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〈7〉

 


 途中でスーパーマーケットに寄って、夕飯の食材と長い夜に備えたお菓子とジュースを買い込んだ。

 今日の夕食は智花ちゃん特製のシーフードカレーだ。大林先生の好物らしい。あまり料理が得意でない私はサラダ担当だ。

 ボストンバックから持参したスパイスの瓶が出るわ出るわ。ルーはいらないとスーパーで言っていたが、これはどうやら私の想像以上の本格派だったらしい。

 大林家の台所を預かっているだけあって、手際もかなりのものだった。ものの一時間程度で、テーブルの上に美味しそうなカレーが並ぶ。

 私はケータイで写真を撮って異世界へ送った。もうこのやり取りに慣れてしまい、違和感を覚えなくなってしまった自分が怖い。

 すぐに返信があった。

「みんな美味しそうだってー。帰ったら食べたいって」

「いいですね。父たちが帰ったら、カレーパーティしましょうか」

「おおー。そう送っとこう」

 異世界組は全員一致で賛成した。帰還を祝う打ち上げだ。ただ一人、旅の仲間であるアルクレアさんが心底残念そうにしていたそうだが、こればかりはどうしようもない。

 翌早朝から決戦に臨む勇者さまたちは、もう休むそうだった。私と智花ちゃんの連名で「おやすみなさい」のメールを送った。

「わたし、民族学というか、人類学に興味があるんです」

 食事を終え、麦茶で一息入れた智花ちゃんが少し恥ずかしそうに言った。

「だから、その、異世界の人たちがどうやって生活してるのか、とか、どんな歴史を歩んだのか、とか、どんなものを食べてるのか、とか知りたくて」

「うんうん。わかるよ」

 腐っても私も歴史学を専攻する学生の端くれである。この世界とはまったく異なるルーツを持つ人類がどんな歴史を辿って現在までに至ったのか非常に興味がある。

 そして、そんな文系の総元締めのような人物が向こうの世界に行っている。

「大林先生たちがあっちのことを調べて送ってくれたのを、ノートにまとめてあるから、あとで見せてあげるよ」

「本当ですか。ぜひ見たいです。あ、それとコピーもさせてほしいんですけど良いですか?」

「もちろん!」

「ありがとうございます! ……でも、父がハマり込んで向こうの世界に定住したいと言い出さないか心配になってきました……」

 ……先生ならあり得る。

「さすがに智花ちゃんを置いて異世界に住み着くとか言わないと思うよ。それにほら、こっちに帰るためにみんなで頑張ってるんだし」

「そうですよね。あはは、変なこと言っちゃった」

 二人で声を揃えて笑う。

 向こうの世界、ユークレイズにはこちらの世界にないものがたくさんある。

 魔法。

 精霊。

 人類以外の種族。

 魔族。

 そして神。

 神様が実在する世界は一体どんな世界なのだろう。

 少し昔なら、こっちの世界でも神様はすごく近いところにいたのかもしれない。

 ユークレイズの神様、光神アーレイは神話によるとユークレイズを離れているのだと言う。こちらの世界から勇平くんたちに目をつけて勇者にしたのだ。もしかしたらこの近くにいるのかもしれない。

 充電ケーブルにつないだケータイを見て、私はそんな途方もないことを考えていた。




 深夜、私はケータイの着信音に起こされた。

 異世界からのメールだ。

 なんだろうと思ってメールを開くと、題名のところにアルクレアさんの名前があった。彼女は今、異世界でもっともケータイを使いこなしている人物である。一体どうやって文字を入力しているのか謎だったが、そこはまあ、異世界パワーの恩恵なのだろう。ちなみに文字入力の師匠は室井ちゃんである。両手の指を駆使する廻星の巫女の文字入力速度は、すでに男子たちを超えていた。

 そんなアルクレアさんは、私に個人的に話しておきたいことがあるそうだ。

 了解の旨を伝えると、寝息をたてる智花ちゃんを起こさないように外に出た。

 暑い夏の夜だった。

 すぐに肌が汗ばむ。

 メールが来た。

 ……なんとなく、予想はしていた。

 それは私の仲間たちをこんなことに巻き込んで申し訳ないという謝罪の内容だった。

 本当はもっと早く勇平くんたちを召喚した時に、メールで連絡が取りあえることが分かった時に謝るべきであったが、勇気が出ず、巫女という立場とゼミメンのやさしさに甘えてしまったこと。廻星の巫女アルクレアさんの赤裸々な心情が綴られていた。

 辛かったろうな、と思う。

 アルクレアさんの年齢は智花ちゃんと同じ。この世界に生を受けていれば、女子高生をやっているぐらいのはずなのだ。

 それくらいの年の女の子が、世界の命運をかけた勇者召喚の大任を背負い、翌日には決戦が控えているのだから、ナイーブになるのも頷けるところ。

『勇者さまたちをユークレイズに招く際、わたしはアーレイ神に祈りました。やさしくて、ほがらかで、本当は暗いこの世界を心で明るくしてくれるような、そんな人たちに勇者になってほしいと』

 何度も懲りずに魔王が魔族を連れてやってきて、慣れているとはいえ怖いものは怖い。しかも自分たちでは食い止めることは出来ても撃退することが出来ないのだ。

 夜の中、ぼんやりと浮かぶように光る画面に、はた目からは明るく見えた異世界の人たちの本音が吐露される。きっと異世界にいる勇平くんたちには明かせない心のうち、相手が私だから明かせる話なのだろう。

 光神アーレイの反則的なまでの加護に守られているのは、ゼミメンたちだけだ。

 アルクレアさんや、光神同盟軍の兵士たちは生身で魔族たちに立ち向かわなければならない。

 戦争だから。

 現代日本で生まれ、平和で安全であることが当たり前の中で育った私がアルクレアさんにどんな言葉がかけられるだろうか。

 私は悩み、迷う。

 見つけたのは、言葉ではないものだ。

 大林ゼミのメンバーの顔が浮かんだのだ。

 主催している大林先生。大らかでやさしくて、私たち学生を学問のこと以外でも面倒みてくれる、ちょっとお茶目なところもある先生は、異世界では魔法使いだ。

 北沢くんは子供っぽいところが目立つけれど、情に厚いムードメイカーだ。後輩たちからの人気者の彼は戦士をやっている。

 室井ちゃんは一見して派手な見た目だが、研究熱心なのは誰もが認めている。ダンス同好会にも所属している彼女は、ユークレイズでセクシーな踊り子である。

 そして勇平くん。

 私の彼氏。

 やさしくてマジメで。

 世界を救うなんて大役、とてもじゃないけど似合わない気もするけれど、言われてみればこれ以上ないようなはまり役にも思える。

 そんな私の勇者さま。

 私はメールを打つ。

「大丈夫。あなたが召喚した勇者さまたちを信じて。私が保証する」

 こっちの世界のなんの力も持たない女子大生のおかしな励ましに異世界の巫女は笑ってくれた。

『送ってくれたお菓子の味、わたし、忘れません』

 泣きそうだった。

 最後に、感謝の言葉があった。

 その一文は文字化けしていたけれど、私には分かった。

 ちゃんと伝わった。

 超翻訳は人の言葉の意味を抜き取り、日本語にしてくれる。

 しかし、それが心の底から生まれた真心であったなら。

 言葉が通じずとも意思が伝わることもあるだろう。

 私は今、ユークレイズの言葉でアルクレアさんの感謝の言葉を聞いたのだ。

 確信を持ってそう言えた。 




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