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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第一章 ペンカーデル
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第10話 「ハッピーエンドの定義 2/5」

 食事が終わるとソラはごく自然な調子で片付けの手伝いを申し出たのだが、昨日と同じく丁重に断られてしまい、やることがなくなってしまった。そんなわけで、彼女はフラフラと外を散策することにした。スランが残っているのなら話につきあってもらって聖人論議をしてもよかったが、祠祭である彼には朝から仕事があった。それは主に村の状況の把握で、この漠然とした職務内容ゆえにやることはなかなかに多いらしく、彼は忙しそうに教会を出て行った。ジーノにしても、朝食の片付けが終われば祠の手入れに行かねばならなかったし、エースも村の雪除けの手伝いに駆り出されてしまっていた。


 客人を一人残すことになってしまい、ジーノは何度も頭を下げながら、


「すぐに掃除を終わらせてきますので!」


 と言って、慌てて聖域の方へと駆けていった。


 こうして、暇を持て余したソラは借りた防寒着を着、雪の舞い散る寒空の下を歩いて教会周辺を探索することにしたのだった。


「私って一応まだ素性の知れない余所者なのに、こんなに伸び伸びしちゃってていいんだろうか?」


 構ってほしいわけではないが、こうして放っておかれると彼らの人の良さが心配になる。


「私が何か悪巧みしてるって思わないのかな? してないけどさ」


 それにしたって警戒心がなさすぎやしないか。やはり自分がしっかりしなくてはと決意を強くし……ソラはその矢先に雪の深みにはまって盛大に転倒した。


「……」


 黒い外套の右半分がものの見事に真っ白になった。視界を邪魔する帽子を被り直し、マフラーや長靴の中に入り込んだ雪を無言で取り除いていく。いつも通りの自分の残念さに辟易しつつ横に目をやると、そこにひっそりと建っている小屋があった。


 物置か何かだろうか? その周囲は昨日からの積雪で雪に覆われていたが、手足で除けてやれば扉はすぐに開きそうだった。


「よし。シャベルが入ってたら雪除けをしてあげましょう」


 かくして扉を開け、ソラのやることは決まった。予想通り入っていたシャベルを持って礼拝堂の正面に回り、除雪作業の開始である。


 ひらひらと落ちてくる雪にまみれながら、ソラは礼拝堂の前に道を開いていく。元の世界では──さすがに屋根の雪下ろしをしなければならないほど雪深いところには住んでいなかったが、寒さが厳しくなればそれなりに雪が積もる地域で育ったおかげでソラの作業は順調に進んでいった。


 村に下りる坂道にさしかかるところまで終わって、少し暑くなってきたソラはマフラーをとって首筋を外気にさらした。


「周り真っ白で何も見えないけど、ここって山間の集落なんだっけ? こんだけ雪降ってると物資の調達とか大変そう……ってか、ちゃんとできてるんだよね?」


 首を回すついでに周囲を見渡して、何の気なしに不安が脳裏をよぎる。


「いやちょっと待って。この村の人たちみんなあの三人と同じような感じだったらどうしよう。なくなってから困ったナーとか言いそうなんだけど」


 坂の上からチラリと村を見下ろす。屋根に登って雪を下ろす者、道の雪除けをしている者、村の中央にある噴水広場で鬼ごっこをしたり新雪に飛び込んでいる子どもたちが数人……。


「子どももいるんだし、さすがにそれはないよねっ! ……ね?」


「ソラ様?」


「うひゃいッ!?」


 突然後ろから肩を叩かれて飛び上がったソラは、バランスを崩して斜面で足を滑らせた。転げ落ちそうになるのを、腕をつかまれて何とか事なきを得る。


「驚かせてしまってすみませんでした、ソラ様。大丈夫ですか?」


「な、何とか平気。ありがとうね、ジーノちゃん」


 ジーノの手を借りて立ち上がり、ソラは外套に付いた雪を払い落とす。


「ぼんやりとされていたようですが、どうかなさいましたか?」


「いやね……この村って山の中にあるんだよね?」


「ええ。この村は四方を山に囲まれています。おかげでどこへ行くにも峠を越えないといけなくて。この時期になるとなかなか外との行き来が難しいのです」


「だろうね。それでさ、こんだけ雪深いと食料とかの物資を調達するの大変じゃない? そういうの大丈夫なの?」


「まあ! ソラ様はこの村のことを心配してくださるのですね」


「あ、うん……そりゃあね……心配だよね。この村も、キミたちも」


 それはジーノが感動するような殊勝な理由ではないのだが、本当のところを言ったらさすがに失礼なのでソラは黙っていることにした。


「で、どうなの? 大丈夫?」


「今年も備蓄は十分に確保できていますから、大丈夫ですよ。天気のいい日を狙えば峠越えもできますし、いざとなれば麓の村に下りて助けを求めることもできます」


 非常時には村人を受け入れてくれるよう、麓の村とは協議が済んでいるらしい。こういったことも祠祭であるスランの仕事だとジーノは言う。それを聞いたソラは少しの雪でも転んで真っ白になっている間抜けな自分を振り返り、「私ごときが心配することじゃなかった」と反省した。


 ひっそりと肩を落とすソラを余所に、ジーノは話を続ける。


「心配なのは五年後、十年後の冬ですね。夏は年々短くなっていますし、その頃になっても作物がきちんと育ってくれるかどうか……」


「夏が短くなる?」


「ええ。北方では寒冷化が進んでいて、見ての通り冷えと雪がひどく、南方ではその逆で気温が上がる一方。水不足が深刻化していると聞きます。西方でも長雨が続いているとか」


「異常気象ってやつかな。環境問題か」


「東方では大小の地震が頻発しているとのことです」


「地きゅ──じゃなかった。星の活動期なのかもね……?」


「東ノ国では疫病が出たという話もあります。薬学について我が国の一歩先を行く彼の国で病が流行るなんて、何とも皮肉な話です」


「……」


「こんな状況ですから、世界の混沌を祓う聖人の再臨というのは、私たちの悲願なのです」


「そう……なんだ……」


 ソラはジーノの言葉を否定することだけは避け、そのすがるような目から視線を逸らした。


 こんなことを言われても未だに聖人であることを否定したがる自分は、もしかしなくてもかなりのクズなのでは?


 胸が痛む。ソラは何となく「ずるいなぁ……」と思いながらも、その不満を実際に口にすることはなかった。


「そしたら、そういう天変地異的なものがキミたちの言ってる世界の混沌ってやつなの?」


「そうです」


「それをどうにかするために軸のところまで行って祈る、と」


「……はい」


 地震はともかくとして、天候や流行病の問題は原因をつきとめて一つずつ解決していけば改善していく話なのではないか? 時間はかかるだろうが、いるかも分からない神に助けを求めるよりはよっぽど現実的である。


 軸で祈りを捧げれば万事解決するなど、まるでオカルト話だ。ソラは疑いを瞳に映しながら、それをジーノに見られないよう彼女から顔を逸らして聞いた。


「そのお祈りってさ、やったら全部元通りになるって保証はあるの?」


「伝承記にはそのように記されています」


「伝承記……。伝承ねぇ?」


 ソラはシャベルの取っ手に顎を乗せ、曖昧に呟く。


 こう言っては何だが、言い伝えなどという真偽の程も定かではない根拠を基に、前人未踏にも近い場所へ行けというのはやはり無茶が過ぎる。ソラも困ったときに神頼みをするくらいの信心はあるし、「信じる者は救われる」というのは精神面のことを考えれば確かにその通りだと思う。だが、それで世界が救われるという話になると途端に胡散臭く思えてくるのだ。


 ソラはジーノに背を向け、肩を抱いて身震いした。


「アー、寒い。寒いわぁ……」


「中に入りますか?」


「だね。雪除けもいいとこ終わったし。礼拝堂の掃除とかする?」


「ソラ様は動いていないと落ち着かない方なんですね?」


「動いてないとって言うか、私はただの一般異世界人ですから。そうでなくてもお世話になる以上はタダ飯を食らうわけにいかないのですよ」


「でしたら、お手伝いしていただきましょうか」


「よしキタ! 何なりとお申し付けくださいお嬢様~」


 勝手に借りたシャベルをもとの場所に戻し、ソラはジーノの後に続いて礼拝堂へと入っていった。

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