〈6〉
「そんなことになってるなんて、思いもしなかったなあ」
可愛らしくミルクセーキを飲みながら智花ちゃんは言った。
私の予想に反して智花ちゃんは大林先生の置かれた状況をあっさりと受け入れた。
よく考えてみたら、大林先生自身も異世界に召喚されたことには驚いていたけれど、しっかりと現実として受け入れていた。いろんな意味で度量の大きいご家庭なのかもしれない。
私と智花ちゃんの間に置いたケータイがメールの着信を知らせる。私が目でうながすと、智花ちゃんは一礼して私のケータイを手に取った。
今、智花ちゃんは大林先生と私のケータイを使ってやり取りをしている。どんなやり取りをしているか、私は口を挟まないように気をつけていた。一応、事前にメールは削除しても良いとは言ったのだけど、智花ちゃんは「見られても大丈夫ですから」と笑顔で返されてしまった。その信頼に応えるためにも、親子の会話をけして覗くまいと誓う私だ。
「あ、写真が送られてきました」
「どれどれ」
「ええっと、たしかドワーフの国に行って、偉い人たちと会談するんですよね」
「そのはずなんだけど……」
ユークレイズは魔族の侵略を受けており、光の神様が別の世界から呼び出した勇者を中心に多種族連合軍を結成して大反攻が開始される。勇平くんたちはそのためにエルフや翼人種の偉い人たちを連れてドワーフ領ドルベールに入った――のだが、
「あんまり危機感とかはないんでしょうか」
写真には、大林ゼミのメンバーとアルクレアさんを中心に、白い髭をたくわえたおじいさんや、どこかの国のお姫様、いろんな種族の性別や年齢も違う人たちが、笑顔で三列に並んでいた。まるで結婚式の集合写真だ。
魔族襲来という言葉からイメージされる悲壮感や絶望感はまるでない。
「魔王の復活周期が短いのと、勇者一行がすごく強いから、長命な種族の人たちは慣れちゃって、ちょっとした台風が来たくらいにしか考えてないっぽい」
私も一度心配になって、アルクレアさんに聞いてみたことがあった。それは私のイメージと、異世界の住人たちとの温度差と言ってもよい。
アルクレアさんは、メールを何通も使って教えてくれた。
智花ちゃんにも伝わりやすいよう要約すると、水害の起こりやすい地域に護岸工事を行うように、ユークレイズも魔族対策を行っているそうだ。速やかな同盟軍結成もその一環だが、最たる対策は魔王城出現地域の限定化。わざと緩衝地域のようなものを作っておき、そこに出現させる。だいたいどこに現れるか分かっていれば、いくらでもやりようがある。エルフやドワーフなどの長命な種族が多数存在するユークレイズで、数十年周期で襲来すると分かっているのだから、その分対策もたてやすいのだろう。
……なんだか、邪王神ヴィルゲイルと魔族の面々が気の毒になってきた。
「もぐら叩きみたいですね」
「そうだねー」
数十年ぶりに復活したと思ったら、光神同盟に所属する軍隊が要塞を築いて魔王城をぐるりと取り囲んでいるのだから、魔族たちもたまらないだろう。魔王側は成す術もない。いい加減懲りてやめればいいのに。
「あ、会談が終わったみたいですよ」
智花ちゃんがケータイを返してくれた。
一見不まじめにも見えたユークレイズ首脳会談だったが、各種族、各部族、各政府のお歴々が一堂に顔を合わせ、「では、今回もそういうことで。みなさんよしなに」と議長が一言発して第百八十六回光神同盟軍の結成が承認されたそうだ。
この後、勇者さまをゲストに迎えた簡単なセレモニーをしてささやかなパーティーが開かれるという。
本格的な反撃作戦は明朝から開始されるとか。
勇者さま一行の冒険譚は凄まじいスピードでクライマックスに向かっているようで、彼らの帰還を待つ私たちとしてはありがたい限りだ。
時間もかかりそうだったので、私は智花ちゃんにある提案をした。
「ねえ智花ちゃん。良かったらで良いんだけど、私の部屋に泊まりに来ない?」
最初こそ戸惑って辞退しようとした智花ちゃんだったが、何度か説得すると、少し恥ずかしそうに首を縦に振ってくれた。
よかった。
心の中で安堵の息をつく。
父である大林先生が異世界に行っている今、智花ちゃんを一人であの家に置いておくのが心配だったのももちろんあるが、正直、秘密を共有できる仲間が出来たことが私には嬉しかった。
一旦、私たちはカフェを出た。智花ちゃんは自宅へお泊りセットを取りに戻り、私は彼女を迎えに行くために勇平くんの軽四を取りに行く。
夕方ごろ、先生の家の前に車をつけると、ボストンバッグを抱えた智花ちゃんが出てきた。
「わたし、人の家にお泊りするの初めてなんです」
テンションが上がり気味に助手席に座り、シートベルトを締める智花ちゃんが小動物っぽくて可愛い。
さて。
横に人を乗せて運転するのは自動車学校以来だ。
事故らないように気をつけよう。
私は隣で無邪気にはしゃいでいる少女に気取られないよう、慎重に車を出した。
「そういえば、向こうから何か連絡はありました?」
「いっぱいあったよー」
お喋りに夢中になりすぎないよう、気をつけながら私は話し始める。
「勇平くんが勇者の試練の一つ、〈常闇の地下祭壇〉ってとこに行って、聖剣を取ってきてね」
メールに結構詳しく記されていた内容によれば、
「その地下祭壇ってとこ、本当は松明の明かりも魔法の光も効かない真っ暗闇な場所らしいんだけど、私が前に送った手回し発電機付きの懐中電灯持っていったら三十分くらいで終わったらしいよ」
「完全にファンタジー世界を破壊してますね……」
苦笑いをこぼす智花ちゃんに私は全面的に同意した。
今回の勇者さま一行は車で移動して、病身の女王を風邪薬で治し、昼食にレトルトカレーを食べるのだ。
良かれと思って私が送ったのだが、なんだか逆に申し訳ないような気もしてきた。
「えっと、それとなんだっけ。勇平くんが地下に行ってる間に、魔王が刺客を放ってきてね」
ユークレイズの主要都市や、重要拠点には魔除けの結界が張ってあるのだそうだが、その守りを突破してワープしてくるのだから相当な強敵が送られてきたのだろう。光神同盟の首脳が集まったドルベールが陥落すれば、同盟側は大ピンチに陥る。
氷魔将軍――、なんだっけ。名前書いてあったけど忘れちゃった。この氷の魔族と炎魔将軍ウンタラカンタラがセットになってパーティー会場に現れたらしい。
宴は一変して絹を裂くような貴婦人たちの悲鳴や、指導者たちの低いうめき声が重奏する混乱の場となった。
「大変じゃないですか!?」
「そうなんだけどねー……」
しかし、勇者さま一行がその場に居たのが魔族たちの運の尽き。
氷魔将軍の方は、周囲数メートルの万物を凍らせる絶対零度の鎧ごと北沢くんに蹴り壊されて粉々に。
炎魔将軍の方は、先生の魔法でブラックホールに吸い込まれてどこかに行ってしまったらしい。
「すごい。お父さんちゃんと活躍したんだ」
目を輝かせる智花ちゃん。私はと言えば、この前まで火の玉を飛ばしていた大林先生がブラックホール作ったことが驚きだったが。
「あと、向こうの世界のセレブたちにシャンプーブームが到来したって」
「ほのぼのニュースですね」
落差がすごい。
「写真も送られてきたから、後で見せたげるね」
強面ドワーフのオジサンたちが、ふわっふわの頭でピースして並ぶ姿を見れば、智花ちゃんもしばらく笑い転げること請け合いだ。