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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第33話 「白昼の悪夢-別離」

 怪我を負ったナナシと共に時計塔の裏へと転がり落ちたジョン。彼女は周りを氷のゴーレムに守らせながら、顔をクシャッと潰してナナシの足にあいた穴を見つめた。


「うにゃー。とってもいたそう」


「いや痛いよ当たり前じゃん穴あいてんだよ!? クッソまじ……よくもやりやがったなあのアマ……!」


「うで、ちょんぱされたときより、ましじゃない?」


「そりゃそうだけど痛いもんは痛いの!」


「そっか。じゃあとにかく、ちりょうしましょう」


 ジョンはそう言うと片方の手をナナシと繋ぎ、もう片方の手を太股の傷にかざした。カシュニーで腕を治したときと同じように、ナナシの魔力を使う治療で彼の傷は瞬く間に塞がる……とはいかなかった。


「んむー? なんか、なおりにくい。なんで?」


 腕の治療はすんなりと上手くいったのに、今回の傷は何かに阻まれているかのように修復が遅れている。


「そういや俺の防御魔法も効果なかったみたいだし、何だったんだ、あの姉ちゃんの魔法……」


「とんできたの。くろいゆみや、だったねぇ」


 ジョンはソラがナナシに向けて放った矢の姿を思い出す。飛んだ後に黒い軌道を残しながらナナシに突き刺さったそれ。


 そこでジョンは唐突に、ソラが「魔女」と呼ばれて指名手配されていた事実と、彼女がナナシと同じく上位の魔法を使うことができることを思い出した。そこから推測されるソラが放った黒い魔法の正体とは……。


「あーは~ん。いいこと、おもいついちゃった」


「それ僕の治療より大事なこと?」


「しけつは、したし。ちょっとまってて」


「薄情者ぉ……」


「まーまー。そこにおかくれしてるひとに、かんびょうおねがいするから」


「お隠れしてる人?」


 ジョンは先ほどからゴーレムの陰で微動だにせずこちらを見つめ続ける気配があることに気づいていた。彼女がそちらに呼びかけると、気配の主がやおら姿を現す。


「よろしく、ね?」


 ナナシのことを頼んだジョンに、その人物は静かに頷く。彼はナナシのそばに膝をつき、袖に隠していた手ぬぐいを裂いて傷口に巻き付はじめた。


「ええー? ちょ、ジョンさん! こいつ信用して大丈夫なの──!?」


 彼の顔を把握したナナシが自分の身を心配してジョンに不満の声を上げる。しかし彼女はナナシの訴えに一度振り返って親指を立てた後、時計塔の向こう側から突如として吹き出た霧の中に消えてしまった。


 敵側のゴーレムだけを瞬時に昇華させたジョンは肌寒い煙幕に紛れ、混乱する騎士の足下をすり抜けて目的の人物に近づいていく。においをかぎつけ吠えた犬を蹴飛ばして、視界不良の不安を煽るために銃声に似た音をあちこちで鳴らし、ジョンは頭上を飛び交う怒声に余裕の笑みを浮かべながら時計塔の真ん前までやってきた。


「こうなったらあっちのガキどうにかするんが先か。まずは見えるようにせんと──」


 女の声がそう言って、周辺の霧が薄くなる。


 襲撃対象の居場所を明らかにしてくれたその行為に、ジョンはシメシメといった顔つきになって氷の剣を小さな手に握る。まずは周りにいる邪魔な人間から確実に排除していくことにしよう。彼女は低い位置から目標の隣めがけて一気に飛び出した。


 下向きの切っ先が地面を抉って直線を描く。


 その刃が向かう先で、悲鳴に似た声が上がった。


「エース!!」


 ジョンにとって何よりも大切なナナシを一度ならず二度までもいじめてくれた女。その声を聞き、ジョンはニタリと下劣な笑みを浮かべる。


 やっぱり、そこにいるんだね。


 だが慌ててはいけない。急いては事を仕損じると、ナナシからもらった記憶も言っている。ジョンは当初の予定通り、外堀からぶち壊していこうと凶器を握り直した。走る勢いをそのままに剣を下段にしっかと構え、霧が薄くなったところに見えた体めがけて刃を跳ね上げた。


 鮮血が霧を赤く染める。


 ジョンはあまりにも軽い手応えに違和感を感じたが、飛沫の合間に例の女の顔を確認し、彼女が伸ばす腕を切断したのだと気づいた。ジョンは思いもよらない偶然の成果に笑みを深め、空中をくるくると回転している持ち主のいない腕を手に取る。飛び散る血を頬や服に受けながら体を反転させ、霧が徐々に晴れてきたところで、彼女は敵対する者たちと正面から向き合う。


「ソラ!」


「ソラ様!?」


 霧の目隠しが取れ、事態を把握したケイとエースがソラを抱き抱える。


「ソラ様! 何で俺なんかを……!!」


「エース、今はまず落ち着け! 止血を──」


「何で、なんで……どうしよう……どう……、……っ」


「おい! エース!!」


 その問いに唯一答えられる本人は既に意識を失っているようで、体を弛緩させていた。エースはその有様を前に我を失っている。ケイはそんな彼を正気に戻す時間さえ惜しくて、一人で応急処置に取りかかった。ジーノは地面で眠っているし、ロカルシュもその看病にかかりきっていた。


 彼らを庇って立ち上がったのはユエだった。


 彼女は錫杖を構え、けれど敵意はないような視線でジョンを見つめる。


「アンタはん、何のつもりや」


「なんもかんも、ないよ。ななしのうできった、おかえし」


「悪いことは言わん。それを返し」


「だぁ~め」


 ジョンは奪った腕にまとわりつく服の袖を剥ぎ、その柔らかな肌に歯を食い込ませ、口にくわえた。


 まるで犬の餌のように。


 それを見たユエは顔をしかめた。その後ろで、彼女以上に敵意をむき出しにした存在があった。


 目に余る非道な光景を前に、エースは脳内を一色の感情に染め、ユエを押しのけてジョンに突進した。


「貴様ァァァーーーーーッ!!」


「エース! ダメだやめろ!! 戻ってこい!!」


 彼はケイの制止も聞かず、瞬時に鞘から抜いた剣をジョンの喉元めがけて突き出した。ジョンは野性的な直感で後ろに飛び退いてそれをかわし、続く暫撃も容易く避け、兎のように辺りを飛び回った。濃度が下がったとは言えまだ辺りを薄く包む霧の中、エースは神経を研ぎ澄ましジョンの卑しい気配を追う。


 エースは持ち前の身体能力を遺憾なく発揮し、逃げるジョンに猛追をかけた。相手の動きを予測して退路に先回りし、振り下ろした剣を避けた後の隙を突いてその小さな体を蹴り飛ばし、あるいは無駄に余った袖を掴んで地面に引き倒した。そうしてようやく細い首を刈り取ろうとエースが切っ先を突き落とすのと、ジョンがとっさに岩の盾を作るのとは同時だった。


 少女はじりじりと上半身を起こし、エースの刃を押し返さんとする。


「くっ……ソラ様の腕を返せ!!」


「むぅ~!」


「このっ!!」


「むぁーむ!!」


 腕をくわえながら「バァーカ」と暴言を吐いたジョンは自らの袖を断ち切ってエースの拘束から逃れた。だが、エースはすぐさま彼女を壁際に追いつめた。


 壁に背中をつけたジョンはわざとらしく焦ったような表情をして盾を構えた。エースは迷わず、それを足蹴にして力任せに踏みつぶそうとする。じわじわと押されたジョンが、地面に片膝をつく。彼女は盾を構えた手が顔の前にくるまで肘を曲げ──、


 そのタイミングで口にくわえていた腕を落とした。


 それは屈んだジョンの足を伝って正面にいるエースの足下へ転がり出る。


「ッ!?」


 今すぐに手を伸ばして取り返すべきか。


 それとも先に目の前の脅威を排除すべきか。


 エースは一瞬迷い、それは隙となってジョンに反撃の機会を与えてしまった。彼女は盾の表面に鋭い突起を作り出し、エースの胸に差し向けた。エースは瞬時に意識をジョンに戻し、地を蹴って後退した。その距離は一歩で縮めがたい。下げた盾の縁から顔を出してそれを確認したジョンは喜色を浮かべ、落ちた腕を掴み上げて逃亡の体勢に入る。


 彼女の目の前に、筒状の何かが放り投げられたのは、走り出したその瞬間だった。


 重い岩を構えて逃走の足を緩めたくないジョンは、反射的に四属性の魔力を編んで透明な盾を作り出す。


 しかし、その筒は四属のあらゆるものを拒絶する壁をすり抜けて彼女の懐に飛び込んできた。


「うっそぉ!?」


 火花を散らす導火線が筒の頭に到達する。


 ジョンは回避しようと身を捩り、するとドクロのポシェットが振り子のように体の横に放り出された。そして、小規模ながらも殺傷能力のある爆発に巻き込まれたそれは呆気なく壊れ、飛び散る頭蓋骨の中から焼ける巾着をこぼした。


 焦げ穴からはみ出た金剛石は赤々と光っていた。


「ちぇ! もったいないなぁもう!!」


 魔力の塊であるそれを、まんまと敵の手に渡すわけにはいかない。ジョンはやむなく、ありったけの魔力を込めた魔法で石を粉々に破壊した。


 石が砕けると同時に、それまで木偶の坊よろしくただ突っ立っているだけだった巨人が瓦解し始めた。足下から崩れて土煙をまき散らし、それはジョンの逃亡を助ける煙幕となった。


「ふーんだ! げほげほっ、きょうはみのがしてあげる! わ!」


「待てっ、このガキ──!!」


 エースは落ちてくる氷塊を避けながら、声が聞こえた方に駆ける。しかし巨人の崩壊に巻き込まれ壊れた家々の瓦礫までもが容赦なく降り注ぎ、その後を追うことはできなかった。


 白い容姿の少女は現れた時と同じようにどこへともなく消えてしまった。エースは土煙の中で立ち尽くし、その端正な顔をまざまざと歪めた。


「ちくしょう、クソ。で俺は……、あの時はできたのに。あのときは……」


 彼は拳で自分の額を殴りつけ、独り言を呟く。そうしてしばらく呆然とした後、不意に顔を上げて時計塔の方を振り返った。


「ジーノ……、ソラ様……」


 戻らなければ。


 エースは夢遊病者のような頼りない足取りで、時々瓦礫に躓きながら広場の方に歩いていった。


 次第に薄くなっていく煙の向こうに見えてきたのは、ソラの応急処置を終えてユエと共に場所を移動しようとしている師の姿だった。ケイは自失のまま戻ってくるエースを見つけると、ソラをユエに預けて先に行かせ、彼の元に駆け寄った。


「エース! お前、大丈夫なのか!?」


「すみません、師匠……。取り戻せなかった……」


「そう、か。……いやしかし、お前が無事でよかったよ。ソラもきっとそう思うはずだ」


「……ソラ様は?」


「急場しのぎだが処置は終えた。あとは都の外の避難所に運んで手当するつもりだ」


「助かりますよね?」


「楽観はできん。あの子は私たちの魔法で治療ができないからな。……今はとにかくここを離れよう。ジーノは私が運ぶから、お前も一緒に来てくれ」


「はい……」


 かくんと頭を下げたエースにケイは頷き返すと、ロカルシュに任せていたジーノの方へ向かった。


 その足音を聞いたロカルシュはジーノを抱き上げて振り返り、フクロウと一緒にケイの目を見ながら静かな口調で語りかける。


「先生。セナね、あちこち怪我してるって」


「それは命に関わるものか? だとしたら早く──」


「ううん。本人が大丈夫だってきぃちゃんに言ってたから、平気だと思う。けど、耳聞こえないって。目もまだよく見えなくて、たくさん無理しちゃったみたい」


「そうだったのか」


「お兄ちゃんの妹ちゃんは、さっきより顔色よくなってきて、ちゃんと息もしてるよ」


「ああ。キミが見ていてくれたおかげだ。ありがとう」


 ロカルシュはケイにジーノを預け、辺りを見回して首を傾げる。


「ねぇ、先生。魔女さんは大丈夫? 腕は取り戻せた?」


「このあと避難所ですぐに手当を再開する。腕の方は……」


「すみません……俺の力が及ばず……」


「……そっかぁ」


 彼はエースを責めることはせず、雲が流れるように体の向きを変え、ケイたちに背中を向けて横顔で後ろを振り返った。


「先生。セナときぃちゃんのこと、よろしくね」


「ロカルシュ? お前、何を──?」


 言うや否や、ロカルシュは正面を向いて真っ直ぐに時計塔の先へ走り出した。


「おい!? どこに行くんだロカルシュ!!」


「アイツら絶対に私が捕まえてくるからね~っ!!」


「馬鹿者! 人の話を──!?」


 聞く間もなく、ロカルシュの姿は瓦礫の向こうに消えてしまう。残されたケイはその後を追いかけるわけにもいかず、少しの間だが地団駄を踏んでいた。


 今、自分がすべきは怪我人の治療である。ロカルシュのことは他の騎士に任せよう。広場にいた何人かも宿借りの追跡に出ているし、彼らと合流してくれれば、何とかなるはずだ。


 そう願うしかない。


「……」


 それにしても、やること成すこと計算外の人間ばかりなことに、ケイは小さくため息をついた。彼女はジーノを抱え直すと、気持ちを切り替えて都の外へ向かって歩き出した。


「行こう、エース。ソラを助けるにはお前の力も必要だ」


「……俺で役に立ちますか?」


「お前も大馬鹿者だな。私の一番弟子なんだから当たり前だろ。分かったらしゃんとしろ!」


「は……はい……」


「急ぐぞ!」


「はい!」


 大陸で言うところの魔術が発達した東ノ国の出身であるユエには、薬学と多少の医術知識があると聞いた。彼女に任せたソラはしばらくなら持ちこたえられるだろうが、それでも無闇に待たせるべきではない状況だ。


 二人は次第に足を早め、先を走るユエの後を追いかけた。

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