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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第38話 「裏切り 5/5」

 マキアスは暗闇に閉ざされた洞窟の前でロカルシュを相手に四苦八苦していた。


「コラ! ちょっと待て特務!!」


「もうこれ以上待ってられないよー! 私ひとりだってアイツら捕まえに行くんだから! ──うぐ、痛い……」


「だぁから、まだ止血できてないんだよ! じっとしてろ!」


 彼は嫌がって逃げる犬を引き留めるような感覚で、ロカルシュの襟を掴みながら怒鳴る。その声に顔をしかめたのはルマーシォだった。少し前に意識を取り戻した彼は未だぐらぐらと揺れる視界に酔うのか、近くの岩に寄りかかって目を閉じ、休んでいた。


「隊長、大声出さないでください。頭に響く……」


「お、おう……悪い」


 ルマーシォは無造作に包帯が巻き付けられた頭を抱えようとして、腕の傷が痛んでその手を下げる。マキアスに止血はしてもらったが、魔法施術師からの治療がなければ任務に戻れそうにない。彼は己の不甲斐なさにため息をつき、注意をしても騒ぎ立てるロカルシュの方に目をやった。


 今にも宿借りの後を追いかけようとする彼は、不自由な足を引きずるマキアスによって頭をひっ叩かれたところだった。人の話を聞かない野生児という噂は聞いていたが、これほど扱いが難しい人間だとは想像していなかった。ルマーシォは、ふとした瞬間に目があったマキアスに同情の視線を送った。


 現状の報告と救援の要請は既に南方の本部へと飛ばしている。ついでにロカルシュを上手く制御していたと聞く特務の相棒が迎えに来てくれるといいのだが……ルマーシォは話に聞いた少年騎士の到着を願う。しかし残念なことに、彼らの元に駆けつけたのは二人の女だった。


 彼女たちは馬から軽やかに降り立つと、その内いやに胸の大きな方が冗談めかすようにして言った。


「割と元気そうじゃないか。救護の必要はなかったか?」


「あン? お前さん誰だ。見たところ騎士でも憲兵でもないようだが」


「私の名前はケイ。野良の医者だよ」


 ケイはマキアスの怪訝な視線に嫌な顔一つせず、相手を安心させるように如才ない笑みを浮かべた。その後ろに控えた騎士姿の女が、直立不動でケイの立場を説明する。


「ケイ医師は本部よりマキアス隊長ほか二名の救護を依頼されて、こちらへ駆けつけました」


「ほーう?」


 マキアスは彼女にも怪しむ視線を向け、ロカルシュの首根っこを捕まえながら顎を手で揉む。そこに、ルマーシォが言葉を挟む。


「隊長、彼女は第六騎兵隊のエィデルです。ですよね?」


「はい。その通りであります」


「第六の? ふーん……」


「ふーん、って。隊長はいい加減よそ様の顔を覚えられるようになりましょうよ。いくつですか貴方……」


「知らんなぁ」


 マキアスは気の抜けた返事をしてルマーシォを呆れさせる。


 ケイはそのやりとりにクスリとしながら、まずはルマーシォの前にかがんで傷の状態を確認し始めた。患部に巻き付けられた布には血がにじんでいるが、その染みは既に乾き始めている。どうやら止血は的確に成されていたようで、彼女は一安心と言いたげに頷いた。


「一時は意識を失ったと聞いたが、今ははっきりしているようだな。外傷は右肩と頭部だけか?」


「はい。結構な勢いで叩きつけられたと思うんですけど、不思議と骨折なんかはしてないんですよね」


「そういや俺も、太い血管を避けたような傷なんだよなぁ……」


「ほう? それは誰にやられたのだね?」


「ツヅミとかっていう異国の男ですよ。あの広場にもいたでしょう」


「手心を加えられたということか?」


「いや、それはどうか分からないな。奴め、どういうつもりかは知らんが、絶望を味わう人間は多いほどいいとかほざいてやがった」


「おそらく、わざと見逃したのではないかと思われます」


「わざと? わけが分からんな……」


 ケイは眉をひそめる。しかしその表情では患者に不安を与えると思い直し、彼女は再びおっとりとした貴婦人のような顔になって、今度はマキアスの方に体を向けた。


「止血は全て隊長殿が行ったのか?」


「ああ。ルマーシォにせっつかれて救護教習を受けといて正解だったな」


「そうしたら、ロカルシュの方も──」


「コイツはまだだ。何やかんや暴れるもんだから上手くいかなくてよ……」


 マキアスはげっそりとして、当の本人をケイの前に差し出した。これまで会話の外で「離して~」だの何だのと喚いていたロカルシュは、無事な方の手でマキアスを指さして不満を漏らす。


「だって! この人、傷口ぐいぐい押してきて痛いんだもん~!」


「へーへー。専門家が来たんだし代わってもらうよ。んじゃ先生、あとは頼んだぜ」


 マキアスはそう言うと、どっこらしょと自分の足に声をかけてロカルシュの横に退いた。その隣に医療用の魔鉱石を指にはめたエィデルがしゃがみ、彼の右大腿部の傷に手をかざす。


「私も治癒の心得はありますので、お手伝いいたします」


「それはありがたい。では隊長殿たちを頼む」


「了解しました」


 エィデルはすぐさま治療を始め、ケイはその手際を確認し問題がないことを確かめてからロカルシュの手当にとりかかった。彼の左手の甲にはケイの小指の長さほどの刺し傷があり、直前まで暴れていたせいか、今も緩やかに出血していた。


 ケイはそこに手をかざし、中和した自分の魔力を流し込みながら傷を修復していく。


「先生、早く早く! 私、あいつらを追いかけないとなんだから~」


「ロカルシュ、お前の任務はソラを王都に送ることだろう」


「そうだけど──」


「セナも待っているぞ?」


「で、でも……」


 ロカルシュに犬の耳と尻尾がついていたのなら、今の彼はそれらをシュンと下げて口を尖らせた。


「わ、私だって……」


「ロカルシュ?」


「できることを、やらなきゃなんだもん……」


 彼はクラーナの広場で起こった出来事を思い返していた。自ら剣を持って戦うこともできず、戦況に戸惑ってただ隠れるだけだった自分。唯一無二の相棒であるセナの危機には駆けつけることさえできなかった。ソラの怪我も、動物たちの使いようによっては防ぐこともできたかもしれないのに……それができなかった。


 獣を操る以外に能がない役立たず。


 ツヅミに言われた言葉がロカルシュの胸を抉る。


 それは昔、他の誰かにも言われたことだった。ロカルシュはその才能を高く評価される反面、物事の理解が難しく、そして遅いため、話を聞いてもらえないことが多かった。


 誰も何も、ロカルシュの話には聞く耳を持たない。


 疑問を呈しても鼻で笑われるだけ。


 能力以外に用はない。そういう扱いだった。


 だから彼は故郷を飛び出し、当て所もなく山地をさすらい、白い砂漠で我を見失った。そこに手をさしのべてくれたのがフィナンだった。彼もまたロカルシュの才能に目を付けた大人の一人ではあったが、どんな些細な話も聞いてくれる初めての大人だった。


 そして、彼の導きでセナと出会った。


 最初は「変な奴だ」と睨まれたが、やがて彼はロカルシュ自身を認め、その人格を見て接してくれるようになった。


「セナだったら……やりたいようにやれって、きっと言ってくれるもん……」


 彼に──大切な人に。


 役立たずだったとは思われたくない。


 この国の人間や、やっと出会えた「神の使い(ソラ)」を傷つけた犯人を捕まえて、自分が人の役に立つことを証明しなければならない。ツヅミの言葉が間違っていると、真っ向から否定しなければならない。


 だから自分は、何があっても宿借りを追いかけるのだ。ロカルシュがその意志を伝えようと口を開いた所に、他人の声が重なる。


「うへぇ~。爺さん、こりゃまた酷くやられちまったな?」


「──エクルか。悪いな呼び寄せちまって」


「隊長、フェンもいるッスよー」


「おう? そうだったなフェントリー。すまんすまん、小さくて見えなかった。だがよく来てくれた」


 遅れてやって来たのはマキアスの部下たちだった。隊長であるマキアスを爺さんと呼ぶのはエクルである。彼は筋肉質な体をしている青年剣士で、不遜な態度が言葉と表情からにじみ出ていた。その横で小さな自分を目立たせようと飛び跳ねるのは、魔法使いのフェントリーだ。十二、三歳くらいに見える彼は実際のところ二十歳を超えており、その(なり)を武器に斥候を務めたりもする一人前の騎士であった。


 フェントリーはマキアスの次に手当を終えたルマーシォに首を傾げて聞く。


「ルマーシォさん、無事ッスか?」


「たった今、無事になりましたよ。救護に駆けつけてくれたエィデルとケイ先生のおかげです」


「そりゃあよかったッス。そちらのお二人はエィデルさんとケイ先生って言うんスね~。よろしくッス!」


 彼はあどけない顔に満面の笑顔を浮かべた。その背後ではエクルが周囲の気配を探るように目を細め、辺りを見渡していた。


「んん~? 呼ばれたの俺様たちだけか?」


「先輩、散らばった方向から考えてここまで最速でたどり着けそうなのはフェンたちだけッスよ」


「そうかァ? 根性ねぇ奴らだな」


「先輩と違って、根性しかないわけじゃないッスからねー」


「アァン?」


 エクルは振り向きざまにフェントリーの後頭部を叩こうとしたが、素早さでは体の小さなフェントリーの方が勝るのか、彼の平手はむなしく空を切った。


「チッ……んで、爺さんよ。本当のとこ他の連中はどうしたんだ?」


「フェントリーの言う通りさ。お前ら以外は呼んでも到着に時間がかかりそうだったからな。一度クラーナに戻って待機するよう言った」


「追って指示を待てってか?」


「そういうことだ」


「あっそ。そしたらこの後はどうすんだ? もちろん宿借りの野郎どもを追いかけるんだろうな?」


「応とも。そのつもりだぜ」


 しっかりと頷いたマキアスの言に飛びついたのは、手当を終えたばかりのロカルシュだった。


「私も! 連れてって!!」


「おんや? 誰ッスか、この人」


 見ない顔に首を捻ったフェントリーに答えたのは、意外にもエクルだった。


「俺様知ってんぜ。コイツあれだろ、特務の二十五才児。ロカルシュとかって奴。希代の獣使いらしいがそれ以外は能なし」


「ムッ!!」


「あと、プラディナムで神子サマだか何だかちやほやされて育った坊ちゃんで、ものすんげぇバカだって聞いてんぜ」


「へぇ~。お兄さんプラディナムが嫌いな人ぉ?」


「ハンッ! 出身なんてどうでもいいね。俺様はお前みたいな甘えた坊やが嫌いなんだよ」


 エクルのその言い様に、ロカルシュは珍しく敵意を露わにして瞼の下の竜睛石を覗かせた。その挑戦的な視線にエクルも負けずに睨み返し、二人の間に火花が飛ぶ。


 その様子を見ながら、ルマーシォとフェントリーがやや和やかな雰囲気で話を続けた。


「つまり、エクルと同じ類の人間というわけですね」


「ああ~なるほど、先輩と同類。頭は悪いが腕は立つってやつッスか」


「と言っても、エクルの場合は頭と言うより人間性に問題がある──」


「だぁーッ!! 俺をこんなでっかいガキと一緒にすんな!」


「いや、アンタもでっかいガキでしょうが」


「ますます同じですねぇ」


 エクルは手足をばたつかせて二人の言い様を否定する。一方のロカルシュはエクルの視線がルマーシォたちに逸れたのを見て、再びマキアスに嘆願していた。


「ねぇ、お願い隊長さん。私を連れてって!」


「無理を言うな。お前さんには自分の任務があんだろ?」


「でもでも! 私がいた方が追跡は楽だよー。今だってあの三人の後を洞窟の中で蜘蛛さんに追ってもらってるし、私がいなくなったら隊長さんたちどうやって追いかけるのー?」


「そりゃあ、こっちとしてはお前さんについて来てもらった方がありがたいんだが……」


「ほらね! じゃあいいじゃーん」


「いや、よくねぇって。まずはフィナンに話を通してからじゃないと、お前さんの同行は容認できん」


「むぅ~、また隊長ぉ? みんなそればっか言う!」


「そりゃお前、当たり前だろうが」


 ロカルシュは頭を抱えて唸り始める。


 そこに、意図せず助け船を出してしまったのはルマーシォだった。


「しかし隊長、追いかけるのはいいですけど、エクルたちの足がありませんよ?」


 それを聞いたロカルシュは一つ妙案を思いつき、ポンと一つ手で拍を打って虚空を見上げつつ言った。


「あの三人が乗り捨てたお馬さん~」


「それがどうした?」


「連れてきてあげる──けど、私のこと連れて行ってくれないならここから動かしてあげない」


「おいおい、それ脅してるつもりか?」


「何なら隊長さんたちの足を直接止めることもできるんだからねー」


「……まいったな。この兄ちゃん思った以上にやっかいだぞ」


「困りましたね。ロカルシュくんの能力だと、僕たち文字通り足止めされてしまいますよ?」


「殴って気絶させりゃいいんだよ、こんな奴」


「先輩、それはいくら何でも横暴ですって」


 袖をまくる仕草をして大股でロカルシュに向かっていくエクルをフェントリーとルマーシォが羽交い締めにして止める。当のロカルシュはエクルの太い腕を見ても動じず、何なら殴られても気合いで意識を保つつもりで仁王立ちになった。その顔が気に入らないエクルがついに抑止の二人を振りきり、ロカルシュに拳を向ける。


 骨張った握り拳がロカルシュの頬にめり込む瞬間──その一歩手前でエクルは自らの意志で手を止めた。やろうと思えば獣使いの能力で止めることもできたのに、ロカルシュは殴られる覚悟でその場を動かなかったのだ。


「……」


「……」


 無言で睨み合うロカルシュとエクル。


 はらはらとしながら見守るルマーシォとフェントリー。


 ロカルシュの気構えを見定めるマキアス。


 そして、そんな五人を外野からじっと観察していたのはケイとエィデルだった。


「暑苦しい……が、嫌いじゃない」


「拳で分かり合うというやつですね。女同士ではまずあり得ない話です」


「そうか? 私はキャットファイトも何度か見たことがあるぞ?」


「きゃっと……?」


「父の祖国の言葉でな。女の喧嘩を猫のそれに例えた表現だ」


「なるほど。言い得て妙ですね」


 女二人で頷き合っていると、その暑苦しくも緊張感あふれる空気を切り裂くようにして、紙の鳩が飛んできた。それは騎士の間で使われるものではなく、ケイに馴染みのある用紙だった。


「おや? うちの弟子からの連絡のようだ……が。うーん……」


「どうした先生。悪い知らせか?」


「ああ、いや。悪いというか……」


 ケイは文面を読み進めるごとに表情を険しくしていく。彼女は腕組みをして考え込み、ロカルシュに顔を向ける。


「ロカルシュ」


「なぁに? 先生」


「今も宿借りの追跡をしていると言ったな?」


「うん」


「どちらへ向かっている?」


「あっちー」


 ロカルシュはキリッと眉をつり上げたまま、南東方向を指さす。ケイの頭の中にある地図が正しいなら、その先にあるのは小さな港街である。


 マキアスもまた、彼の指さした方角を見つめて簡易の地図を広げる。


「連中が向かってるのは港か? 国外へ出る算段かもしれない……となると、やはり逃亡先は……」


「可能性が高いのは東ノ国でしょうか。()の国の人間が関わっていることは本部にも伝えたんですよね?」


「ああ」


 頷くマキアスに、フェントリーが手を挙げて疑問を呈する。


「何スかそれ? フェンたち初耳ッス。確かに宿借りの片割れがそれっぽい顔つきだって話は聞いてましたけど、確定したんスか?」


「いえ、そうではなく。東ノ国の人間が彼らの逃亡を手引きしたんですよ」


「はぇ~。そうだったんスかぁ」


「まぁそれはともかくです。本部の方々も、奴らが東ノ国へ逃亡する可能性を考えて動いてるはずです」


「うーむ。そしたら要所で検問するとか、各地の港で縄を張ればひょいっと捕まえられそうだな」


「おいおい爺さん、冗談じゃないぜ。アンタまさか港湾騎兵隊に丸投げする気か?」


「んなわけあるかよ。宿借りの奴らには返さにゃならん借りがある!」


「はいはーい! だからそこで私が役に立つの!」


 フェントリーの横で同じく手を挙げたロカルシュの頭をエクルが叩く。


「るせぇな! ここまで来たらお前みたいな馬鹿の手は借りなくても追えるっての」


「ムッ!? 私のこと馬鹿って言っていいのはセナだけなんだから~! 気安く言わないでよね! それからやたらと叩くのもヤメテー」


「気安く言うならもっとコテンパンに扱き下ろしてらぁ。これでも遠慮してやってんだよバァーカ!」


 またしても不毛な言い争いを始めてしまった二人に対する周囲の目は呆れ一色となり、ケイとマキアスはそれぞれロカルシュとエクルの襟首を引っ張って引き離した。まるで子どもの喧嘩を仲裁する親の気分だ。


 ケイはロカルシュの頭を軽く撫でて黙らせ、マキアスに向き直る。


「隊長殿に一つ提案がある」


「何だ?」


「とりあえずロカルシュを同行させてやってくれないか」


「せんせーい! 好きっ!!」


 ギュッと抱きつくロカルシュをそのままに彼女は先を続ける。


「その間にロカルシュはフィナンと連絡を取って指示を仰げ。彼からマキアス殿たちへの同行が許されたならそうすればいいし、セナと合流しろということなら──」


「それに従えってこと?」


「そういうことだ」


「……」


「セナの言いつけを守れてフィナンにも筋が通り、なおかつマキアス殿たちに同行できるんだ。今はこれで納得しておけ」


「ぬぅ~……、分かったぁ」


 ロカルシュは渋々ながらケイの言葉を受け入れた。彼は懐から連絡用の紙を取り出し、携帯の筆記具で文字を書き連ねていく。のぞき込んだフェントリーは案外整った書体で文をつづる彼に感心していた。


「──そして私とエィデルだが、頭を打ったマキアス殿とルマーシォの経過が少し気になる。なので私たち二人もしばらく同行させてもらいたい」


「そりゃ助かるぜ。俺らの具合のこともそうだが、何よりロカルシュの相手は先生に頼んだ方がよさそうだからな。アイツの制御の仕方はよく分からん」


「……というわけなんだが、どうにか調整してくれるか? エィデル」


 ケイはエィデルに向き直り、そう頼む。


「本部の方々からは臨機応変に対応するよう言われております。報告すれば承認されるかと」


「ふむ。そうしたら、これで今後の方針はまとまったな」


「先生はその後、クラーナの本部に戻るということでよろしいでしょうか?」


「いや、それなんだが……ロカルシュの行動が決まり、マキアス殿たちの経過も良好となれば、私はすぐに東ノ国へ渡るつもりだ」


「おや? ケイ先生もあの国に行くつもりなんスか?」


「ああ。さっきの知らせで、現地で弟子と合流することになったんだ」


「ふーん。そうなんスね~」


 エースからの鳩にはソラの具合と薬の調達経路、そして今後の精神状態の行方を鑑み、ユエの申し出を受けて東ノ国へ渡ると書かれていた。最後の方にはエース個人の言葉で、これからの不安もつづられていた。ユエはともかくとして、セナの気遣いがどうにも空々しく感じられるのは、自分の考えすぎだろうか、と。


 ケイは彼の疑問に対し、自分の正直な気持ちを記して返すことにした。それを折って空に飛ばす頃になると、マキアスたちは「どこかで魔鉱石も調達しないとな」などと呟きながら、馬に乗るところだった。


「ルマーシォはエィデルに乗せてもらえ。まだフラついてるだろ」


「ええ。ではエィデル、よろしくお願いします」


「承りました」


「そしたら隊長はフェンが乗せてあげましょうかね?」


「おう。よろしく頼むぜ」


「どうぞお任せあれ~。快適な乗り心地を提供するッスよ」


「何だよ。そしたら特務の馬鹿に馬呼んでもらう必要なかったんじゃねーか。やっぱ殴っておけば……」


「せーんーぱーいー。もう! 決まった後からごちゃごちゃ言わない!」


 どうどう、と馬の興奮を静めるようにして、両手を上下させるフェントリー。その向こう側で、ひざまずかせた馬の背に乗ったロカルシュが視線を上げながら言った。


「そうだよ熊さん~。隊長さんたちだって平気になれば自分でお馬さんに乗るだろうし、無駄じゃないもんねー」


「誰が熊だオイコラ!!」


「熊クマくま~! ベェーッ!!」


 ロカルシュはエクルを指さして舌を突き出す。その言い様には、エィデルの後ろでルマーシォが爆笑していた。


 今度はルマーシォに文句を言い始めたエクルの声を聞き流し、ロカルシュは呼び寄せた宿借りの馬に、ひとまず後ろからついてくるように伝えた。そして出発の準備が整ったことを確認すると、彼は自ら先頭に立ち、目の前の洞窟を迂回して砂原に出る道に進路を取った。


 最後尾のケイが一度、都の方を振り返る。


「……お前の所感は正しいと思うぞ、エース」


 信用するなとは言わないが、気を許すべきではない。


 セナがフィナンに東ノ国行きの伺いを立てた──それだけならまだしも、上司から返事が来る前に了承の意を示したことには、ケイも違和感を覚える。いや、そもそも王都行きの決定にも渋々従った様子だったあの少年が、腕を一本失っただけのソラを心配するなどおかしな話だった。危険な状態でもなく、じきに快方へと向かうことが分かっているというのに。


 ソラを大切に思うロカルシュもそばにいない状況で、いったい誰に()()()()その決断をしたのか……。


 彼の行動に何か企みがあるのを感じながら、ケイはロカルシュたちの後を追った。

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