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〈1〉

 大学の研究室の実地旅行に出る勇平くんを見送ったのは早朝の事だった。

 本来なら私もその旅行に同行する予定だったのだが、数日前にひいた風邪がなかなか治らず、大事を取って今回はパスする事にしたのだった。

 研究室を主催する大林先生の大型4WDに乗り込む同級生を見送った後、私は下宿先のアパートに戻ってもう一眠りする事にした。

 熱は下がり、咳も出ない。

 もうほとんど風邪も治っている。なんだかサボっているような後ろめたさがあってか、寝ようと思っても寝付けない。

 昼前にのそのそとベッドを抜け出し、昼食の支度を始めた。冷蔵庫の中に勇平くんがお見舞いに持ってきてくれたプリンが残っていた。スーパーやコンビニのものではなく、有名な洋菓子店で買ってきてくれたちょっとしたものだ。これはおやつにしよう。

 昼食を簡単に済ませ、念のために処方された風邪薬を飲んでおく。

 なんとなくケータイを見た。

 勇平くんたちの目的地は奈良。三泊四日で遺跡や寺社を見て回るスケジュールだった。そろそろ到着した頃だろうかと思っているとケータイがメールを受け取った。

 送り主は勇平くん。


 From 勇平くん

 Sub  おどろかないで

 Main 異世界に着いちゃった



 ……。

 ……………。

「…………なんだって」




 最初、私は勇平くんがまたおバカなことを言い出したと思った。人をからかうジョークなら、もっと面白いことを考えてほしい。

 私は取り合わず、普通にメールを変身した。

『おつかれ。奈良に着いたんだ。事故に気をつけて。おみやげは奈良漬けと宇治のお茶がいいなー』。デコレーションもつけて。

 しかし、


 From 勇平くん

 Sub  いやマジで

 Main 異世界だって。巫女さんっぽい人が言うには、ユークレイズって言うんだって。奈良漬けとお茶はちょっと無理そう


 頭痛がしてきた。風邪がぶり返してきたのだろうか。

 どう扱えば正解なのだろう。話題に乗ればいいのだろうか。それとも「いい加減にして!」と怒ってしまってもいいのだろうか。無視してしまうのはあんまりな気もする。

 私が応対に迷っていると三通目のメールが届いた。今度は画像データが添付されている。



 From 勇平くん

 Sub  信じてもらえないようなので

 Temp ****

 Main 写真を撮ってみた。ユークレイズの古都オーケインにある月の大神殿前です



 写真には古い石造りの建物の前、同じく石造りの大階段が写っていた。雰囲気は何だかヨーロッパのバロック調の教会や聖堂という感じ。全体像や内部が分からないのでなんとも言えないが、味付けとして少々エジプトやギリシャ、どことなくオリエンタルな香りもする。

 大階段の前には、大林先生の他にゼミメンバーの北沢くんと室井ちゃんが写っていた。室井ちゃんの隣に見知らぬ少女が立っている。白に近い髪色に修道女のような服を着ている。顔立ちの整ったかなりの美人さんなのだが、コスプレだろうか。

 建物も美少女さんも合成したと言えなくもない。だとしたら手の込んだイタズラだ。先生やゼミメンまで巻き込んじゃって。

 またもメール。今度は簡素に『これで信じてくれた?』。

 ため息。さすがにしつこいな、と思い始めていた。風邪で寝込んでいた数日前なら退屈しのぎに多少は楽しめたかもしれないが、今ではまったくクスリともこない。

『まさか。あんまりふざけてると怒るよ』と返した。

 ケータイが鳴る。『ごめん。調子にのりすぎた』的な内容だと思っていると、


 From 勇平くん

 Sub  大林です

 Main 大林です。上戸勇平くんから携帯電話を借用して山崎さんにメールをしています。信じられないのも無理はありません。異世界に来てしまった私たちも戸惑っているのです。現時点で判明している事を以下に記します。

 1) 現在地 ユークレイズ大陸北西部古都オーケイン

 2) 状況。巫女を名乗る女性に保護されている。彼女は非常に友好的である。なお、言語に不自由はない。逼迫した身の危険はなさそうだが今後の展望は不明。

 3) ユークレイズ大陸は現在、魔族を名乗る勢力に武力侵略を受けている。魔族のリーダーは魔王と呼ばれている。

 4) 私たち大林ゼミ一同は、この魔王を排除するために巫女によってユークレイズ大陸に招かれた。


 先生の名前を出せば私が信じるとでも思ったのだろうか。たしかに文面は先生っぽいが、奈良に行くはずが異世界に行くなんてありえない。

 もう無視してしまおうかと思った。

 だけど、このままお終いにしてしまうのも少々後味が悪いと感じた私は、勇平くんへの意趣返しとして他愛のないイタズラを思いついた。

『先生と巫女さんの二人がなにか面白いポーズをしてくれたら信じます』

 大林先生はおおらかで冗談も通じる人だが、勇平くんがメールを送っているなら先生にこんな要求はしにくいだろう。もっとも、先生が共犯者の可能性もあるが……。

 返信が来なければ来ないでそれでいい。次に顔を合わせた時に少し怒ってそれで終わりだ。そうしよう。

 着信があった。思ったよりずっと早い。勇平くんが白旗をあげたのだろうか。

 メールを開く。

 あの大階段の前で先生と巫女さんがシェーをしていた。



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