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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第34話 「裏切り 1/5」

 時計塔の広場で戦闘を繰り広げた騎士のうち、南方第一騎兵隊の数名は逃走したと思われる宿借りを追っていた。彼らはクラーナの街を南方に下り、市街の外へとやってきたところで突如として天から降り注いだ雨粒に顔をしかめていた。傍目に見れば数ヶ月ぶりに降ってきた恵みの雨だが、上空に雲はない。腰に肉厚の剣を差した老兵はその雫が何であるかをすぐに理解し、悔しそうに砂地を踏みつけ辺りの景色を睨みつけた。


「ホンットにロクでもない奴らだな!」


「ダメです隊長。奴ら魔法でこの一帯に雨を降らせて痕跡を消しやがった」


「カシュニーの時と同じだ。残るはこの馬の足跡だけだな」


 その手がかりにしても容易く追跡できないよう工作が施されており、都を出てすぐの地点から二頭分の馬の蹄が四方八方に分散していた。おそらく魔法で痕跡だけをつけたのだろう。


「まさか馬を用意していたとは思いませんでしたね。どこに隠してたんだか」


「この逃走手段、本当に奴らが用意していたものだと思うか?」


「そこなんですよねぇ。昨日から家畜も含め僕たちでくまなく避難させてましたし」


 広場で対峙した宿借りは初めから勝った気でいた。よもや、自分たちが再び尻尾を巻いて逃げることになると想定していたとは思えない。逃走手段は用意しておらず、この敗走は予定外のはず──というのがこの老兵の考えだった。


 実際には、ナナシたちは腕の報復が済んだら巨人を溶かしてさっさと逃げるつもりでいたのだが、その足を確保していたかと言えばそれは否だ。彼らはクラーナまで来たのと同様に、すぐ適当な地下洞窟へ潜る気でいた。


「……てぇなると、手助けをした奴がいたのか?」


 老兵は顎をなで、低い声で唸る。


 目下の問題は残された足跡のうち、どれが正解かということだ。あるいはこれら全てが攪乱である可能性もあったが、人員が足りず手がかりも目の前の足跡しかない今、迷っている暇はない。宿借りも急いではいただろうに、どの蹄も視認できなくなる遠くまで続いている。そのことから、あちらはあくまで冷静であることが窺い知れた。このままでは、こちらがもたついた分だけ相手に時間的、精神的余裕を与えてしまう。


「仕方ない。手分けして追跡するぞ! 俺は南東に向かう。あとは……」


 老兵はてきぱきと隊を分け、合図をすると手がかりを追って一斉に散らばった。馬で逃げる相手に徒歩というのも不利だが、今はとにかく一歩でも近く宿借りに追いつきたい。自らも部下を一人連れて、老兵は白い砂地を走り出した。


 二人がしばらく走っていると、後方から何やら複数の足音が近づいて来た。


 老兵たちは走る速度を落とし、後ろを振り返りながら顔を見合わせる。


「何だ? あっちから来るのは」


「イノシシ的な……いえ、馬ですね。野良馬が爆走しているのでしょうか」


「野良馬ってお前……んなわけあるか。誰か乗ってんだろ」


 老兵の言うとおり、馬の背には人の姿があった。それは猛烈な速度のまま二人に向かって突っ込んでくる。


「おじーいちゃーーーん!!」


「誰がお爺ちゃんだ! って、おいおいおい!! 止まれ止まれ!」


 その間の抜けたというか、いまいち緊張感のない声はロカルシュのものだった。彼は老兵の横を少し通り過ぎたところで足を止め、馬たちを反転させた。


「じゃあ誰だか知らない騎士の人! 暇ならちょっとつきあってほしーんだけど!」


「暇じゃねぇよ」


「暇ではないですね」


 ロカルシュの物言いに二人は鋭く突っ込む。


「──ですが、目的は貴方と一緒だと思いますよ」


「やっぱり? そっちも宿借りを捕まえるつもりの人たちってことー?」


「はい、その通りです」


「じゃあ二頭に二人でちょうどいいね! 早く後ろの馬に乗ってついてきてー」


「水を差すようで悪いが、ちょっと待ってくれ。お前さん誰だ? 見たところ特務の奴らしいが」


 着用している制服の色からロカルシュが特務騎兵隊の所属であることは分かったが、いかんせん他部隊の人間のことまで把握していない老兵は訝しげな表情を浮かべて彼を見た。それに対し、若い兵が一歩前に出て言う。


「知らないんですか、隊長。特務にいる盲目の獣使い、ロカルシュくんですよ」


「あらー? 私のこと知ってるのー?」


「割と有名人ですから」


「俺は知らんぞ……」


「あっ! そういえば私も二人のこと知らないや」


「……俺は南方第一騎兵隊の隊長をやってるマキアスだ」


「僕はルマーシォ。第一騎兵隊所属のしがない弓兵です」


「マキアス隊長とルマーシォね。よろしくー」


 ロカルシュは二人の名を聞くと、彼らが馬に乗るのを見ることもなく再び走り出した。マキアスとルマーシォは残された二頭に慌てて騎乗し、その後に続く。


 三人はロカルシュを先頭に白い砂原を駆けていく。


「おいロカルシュ。とりあえずお前のケツ追いかけてる状況だが、宿借りの連中がどの方向に逃げたのかちゃんと分かってんだろうな?」


「もっちろーん。わんちゃんとの連携すぐに切って鳥さんに索敵頼んで正解だったよぉ。こっちに逃げたのバッチリ見てたって。今は先に追いかけてもらってるー」


「ほぉう、そりゃ頼もしい」


「ということは、その鳥さんのおかげで僕たちが先行していることも知っていたんですね?」


「そう~」


 ルマーシォの言うとおり、ロカルシュは先に騎士の一隊が宿借りを追いかけていったことを知っていた。そのうちの二人が正解の足跡を辿って行ったことも、鳥の協力を得て把握していたのだった。だから彼は避難所の馬を拝借して最短距離を突っ切らせ、後ろに追いついてきたところで騎乗して他の二頭を牽引してきたのだ。


 マキアスはロカルシュの隣に並んで彼に視線を向け、気になっていたことを聞く。


「祷り様のいた辺りが騒がしかったが、何があったんだ? 俺たちゃ霧で全く周囲が見えない状況だったし、晴れた後はすぐに宿借りを追ったもんだから、その後のことが分からん。もしだったら教えてくれ」


「魔じ──祷り様は……宿借りの白くて小さい方に腕を切られちゃった」


「何だって!?」


「何てことを……っ! 彼女は無事なのですか?」


「一応、緊急の処置はお医者先生がしてくれたからきっと大丈夫……じゃないと困る」


 眉をハの字に下げたその横顔はマキアスの元に駆けつけた時と違って元気がなく、彼もまた「祷り様」を心配していることが分かった。マキアスはそんな彼を元気づけようと、大きな拳を振り上げて力強い口調で言う。


「ああ、そうさ。あっちは大丈夫だ。だから俺たちは追跡に集中するぞ。大怪我を負った祷り様のためにも、何としてもあの二人を取っ捕まえにゃならん!」


「ですね。急ぎましょう、ロカルシュくん!」


「……うん!」


 励まされたロカルシュは大きく頷き、その気持ちにつられたかのように馬も走る速度を上げた。


 そうして砂地を抜けて行くと、地面に生える緑が増えてきた。ごつごつとした岩肌も目立つようになり、そのうち彼らは小規模な洞窟の入り口にたどり着いた。そこまで来ると、一直線に前方を走っていた馬の足跡は洞窟の手前で地団太を踏んだように乱雑になり、洞窟を迂回して東の方へと向かっていた。


 馬を下りたロカルシュは顔を上げて指笛を鳴らす。するとどこからともなく鷹が飛んできて近くの岩場に舞い降りた。彼は鷹と視線を合わせて何度か頷き、やがてマキアスたちを振り返った。


「うん。やっぱりここに入って行ったってー」


「そうか。とはいえ馬の足跡も気になる。ルマーシォは念のため周辺の様子を探ってきてくれ」


「了解です」


 ルマーシォは背中の弓を担ぎ直すと、飛ぶようにして辺りの岩陰に紛れてしまった。ロカルシュは無駄のないその動きに感心し小さく手を叩く。マキアスはそんな彼の横を通り抜け、腰袋の中から小さな明かり石を取り出して洞窟の中を照らし出した。


 入り口から数歩の距離を明るくしただけだが、人が居る気配はない。


 ──と、マキアスの耳が暗闇の中で小さな物音を拾う。重いものが砂利を踏むようなそれだ。


「誰だ!?」


 マキアスの大声にロカルシュが飛び上がって耳を塞ぐ。


 洞穴の中で反響する怒声を聞いた何者かは、それこそ心臓が飛び出るほど驚いたことだろう。その証拠に、山彦のように繰り返されるマキアスの言葉の間にひそひそと別の声が聞こえる。


「宿借り! 貴様らがそこにいるのは分かっている! 神妙に縛に就くのなら手荒な真似はしないと約束しよう。だが抵抗するようなら……」


 彼の言葉はそれ以上続かなかった。なぜかと言えば、素直に姿を現す者があったのだ。


「お年の割に元気な方ですね」


 それは関心と呆れとを織り交ぜたもので、そうかと思えばどこか作り物めいた印象も与える奇妙な声だった。


 彼は闇の中から何の感情もない瞳を浮かび上がらせ、異国の風体を光の元にさらした。

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