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〈2〉

 


 私の彼氏の勇平くんと大林先生をはじめとしたゼミのメンバーは魔王を倒す勇者として異世界に召喚された。

 ……なんてありえない話なのだろう。ノートにそう書き込んであまりのバカバカしさに呆れた。

 ケータイには異世界にいる勇平くんから次々とメールが送られてくる。私はそのメールを読み必要そうなものや重要そうな情報を抜き出してノートに記してしく。

 先生からの衝撃のポージング写真から二時間ほど過ぎていた。

 その間に新しい情報が次々と入ってくる。メールの間隔は短く、書き写す途中で次のメールを受信することも多い。

 これは、先生たちが精力的に情報収集を行っているからだ。主な情報源は巫女さん――廻星の巫女、アルクレアさんというらしい――と、月の神殿にいる神官の皆さんだ。

 ここで私には当然のごとく「どうして異世界に行ったのに言葉が通じるのだろうか」という疑問が生じたのだが、日本語がそのまま通じたらしい。しかしアルクレアさんたちには彼女たちの標準語、言わばユークレイズ語として聞こえていると言う。

 ためしに先生がロシア語と北京語で。室井ちゃんが英語、勇平くんがドイツ語で話しかけてみたら日本語同様、なんの問題もなく通じたそうだ。なにかしかの神秘的なものが作用して、言語の意味を抜き取り翻訳しているのかもしれないと大林先生は言っていた。

 この現象は言葉だけではなく文字、文章にまで現れているそうだ。ユークレイズの文章を見ると、「この本は歴史書だな」とか「この先にトイレがあるのか」とか「開店時間は夕方五時からで、今日のオススメは煮込み料理」と、一つ一つの文字は詠めなくても文章ごとの意味として理解されるらしい。

 異世界に行ったゼミメンにも不思議かつ不可解なこの翻訳現象を理解するのに、私は少し時間がかかった。先生も言っていたとおり科学的な説明をつけることのできない異世界マジカルパワーで言葉が通じるラッキー、と思っていたほうが精神衛生上良さそうだった。

 また、通信についても疑問がある。

 携帯電話会社が異世界にアンテナを建てに行ったはずがない。

 それなのになぜメールが送受信可能なのか。

 一応、全員が一度知人に連絡をとろうとしたそうだが、全て不通に終わったらしい。GPSもネットも不通の中、唯一、勇平くんのケータイから私へとメールが届いた。

 これもちょっと説明がつかない出来事だ。もっとも異世界に召喚なんてされている時点で十分に説明がつかないことが起きているのだけど。

 室井ちゃんは「きっと二人の愛の力なんだよー」と言っていたが、もしそうだとしたら、なんというか、その、照れる。

 異世界を救う勇者一行にとなった大林ゼミの面々だが、初日はこのままユークレイズの文化や歴史を調べることに費やすそうだ。奈良でやるはずだったことを異世界でやっている。大林ゼミはもともと歴史研究のゼミなので、先生を中心にうまくやるだろう。

 さて、当面の脅威として見られるのは、やはり魔王と魔族の存在だろうか。このいかにもゲームやマンガ的な侵略者たちは五十年から百年ほどのざっくりした周期でユークレイズ大陸を恐怖のどん底に落し込む天災のようなものだそうだ。天災ならしょうがないとしても、異世界のことなのだから、私としては正直その世界の人たちでなんとかしてほしいところだ。

 つまり、なんとかできない理由があるのだ。

 魔族の親玉である魔王は別名、邪王神ヴィルゲイルという。字面からもなんか邪悪な感じが漂ってくる。このヴィルゲイルはユークレイズを創造した神様、光神アーレイのライバルで、二柱の神様はそりが合わずに何度もケンカをした。その内、アーレイに負けそうになったヴィルゲイルは自身に呪いをかけた。『アーレイとアーレイの造った者たちには絶対負けない』呪いだ。そんな便利な裏ワザを持っているなら、最初から使えよと思うのだが、なにせ神話。ご都合主義も実に堂々としている。ヴィルゲイルが手に負えなくなったアーレイは対策を打つ。「なら、自分が創ったんじゃない別の世界から助っ人を呼ぶわ」と。こうして本人の同意もなく、別の世界から勇者を呼んで魔王を退治するシステムが完成した。なお、最初の勇者召喚の際に、アーレイは「ちょっと勇者スカウトしてくる」とユークレイズ世界の外側に行ってしまって、今でも帰ってきていない。ただテレパシー的な力で神官や巫女に神託を授けたり、ささやかな奇跡や加護を授けたりするので精一杯だとか。

 ユークレイズの歴史書には、何百名もの勇者の名前が残っている。最大で一世紀中に二回も復活するのだから、その数も大変なものになるのだろう。

 別の世界から来た勇者には、光神アーレイからサービスとして加護が授けられる。加護の内容は『ヴィルゲイルとヴィルゲイルの造った者たちには絶対負けない』。呪いの逆バージョンだが、邪王神はまんまとやり返されたカタチだ。子供のケンカか。この加護の力は絶大で、大体の勇者たちは二週間程度で魔王を成敗して元の世界に帰還している。

 これは重要なポイントだろう。元の世界に戻れるというのは。

 ノートに記した『帰還』の文字に、私は赤い蛍光ペンでアンダーラインを引いた。

 向こうでは、先生たちがすぐにでも帰りたい旨をアルクレアさんに伝えてある。

 未承諾のまま魔王討伐に引きずり込んだ負い目があるのか、それとも天然さんなのか、アルクレアさんは事情を聞いて快諾してくれた。

 なんでも、「歴代廻星の巫女最速討伐記録を樹立してみせる」と息巻いているとのこと。

 アルクレアさんがノリのいい巫女で本当に良かった。

 さて、昼食、お昼寝、夕食といくつかの休憩をはさみ、勇平くんから「おやすみ」のメールが来た。文末にあった「ありがとう。信じてくれて」の文字に気分が良くなる。我ながら安っぽいかもしれない。

 ふと思いついた私はノートパソコンを開くと、インターネットの検索サイトで、『異世界』『召喚』『勇者』『魔王』と打ち込んでみた。

 ものすごい数のヒットがあった。

 やっぱり、と言うかゲームやマンガなどのファンタジー作品が多い。

 しかし、私の欲している情報はない。五十年前、前回の魔王復活時の召喚された人の記録とかアドバイスがあれば、と思ったのだが。他には、『異世界サバイバル術入門』的な実用書系とか。

「まあ、あるわけないよねー……」

 元より期待なんてしていなかったし。

 惰性のまま適当にページを進めていくと、素人作家さんたちが公開しているネット小説の類を発見した。紹介文を読んでみる。

 なるほどなるほど。

 勇平くんたちが置かれた状況を鑑みるに、こちらの方が役に立つ情報がありそうだ。

 ファンタジーあふれるネット小説を何作かブックマークして流し読みしてみる。

 そうして一時間後。

 勇平くんたちの状況に合致した作品自体はいくつかあったものの、参考にはあまりならないことが分かった。

 魔法の存在する世界で生き残るために黒色火薬の製造から始めたら、大林ゼミの面々は向こう数年、こっちに帰ってこられない。

 時計の針は深夜を指していたので、今日のところはここで切り上げることにした。

 ベッドに入り思う。

 今、私のいるこの世界に、彼氏である勇平くんはいない。

 異世界で勇者になって、ケータイでメールを送ってくる。

 不思議な気分だった。




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