさはソラを温かな気持ちにさせてくれる。ソラは窓に押しつけていた布巾を手元に戻して、拭いた面がほとんど汚れていないことに感心した。本当に毎日掃除してるのだな……その清潔さはジーノたちの心を表しているように思えた。彼女の清らかな心に対し、誠実に応えたいという思いがソラに芽生える。


「そうだなぁ。ここと向こうの共通点か。何かあったかな?」


 彼女は礼拝堂の中を見渡してろうそくに目をとめた。


「マッチ──じゃない、燐寸だっけ? それはあっちにもあったね。使い方も同じ」


「そういえば、そうおっしゃっていましたね」


「あとお風呂! 湯船につかる習慣があるのも一緒で安心したなぁ。私が育った国にも温泉があってさ。いいよね温泉」


「この村の温泉は傷に効くことで有名なんです。他にも胃腸の具合がよくなるというお声も聞きますよ」


「胃腸の具合が……まぁそうでなくても食は進むけどね。キミたちの作るご飯めちゃくちゃ美味しいんだもん。お野菜中心だけど、気をつけないと太りそうで怖いかも」


 今のところ腹で摘めるのは皮の部分くらいだが、このまま何も考えずに食べ続けたら、いつかそこに肉が割り込んでくることだろう。


 ソラはゾッとして震え上がり、そこでもう一つの共通点を思い出した。


「そうだ! ご飯だよ、ご飯。私の国の料理にすごく似てる。なのに食器が洋風じゃん? そういうところもよく似てるって思ったな。あと昨日出してもらったお菓子も……あれ何て言ったっけ? 私のところだとチョコレートって言うんだけど、同じのがあるんだよ」


「さこいつ、ですね」


「そうそれ。口に入れたとき思ってたとおりの味がして感動したわ~。ジーノちゃんも好きなんだよね? 私も大好きでさ、一日にいくつも食べて気持ち悪くなったことあったなぁ」


「いくつもですか? すごいですね……ソラ様は裕福なお家の出なのですか?」


「え? いや、そういうわけではないけど。もしかして、さこいつって高級品──?」


「そういえば下着の飾り編みも見たことのない精緻なものでしたし、下から支える針金のような物も入っていて、留め具にしても小指の先ほど小さいのにとてもしっかりした作りになっていましたし……やはりソラ様は──」


「ちょ、聞いて。やはりじゃないから違うから。一針ずつ手仕事の一点物とかじゃないし。そりゃ安くはなかったけど、取り立てて高いものでもないよ。一般庶民にも十分手が届くお値段です」


「あれほどのものが普通に手に入るなんて……すごいです。何だかこちらとはまるで文明が異なるようですね」


 ジーノはいたく感心していた。どうにもこの国(あるいは世界)では産業革命のようなものは起こっていないらしく、大量生産の技術は発展していないようだった。


 ソラはこの世界の文明度が気になり、少し突っ込んだ話を聞いてみる。


「ここって機械とかないの? 人が手を加えなくても一定の動作を自動でやってくれるような装置。電気はなさそうだから……魔力を送り込めば勝手に動く、みたいなやつ」


絡繰り(カラクリ)のことでしょうか? 碩都カシュニーでは魔法院の先生方が開発に取り組んでいるという話を聞きますが……」


 そこで不意に外からの冷気が入り込み、ソラとジーノは急な寒さに身震いして堂の入り口を振り返った。


「──絡繰りと言うと、近年始まったばかりの研究でまだ実用段階には至っていませんね」


 ジーノの話を引き継いだのは、村の手伝いを終えて戻ってきたエースだった。彼は入り口に立って外に向かい、外套や靴の雪を落としてから扉を閉めた。


「動力となる魔力について、その保存と各機構への定量的な供給に難があるようで、物を作りはしたが動かすことすらままならない……といった状況のようです」


「ふーん、そうなんだ。まぁ何事も最初は失敗続きでしょ。そこからどう改良して成功に結びつけるかが腕の見せ所ってことで」


「魔法院はどうしても魔力で絡繰りを動かしたいようなんですよ。俺としては師匠の言っていた蒸気機関の方が制御しやすいと思うんですが、魔術の発展に消極的な魔法院が採用することはないでしょうね」


「ははぁ。色々と理由があるんだね。しっかし、蒸気機関か。あっちにもあったなー」


「本当ですか!?」


 エースは外套を放り出す勢いで駆けてきて、ソラの言葉に食いつく。


「ソラ様の世界には蒸気機関が!?」


「う、うん……そう。私がいた世界っていうのは、その蒸気機関からどんどん進化した技術があちこちに溢れてるところなんですよ」


「すごい! 魔術が発展した世界なんですね!」


「あっちじゃ科学って言うんだけど、たぶんキミが言う魔術はそれに似た学問なんじゃないかと思うよ」


「はぁ~……すごいな……」


 それを聞いたエースは羨ましいやら悔しいやら複雑な表情をする。ジーノはそんな彼から外套を受け取りながら、「共通のことを探してみると、案外面白いですね」。距離が縮まる気がすると言って微笑んだ。


 ソラはつられて笑みを浮かべ、


「確かに。そういうの見つけると懐かしいっていうか、何かちょっと安心するかも」


 思考も少しばかり明るくなったのを感じた。


 ここは魔法が存在する異世界だ。であれば祈れば救われるという「お約束」もあるのかもしれない。先ほどはつい胡散臭いなどと思ってしまったが、ソラのいた世界の常識に照らし合わせて言うのなら、魔法だって十分に胡散臭い代物なのだ。あちらでは物語の中にしかない架空の技術がこの世界では現実に存在している以上、祈りの効果についても一概に眉唾物と断定することはできない。


 もっとも、それなら魔王が君臨するとか魔物がはびこるといった「混沌」の方がそれらしい気はする。天変地異を混沌と呼ぶこの世界は、妙なところで現実的というか、ソラがもといた世界と重なる部分がある。だからだろうか、ソラはジーノの言に一定の理解を示したとはいえ、その「お約束」を短絡的に信じることはできなかった。意識の変化はあくまで「可能性は否定しない」という程度にとどまる。


 本当に祈っただけで世界は救われるのか?


 肺も凍る暗黒の地で命を賭ける価値がある話なのか?


 行ったはいいが帰ってこられる確証は?


 自分も生き残るハッピーエンドを迎えられる確率は?


 今後はそこのところをはっきりさせていく必要がある。救われた世界に自分が生きていなければ、何の意味もないのだから。


 考えながらいつの間にか祭壇の前まで来ていたソラは、無色透明の鉱物を見つけ、おや? と顔を寄せた。


「何だろこの石。綺麗……」


「それは証石と呼ばれる魔鉱石で、手にした人間の魔力属性やその量を可視化してくれる物です」


 エースがそう答えてくれた。


 石の中には放射状に鋭い突起を伸ばす針のような異物が閉じこめられていて、それは光を反射して白金色に輝いていた。ジーノがソラの隣までやってきてその石を両手で包み込むようにして持ち上げる。すると、彼女の指の隙間から光が漏れてきた。


「中に含まれる金紅石が魔力に反応し、触れた者の属性を色で、また魔力の量をその輝きで示してくれるのですよ」


 ジーノが手を開くと、目を焼くような光が辺りに溢れる。ソラは思わず目に手をかざして光を遮った。細めた目の間からかろうじて見える色を拾うと、赤、青、緑、黄と様々な色を発し、その中でも赤と青が強く輝いていた。


「これはつまり、ジーノちゃんは魔力の量が……多いってこと?」


「ええ。ジーノは希に見る強大な魔力の持ち主なんです」


 後ろにやってきたエースがどこか誇らしげな表情で言った。ジーノはさすがに自分でも目が眩んできたのか、手を閉じて光を遮断した。目を開けることができるようになったソラは後ろを振り返ってエースに問いかける。


「キミは?」


「え?」


「エースくんの魔力はどんなもんなの?」


「えっと……いえ、俺はお見せするほどの才ではありませんから」


「そう?」


 彼は一転して困ったような顔になって首を振った。ジーノの後ということで気後れしているのだろう。ソラはそれ以上深くは問わず、ジーノが祭壇に戻した証石に興味の視線を向けた。


「私も持ってみていい?」


「はい──、そうですね! それがいいかもしれません」


「……それがいい?」


 ソラは何やらまた面倒なことを明らかにしてしまいそうな気がして一瞬ひるんだが、言い出した手前、伸ばした手を引っ込めるわけにはいかなかった。


 ソラは意を決して証石を手に取った。石は彼女の手の上で白く輝きだしたかと思うと、三分の一ほどが黒く変色してその光を失った。光度は眩しくも暗くもなく、微妙なところだ。どうせいつも通り、平均より少し下ということに違いない。


 それにしても、何やら妙な具合である。ジーノの時のような鮮やかな色がどこにも見あたらないのだ。


「ねえ、これってな──」


 石を持って振り向いた瞬間、ソラは頬にチクリと痛みを感じた。


「ジーノ! 下がって!!」


「お兄様!?」


 妹を自分の後ろにかばいながら、エースは左手に剣を抜いていた。なぜ彼がそんな行動を取ったのか理解できないソラは、頬を伝う生温かい液体を指で拭いその色を確かめた。


 赤。


 痛みとともに伝うもの。


 それは血だった。


「え……?」


 そうだと分かって初めて、ソラは自分がエースに切りつけられたのだと知る。だが、恐怖はまだやってこない。


 彼女はただ呆然とすることしかできない。


「ソラ様……どうして貴方が?」


 驚き、畏怖、絶望。


 様々な思いがエースの声に、顔に、震える切っ先に表れていた。


「貴方が、魔女だったなんて……!!」


 いや魔女だなんてそんなこと、自分だって知らない。そう言いたいのに、ソラの口からは何一つ言葉が出てこない。彼女は手に持っていた証石を床に落とし、一歩後退りした。

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