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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第26話 「白昼の悪夢-発端」

 太陽が高度を上げ、かろうじて残っていた夜間の涼を押しのける熱風が吹き始めた頃。燃える地平を歩いて商業都市クラーナへと到着したソラたちは、都の出入り口に設けられた検問所を通り抜けたところだった。ソラは特務騎兵隊の騎士を護衛につけ、東ノ国の巫女まで引き連れた巡礼者一行ということで妙な視線を受けたが、そこはセナが上手く話を通してくれた。


「ほぁー。すっごー。大きな街だね~」


 幌の日陰から顔を出したソラが感動の声を上げる。


 検問を出てすぐ、視界に飛び込んできたのは大通りの奥まで無数に建ち並ぶ建物だった。家の壁にしろ垣根にしろ白い壁がまぶしい街並みで、色の入ったガラス窓がその白を彩っていた。ソラは以前、ジーノから教会の建築様式としてクラーナの伝統であるステンドグラスを取り入れていると聞いたことを思い出し、これがそのオリジナルかと興味深そうに眺めた。


 建築物は平屋建てが多く、並み居る家々から頭を突き出すのは教会の十字架と騎士の詰め所本部、そして通りの先に見える時計塔くらいだった。セナの解説によると、地下に空洞が広がっているため延べ床の面積が増えるような構造は制限がかかるとのことだった。


 ソラの後ろではエースとジーノが思わずため息をもらしていた。


「氷都の規模を軽く越えてる……師匠から聞いてはいたけど、まさかこれほどとは思わなかったな。すごいや」


「私、一度にこんなにたくさんの人を見たのは初めてです」


 感嘆を漏らす彼らに、セナは鼻高々といった様子だった。


「ふふん。南方どころか大陸最大の商業都市だからな。人も物もあふれてるのがこの街だぜ」


 今ソラたちがいるのは、露天などが軒を連ねる市場通りであるらしく、辺りはまるで芋洗いのたらいを見ているかのような人混みだった。人々は皆一様にセナと同じような褐色の肌を持ち、売る方も買う方も燦々と輝く太陽にも負けない明るい表情であった。中にはつば広の帽子を被ったり頭に布を巻き付けたりする色白の人間もいたが、彼らの顔は既に疲労の色を浮かべており、商談よりは噴き出す汗を拭う方が忙しそうだった。


 そして……人が多いせいか気温が高い。通り全体には熱気を帯びた風がどんよりと吹き溜まっている。湿度も若干上がっている気がして、北からやってきた三人は辟易として首元を手の平で扇いだ。ソラたち以外の者もそれぞれにため息をもらし、この暑さにうんざりしている。そんな中で、唯一セナだけが平気そうな顔をしていた。


「朝の市場はそろそろ仕舞いだし、これでも人は少ない方だぜ?」


「朝の市場?」


 鸚鵡返しに問うソラに、セナは珍しく嫌な顔をせずに答えた。どうやらクラーナの街並みに対する賛辞で気分がいいらしい。


「クラーナじゃ基本的に日中の商売はしねぇんだよ。露店だと朝市が終わったら次に店を開くのは夕方以降になる。朝一番で働いて昼の暑い時間帯は家で大人しく休んで、日が陰ってきた夕方から夜にかけてが商売の本番ってわけだ」


「そっか。暑さで倒れたら大変だもんね」


「昼間もやってるのは店舗を構えて屋内でやり取りできるところだけだな」


 そうして人でごった返す市場を抜け、都の中央広場で南に背を向ける時計塔の横を通り過ぎ、一行は東部に建っている教会へ向かった。このエリアは商家が多く、中には守銭奴と揶揄されるクラーナ人の特徴を極めたような人物もおり、何かともめ事が絶えない地区であった。そういったゴタゴタの緩衝材として、教会が存在する。その他にも地区の外れには貧民街も広がるため、双方の層の治安を維持する目的で詰め所の本部も建てられている。


「とりあえず私たちは教会に行くのでいいんだよね?」


「クラーナの教会は詰め所のすぐ近くだし、まぁいいだろう。ロッカはそいつらについててくれ」


「セナはー?」


「俺は詰め所で情報収集。もしかしたら奴ら、もう取っ捕まってるかもしんねぇしな」


 希望的観測を口にしつつ、その実そんなことはあり得ないだろうと思っているセナは、どこか自嘲気味の笑みを浮かべた。それを見ない振りをして、御者台のケイが彼に問う。


「もしもまだ捕まっていないとしたら、ここには何日くらいとどまれるんだ?」


「それは……隊長に現状を報告するのとあわせて指示を仰ぐつもりだ」


「では、少なくとも今日は泊まりと考えていいかな?」


「ああ、それはそうなると思うぜ」


 そうこう話しているうちに一行の足は教会の前までたどり着き、セナは一人別れて詰め所の方に馬を歩かせて行った。ソラたちは馬車を降りて修道僧に話を通し、小屋を借りてそこで各々の馬を休ませることになった。刺さるような日差しの下に居るのも辛いので、一行は早々に扉が開きっぱなしになっている礼拝堂へと入っていった。


 堂には様々な色彩があふれていた。天井には一面に金の縁取りで幾何学的な模様が描かれており、厳粛と言うよりは華やかな印象を与える佇まいであった。


 教会の雰囲気は各地方で微妙に異なり、ペンカーデルでは静を思わせる神秘、カシュニーは格式を重んじる重厚さを感じさせ、その理念が一種の宗教になっているという話にも頷ける作りになっていた。一方でここカシュニーは開放的というか、余りにそれが過ぎて宗教的な要素がほとんど見て取れなかった。


 それからは宿坊を借りる手続きをし、ソラは巡礼者としての職務を果たすべく礼拝堂で祷りを捧げ、エースとジーノ、ロカルシュがそれを見守った。ケイと東ノ国の二人は別室で昼食を頂きつつ、セナの戻りを待つことになった。


 午後、上がりきった気温が緩やかに下がり始める頃合いになって、ロカルシュが急に長椅子から立ち上がって辺りを見回し始めた。


「何かみんなしてアワアワしだしたー?」


 彼は礼拝堂の入り口から外の様子を窺う。最初はロカルシュにだけ聞こえていたどよめきはやがてソラたちにも聞こえるほどの騒ぎとなり、詰め所から憲兵の制服を着た数人の男が街の北部の方に馬を駆って走っていった。


「何かあったみたいだな」


 礼拝堂の奥からケイたちも顔を出し、祷りを中断したソラやエースとジーノ、ほかの修道僧も一緒になって入り口や窓から外を眺める。


 しばらくすると、セナがロカルシュの元に戻ってきた。彼は慌てた様子で、外から礼拝堂内に上半身だけを乗り出して早口にまくし立てた。


「北の方で事件だ。どうにもきな臭ぇから俺も憲兵の検証に顔出してくる。ロッカは──」


「ここで待機~? ふっくん連れてく?」


「一応貸してくれ。んでもってここはアンタに任せたぜ」


「はーい。何かあったらふっくんにセナのことツンツンしてもらうねー」


 ひらひらと手を振るロカルシュの元を離れてフクロウがセナの肩に飛び移る。セナは鉤爪がしっかりと肩章を掴んだことを確認してから身を翻し、待たせていた馬に飛び乗って都北部に向かって走り出した。


 彼が向かう先は富裕街と呼ばれる資産を持て余す者が住まう区域だった。狭い道を縫っていくセナは時折住民にやじを浴びせられながら、最短経路で現場までを急ぐ。


 視界の後ろに過ぎ去っていく壁の色が汚れた乳白色から真っ白なそれに変わると、富裕街に入ったことが分かる。目指すのはその中でも北部の外れに位置する邸宅で、敷地は背の高い生け垣で囲まれていたが、馬に乗るセナは垣根の向こうにある青い芝を見ることができた。


 何の変哲もない、手入れの行き届いた庭だ。踏み荒らされたとか、植木がなぎ倒されたとか、東屋を覆う黄色い蔓花の花弁が舞い散った跡もない。奥に見える屋敷の窓も割れている箇所はなく、傍目には今もそこで日常生活が営まれているかのようだった。


 しかしそれも正面に回ると一変した。


 門扉の前にたむろする野次馬に、敷地を封鎖する憲兵たち。屋敷の入り口前には黒い布で覆われた人間大の何かが寄りかかっており、その足下には影が落ちるように赤い水溜まりが広がっていた。セナは馬を下りると(訓練生時代に一度話したきりであるが)顔を覚えていた青年に声をかけ、事件の状況を聞き出す。


 青年の話によると起こったのは殺人で、屋敷に住んでいた魔法院の研究者が数人の使用人と共に殺されたらしい。侵入口は一番奥にある厨房の窓で、外から叩き割られていたという。セナは青年に頼み込んで現場に入れてもらい、廊下で血だまりに沈む遺体を見て既視感を覚えた。それが単なる不思議な感覚ではなく、明らかに過去の事件の再現だと確信したのは、屋敷の最奥にある書斎に入ったときだった。


 散乱する本、壊れた家具、机の上に生えた小さな木。これ見よがしに落ちている煙草と、それを押しつけた焦げ跡。そして椅子に両手足を縛り付けられた遺体。どこからどう見ても、カシュニー地方でフランが殺害された状況と同じであった。


 ただし異なる点が三つある。


 まずは二つ。首を横一文字に掻き切るという明らかな致命傷がある点と、おそらく被害者が死亡した後に左腕を傷つけた点である。それらの傷は近くに転がっていた刃物でつけられたものと考えられる。遺体の向かいにある窓に飛び散った血痕に欠けた部分がないことから、何者かは被害者の背後に回って首を切ったのだろう。


 セナは顔をしかめ、周辺に奇妙な魔力の痕跡がないかを確かめる……手帳に記録してある魔力痕と同じものはどこにも見当たらなかった。彼は視界を元に戻して、被害者が背を向ける壁に目を向ける。そこにあるものこそが、フラン邸との一件における最後の相違点であった。


 文字のような図形のような……それは血で描かれており、何にせよセナたちには判読できないものだった。右端には署名のように大小の手形が一つずつ押されていて、セナはその小さい方に見覚えがある気がした。


「……」


 セナはその血文字を手早く手帳に描写し、後は検証を行う憲兵の邪魔にならないよう部屋を出た。そして、廊下で絶命した使用人の遺体を見て回り、見知った魔力の痕跡がないことを確認していった。使用人たちの死因はざっと見て二つで、刃物で切りつけられたか鈍器で殴られたかであった。セナは順繰りに屋敷を見て回り、最後に侵入口である厨房にやってきた。


 この家の料理人は几帳面な性格だったのだろう。室内は整然としており、調理器具は種類別、大きさ順に整理されていた。そのおかげで、下手人が凶器を手に入れたのはここであることが分かった。五本挿すことのできる包丁立ての真ん中には一本分の隙間が開いていたし、壁に吊された調理器具からはのし棒が一本消えていた。


 セナは渋面になり屋敷を出、未だ門扉の前に群がる野次馬を眺めながら考える。


 奴ら──「宿借り」の犯行を指し示す魔力痕は見つからなかった。だが、現場の惨状は明らかに彼らの仕業であることを疑わせるものだった。偶然にしては、フラン邸での事件とあまりにも状況が一致しすぎている。


「胸くそ悪ぃことしやがる……」


 とにかく、確信を得るためにも、手帳に書き取った血文字をソラに見せる必要がある。セナは口を利いてくれた青年と憲兵の隊長に挨拶を済ませると、馬を駆ってとんぼ返りに教会へと戻っていった。

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