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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第24話 「白昼の悪夢-侵入」

 コウモリを味方に付け、石灰の地下洞窟に隠れて道を進み、太陽が恋しくなったら適当に穴を空けて地上に出る。そして鳥に周辺の偵察をさせ、物資を調達するべく手頃な村を襲い、また地下へと潜る。それが「宿借り」の移動経路だった。


 今、ナナシたちはどこで盗んだかも忘れてしまった明かり石をランタンに入れ、その光だけを頼りに地下を進んでいた。常に湿り気を含んでツルツルとしている岩肌の上に、石灰の成分を含む水がしたたり落ちてできた瘤のような出っ張りが無数に形作られている。あるいは棚田のように段を作っている箇所もあり、それらの上部には大小の石の氷柱(つらら)が垂れ下がっていた。


 上から下からと行く手を阻むその障害物を避けながら、ナナシは時折、水で濡れた岩の上で滑って転び大きな悲鳴を上げていた。広く、狭くうねる穴の中で、彼の声は幾重にも反響し、耳の奥まで突き刺さるようだった。


 ランタンを持って先頭を歩くジョンは、痛みに悪態をつくナナシを振り返って首を傾げる。


「なな、どじっこさん?」


「失礼な。そんなわけないじゃん」


「でも、よくころぶ」


「う……腕が痛いんだよ」


 ナナシはカシュニーで切断された腕がまだ思うように動かせないせいか、バランスが上手く取れないと訴える。


「くっそー。ジョンは何で転ばないで歩けるんだ?」


「はだしだから、かもね?」


「したら俺も靴脱ぐかな」


 ナナシはそう言うと足をもぞもぞと動かして靴から踵を抜き、それを引きずっている木箱の中に放る。だが靴は箱の蓋の上を跳ねて彼の足下に逆戻りしてきた。彼は洞窟に入る際に蓋を取り付けたことを、またしても忘れていた。


「……ジョン、箱の蓋開けてくんね? 僕がやると壊しちゃうから」


「はーい」


 ジョンはランタンを頭に乗せて身を翻し、木箱に駆け寄った。彼女は「にゅんにゅん」などと意味のないことを言い、長い袖を上下に振る。すると箱の外周に光の筋が走り、次第に収束して、蓋の一部に小さなつまみが形成された。しゃがみ込んだジョンは袖をたくし上げてそれを摘み、右回りに九十度回転させる。


 つまみが消え去るとジョンが蓋を持ち上げ、その中にナナシが靴を放り込む。用が済むとジョンがまた蓋を被せ、袖を振って箱の周りに光の筋を巡らせ封を閉じた。


「その封印魔法っての? ホント便利だよなー」


「ぼくおりじなるの、まこうせきいらないこうせいしきつかってる。ぼくいがいにあけられない」


「大事なモンはそこに入れとけば安心だな。アッ、大事と言えばお前、ちゃんとあの石持ってる? 売ったらお高いやつ」


「もってるよ。ほら」


 ジョンは髑髏のポシェットの中から赤く染まった金剛石を取り出し、ナナシに見せる。


「そいつが肝心だかんな。なくすなよ?」


「なくしません。さくせんたてたの、ぼくだよ? わかってる~?」


「そうだったな、悪い悪い。なくすわけないか」


 両手を合わせて笑うナナシに、ジョンはわざとらしくフンとため息をついて立ち上がった。


 そこでふと、ジョンは洞窟の奥から流れてくる風の微妙な変化に気づき、鼻先を突き出して犬のように周囲のにおいをかぎ始めた。


「なんか、ちがうにおいまざってる」


「におい? 僕には分かんねぇけど……?」


「こーもりさんに、ていさつをおねがいしましょう」


 ジョンは自分の服に掴まってブローチよろしく逆さまにブラブラしていたコウモリに、前方の状況を探ってくるよう指示を出し飛び立たせる。すると黒い羽は一寸先の闇に紛れて消え、ナナシにはその羽ばたきが聞こえるだけとなった。ジョンは目をつぶり、袖の下に隠した手で耳を覆ってコウモリと感覚を共有させる。


 待っている間、ナナシは腰のベルトに差した乗馬鞭を抜いて不自由な方の肩をトントンと叩くのを繰り返していた。


「しっかしジョンさんよォ。本当にここから都とやらに入れんの?」


「はいれる、ます」


「けどさ、今までも何度か兵士みたいな奴らとニアミスあったじゃんか。大きな都市だったら警備も厳重なんじゃね?」


「たしかに、にあみすったけど、ここまでおいかけられてない。たぶんみんな、ぼくたちがじめんのしたあるいてるとおもってない」


「んーと、つまり?」


「したからのしんにゅう、そうていしてないんじゃない、かな?」


 ジョンはコウモリの持つ能力──反響定位(エコーロケーション)で辺りの地形を把握しながらも、ナナシの言葉に答えていた。


「でも、もしかしたら、そのうちじめんのしたもさがしはじめるかも。だからぼくたち、はやくみやこにはいりたい」


「っつーことは、運が悪いとこの洞窟とつながってるっていう地下の入り口も、既に封鎖されてたりするかもしんねぇわけか」


「ふうさ……うん、ひとがいるとちょっとこまっちゃう。かも」


 そうこうしていると、コウモリがジョンの胸元に戻ってきた。彼女はコウモリから情報を聞き出し、ナナシを振り向いて言う。


「びんごー。このさきに、もくてきのいりぐち、あったよ。ちなみにひとのけはい、ありません。です」


 感覚を人間(じぶん)に戻したジョンはシュッと左手で敬礼し、それをナナシが右手に直してお互いにニヘラと笑う。洞窟の潜入進行、再開である。


 それからまたナナシが何度か足を滑らせて転びかけ、岩のくぼみに荷物がはまって四苦八苦した後、ジョンが遠くの暗闇に向かって腕を伸ばし、後ろのナナシに「しぃ~」と人差し指を立てた。彼女はランタンの明かりを小さくし、引きずっていた荷物を自由が利く腕に抱えるようナナシに言った。二人は物陰から暗闇の先を窺い、持っていたランタンを宙に浮かべ、静かに岩肌の上を移動させた。


 前方に照らし出されたのは、狭い隙間の格子扉だった。コウモリの情報通り、周囲に人影はない。


 先んじてジョンが扉に近づき、格子を掴んで前後に揺する。当然のことながら、扉には鍵がかかっていた。彼女は格子の隙間に手を突っ込んで、指先の感覚を頼りに扉の姿を調べる。そして、鍵穴の空いたスライド式の錠が上下と真ん中の三カ所にあることを確認した。


「頼むぜ鍵師さん」


「あいさ~」


 ジョンは格子の間から内側に小さな手を差し込んで、まずは足元の鍵穴に人差し指を当てて魔力を流し込み、頑丈な閂を固定している魔法を解除した。続けて真ん中、上部の鍵はナナシに登りついて手を伸ばし解錠した。そうして二人は密かに都の地下空洞へと侵入した。


「ふい~。とりあえず第一目標はクリアだな。次はどっか潜伏する場所を確保しないと」


「あと、みやこのでいりのかんし、だれかにおねがいしなきゃ、です」


「そうだった。じゃあこのコウモリとはお別れか?」


「うん。ありがとうね、こうもりさん。ばいばーい」


「ご苦労さん。じゃあな~」


 ジョンはコウモリとつながっていた糸をプツリと切って、閉めかけた扉の隙間を通り抜けて洞窟の闇に消えていく小さな生き物を見送った。


 キィキィと鳴く声も聞こえなくなると、二人はようやく鉄扉に鍵をかけ直し、目の前に広がる穴蔵を見た。都の管理区域に入ったはずなのに、近くの光源はジョンが持つランタンだけで、辺りに明かりは見当たらない。それに加え、洞内には少々鼻につく臭いが漂っていた。地面を這うパイプ状のものからは、液体が流れているような音がしていた。


「たぶんここ、げすいどう。はなにつんつんするから、じょうすいどうのほうにいこう」


「コウモリ帰しちゃったけど、分かるのか?」


「くちゃいの、すくないほうにいけばいい」


「なるほど……?」


 それからはジョンの鼻を頼りに横穴を進んだ。彼女の嗅覚は思いのほか敏感であった。道をどんどんと進んで、二人は新たな鉄扉の前にやってきた。


「たぶんこのさき、じょうすいどうのえりあ」


 ジョンがコンコンと叩いた扉は一枚の板で、こちらと向こうの空間を隙間なく隔てていた。端にはスライド式の鍵が上下と中央部に設置されており、閂は固定部に差し込まれておらず、一見すると開いているように見えた。しかし、ジョンが取っ手を下ろして押し引きしても、扉はびくともしなかった。彼女に代わってナナシも試みたが、結果は同じであった。おそらく反対側から施錠されているのだろう。ジョンは向こう側の同じ位置に鍵があると見当をつけ、扉に耳を押しつけながら下から順に解錠していった。


 ナナシに抱き上げてもらって三つ目の閂を引いた手応えがあったところで、ジョンは袖をバタバタとさせて手を出し、彼に人差し指と親指で丸を作って見せた。それを受け、ナナシは取っ手を下ろして重い扉を押す。


 蝶番がきしむ音と、足下の砂利を引きずる音が響いて扉が開く。


「おっ? こっちは全然イヤな臭いしないな」


「ぼくのおはな、ゆうしゅうでしょ」


「うんうん。ジョンは何でもできてすごい奴だ」


 二人はサッと上水道側に入り込み、扉を閉めて施錠をし直した。


 上水道エリアにしても、下水道側と同じく地面にパイプが走り、管からは水の流れる音が聞こえていた。異なるのは壁に点々と明かり石が備え付けられており、比較的周囲の景色が見えることである。石が輝く場所の近くには、紙や板を組み合わせて作られた小さな部屋が三、四つと並んでいた。


 ナナシはジョンの耳元に話しかける。


「浮浪者っての? 案外いるんだな……」


「あめかぜ、しのげる。ちかはめいろだし、おなかすいたらうえにでて、なにかとって、にげてくればいい」


「誰もこんなところまで追いかけてこないか。自分が迷ったらバカみたいだもんな」


 そうして辺りを歩いてジョンが道を記憶していると、穴の奥で明かりが動くのが見えた。ジョンは手に持っていたランタンの明かりを消し、適当な横穴にナナシを引き込んで身を隠す。


 人影──それは格好から推測するに、騎士のようだった。彼らは二人一組で行動しており、その会話は足音と一緒に洞窟の壁に反響してやや聞き取りにくくなっていたが、距離が近づいてくるにつれてクリアになっていった。


「ったく、何だって俺らがこんなところに配置されなきゃなんねぇんだよ」


「どうやら特務の上の方から『宿借り』の奴らが地下を移動してる可能性を示唆した鳩が届いたらしい」


「それで俺らに地下の出入り口に立てって?」


「仕方がないだろう。奴らに施錠は無意味なんだ」


「あー、そういやそんな話もあったな」


 ナナシとジョンはさも驚いたような顔をして暗闇の中で互いに目を見合わせた。


 よもや手配の人物が既に潜入していると知らない騎士たちは道すがら浮浪者に話しかけている。


「すまないが、こんな顔の奴らを見かけたら教えてくれないか。まぁ、この顔をしてるという保証はないんだが……」


「俺たちゃ今日を生きるので精一杯なんだ……人の顔なんざ見てる暇ねぇ──」


「そう言うなよ。謝礼も出るし、頼むぜ」


「謝礼ね……。ガキと、大人の方は東ノ国の人間みたいな顔してるな……何やらかしたんだ?」


「殺人だ」


「人殺しがうろついてるのかよ」


 騎士たちは誰かの家の前を通りかかる毎に声をかけ、人相書きを見せて持ち場までの道を歩いていく。ナナシたちはしばらくその場にとどまり、二人の足音が遠くの扉の向こうに消えるまで待つことにした。しばらくすると重い音が響いて扉が開き、閉じる音がした。ナナシとジョンはその頃合いでランタンの明かり石に光を灯し、横穴を出た。

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