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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第31話 「白昼の悪夢-閃光」

 騎士の詰め所が倒壊する少し前。


 広場にいる者の目は、東で目覚めた巨人に釘付けになっていた。遠目に見てもあまりに大きすぎるソレが、冷気をマントのように纏い、重々しい一歩を踏み出す。足音にあわせて大地が揺れ、広場では地面の小石が跳ねた。


 その粒を核に形成された人間大の氷塊がソラたちを取り囲む。


「な……何だこれは!」


「化け物──!?」


 広場周辺に配置された騎士や憲兵が一斉にどよめき、得体の知れないものに対する恐怖心を露わにする。大陸に伝わる神代のお伽噺にも、このような生き物がいたという記述はない……まるで想像の外を行く出来事に、騎士たちの頭はパンク寸前だった。


 その混乱を吹き飛ばすようにして、髭を生やした老兵が腰の剣を抜いて檄を飛ばす。


「ええい! これしきのことでうろたえるでないわ!! 我らは誇り高き騎士! 故国の民に非道を尽くした憎むべき悪鬼を前に、脅え逃げまどうなど笑止千万! 今これを取り逃すは末代の恥と知れ!!」


 彼は言い終わるやいなや、ナナシを守るようにして立ちはだかる氷塊の群に単身で突っ込んで行った。その後に続いたのはケイで、カシュニーでの一戦からも分かるように、年甲斐もなく前線に出たがる彼女は嬉々として剣を振り上げて敵に切りかかった。彼女は打ち合えば折れてしまいそうな細身の剣に魔力を纏わせ強化し、何度となく振り下ろす。やがて正気を取り戻した騎士たちも武器を構え、老練の二人に背後から襲いかかろうとする氷の化け物を打ち砕くべく動き出した。


 戦況は早くも混戦の体を成していた。


 ケイはその中で一閃の剣戟を振るいながら、時計塔のナナシに目を向け声を上げる。


「ナナシとやら! 一つ聞かせてもらえまいか!」


「はぁい。何かなオバーチャン?」


「この氷の化け物はお前が生み出したのか!?」


「違いまーす。コイツらも含め氷のゴーレムさんたちは全部ジョンが作ってっから──」


「ハハッ! それは助かる。皆の者! とにかく叩き潰せ!! コイツらはあの男と違って我々で歯が立たない相手ではないぞ!!」


「やっべ、口が滑った……後でジョンに怒られちゃうじゃん」


 上位魔法で作ったのでなければ、ケイたちの魔法で対応できる。それをうっかりバラしてしまったナナシは自分の口を押さえ、軽い調子で失態を嘆いた。


 とは言え、ケイは容易く「壊せ」と言ったが、氷塊の化け物(ナナシ曰く氷のゴーレム)は強固だった。ちょっとやそっとの力では傷を付けることすら敵わず、またソレらは騎士たちの猛攻を数で圧倒していた。壊しても壊しても、次から次へと別のものが立ち上がってくる。


「師匠! これキリがありませんよ!?」


「だよなぁ! さてどうするかな……ッ!」


 こんな状況でも笑ってみせる師に、エースは呆れたような表情を浮かべ、しかし彼女に焦りがないことを知って安堵した様子でもあった。彼はジーノと共にソラを守りながら、ゴーレムの顎を力の限り蹴り上げる。


 魔法がからきしであるエースは、ケイのように剣を強化しても付け焼き刃にすらならないことをよく理解していた。彼は武器を抜かず、近づいてきた敵の隙を見つけては、掴みかかって投げ飛ばしていた。


 他方で、エースたちの後方を守るユエは錫杖の先から長く垂れる符術の帯をリボンのように振り回していた。縦横無尽に宙を裂く絹の攻撃でゴーレムを突き飛ばし、あるいはその柔軟さを生かして塊の足下をすくい上げ遠くに放り投げる。ツヅミも同じく手足の帯を相手に巻き付けて捕まえ、遠投よろしく投げ捨てていた。


 これらは破壊しようとして無駄に体力と魔力を消費するよりは幾分ましな方法であったが、相手の勢力を削ぐには繋がらなかった。一時的に遠のけたとしても、その戦力はいずれこの場に戻ってきてしまう。先の見えない状況に、ユエとツヅミは余裕のある表情を浮かべつつも、内心では閉口していた。


「この数……さすがに邪魔ですね……」


「なぁちょっと。例の子どもの方をどうにかせんと、埒が明かんのとちゃう!?」


 ユエは上等な着物が汚れるのが嫌なのか、どこか苛ついた様子で叫んだ。


 ゴーレムを作り出している本人を狙う……それはこの場にいる誰もが考え始めていた事だった。このまま乱闘を続けてもじり貧である。事態を打開するためにはもっと根本的な部分で対処する必要があった。


 魔力温存のため、風圧で目の前の敵を吹き飛ばすにとどめるジーノは、背中を預けた兄に視線だけを向けて言う。


「お兄様。私、これだけのものをあの少女一人で作り出しているとは考えにくいのですが……」


「ああ。それができるなら、カシュニーでジーノの盾を破れなかった訳がない」


 そうして、兄妹は互いの考えを共有し合う。そんな二人に守られながら、広場の中でただ一人ナナシの方に意識を集中するソラが答える。


「つまり、何かタネがあるってことだね?」


「ええ。それが分かれば、勝機もあるかと!」


 ソラはナナシからの攻撃に備えて、いつでも盾を展開できる用意をしていた。何を考えているのか眼下の戦況を見守るだけで手を出してこないナナシであるが、いつ気が変わって鞭を振り上げるとも知れない。


 エースは万一の事態を警戒する彼女を視界から外さないよう気をつけながら、ゆっくりとした動作で近づいてきた氷塊に向かって靴底を蹴り上げる。彼はゴーレムの顔面を思い切り足踏みにし、ソラから遠くに蹴り飛ばす。


 その時だった。


 騎士の詰め所が建っている方から銃声が聞こえ、二発目にひときわ大きな爆発音が響いた。その音にただならぬ事態を察した皆が東を振り向く。


 そこにいる巨人は、肩部を庇うようにして掲げた腕を、緩慢な動作で頭の上に振り被ったところだった。


 建物を叩き潰そうとしているのは明らかだった。


「ジーノちゃん!!」


「はい! 分かっています!」


 ソラはジーノにセナのフォローを指示した。ジーノは遠く離れた巨人に石の鎖を巻き付け動きを封じた。


 他方、ユエは巨人の肩に光る赤い輝きと、先ほど何かを庇った仕草から、そこにジョンがいるのではないかと推測していた。


「ツヅミ! あのガキ狩って()ぃ!!」


「お任せを!」


 言われるや否や、ツヅミは民家の屋根を駆け、直接ジョンを叩きに行った。


 ジョンの居場所が知れたとなると、それまで静観していたナナシも動かざるを得なかった。彼はまず、ツヅミに向かって魔法を放つ。しかし、ツヅミは背中に目でもついているのか、それらを意図も容易く避けて遠ざかっていった。


 仕方なく、ナナシは矛先をジーノに向ける。


「邪魔すんなよお嬢ちゃん!」


「それはこっちの台詞だってぇの!」


 集中のあまり動きがとれなくなっているジーノめがけて光の剣を投擲してくるナナシに対し、ソラが同属性の盾を編み上げる。ナナシの魔法はソラの盾を打ち破り、しかし自らもガラスのように砕け散って霧散した。


 同じ属性の魔法は相殺できるらしいことに、ソラは一つ確信を得たようにぺろりと唇をなめた。


「おっ? おお~? 今度は姉ちゃん一人で魔法使えるんだ? へぇ~そっかそっか」


「ここにきて邪魔はさせない。貴方の魔法は私が全て防いでみせる!」


「とか言って得意そうにしてっけど、姉ちゃんの盾も壊れたじゃんか! もっと強い魔法をぶち込んだら、さて果てどうなるのかなァ?」


「うるっさいなぁ……」


 図星を指されたソラは乱暴に舌打ちをする。言われた通り、ソラの魔力ではナナシの魔法を完全に防ぐことはできない。ソルテ村で証石が示した彼女の魔力──その量は決して多くなかった。このまま防戦一方でいたのでは、いずれ魔力切れを起こして動けなくなり、役に立たないどころか皆のお荷物になってしまうだろう。


 そうしてソラが一人焦っていると、後方から爆音が鳴り響き、続いて足下にひときわ大きい振動が伝わってきた。ナナシも含めた広場の全員がその異変に顔を上げ、巨人が広場まであと半分の距離に来たところで膝をついて崩れ落ちる姿を見た。


 騎士たちがその顔に喜色を浮かべた──のもつかの間、巨人は細長い槍を手の平に作り出して握り、振り向きざまに詰め所を上下真っ二つに薙いだ。建物は支えのない上階が下階を巻き込んで崩れていく。小さな点になって見える人の影が、慌てた様子で近くの建物に待避していく。


「セ、セナァ~!!」


 ロカルシュが情けない声を上げて走り出す。


 実を言うと彼はずっとソラの近くで大人しく守られていた。動物たちをこの混み入った戦場に投入するわけにもいかず、一人何もできないまま縮こまっていたのだ。


 間に合うはずがないと分かっていてもセナを助けにいこうとしたロカルシュ。


「ちょっ!? ロッカくん! いま離れちゃダメ──!!」


「一匹しとめたり~ッ!」


 考えなしに動いた間抜けな背中をナナシが見逃すわけはなかった。


 ソラは標的にされたロカルシュを守るべく、その背後に盾を形成する。だが、所詮は急拵えの守りである。編み込んだ魔力も十分ではなく、それはナナシの初撃で粉々に破棄され、ロカルシュは後続する光の剣を前に無防備となった。


 ソラは顔に悲壮を浮かべ、届くはずのない手を必死に伸ばし彼を救おうとする。ほんの一瞬でも時間を稼げれば助けられる気がして、もう一枚の盾を突貫で形成する。


 だが、間に合わない。


 ソラの目の前で盾が砕けるのと、駆けつけたエースがロカルシュをその場から攫うのとは同時だった。エースは飛びついた勢いのままロカルシュを抱えて数メートル転がり、ナナシの攻撃から見事、彼を救った。


「エースくん……! でかした!」


「一か八かでしたが、間に合ってよかっ──」


「ウワーン! お兄ちゃんありがとー!」


「ぐえ……ロカルシュさん、離れ……」


「死ぬかと思ったぁ~!!」


 ロカルシュは顔をくしゃくしゃにし、エースにぎゅうとしがみついて感謝の意を表す。一緒にいたフクロウもエースの頬に頭を押しつけて懐き、キツネは二人の周りを走り回って感激をアピールしていた。


「はな……は、離れてくださいって! 今はそれどころじゃないです!」


「ハッ! そうだった!! きぃちゃんお願い! セナの無事を確かめてきて~!」


 未だ戦闘が続いていることに気づいた途端、ロカルシュは自分を助けてくれたエースを地面に放り出してキツネに使命を負わせた。キツネは一声鳴くと地を蹴ってゴーレムの間をすり抜け、詰め所へと走り去って行った。


 その数秒後に、ロカルシュはやかましい悲鳴を上げる。


「うそー! 氷のお化けが増えたぁー!!」


 キャーと高音で叫ぶ彼に、ソラが耳を押さえながら聞く。


「何それ? どういうことロッカくん!?」


「今までこの辺だけにいた氷のお化けがね! 何か都のあちこちで出てきてるっぽい~!」


 おそらく広場を抜けたキツネから情報を収集したのだろう。ロカルシュは両方の米神を押さえて意識を集中させると、獣使いの回路を繋ぎ直し、待避させていた犬たちに呼びかけて命令を下した。


「都の外に出たりこれ以上こっちに来ないように、みんなに押し返してもらう!」


 彼はエースが生身でゴーレムを押しのけていたことをヒントに、足で蹴り飛ばすなりして敵をその場に押しとどめるよう動物たちに言ったのだった。


「私自身は役に立たないかもだけど! この力は役に立つんだからねー!!」


 ロカルシュは眉をキリッとつり上げて自分を奮い立たせ、動物たちの統括に専念する。それを見ていたソラは触発されたように気力を持ち直し、今までためらっていた一つの可能性を試してみることにした。


 ソラとナナシだけが持つ光の魔力。その魔法同士が相殺し合うのなら、そこに陰の属性をぶつけた時にはどうなるのか? 


「もしかしたら、私にだって……!」


 上手くいけば、皆が攻勢に打って出るチャンスを作れるかも知れない。余裕ぶって哮り立つナナシの鼻を明かすことだって、できるかも。


 ソラは顔を上げ、ニヤニヤと笑みを浮かべるナナシを睨みつける。彼女は逸る気持ちを手に握り、それを一縷の望みに変えて胸に携えた。

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