表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

〈3〉

 


 目覚ましのアラームより先に、メールの着信音に起こされた。

 まだ朝の五時前である。ユークレイズの人々は日の出とともに起きだして日没とともに一日を終えるらしい。実に健康的な生活リズムで、見習いたいとも思うが、今日のところは寝かせておいて欲しかった。二日連続の早起きは、現代に生きる怠惰な大学生である私にはつらい。

「おはよう」の題名で届いたメールによると、大林ゼミははやくも魔王討伐のために行動を起こすようだった。先生の4WDに乗って。

 暗雲立ち込め、そびえ立つ魔王城に向かって安全運転で突進する先生の4WDを想像する。なんともシュールな光景だ。

 前回の勇者さまご一行は、馬車で移動して十五日程度だったそうなので、自動車で移動する今回の魔王討伐はもっと早く済むかもしれない。

 添付された写真には、灰色のローブを着て杖を持った大林先生を中心に、アルクレアさん。ユークレイズ世界の服にマントを合わせ、腰に剣を吊るした勇平くん。ガッチガッチの鎧に兜までかぶって、これまた大きな剣を背負った北沢くん。とても今から冒険に出るとは思えないセクシーな格好の室井ちゃん。大林ゼミwithアルクレアさんの姿があった。

 絶対この人たち異世界をエンジョイしてるよなあ……。

 コスプレじみた格好はごめんだったが、なんだか私だけ仲間はずれにされているようで面白くない。

 私は、いきなり魔王の城に乗り込むのかと思っていたが、そうではないらしい。

 なんでもユークレイズ世界には、人類以外にもエルフやドワーフ、ケンタウロスに翼人種など、いわゆる亜人とカテゴライズされる人々もいて、彼らは彼らで勢力を持って文化を営んでいる。人類と亜人のみなさんは光神アーレイに創られた者同士で、光神同盟なるものを結成し魔王の軍勢に対抗しているらしい。

 私たちの世界にはエルフとかはいないので、必然的にユークレイズに召喚されるのは人類だけになる。ユークレイズ側の人類は、勇者を招くと各勢力の代表者に挨拶に行き、同盟軍を結成。魔族に奪われた土地を奪い返しながら進撃し、最後は魔王城を取り囲んで決戦というのが、毎回のおおまかな流れになるそうだ。大林先生いわく、一種の様式美だそうだが、たしかに異なる人種や種族が、垣根を越えてラスボスに挑むというのはいかにもファンタジーもののフィナーレっぽい。正直、私もこういうのはキライではない。

 まずはオーケインからもっとも近いエルフ領〈慈しみの森〉へと向かい、女王セブンステラ陛下に謁見するそうだ。

 馬で二日ほどの道のりだとメールにはあるから、先生の車なら一日もかからずに到着するだろう。異世界の道路事情はよく分からないが。

 さて、勇平くんたち勇者さま一行に重要な使命があるように、私にも重要な任務がある。

 今朝来たメールの一通にアルクレアさんからのものがあった。

 そこには、異世界同士でリアルタイムな連絡が取り合える珍しいケースが発生しており、もしかしたら月の力を借りた秘術が使えるかもしれない、と書かれていた。

 月の秘術とはなんぞや、また怪しげなものをと思っていると、ちゃんとメールの下の方に解説が載っていた。このあたりは大林先生が簡略にまとめてくれたようで、現地にいない私にも理解できる内容だった。魔力がどうのと言われても私にはチンプンカンプンだ。

 月の秘術。それは、こちら側の世界からユークレイズ世界に物品を転送する魔法らしい。過去にはこの秘術で様々な物が異世界に送られたと言う。

 私はさっそく大林ゼミの面々がリクエストした物の入手に取りかかる。

 まずは大林先生のリクエスト。お米と漬け物。インスタントみそ汁。異世界の食べ物は先生のお口に合わないのだろうか。

 次に勇平くんのリクエストでケータイの電池式充電器と乾電池がたくさん。これは大切だ。勇平くんのケータイが電池切れを起こしたらコチラとアチラを繋ぐ連絡手段が無くなってしまう。

 お次は北沢くん。今週発売の週刊マンガ雑誌。どうして男の子はいくつになってもマンガが好きなのだろう。偏見だろうか。

 最後は室井ちゃん。お菓子をいくつかと指定された化粧品。それに下着。うん。これもかなり大切だ。イメージだが、勇者さまの冒険って宿の無い土地では野宿している印象がある。男の人たちに混じっての旅は大変だろう。他にもいりそうな物を見繕って送ろうと思った。

 私が最初に向かったのは勇平くんのアパートだ。合鍵を使って勇平くんの車のキーを探す。何度も出入りしている彼氏の部屋だ。探しものはすぐに見つかった。

 ペーパードライバーの私だが、「よし」と小さく気合いを入れてハンドルを握る。普段は助手席に乗るばかりだった勇平くんの軽四。運転席から見た景色は新鮮だ。

 ためしに慎重にアクセルを踏み込んでみると、そろそろと軽四は動き出した。

 よし。大丈夫そうだ。

 妙な確信を得た私は、買い出しのためにホームセンターへと軽四を向かわせた。



 ユークレイズにいるゼミメンのリクエストの他に、私は必要そうな物を用意してダンボールに詰めた。

 歯ブラシに歯磨き粉、石鹸にシャンプー。洗濯洗剤に柔軟剤。栄養ドリンク。救急セットに腹痛のクスリ、のど飴。目薬。貼るホッカイロ。湿布薬。少し迷ったけれど、私が飲んでいた風邪薬も入れてみた。防災グッズコーナーで見つけた手回し発電ができるライトは異世界でも便利そうなので入れることにした。

 他には食品類。無洗米にパックごはん。缶詰をいくつかと、レトルトカレー。乾パン、氷砂糖。見ていると、災害時の緊急用に思えてくるラインナップだ。

 室井ちゃんにはリクエスト品以外にも生理用品やその他諸々を入れて中身が見えないよう別の箱に入れておいた。「他に必要な物があったらなんでも言ってね」とメモ書きも添えて。

 あれやこれやと思いつくままに物を揃えていくと、結局異世界行きの荷物はダンボール箱三つとパンパンに膨れ上がったリュックが一つになった。

 ……月の秘術が失敗したら、どうしようかコレ……。

 今更ながら、異世界の魔法が成功することを祈る私だった。

 コレを夜、人目につかないように駐車場に運びこむ。なかなか骨が折れる重労働だ。

 月は半分ほど欠け、時折雲が月光を遮るが、アルクレアさんの説明によれば夜、空に月が上っていることが重要らしい。

 魔法陣は、あらかじめ送られてきていた図面写真から画用紙に書き写してある。画用紙に書いたのは、アパートの駐車場で不審なことをしたくなかったのと、これから何度か使うことになりそうだったからだ。

 その画用紙を広げて、荷物を上に置いてやる。

 呪文を唱える必要もなかった。……少し期待していたのだけど。

 画用紙に油性マジックで書いた魔法陣がほのかに輝き、ヴヴヴ……と虫の羽音に似た音がした。

 おおー。なんかすごい。

 そう思っていると弾けるような小さな音がして目の前から荷物が消えた。

 辺りにはなにか焦げたような臭いが残っている。

 これが月の門の秘術。

 私が初めて目にする正真正銘の魔法だった。



 すぐに勇平くんからメールが来た。荷物は無事に異世界に届いたらしい。

 お礼の下に、今夜は人とエルフが暮らす街に宿をとることと、これからの予定が書かれていた。明日は早朝からエルフの女王様に謁見するそうだ。

 他にも写真が送られてきた。タイトルは「おもしろいもの」。

 見ると、灰色のローブを着ていかにも魔法使いといった風体の大林先生が、空に向かって火の玉を飛ばしていた。文面には先生の感想が。「まさか五十を過ぎて魔法を使うとは思いませんでした」。

 室井ちゃんからは私信。すごく喜んでくれたみたいで何よりだ。

 ふと今日、自分で車を運転して気になったことがあったので、勇平くんに尋ねてみる。

 先生の車のガソリンは大丈夫なの? と。

 今回の勇者さま一行の旅の足は、馬車ではなく先生の4WDだ。もしガス欠にでもなろうものなら、旅は困難なものになるだろう。

 返信を待つ間、私はどうやってガソリンを調達するか考えていた。たしか、専用の容器じゃないと売ってくれないはずだ。先生の車は大きいので、きっとガソリンの量もたくさん必要になる。

 メールが帰ってきた。


 From 勇平くん

 Sub  ガソリンの件

 Main 大丈夫。油を燃やしてピストンを動かしてるってアルクレアさんに説明したら、火の精霊と仲がいい精霊使いの人紹介してもらえたから。なんだかよく分かんないけど、実際どうにかなったよ。


 ……なにがどう大丈夫なのか分からないが、心配無用だったようだ。それにしても火の精霊か。すごい世界である。さすが異世界。

 その後、あらためてメールが来た。

 タイトルはなし。本文には、

『心配かけてごめんな。なるべく早く終わらせて帰るから』

 私は小さく笑い、

「うん。気をつけてね。勇者さま」

 と一文を送った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ