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ベンチ

作者: Tickey

 


 公園のベンチ、右から2つめ。ここが、私の特等席。


 私は、今日もここであの人を待っている。


 小さい頃の約束のために。まだ記憶も定かではない時期で、1つだけ、私の中にはっきりと残る約束のために。



 

 小さい頃、私は体が弱かった。普段は家にいるしか無くて、少しでも具合が悪くなれば入院。ずっと、外で遊び回る子供たちが羨ましかった。

 だから、体の調子が良いときは母に頼んで、家のすぐ目の前にある公園に連れていってもらっていた。


 そこは、良くあるような児童公園で、花壇と、少しの遊具と、大きめの広場とあとはベンチがいくつか並んでいるだけの公園だった。

 私は、いつもそのベンチの右から2つ目、花壇が一番良く見える場所にいた。


 私があの人と初めて会ったのも、そうやって公園に居たときだった。


 その日は、近所の子供たちがサッカーをして遊んでいた。

 私は、そうやって遊べる子供たちが羨ましくて、少しうつむいていたのだろう。母は、

「早く元気になろうね」

 と、そういってくれた。


 母には帰ろうかとも言われたけども、私はまだ見ていたくて、そこに残っていた。

 そうしていると、蹴り損ねたボールが私の足元まで転がってきた。


「ごめんなさーい、ボール取ってー」


 遊んでいた子供たちの1人がこちらに駆けてくる。

 私がボールを拾ってどうしようかと考えていると、その男の子はすぐに私のそばまでやって来た。


「ごめんなさい。投げてくれればよかったのに」

「あの、私、ボール触ったの初めてで......」

「そうなの!?じゃあ一緒に遊ぶ?」

「え?」



 これが、私とあの人との初めての会話だったと思う。

 結局、母がそれはだめと言うから遊ぶことはできなかったけど、それからも、私はときどき公園にいる男の子を見かけるとその時のことを思い出すようになった。




 それから何年か経って、私は小学校の高学年になった。

 この頃になると5、6歳のときよりは体は丈夫になっていた。

 あの男の子とは、何回か公園で出会って、たまに話をするくらいの仲になっていた。通っている小学校は同じだったけれど、彼とはクラスが違ったので、やはり話をするのは公園でばかりだった。


 思えば、あの頃にはもう、あの人のことを想っていたのかもしれない。



 そんなある日、検診で向かった病院で思いがけないことを言われる。


「大分、体力も付いてきたみたいです。今の内に手術をしてみたらどうでしょうか」

「成功すれば、経過次第ですが普通の子供のように遊べる体になります。それに全く難しいものではありません」


 当時、細かいことは知らなかったが、どうやら私の病弱は手術で治るものだったらしい。私は「普通の子供のように遊べる」ようになるかもしれない、そう思うと嬉しかった。けれど、手術、という言葉にどうしても怖いと感じてしまっていた。


 両親は受けたらどうか、と私に言ったし、私自身受けたいとは思っていた。だから、あと一押しが誰かから欲しかった。



 手術の話を聞いた次の日、公園にはあの男の子がいて、私は彼にその話をした。


「俺は、君のしたいようにすればいいと思うよ。怖いならやめても良いと思う。......でも、俺は君ともっと遊びたい、かな」

「そっ、か」


 彼が私と遊びたいと言ってくれている。その言葉で私は一歩踏み出せたんだと思う。


「私、頑張るよ。それで、元気になってくる。だから、さ、また、この公園で遊ぼ?」

「うん。約束。絶対また遊ぼう!」



 こうして、私は手術を受けることを決めた。あの人を見てるだけじゃなくて、一緒に走り回るんだと信じて。


 そして小学校最後の冬、私は手術を受けた。手術は無事に成功。冬休みが終わる頃には退院して、今までのように体調が崩れることもなくなった。




 だけど、それ以来あの男の子に会うことはなかった。




 彼が転校したと知ったのは冬休みが終わった始業式。担任の先生から「あなたに」と言われて手紙を渡された

 それには、転校することになったこと、お別れを言えなくてごめんということが書いてあった。そして、最後に一言、

「必ず約束は守るから」

 そう書いてあった。


 その日は、家に帰ってから泣いた。せっかく元気になったのに、これなら手術なんか受けなければよかったと。

 けれど、最後の一言を私は、信じることにした。




 だから、私は今日もここで彼を待つ。あの公園のベンチ、右から2つ目で。


 今日は高校の卒業式だった。クラスの皆にお別れを言って、もう日課になっている公園にいる。公園には少し早い桜が咲いていて、もう少しで満開だろう。

 今日も、来なかったな。

 そう思って、ちょっとした諦めを感じながら帰るために鞄を取った。


 その矢先、風が勢い良く吹いた。


 顔を上げたとき、ふと、公園の入り口に立つ人影を見つける。

 その人は、長い間、私が待っていた人に良く似ていて。


「遅くなって、ごめん。待っててくれて、ありがとう」


 そう、言った。涙が溢れ出す。今までの分を埋めるように、心が動き出す。


「人違いじゃ、ないよね」

「うん」

「遅いよ、遅すぎ、大遅刻」

「ごめんな」

「許さない、けど、その分、たくさん遊んで」


「ああ、約束だから」

「うん、約束だから、ね」




 公園のベンチ、右から2つ目。ここは私の特等席。

 だけど、これからは、彼も一緒に......


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