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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第27話 「白昼の悪夢-声明」

 セナが検証に立ち会っている最中、教会の方では外回りから戻ってきた修道僧によって、彼が首を突っ込んだ事件の概要が知らされていた。


「富裕街で殺人だそうです」


 修道僧は貧民街の見回りの最中に事件のことを知ったという。ソラたちは険しい顔をしながらその話を聞かせてもらった。


 殺害されたのは魔法院の研究者で、玄関先に使用人の遺体が置いてあったため、事件が発覚したらしい。いかんせん人の口から聞いたことなので、その内容は不確かな部分が多い。確実なことは、都北部の富裕街で、屋敷の主である魔法院の研究者が使用人共々殺された……という点だけであった。


 短い話を聞き終えたソラは、顔をしかめて口元を手で覆った。


「小騎士様は街の北の方で事件だって言って出てったし……」


「しかも亡くなったのは魔法院の研究者さんなのですよね?」


「大きな屋敷で使用人の方も含めて亡くなっているとなると……」


 ソラと同じく、ジーノとエースが頭に思い描くのはカシュニーでフランが殺された一件である。セナが「きな臭い」と言っていたこともあわせて考えれえば、犯人像は自然と例の二人に絞られる。ソラたちは今回も、あの事件と同じような状況なのではないかと顔を青くしていた。実際に見ていなくとも、聞いた話から想像しただけで吐き気を催す惨状……。


 ウッと息を詰まらせる三人を見やり、ツヅミが心なしか心配そうな顔をして言った。


「お三方とも、顔色がお悪いですね」


「仕方あらへんわ、ツヅミ。これまでソラはんたちからお聞きした話と、騎士はんの行動を関連づけてみぃ。こんなん、ついつい〈宿借り〉の犯行やないかて疑ぅてしまうわ」


 眉間にしわを寄せるユエは、袖で隠した口元をひきつらせながらそう言った。一方で、案外冷静な表情のケイは小さく首を振り、彼女の想像に歯止めをかけた。


「疑ってみても、今ここにあるのは確証のない憶測のみだ。正確なことは小騎士殿が帰ってくるまで分からんな」


 ケイの言うことも尤もだった。皆は勝手に想像を巡らせるのをやめ、少年が戻るのを大人しく待つことにした。


 セナはそれからしばらくして帰ってきた。彼は礼拝堂の扉を開けて開口一番、ソラに問うた。


「おい、お前これの意味分かるか?」


 セナはソラの眼前に手帳を押しつけ、手早く描き取った現場の写生を見せた。その絵の中でソラの目を引いたのは、とある文字列であった。


「え? ってか何ですか、それ」


「さっきまで行ってた事件現場に残されてたんだ」


「あの、それは北の方で起こったっていう殺人事件の……?」


「そうだ。それでお前はこれの意味が分かるのか? 分からないのか?」


「わ、分かりますけど」


「いったい何なんだこれは。何が書いてある? 早く言え」


「……正午、広場にて」


 そう言いながら、ソラは奇妙な感覚に襲われていた。しかし何がそう感じさせるのか分からず、彼女は首を傾げる。


 その違和感の理由が分かったのは、セナの次の言葉を聞いたときだった。


「やっぱり……これはお前のところの言葉で間違いないんだな?」


「あっ!?」


 そう。


 ソラが生まれ育った国の公用語が、この異世界の都市で発見されたのだ。彼女のその表情を見たセナは自分の推理に確信を得て、いかにも険しい顔つきになった。


「宿借りのナナシって男、あいつはお前と同郷だったな?」


「──ちょっと、待って。待ってよ。何でそこで彼の名前が出てくるの?」


 内心、ソラはその理由に見当がついていた。だが、それはどうにも認めがたいおぞましい予想だった。彼女は自らの考えを否定するようにして、セナに疑問をぶつける。


「話が突飛すぎて、キミが何でそんなこと言うのか私には分からないんだけど」


「はぁ? 頭悪いなお前」


「……」


 ソラの後ろでスッと杖を構えたジーノをエースが押さえる。突然の暴言に絶句するソラに代わって、ロカルシュが手を挙げてセナに問うた。


「セナ~。私たちまだ何も分からんちんだからー」


「アァン?」


「えっとね、セナはどこ行ってたの? そこで何があったの? その手帳のやつはどこで見つけたのー? セナの見たこと聞いたこと、考えてることをちゃんと教えてほしい~」


「……ああ、そうか。そうだったな。悪かった」


 そう言って謝るのがロカルシュに対してだけなのは、実にセナらしい。彼は富裕街での殺人事件の現場に行ってきたことを話し、そこで見た状況などを皆に伝えた。


「──あの惨状はフラン邸の再現のように見えた。そこで俺の頭に真っ先に思い浮かんだのは宿借りの野郎どもだ」


「でも……」


「でももクソもねぇ。だいたい、今のところお前が分かる文字を書ける奴なんてアイツ以外にいないだろうが」


「それはそうなんだけど……でも、彼のほかにも異世界の人間がいるかもしれない可能性だってあるわけだし……」


 ソラは自分と同郷の人間が目と鼻の先で凶行を繰り返したという悪夢のような出来事を嘘だと思いたかった。苦し紛れに言葉を紡ぎ、食い下がろうとする彼女にセナは忌々しげに口を曲げる。


「あのなぁ、お前ら異界の人間はみんな頭がとち狂ってんのか? あんな胸クソ悪いことしでかす奴が二人といてたまるかよ。お前だってそう思うだろ。そう思う側の人間なんだろ、お前は」


「そんなの、当たり前……」


 ソラは声を小さくしてうなだれる。


 それまで話の成り行きを見守っていたケイは、率直に自分の印象を述べた。


「ソラには悪いが、状況証拠が指し示すのは宿借り連中の犯行だな」


「そんな……先生まで……」


 しゃがみ込んでしまったソラの横に、ジーノがかがんでその肩を抱く。


 ──と、そこにツヅミが口を挟んだ。


「一つよろしいですか? そもそもの疑問なのですが、宿借りの片割れはソラ様と同郷なのですか?」


「それ、うちも気になっとりました。お話を聞いた限りやと、宿借りの男の方──ナナシいう輩は異界の人間なようで。そないですと、(やっこ)さんは大陸さんで言うところの聖人もしくは魔女やいうことになりますな?」


「……」


 これにはセナもしまったという顔だった。言葉が出てこない少年に、ユエは口に弧を描いて詰め寄る。


「うちら、ちっとも知りまへんでしたわぁ。何で教えてくれへんかったんです?」


 彼女はここぞとばかりに痛いところをついてくる。答えられないセナに代わり、ソラがか細い声で言い訳を口にした。


「そうは言っても……まさか自分と同じ国の出身……この世界にやってきた私にすれば、いわば身内みたいな人がそんな……殺人鬼だなんて。言えません……」


「ふぅん、まぁ……そうですな。そりゃちょおっとキツうて言えまへんわなぁ」


「黙っててすみません……」


「いえいえ。こっちこそ気が回らんくて、すまへん。やけど……、そしたらどちらなんです?」


「え?」


「ナナシいう男が魔女なのか、それとも……」


 彼が異世界の人間だと分かれば当然気になるのはその魔力である。その問いにはケイが答えた。


「分かっているのはソラと同郷の異界人だということだけでな、それ以外は不明なんだ」


「あら、そやの。それはそれは……残念ですわぁ」


「残念……、か」


 ケイは目を細くして、わざとらしい表情を作るユエを見つめる。


 そこに、制服姿の青年がセナを呼びにきた。


 今回の事件がフラン殺害の再現であることを確認した憲兵は、カシュニーの現場に足を突っ込んでいるセナから話を聞きたいと言った。セナはその要請に頷く。


「とにかく、血文字の情報だけは憲兵に渡してくるからな」


「……分かった」


 書き残された手がかりを隠すことに意味はない。有無を言わせぬ語気で念を押すセナに、ソラは渋々ながら了承した。セナは身を翻して礼拝堂を出て行き、フクロウもその肩に掴まったままついて行った。


 セナが詰め所の一室にソラたちを呼び出したのは、待機していた皆が食事を済ませ軽く体を流し終えた頃だった。皆はセナに言われた通り荷物をまとめて教会から詰め所に移り、案内された部屋で彼が来るのを待っていた。


 セナは情報を憲兵のみならず他の騎士や上司フィナンにも上げ、今後の対策を持ってやってきた。ケイは案外早く方針が決まったものだと感心していた。どうにも、貧民街の方で妙な噂が出回っていることがその決定を早めたらしかった。


「怪しい人物を見なかったか広く聞き込みをかけたら、都から逃げろって話が昨日あたりからあったみたいでな。近々騒ぎが起きるとか何とか、異国の人間から警告された奴がいたらしい」


「異国……?」


 ソラが顔をしかめながら首を傾げる。


「正確に言うと、東ノ国の人間らしい顔つき、だそうだ」


「そうなると、もう彼で確定ってこと?」


 ここまで来るとだめ押しもいいところだ。ソラは長いため息をついて顔を手で覆った。意気消沈の彼女が気力を取り戻すのを待っているわけにもいかず、セナはそのまま話を続ける。


「はっきりしたことは分からん。だが仮に宿借りの連中が警告したんだとすると、悠長に会議を開いてる場合じゃねぇ。それで話がさっさとまとまったんだよ」


「一区画じゃなく、この都から逃げるように言うなんて。あの人ら、それなりに大きなことを画策してるみたいだね……」


「上層部もそう考えたようだ。ってわけで、俺たち騎士と憲兵はこれから夜を徹して住民に避難を呼びかけることになった。都の外では緊急の天幕を設けて住民を受け入れる体制を整えてる」


「避難……」


 頭を抱えて地団駄を踏むソラをいさめるようにして、ケイが彼女の肩に手を置き、セナに目を向ける。


「ちなみにどういう建前で避難を促すのかな?」


「地下の大規模崩落が起きる危険があるためっつーことになってる。元からその可能性は指摘されてたし、数年前からは地下洞窟の改修工事も始まってたんだ」


「信憑性は十分というわけか。急な話だったが、よく決断したものだな」


「奴らがこれまでやってきたことを考えればそうせざるを得ないだろ。取り押さえるのも後手に回ってて騎士憲兵には非難囂々だってのに、何もせずに都の人間を皆殺しにされたなんてことになったら……暴動モンだ」


「疑問なんだが、小騎士殿は私たちのことをどう説明したんだ?」


「ああ、それな。カシュニーで奴らを撃退した際に取り逃した責任を感じ、個人的に宿借りを追って来てた奴らってことにしといたぜ。それで、宿借りから恨みを買ってるってな」


 そして今回の騒動の一端は自分たちにも責があるとし、自発的に協力を申し出たと適当にそれらしいことを話したとセナは言う。血文字のことは小国に伝わる暗号だと言い、押し通したそうだ。


 ナナシに対しては、ソラが唯一対抗できる人間だということも伝えてある。これは彼女とナナシが同郷の出身で異国の顔立ちであることが幸いした。おかげでセナは全くのアドリブにも関わらず、ナナシがこの大陸と異なる魔法──小国に伝わる秘術を駆使するため同じ力を持つソラにしか対抗できないという、無理で道理を押しのけるような理由で周囲を納得させたのである。


 なぜ巡礼者に扮しているのかといった細かいところは、今の混乱する状況の中で、疑問に思いこそすれ追求する者はいなかった。


「明日までにどれだけ避難できるかは分からねぇ。そもそも奴らが声明通り明日の──おそらく明日の昼に事を起こす保証もない。だが、何かあってからじゃ遅いんだ。今は最悪を想定して動くしかない」


 彼は悔しそうに拳を握り、それを額に押しつけた。かつて故郷を失った少年にとって、この都は第二のふるさとにも等しい。


 今度もまた失うわけにはいかない。


 手遅れになることは許されなかった。


「父さん、母さん……イェリー……」


 セナはギリ、と音が鳴るほど強く奥歯をかみしめ、かつて救えなかった……一緒に死ねなかった者の名を呟く。


「あの、そしたら私は──」


 うつむくセナにソラが遠慮がちに話しかけると、彼は拳の向こうから「物」を見る目でソラを見上げた。


「奴に対抗できるのはお前しかいねぇ。聞かなくても分かれよ」


「だよね……。うん、分かった」


 予想通りの答えに肩を落としつつ、ソラは少年の瞳をどこか恐ろしく感じて目をそらした。

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