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魔女と金の瞳2

 ソークが魔女は変わっているものと誤解をしている間、リネットは紅茶をポットにいれてカップと小皿、そして小さなデザートフォークをトレイに階下に降りた。ソークが月に一度お店に来る度に小さなお茶会になる。それはリネットのささやかで大きな楽しみとなっていた。


(どんなモンブランかしら……去年、所長が王都で買ってくれたモンブランは絶品だったけれど)


 今までソークが作ったお菓子はリネットの味覚にホームランを打ち込んでいる。きっと今回のモンブランも美味しいに違いない。ほくほくしながらカウンターにいるであろうソークに声をかけた。


「ソーク、お茶が入ったわ……って! ヴィル!」


 非難が滲む声で隣家の幼馴染を呼ぶ。店に居たのはソークだけでなく、見た目は美女のヴィルも一緒だった。それだけだったらリネットは文句など言わない。だが、明らかにヴィルは許しがたい行為をしていた。


「お邪魔してるわよ。それにしてもおいしいわね、このモンブラン。ソークくんったら天才じゃない? あーん、おいしい!」

「あたしの! モンブラン!」


 手づかみでモンブランを口に運ぶヴィルを見て、リネットは乱暴にトレイをカウンターに置く。そして、長身の美女もどきに迫った。


「酷い! あたしだってまだ食べてなかったのに……!」

「そこにあったんだもん~」

「じゃあお前は犬の糞がそこにあったら食べるのか!」

「アンタ、犬の糞とモンブランを一緒にしないでよ。いやねぇ、マナーがない小娘って」

「人のものを勝手に食べるヴィルに言われたくない!」

「あ、こっちにも紅茶ちょーだい」


 背の高いヴィルが持つモンブランに手を伸ばすが、ひょいひょいと避けられてしまう。そうしている間にぺろりと一個を平らげてしまったヴィルは、勝手に紅茶をそそいでリネットがいつも座る椅子に腰を降ろした。姉のサヴィーナは優しいのに弟はこうである。

 この男が何故女性にモテていたのかリネットには理解できない。


「あら? いい紅茶じゃない。ほら、ソークくんも飲みなさいよ」

「へっ、あ、ありがとうございます……?」

「遠慮なんてしなくていいのよ、どうせリネットはお給金たっぷり貰ってんだから」

「そんなわけないでしょ! ヴィルなんか男女問わず貢がれているくせに!」


 まだ食べていないモンブランに、まだ飲んでいない紅茶。

 それらを先に口にしたヴィルが恨めしいが、済んだこととして水に流すしかほかない。ため息をついたリネットは、居心地が悪そうに背中を丸めるソークに目を向けた。自分にため息をつかれたと思ったらしいソークは、リネットの一挙一動にびくりと肩を揺らす。

 月一で会っている中だというのに、未だに怖がられるのが気に食わない。こっちだって普通の女の子なのに。そう言いたいのを堪えて、リネットは紅茶をお客様用のカップにそそぐ。


「ソーク、どうぞ飲んで。我が家にしては珍しく高いお茶っ葉なのよ」

「で、でも、私なんかが飲んでもいいんでしょうか……! 雑巾の絞り汁がお似合いだと言われたばかりなのに……っ!」

「え……雑巾の絞り汁を出されて飲んだの?」

「出されていませんし飲んでもいません! いつも言われていることです……私は金色ですし……」


 どうやら高いお茶を飲むことに引け目を感じているらしい。

 それにしても雑巾の絞り汁だなんて酷い言い草だ。シャルクの祝福を受けた異質な存在であるという俗信。今のところ金髪に金の瞳というくらいの相違しかわからないが、彼は怯えられるような、異能を持っているのだろうか。

 だとしても、リネットにはソークが大変傷つきやすい繊細な青年にしか見えなかった。


「私なんか……掃除したばかりの、雑巾の絞り汁がお似合いなんです……」

「……ネガティブよね、あなたって」


 きのこが生えそうなくらいうじうじした様子のソークに、ちらりと台拭きを見た。フードで顔は隠しているので、視線の動きはわからないはずのヴィルが素知らぬ顔で呟く。


「あんた、それはやめときなさいよ」


 どうやら、高い紅茶ってだけで飲まないのなら、いっそのこと台拭き絞りの紅茶をいれてやろうかと思ったことがバレたようだった。本気でするつもりはないが、目の前の青年を慰めるのも面倒だ。それでも彼はお客様だ。

 ローブをかぶり直してから、リネットはソークの肩を叩く。


「ソーク、ちょっと耳を貸しなさいよ」

「ひっ!? そぎ落とすのですか……?」

「違うわよ、話を聞けって言ってんのよ! アンタ、本当にあたしを何だと思っているの!」

「何でも望みを叶えてくれる魔女様です!」

「……じゃあ、その魔女様がお茶を勧めているんだから、ぐだぐだ言わず飲みなさいよ!」


 そう言うとソークはびくりと肩を揺らし、そして恐る恐るカップに長い指を伸ばした。やがて紅に色づくお茶を一口飲み、金色の瞳をわかりやすく輝かせる。どうやらお気に召したらしい。

 生えていない犬耳と尻尾がぱたぱたと動く様子を想像してしまった。ソークは繊細だけど気が逸れやすい質で、うじうじし始めてもすぐに元気になる。そこが彼の良いところだ。


「おいしいです……」


 目元を緩ませてティーカップに唇を寄せるソークに、リネットは小さな笑みを零す。やはり、ソークを見ていると不思議な気持ちになるのだった。


「それは良かったわ。じゃ、あたしはモンブランをいただきます」


 ようやくお預けとなっていたモンブランの入った箱を手元に寄せる。ずっしりと重量感のあるマロンクリームの山が三つ。さっそく二つを小皿に移し、小さなデザートフォークを添える。ひとつはソークの前に、ひとつは自分自身の前に。

 ヴィルが一つ食べてしまったせいで、残りが一つになるのが痛いところだ。でも、サヴィーナの夕食に招待されているので、ここは目を瞑っておこう。


 モンブランは柔らかな栗色をしており、その色がソークの髪色とぴったりだった。どきどきしながら口に運ぶと、上品な甘さとブランデーの香りが華やかに広がる。スポンジとの絡みも抜群で、誘われるようにもう一口食べる。するとつぶつぶした食感がした。

 栗がふんだんに使われた贅沢なモンブランにリネットは感想を言うのも忘れて、黙々とフォークを動かす。そしていちごのカスタードパイと同じく、ぺろりと平らげてしまった。舌から全身に広がる幸せに、ほう、と息をつく。


「上品な甘さに滑らかなマロンクリームが幸せ……! もう一個食べたい……いいえ、いくらでも食べたいくらいに美味しかったわ!」

「あ、ありがとうございます……魔女様に気に入って貰えて良かったです」


 手放しで褒めるとソークは色白の頬をうっすらと染めて、照れたように紅茶に視線を落とした。長い金色のまつげ越しに美しい虹彩が煌めく。女性が見ればその儚くも初々しい様子にうっとりしたかもしれない。しかし、リネットの目にはきらきらと輝くソークではなく、残り一個のモンブランに注がれている。

 食べたい。

 口には出さずともリネットが纏う空気が雄弁に語っていた。


(そういえば朝ごはんもまだだし……もう一個くらい食べちゃっても構わないわよね?)


 自分のお腹と相談しながらリネットの指がそろそろとモンブランに伸びる。しかし、その指はヴィルの言葉によって止まらざるを得なかった。

 カウンターに肘をついたヴィルがにやにやと意地悪を言ったからだ。


「確かにおいしかったわよねぇ……もしかして、リネットが太ったのは、ソークくんのお菓子のおかげかしらぁ?」


 確かに……ソークが店を訪れるようになってから、リネットは心なしかお腹や太ももがふにっとしているのを感じていた。思い返せば、月一で持ってきてくれるソークのお菓子が恋しかったリネットは、セルトアじゅうのお菓子を食べ歩いたのだ。

 太らない方がおかしい。それでも、以前より柔らかくなったなぁと感じる程度だったので、誰にも気づかれていないと思っていた。

 それを厭味ったらしく指摘したヴィルの観察眼に慄きながら、リネットはぐっと伸ばした指を引っ込めた。いつもなら売り言葉に買い言葉がぽんぽんと飛び出すのだが、言葉も一緒に喉奥に押し込まれてしまったらしい。黙ったリネットにヴィルが畳み掛けた。


「ふふふ、あたしの目はごまかせないんだから。ローブで身体を隠しても無駄よ無駄! だからぁ、これはリネットのために没収してあげるわっ」

「あ……あんまりよ! これはあたしのモンブランもの、それにヴィルだって太っちゃうんだから!」

「やぁね、リネットと一緒にしないで? あたし、こう見えても身体を動かすのは好きなの。ね、ソークくん」


 綺麗に整えられた爪でヴィルはソークの頬をさらりとなぞった。急に触れられたからか、ソークの肩がわかりやすく跳ねて目が空中を彷徨う。妙な色気に当てられて顔が染まるのが面白く無い。


「ちょっと! あたしのお客さんに手を出さないでよね!」

「太っちょのリネットよりあたしのほうが抜群のプロポーションよ」

「そこまで太ってない……! はず……」


 しかし、ヴィルが口に出すほどである。自分では気付かなかったけど、そこまでぷくぷくになったのだろうか。思わず頬をむにむにと揉んでみる。よくわからなかったが、ダイエットをすべきかもしれないとリネットは考えこむ。


(でもね、気軽に甘いものを断てるなら、とっくにそうしているわよ……だって美味しいもの)


 幸か不幸か、リネットは料理下手だった。いつも朝食のメニューは目玉焼きとパンである。これでおいしいごはんを作れたら、ますます食欲が煽られて食べ過ぎてしまうかもしれない。


「ええと、でも、私は女の子は少し柔らかいほうがいいと思います……あ、あの、個人的な意見ですが、別にどうってことはないんですけど、でも、そのう、えっと、私のお菓子のせいですよね……すみません、これくらいしか魔女様に対価を渡せず!」


 リネットを慰めようとしたのか、ソークがしどろもどろで言葉を紡ぐが、途中から変なスイッチが入った。


「魔女様の健康を害する意図はなかったんです! すみません……やっぱり、私の耳を削ぎますか……!?」

「要らない! 耳も首も命も差し出さなくて結構! ほ、本当にやめなさいよっ!」

「ダメよぉ、ソークちゃん。リネットはこう見えてもスプラッタとホラーが苦手なのよ」

「申し訳ないです魔女様……! で、でも。魔女様は柔らかくて気持ちいいですよね……お腹」


 あたかも触って確かめましたと言わんばかりのソークに、リネットの頭は混乱する。

 え? いつ触ったのアンタ。

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