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魔女と金の瞳4

 魔術師としての才能のない彼女が、お客さんの悩みを解決する術はいくつもない。リネットが自分で作った道具、ハーブの効能を組み合わせたお茶、あるいは第二十研究室で得られたカガクの賜物。

 その程度のものだ。特にカガクで作ったものは不思議な道具として、一部の魔術師たちはお伽話の魔法のようだと揶揄している。

 古くから受け継がれる魔術と新参の学問であるカガク。まだまだ認められるには程遠い。


 つまり、セルトアの魔女とは、魔術を使いこなせない落ちこぼれが、怪しげな魔法のような道具を使う女という意味も込められていた。

 リネットはきゅっと唇を噛み締め、そして、縋るように魔女である自分自身を見つめるソークに首を横に振って答える。

 魔術の才能があれば……子どものころに思っていたことだ。でも、リネットは才能の有無はどうにもならないことを知っている。そして、それを受け止めたからこそ、両親のあとを継いで店を開き、研究室でささやかな魔術を使うのだ。

 唇を噛むのをやめ、リネットはまっすぐにソークを見た。ローブ越しといえども、その視線はソークの金の瞳を捉える。


「残念ながらあたしにもできないことはあるの。それもたくさんあってうんざりするくらい。出来る事のほうが少ないのよ。あたしにしてみれば、ソークの瞳は隠す必要なんてないくらいに綺麗で、羨ましいと思うわ」

「魔女様……」

「でも……ソークはそうじゃないんでしょう?」


 小さく頷いた頭はそのまま俯いてしまう。リネットはそっと柔らかな髪に触れて頬に指を滑らせる。そしてソークの顔を上げた。

 くしゃりと歪んだ表情には、綺麗と褒められたことに対する恥ずかしさとそれを信じきることのできない複雑な思い、そして根深くソークの心に刺さる金色へのコンプレックスが浮かんでいた。歪んだ顔はくしゃりと潰れていたけれど、嫌いではなかった。

 むしろ、保護したくなるような、いや……なんだかぞわぞわするような……相反する気持ちが湧く。もうちょっとで泣くかしら? なんて悪魔のような囁きが聞こえるのは気のせいにしておく。


「で? どうする? 魔術師を紹介する? それとも……目薬を点す練習から始めてみる?」

「う、うう、練習からお願いします……っ!」

 ソークの言葉にリネットは頷く。

「ソークくんは水中で目を開けることはできるの?」

「それは大丈夫です。ただ目にぽたんと落ちるのが怖くて、ついつい目を閉じてしまうんです」

「ふぅん? そのくらいなら出来そうじゃない?」


 ヴィルが長い足を見せびらかすように組んだ。リネットもその程度ならすぐに目薬には慣れるだろうと踏む。しかし、目薬を入れる特訓が始まってすぐに、それは間違いだと知る。

 どうやって落としても、ソークはまぶたを力強く閉じてしまう。ヴィルにソークのまぶたを押さえて貰って挑戦しても、ソークは素早く身体を捩って逃げてしまう。しまいには目薬を近づけるだけで目を閉じる。おかげで容器にたっぷり入っていたはずの目薬は半分ほどに減っていた。

 リネットは困ったなぁと腕組みをしながら、カウンターにうつ伏せになっているソークをみやる。先程「情けなくてごめんなさいぃ!」と顔を覆ってしまった。


「ううん、どうしたらいいかしら……床に倒して馬乗りになってみる……?」

「あら楽しそう! あたしが目薬を点してあげるわ!」

「……やっぱりやめるわ」


 嬉々としながら両手を組んで唇を舐めるヴィルに、リネットはソークの身の危険を感じた。美女が野生の獣のように目をギラつかせている様子は、リネットが獲物になったわけでもないのに背筋が寒くなる。

 それにしても子どもみたいに背中を震わせるソーク。

 ひとつ、子どものように扱うのも手だ。案外、すんなり行くかもしれないし。

 カウンターで震えるソークの背後から近寄り、リネットはそっと肩に手を置いてソークを起こす。ソークは長身で彼が立っているときは必然的に見上げることになる。しかし、今はソークは椅子に座り、リネットは立っている。


「大丈夫よ。怖くなんてないんだから」


 優しく声をかけながらソークの滑らかな頬に手の平を当て、上を向かせる。そして、背後から覗きこむような態勢になった。ぽすんとソークの後頭部を胸に抱き込み、リネットは下瞼を押し下げる。


「え、あ、ま、魔女様!?」


 しどろもどろしているソークに構わず、リネットは素早く目薬を一滴、ぽたんと落としてやった。その瞬間ソークがぎゅっとまぶたを瞑り、目尻から点眼薬が溢れ落ちる。


「よし! 成功!」

「なんか、しゅわしゅわします……!」

「新作の涼感目薬よ!」

「良かったじゃない。おめでとう」


 思わず飛び跳ねてヴィルとハイタッチをする。第一段階はクリアしたので、今度はコンタクトレンズだとリネットは意気込みながらカウンターのケースを手に取った。そして、再びソークの背後に立ち、後頭部を抱え込もうと腕を伸ばす。


「いやいやいや! 確かに目薬は点せましたけど! あの、体勢は……ど、どうかと思いますっ」


 しかし、ソークは勢い良く手を振り、椅子から立ち上がって店の壁際まで移動してしまう。しきりに後頭部を撫でながら頬と耳を赤く染めて、もごもごと何か言っている。

 残念ながら何を言いたいのかリネットにはわからなかった。しかし、ヴィルは理解したように、軽く「そうよねぇ」とソークに同意を示す。


「ちょっと気まずいわよね。照れちゃうのもわかるわぁ」

「そ、そう、なんですよね……こちらも悪気はないんですけど……全くないんですけど!」

「大丈夫よぉ、リネットはとんとわかっていないわ」


 ちろりと試すような視線にたじろぐ。


「な、なにがよ? あたし、何かしたの?」

「ほらね」


 肩を竦めたヴィルはリネットをちらりと見ると、「こういう所が鈍感なのよね」と呆れている。鈍感と言われたリネットは尚更わけがわからなかった。しかし、二人は何やら通じあっており、リネットは自然と頬が膨らむ。ローブで顔が隠れているからこそできる子どもっぽい仕草だった。


「もう! 何かしたなら教えてくれたっていいじゃない?」

「リネットはずっとお子ちゃまで居てね~。じゃ、コンタクトレンズだっけ? それにトライしてみましょ」


 どうやら馬鹿にされている。でも、この程度のやりとりは日常茶飯事だ。


「……ま、ヴィルをお姉さん方が取り合い、キャットファイトに巻き込まれるよりはマシか」

「だからぁ! その件は悪かったって謝ったじゃない! 何年前よ!? だから魔女は執念深いっていわれんのよ!」


 ふんと鼻を鳴らしたヴィルを気にすることなく、リネットは丁寧に指を洗い、壁にひっつくソークに座るよう促す。赤かった顔は落ち着いており、柔らかな曲線を描く眉が複雑そうに寄せられていた。リネットが再び座るように言うと、項垂れるようにとぼとぼと足を進め、腰を降ろしたのだった。

 頭を触られるのが嫌だったとか?

 もしそうだとしたら、無遠慮に触れてしまったことで、ソークは怒って顔を赤くしたのだろう。そう思うとリネットはソークに触れることを躊躇ってしまった。


「魔女様? どうかしましたか?」

 コンタクトレンズを指先に載せ、中々行動に移さないリネットを不思議に思ったソークが名前を呼ぶ。

「ええと、じゃあ、触るわよ」

「はい! あ、あの、優しくしてくださいね!」

「大丈夫よ、安心してちょうだい!」


 力強く頷いたリネットは真剣な眼差しで上瞼と下瞼のまつげの生え際に指をあてる。そして、眼球に触れないように注意しながら、目を大きく開けた。その拍子に、工芸品のように美しい金色の虹彩が動く。お互いの息遣いが肌に感じられるほど接近したが、リネットは気にする様子もなくコンタクトを持つ人差し指を黒目に近づける。

 しかし、やっぱり近づいてくる指先に恐怖を感じるのだろう。ソークの瞳が揺れ動いた。


「動いちゃダメ」

「すみません、動かないようにはしてるんですけど……っ! つい、怖くて!」

「んー……じゃあ、あたしの目を見て逸らさないで」


 するりと顔を覆っていたローブを降ろし、リネットは自らの青い瞳と金色の瞳と視線を重ねる。

 この時、ソークは初めてリネットの顔を正面から見ることができた。いつも二階から見下す素顔しか知らないソークは、現れた少女の顔につい見入ってしまう。

 小動物のように大きめの瞳、小さな鼻に、ぷっくりした唇が可愛らしい。しかし、どこか顔色が悪く、目の下にはうっすらとクマが出来ている。

 それでも少女特有のあどけなさが残っており、ソークは魔女様と呼ぶ彼女の素顔がどこにでもいそうな女の子だと知って動揺した。魔女が自分とそう歳の変わらぬ少女だと、初めて来店したときにわかっていたというのに。

 夏空にも似た濃いブルーの瞳の奥には光が宿り、ソークはその輝きに吸い寄せられて視線を逸らせない。

 そんなことには露とも気付かないリネットは、今がチャンスだと素早くコンタクトレンズを黒目に被せた。


「はい、出来たわよ。どう? 目をぱちぱちして違和感はない?」

「えっと、こう、膜を被っているような感じはします」

「うん、とても薄く作ってはいるんだけど……そのうち慣れると思うわ」


 しきりに瞬きするソークに装飾が施された手鏡を渡す。鏡を覗きこんだソークの右目は、淡い藤色に染まっている。


「……魔女様! すごいですっ! 綺麗な色で、私は……!」


 感動したのか手を震わせて鏡から顔を上げたソークに、リネットはほっと安心する。気に入らなければどうしようと密かに不安だったのだ。


「良かったわ。では、左目もやってみましょうか」

「はい……っ!」

「アンタ達、飼い主とわんちゃんみたいねぇ」


 黙って事の成り行きを見守っていたヴィルが、楽しそうに目を細める。

 そして、左目にも無事にコンタクトレンズを被せると、ソークはどこから見ても普通の青年のように見えた。幸いにしてまつげや眉は茶寄りの金色だったので、彼がシャルクの祝福を受けた人間だとは誰も思わないだろう。

 鏡の前で嬉しそうに自分の瞳を覗きこむソークに、リネットは頬が緩むのを感じた。大した魔術は使えない。けれど、自らが所属する研究所の道具が、少しでも役立つのならとても嬉しく思う。

 ローブを再びすっぽり被ったリネットは、それからソークにコンタクトレンズの外し方と正しい装着方法をレクチャーした。おかげで目薬をあれだけ怖がっていたソークは、少し時間はかかるものの、一人でコンタクトレンズを扱えるようになった。


「魔女様! 本当にありがとうございました……! 瞳の色を変えることなんて出来ないって思っていました……!」

「どういたしまして。ソークが気に入ってくれて良かったわ」


 浮かれたソークはリネットの手を両手で握りしめる。大きな手の平にすっぽりと納まった自分の手。

(あたしの手が小さく見える……!)

 目の前の青年は長身だが細身である。顔の造りも優しく、言葉遣いも丁寧すぎるほどだ。そんなソークがはしゃぎながらリネットの手を握って上下に揺すぶる様は、どこか可愛らしい。けれど、その手のひらの大きさに、リネットはまたもや彼が立派な男性なのだと知る。

 なんだか居心地が悪い。


「えっと、目に異常を感じたらすぐに」

「わかっています。魔女様かお医者様の元へですね」

「そうよ。次にコンタクトレンズは保存液に浸すこと、使用期限は一週間よ」

「はい! ちゃんと気をつけます!」

 優秀な生徒のように頷いたソークに、しなやかな腕を巻きつけたのはヴィルだった。

「ソークくんっていい子よね! あたし、素直な男の子大好きよ!」

「ありがとうございます……大好きなんて言われたの、あんまりなくて……!」

「ちょっと待って! ヴィルの大好きは危ないから!」

「やだぁ! 大丈夫よ、ぺちゃんこリネットもちゃんと好きよ」

「ぺちゃんこじゃない!」


 そう言い切ってみたはいいものの、リネットはふと研究所のクレアを思い出した。豊満な身体のラインに自信を持っている彼女は、リネットにやたらと突っかかってくる。

(……もしかして、あたしってば本当にぺっちゃんこなのかしら?)

 思わず両手で胸元を押さえる。今度、第二十研究室で働いている同僚の女魔術師に、胸のサイズを聞いてみようかとリネットは真剣に考えた。

 そんなリネットを見て慌てふためいたのがソークだ。


「えっと! 魔女様は! 気にしなくてもいいと思います!」


 珍しくはっきりと声を出したソークにリネットは驚いて、背の高い彼を見上げた。ほんの少し頬を赤らめており、目線は左右に動いて定まらない。

 これは慰められているだろうか? いや、きっと慰めてくれている。


「ありがとうソーク」

「いえ……魔女様はその、私のどうしようもない悩みを解決してくださいますし、その……可愛らしい顔立ちですし……いえ、私に言われても気持ち悪いだけだと思いますが!」


 可愛らしい顔。

 言われ慣れない褒め言葉だった。しかも、リネットから見て美しい顔立ちのソークからである。気弱でネガティブな所を差し引いても、その容姿で女性を惹きつけるだろう魅力的な青年だ。リネットとは店でやりとりするのみの間柄だが、それだけで充分にソークが繊細で素直な青年なのかよく知っていた。

 そして、よくも悪くも嘘がつけないことも。

 リネットは体温が上がるのを感じた。そして照れ隠しにローブをそそくさと被る。


「う、うれしいわ。うん、あ、ありがとう!」


 ローブで顔を隠すことが出来て良かったと、リネットは心の底から思った。ぎゅっと袖口を握りしめるリネットに、ソークが柔らかいひだまりのような笑みを向ける。


「こちらこそ、感謝しています」


 そして、ソークはコンタクトレンズを嵌めたまま、スキップをしそうな勢いで店の外にでた。お代はモンブランとカゴに入っていた洋なし、そして格安のコンタクトレンズ代だ。


「では、また来ますね! それでは御機嫌よう魔女様!」

「ええ。ではね」


 手を大きく振るソークにリネットは小さく振り返す。細い路地にはまだ日光が降り注いでおり、その下で弾むようにメインストリートへ歩くソークの後ろ姿は楽しそうである。それを見送りながらリネットは、今度はいつ来るのかしらと記憶のカレンダーを捲った。

 そういえばサヴィーナが「今日はいいいことがあるわよぉ!」と教えてくれたのを思いだす。確かにおいしいモンブランを食べることができたし、リネットにとっては上々である。


「ねぇ、リネット。ソークくんが来るの、楽しみねぇ?」

「そうね。でも、手は出さないでよ! お客様なんだから!」

「はいはい。わかってるわよ、大事なお客様ですものね」


 何かを含んだように笑うヴィルに、リネットはソークのことが心配になった。ヴィルは何故か男女問わず人気がある。しかも、男が好きなのかと本人に聞けば「男も女も魅力的な人はいるものよ」とウィンクをひとつ投げられたのだ。

 ソークがヴィルの毒牙にかからなければいいのだが。

 次にお店に来た時は、注意するように充分に言い含めようとリネットは決めたのだった。

 冷たい空気がリネットのローブに入り込み、身体が震えて思わず小さなくしゃみが出た。


「あら、風邪? 気をつけてよね」

「寝不足のせいじゃないかしら。それに肌寒い季節だもの」


 厚手のストールが必要ね。

 そう呟いてリネットはふとソークの大きな手を思いだす。冬になったらきっと温かいだろうなんて、少し恥ずかしいことを考えてしまったのだ。

 空を見れば秋の雲が刷毛ですいたように高く浮かんでいる。もう少しでプラタナスの葉も染まるだろう。そうしたら冬がやってくる。

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