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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第四章 東ノ国
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第4話 「洋上にて」

 クラーナから更に南下し東ノ国の副都「朱櫻」を目指すソラたちとは反対に、ロカルシュは北へと向かう民間交易船に乗り、その船首近くで地平線の先をフクロウと共に見つめていた。南中からやや傾いた日差しが足下に短い影を作っている。それを踏む小さな足──フェントリーが現れ、彼はツンツンとロカルシュの腰のあたりをつついて声を掛けた。


「ロカルシュさん。奴らの動向に何か変化とかあったっスか?」


「特になーい」


「フェンたち、どのくらい遅れてるんスかね?」


「えっとー、一日から二日くらいかな~? 最初はそれほど離れてなかったんだけど。何か東ノ国の周辺って海流が変わりやすいらしくてぇ……」


 東ノ国は大小の島が連なる諸島国家であり、取り巻く海流は北に行くほど荒れ、舵取りが難しいことで知られている。


「あっちのお船さんの方が操舵が上手いみたいっスね。船籍は第三国になってましたけど、まぁおそらく東ノ国の人間が舵を握ってるんじゃないかと思うっス」


「うん。こっちの船より海の特性をよく知ってるから、スイスイ~って先に行っちゃうのー」


「大陸の交易船も普段向かうのは首都か副都で、第五都市『北斗』に向かうのはごく稀っスから。皆さん慣れてないんスね」


 フェントリーは手すりから目だけを覗かせ、ロカルシュが見つめる先に目を向ける。そこにあるのはひたすらの青だ。船体が揺れるのに合わせて上下する地平線を眺めながら、フェントリーはつま先で床を叩く。


 宿借りが国外に出たことを知ってすぐ、マキアスは彼らを追うべく船の手配を頼んだ──のだが、用意されたのは騎士の所有艦艇ではなく、交易のために商人が乗り合わせる民間の船舶だった。というのも、王国の武力として存在する騎士の船が他国の領海に予告なく侵入すれば、それはまさに侵略行為に他ならないからだ。


 マキアスたちは宿借りが向かうのは東ノ国であると想定して動いている……()の国との関係を良好に保ちたい王国側としては、いかに切迫した事態であろうとも騎士の艦艇を出す許可はできないのだった。


 そのようなわけで、騎士である彼らもまた制服を脱ぎ、一般人──と言っても武器を携帯している時点で商人を装うことは難しいため、雇われの用心棒という体でクラーナの港街を出港したのである。


「東ノ国に着くまでに追いつくのは無理かも~?」


「操舵士さんたちも頑張ってくれてるんスけどね」


 フェントリーは甲板を走っていった船員を見送り、どこか同情的な口調で言う。滅多に通らない航路を任された船乗りたちは、今この時も海図とにらめっこをしながら複雑な海流の中を必死に進んでいる。


 実を言うと彼らの読み(・・)のおかげもあって、宿借りの乗る船が東ノ国へ向かっていることは「想定」から「ほぼ確実」となっていた。さらにロカルシュが上空から確認する宿借りの位置と進路から、同国の第五都市「北斗」へ舵を取っていると推測が立ったのだ。


 東ノ国を構成する島々の中で最も北に位置するその都市は──先ほどフェントリーが言ったように、王国からの船が向かうことはほとんどない場所である。特別その土地で産出する物があるわけでもなく、かといって観光の名所があるわけでもなく。「第五」と数字を冠する都市ではあるものの、その実とりわけ大きな都でもない。


 宿借りたちは何の目的でそんな田舎の港を目指しているのか? 目的地は分かっても、不明な点は未だ多い。


 フェントリーはあれこれと考えて天を仰ぐ。ロカルシュとフクロウもそれをまねして難しそうな顔をして空を見上げる。


 ──と、そこに耳障りな声が聞こえた。


「うっぷ……」


 先ほどからごみ箱代わりの樽を抱えて、胃の中身が口から出るか出ないかを繰り返しているエクルの苦悶である。フェントリーはニヤリと笑うと彼のところに向かい、さも心配しているかのようにその背中をさすってやった。


「たかが船ごときで弱っちいっスね先輩。そんなんじゃロカルシュさんに笑われちゃうっスよ」


「むぅ。私そういうの笑ったりしないし。嫌な人じゃないもん」


「あらま、存外オトナ~。フェンは笑っちゃうっスねぇ。ケラケラと」


「っるせーぞ、フェントリー。俺様は陸地専門なんだよ……」


「はいはい。フェンはちゃんと分かってるっスよ~」


「馬鹿にしてんだろお前……。くそ……。オイ、第六……」


 エクルは樽から頭を上げ、青白い顔でエィデルを呼ぶ。


「次の薬、いつになったら……飲めるんだ……」


「あと二時間後です」


「早めに飲んだら──」


「駄目です。ケイ医師の言いつけは守ってください」


「あんたがいいって言えばいいだけなんだぞ……」


「自分は施術士としての知識はありますが、魔術──薬学の知識はあまり多くありません」


「つまり……なんだってんだ……」


「薬の効果は専門家の指示に従い、用法用量を守って服用してこそ十分に発揮されるものと自分は考えます」


「……」


「繰り返しますが、ケイ医師の言いつけは守ってください」


「……、……」


「辛いのなら少し眠ってはいかがです?」


「……。そう、する……」


 エィデルは最初こそエクルの体調を心配し献身的に看病をしていたが、ことあるごとに言いつけを破る彼に呆れ果て、今ではフェントリーとほぼ同じく塩対応になっていた。腕は立つが人間性に問題があるエクルは下手に優しくすると付け上がる性質がある。結果的に彼女の態度はエクルの扱いとして正解を選んだことになっているのだった。


「先輩のことはエィデルさんに任せておけば大丈夫そうっスね~」


「そうですね……。看病であればお任せください」


「よろしくっス!」


 言外で「それ以外の面倒は見ない」と言い、エィデルは業務的な笑顔を浮かべた。フェントリーはそれでいいと頷き、ロカルシュの方に戻っていく。


「ところでロカルシュさん、相棒くんから鳩のお返事は来ました?」


「んー。来てない……。なんか無視されてるっぽいの。東ノ国に行ったのも隊長の指示を聞いてのことじゃないみたいだしぃ……」


「独断で行動してるってワケっスか。明らかな規律違反行為っスね」


「セナ、何で私のこと無視するんだろー……」


「まぁまぁ、今のところ分からないことは置いておくとしましょ。フィナン隊長からは可能であれば現地でセナくんと合流し、連れ戻すように言われてるんスよね?」


「うん。そこで何か問題があったら、また連絡を寄越せってお話になった~」


「なるほど。うちのマキアス隊長もフィナン隊長とはやりとりしてるみたいっスし、その辺のお話も合わせて今後の方針を決めていかないとなのかもっスねぇ」


「何かあっちこっちグチャグチャで何か頭の中がグルグルするよぉ……。このままマキアス隊長についてって宿借りを追いかけたいけど、セナのことも気になるしぃ。にゅうぅ……」


 ロカルシュは頭を抱えてしゃがみ込む。そのままウンウンと唸っているので、フェントリーが大丈夫かと声を掛けようとしたところ、彼は唐突に立ち上がって奇声を発した。


「ウキャーーーッッ!!」


「ひぇっ!?」 


「頭がモヤモヤする~!!!!!」


「い、いきなり大声出すのは勘弁してほしいっス。とにかく今は落ち着いて……、ね? ね?」


 ロカルシュ本人だけではなくフクロウまでもバサバサと翼を羽ばたかせて暴れ始めた。そのうち甲板を駆け回るなどし始めて船員の仕事を邪魔することがあっても困る。フェントリーはロカルシュの手を握ってひとまずその場に座らせることにした──が、体が小さい彼は逆にロカルシュに引きずられ、一緒になってその場をぐるぐると回ることになった。


 その様子を船体の中部あたりから遠巻きに見つめているのは、マキアスとルマーシォだった。手すりに背を預けて胃の部分を押さえるマキアスは心なしか顔色が悪い。


「……」


「隊長まで海が苦手なんて初耳ですよ、僕」


「んな情けねぇこと話せるかよ……」


「ケイ先生が同行してくれてよかったですね」


「ああ。先生の酔い止め薬サマサマだぜ。とは言え、この胃のムカつきは……どうしようもねぇな」


「そもそも船に乗る前で捕まえるつもりでしたからねぇ」


「ま、エクルほどひどくなくて命拾いってとこだな」


「隊長、それ本人に言ったらいけませんよ。ものすごく落ち込むと思うので」


「あいつがぁ? そうか~??」


 器用に片方の眉を上げて訝しげな顔をするマキアス。その視線はまだロカルシュたちの方を向いていた。握った手を離してもらえず、どうしようもなくなったフェントリーが引きずられるままになっている。すると、ちょうど船尾の方からケイがやって来た。フェントリーは捕まっていない方の手を挙げて彼女に助けを求めた。


 ケイは一度立ち止まると、どこか呆れたように腰に手を当ててたたずみ、やがて二人の元へと向かって行った。ロカルシュの肩を掴んで正面から向き合い、一言ずつ丁寧に語りかける。何を言っているかは波音に打ち消されて聞こえないが、ロカルシュの表情が見る見る穏やかになっていったあたり、ケイはどうにか彼を落ち着かせることができたようであった。


 ケイはその後、エクルの体調を確認してエィデルと一言、二言を交わし、次いでマキアスたちの方へと足を向けた。彼女はマキアスの隣にやってきて手すりに肘をつくと、その耳に小さな声で尋ねた。


「マキアス殿、宿借りの逃亡を手引きした人間が騎士内部にいたというのは本当か?」


「……先生は耳が早いな。それは俺も今朝方、鳩で知った話なんだが」


「言っておくが今回の情報源は騎士内部ではないぞ。知り合いの商人筋からのものだ」


今回は(・・・)?」


「うむ。騎士にも知り合いはいるからな」


 傍目には睦言でも囁いているように見えるが、その内容は本来一般人であるケイが知っていて良いものではなかった。マキアスはわずかに顔をしかめる。


「あんたにゃ隠し事をしてもすぐにバレちまうみたいだな。怖いお医者さんだぜ……ったく。おい、ルマーシォ」


「はいはい。そうしたらどこか部屋でお話ししましょうか」


 そう言うと、ルマーシォは船員に話をつけて近間の船室を借りた。


 そこは商談などに使われるのか、他の部屋にあるような打ち付けたままの簡素な家具とは違う立派なものが置かれていた。三人は隠れるようにしてその部屋へと入り込み、静かに扉を閉めた。


 波の音が小さくなった室内で、マキアスは手近な椅子を引いてそこに座り、ケイは少し離れたところで机の縁に腰掛けた。ルマーシォは出入り口を塞ぐようにして立っている。


「先生はどこまで知ってんだ?」


「逃亡を幇助した騎士は割腹自殺したらしい、というところまで」


「……割と全部っぽいな」


 マキアスは諦めたように天井を仰ぎ、詳しい話を始める。


「俺たちが港を出た後すぐ、逃亡幇助の容疑がかかった騎士に事情を聞きに行ったらしいんだがな。自宅に押し入ったときには既に腹をかっさばいて死んでたそうだ。ちなみに遺書はなし。確認できる限り家族もなしだ」


「真実は闇の中というワケか。しかし自殺の状況を考えると、彼の国の関与は濃厚なのでは?」


「疑われる、って程度さ。証拠どころか、たどれる血縁もねぇんだ。たまたまあの国の人間が好むのと同じ自殺方法を選んだだけって可能性もある」


「それをもう少し詳しく掘り進めようと言う奴はいないのか?」


「いるかもしれんが、無理だろうな。我が国は薬剤面で(やっこ)さんに頼りきりだ……それは先生も知ってるだろ?」


「お国としては両国の関係に亀裂を入れたくない、ということか」


「まったく、国民の生命を他国に握られてるようなもんだぜ。情けねぇったら……」


「魔法院は魔術の発展に積極的ではないからな」


 国家同士の思惑を勘ぐるとなると、どれだけ話しても話し足りないくらいの疑いは出てくるが、今の話題はそこではない。ケイとマキアスは互いに目を合わせると、示し合わせたかのように首を振った。若干の沈黙の後、ルマーシォが一歩踏み出して話をまとめる。


「諸々の状況を計算に入れ、わずかに疑いを持たれる程度で済む方法で祖国への忠義を示した──となると、かなりよくできたやり方だったと僕は思いますね」


「ルマーシォはあの国の関与を確信しているようだな」


「あくまで僕個人の考えでは、という話です。体面的には国の姿勢に合わせますよ」


 ルマーシォはにこりと笑い、こともなげに言う。マキアスはそんな彼を横目に見ながらため息をこぼし、机に頬杖をついて手の平で口角をつり上げた。


「いずれにせよ、俺たちはこのまま奴らを追いかけるしかないっつーわけよ」


「いま我々が向かっている先は北斗だったか」


「ああ」


「ふむ……東ノ国の北端都市だな。副都へは第四都市と、首都の置かれている島を経由して南下しないといけないわけか。遠いな」


「ケイ先生は朱櫻でお弟子さんと合流する予定なんでしたね?」


「そうだ。上手いこと移動できればいいんだが……」


「先生、それについてなんだがね──」


 そこで、マキアスが突拍子もなく手刀を切る。彼は申し訳なさそうに表情を繕い、しかしながらあらかじめの決定事項を伝えるかのような口調でケイに言う。


「弟子と合流するって話、諦めてくれねぇか」


「何だって?」


 まさかそんなことを言われると思ってもみなかったケイは、目を大きく見開いて驚く。その顔を見たマキアスは彼女の意表を突けたことに笑みを浮かべ、その意図を明らかにするべく椅子から立ち上がった。

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