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〈4〉

 


 朝、起きた私はしばらくベッドの上で呆けていた。

 おかしな夢を見たせいだ。

 夢の中で私は勇平くんと一緒に冒険の旅に出ていた。見たことのない土地を二人で歩いた。勇平くんは腰に剣を下げ、私は白いローブに杖を持っていた。

 もしかしたら、夢で見たあの美しい風景はユークレイズのものだったのかもしれない。そう思うと自然と口元がゆるむ。

「さて、と。今日も一日がんばりますか」

 わざと声に出し、私の一日が始まる。

 今日は困難な試練が待っているのだ。



『じゃあ、せっかく会いに行ったのにエルフの女王様は病気で謁見できなかったんだ』

 メールの合間にフライドポテトを一つ口に運ぶ。

 時刻は正午。場所はハンバーガーショップだ。

 店内には私の他にもケータイ片手に食事をしている人が何人かいるが、異世界とメールをやりとりしているのは私くらいだろう。

 ……いや。

 ストローを咥えながら思う。

 彼氏が勇者として召喚されてしまったのだ。もしかしたら非日常で超常的な出来事なんてたいして珍しくないのかもしれない。

 今、フライヤーからポテトを引き上げた店員さんは、宇宙からの留学生かもしれない。

 幼い子供の口元についたケチャップを拭っている若奥さんは、結婚前まで美少女戦士だったのかもしれない。

 なーんて、ね。

 私は人目につかないように苦笑する。妄想も行き過ぎると毒だ。

 そんなことを考えているうちに勇平くんから返信があった。

 勇平くんたち大林ゼミ勇者一行は、これからエルフの女王様のために、北の山脈へ霊薬の材料を獲りに行くらしい。

 うわー。大変そう。

 山に入るのなら先生の車だって使えないだろうし、だいたい、この手のイベントには面倒なイレギュラーが付き物だ。

 何事もありませんように。祈りを込めて、

『大変そうだけどがんばって』

 とエールを送った。

 さて、食事も済んだし私も行こう。

 異世界の平和を守るのが勇者の役目なら、勇者たちの平和を守るのが私の役目だ。



 本来なら三泊四日だった実地旅行は、とんだトラブルのせいでいつ帰れるか分からないものになった。予定通りなら明日の夜には奈良から戻ってくるはずだったのだ。

 大学自体は夏季休講中なので大丈夫なのだが、問題なのは明日からのみんなの予定だ。

 あらかじめみんなから送ってもらっていた言い訳を各関係者に伝えて回るのが今日の私の役目になる。

 朝一番に向かったのは室井ちゃんのバイト先。遠い親族がどうのこうの。電話も繋がらないほどの田舎に行った、と伝えた。

 次に向かったのは北沢くんの実家である。応対してくれたお母さんに、「このまま旅行の予定を延長して先生について回ることにした。ケータイは壊れた。しばらく連絡がつかなくなるが、心配するな」と伝えたのだが、北沢くんはバイクでふらりとどこかに行ってしまうことが頻繁にあるらしく、お母さんはあまり心配していないようだった。

 勇平くんのバイト先にも似たような言い訳を伝えておいた。最初から日程には余裕を持って休みをとっていたようで、店長さんは特になにも言わなかった。

 さて、一番の難関は先生のご家族にどう伝えるかである。

 大林先生は急いでいて海外の発表会があるのを忘れていたので、そのままの足で向かうと伝えてほしいと頼まれている。

 先生の家の前で深呼吸を一つ。

 大学の教授は大きな家に住んでいるものと私は勝手に思っていたのだが、見たところ普通の一軒家だった。こういうことを言うと、先生に失礼なのかもしれないが。

 インターホンを押すと、高校生ぐらいの小柄な女の子が出てきた。メガネをかけた、やさしそうなお嬢さんだ。

 たしか先生には娘さんが三人いて末の娘さんが高校生と聞いたことがある。このメガネの女の子が末の娘さんなのだろう。大林先生に雰囲気が似ている。

「あの……なにか……?」

 娘さんはおどおどと怯えた様子で言った。

「電話しました山崎です」

 家の中に招かれたが、私は断った。慣れない空間にいるとうまく話せない気がしたのだ。ボロを出すのもマズい。

 私は先生の言い訳を伝えた。

 心配しなくてもよい、ということを特に伝えてほしいと先生から頼まれているので、そのとおりに。

「…………」

 話し終えて、娘さんは指を唇に当ててなにかを考えているようだった。

 その姿に見覚えがある。

 大林先生が深く考える際に見せる顔と同じだ。やっぱり親子だなぁ……と私は思った。

「はい。わかりました。わざわざありがとうございます」

 深々と頭を下げる娘さんが一瞬見せた表情は、とても納得したという風ではなかったけれど。

 アパートに戻ると、まるで見計らったかのように異世界からメールが届いた。

「はいはい、ちょっと待っててねー」

 バタバタと服を着替えてベッドに寝転ぶ。

 ケータイを見てみると、

「……えー……」

 勇平くんたちは霊薬の材料を取りに北の山脈とやらに向かうと聞いていたのだが、結局行かなかったらしい。

 なんでも、昨夜送った風邪薬と栄養ドリンクが病身の女王陛下に効いたそうだ。

 霊薬を超えるって現代医学スゴイなあ。

 私はなんだかおかしくて、頬が緩んでいたのだが、メールの末文を読んで凍りついた。

『ドラゴンと戦わなきゃいけないっぽかったから助かったよ』

 まるでバスの時間に間に合って良かったよ、みたいに軽い調子で書いてあったけれど、これはかなり危ないイベントだったのではなかろうか。

 私は「どうして先に言っておいてくれなかったのか」という怒りが先に立ち、続いて「何事もなくて良かった」という安堵の気持ちが湧いてきた。

 そうだ。何事もなくて良かったのだ。

 しかし、勇平くんには一言言っておかないといけない。

 私は正直な気持ちをメールに乗せた。

 メールが返ってくるまで少し時間がかかった。

『心配かけたくなかったんだ』

 返信は謝罪のメールだった。二度と秘密にするような事はしないと勇平くんは言っていた。

 ああ、もどかしい。

 直接顔を合わせて勇平くんと話がしたい。

 私は泣きかけていた。

 電話でもダメだ。顔を見たい。

 わりと重要な役目をこなし、緊張が緩んでいたのかもしれない。

 つい、メールしてしまった。

「会いたいよ」

 すぐに返信がある。

『オレも』

 少しだけ笑顔になれた。

 それから勇平くんはエルフが暮らす街並みの写真を送ってくれた。本当は星いっぱいの夜空を撮りたかったそうなのだが、スマートフォンのカメラでは上手に撮影できなかったそうだ。

 代わりに、文章で異世界の星空の美しさを語ってくれた。

 私は勇平くんの文字を頭の中で広げて想像する。

 今夜は満天の星空の下で、勇平くんと会っている夢を見られるかもしれない。




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