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リネットとソーク

本日2回目の投稿となります。

 春、メインストリートのプラタナスは花をつけ、小さなぽんぽんがいくつも枝に下がっている。リネットは郵便局に行って手紙を出した帰りだった。凍える冬は過ぎ去り、陽気は暖かく、柔らかな光がセルトアを満たしている。

 どこか烟るような春の景色の中で、整然と並ぶ赤煉瓦の街並みはお伽話の挿絵のようだった。通りには春に生まれた子猫が無邪気に戯れており、頬が緩む。チョコレート店の磨かれたショーウィンドウにリネットの姿が写った。


 桃色のローブの裾が歩く度に揺れている。春の色を写しとったローブは、リネットの深い青の瞳によく似合っていた。


(このローブを着る自分が想像できないと思ったけど、着てみれば意外としっくり来るのよねぇ)


 バーティストから届いた手紙に書いてあった一言を、リネットはようやく理解したと思う。君に必要なもの。それは桃色のローブのことではなく、桃色のローブを着るためのリネットの心のありようだ。

 魔女という名前に雁字搦めになって、灰色のローブを纏っていたリネットが、もっと自由に自分でいられるように。そういう願いを込めて贈ってくれたのだろう。


「バーティストにお礼の手紙も送ったし、両親にも近況報告を書いたし」


 春先に両親から手紙が届いたのは嬉しかった。近々、セルトアに顔を出すと書いてあり、リネットは慌てて両親の寝室を掃除したのだ。転々としている両親に手紙を書いても、届くはわからないが、どうしても報告がしたくてペンを取ったのである。


 ひとつは、魔女に捕われていた自分自身に気づいたこと。

 ふたつは、いつかリネットも旅に出たいということ。


 両親ならどれも喜んでくれることだろう。ちなみにふたつめの旅にで出たいという思いは単純な理由である。春になったのでソークはロミアに帰り、以前と同じく月に一度、二度会えればいいという生活に戻ったのだ。


「……前はへっちゃらだったのに……今はそれが辛いなんて」


 ソークに会いたい。

 誰もが持っているような恋心は強い。今ままでセルトアを出たいと思わなかったというのに、金髪の青年に会うために街から出たいと考えているのだから。よって、近いうちにリネットはロミアを訪ねようと計画している。

 ソークと想いが通じて、二人は周りがじれったいと思うほど、のんびりと進んできた。ヴィルに言わせればお子様の恋愛だ。けれど、少しづつ手探りでお互いのことを知るのは悪くないとリネットは思う。


 旧市街へ続く脇道に入れば、整然と並んだメインストリートとは違った印象を受ける。まるで迷路に入ったような細い路地。角を曲がるとサヴィーナのカフェがあり、そこで看板を出すサヴィーナに会った。


「サヴィーナ!」

「リネットちゃん!」

 姉として慕うサヴィーナの元へ駆け寄ると、いつも通りにこやかに迎えてくれる。占いが得意なサヴィーナは顔を覗き込むと「あら」と小さな声を漏らした。

「今日はいいことがあるわよお!」

「いいこと? そういえば前もそう言っていたわね」

「あったでしょ。いいこと」


 そう聞かれてリネットを首を傾げる。実はよく覚えていない。わかりやすく眉を寄せたリネットに、サヴィーナはいたずらっぽく唇をにんまりとつり上げた。おっとしたサヴィーナと口が悪いヴィルは姉と弟とは思えない。しかし、こういう悪戯を思いついたときの表情をそっくりだ。


「ソークくんと出会ったじゃない」

「……え! いいことって、そういう意味だったの!?」

「そうよ。そろそろリネットちゃんにも素敵な人が現れてくれたらと思っていたから、良かったわぁ! しかもカッコいいじゃない?」

「でも、まさか恋愛の方面だとは思わないじゃない!」


 もごもごと口ごもるとリネットはサヴィーナに抱きしめられた。そして妹に恋人が出来ちゃってちょっと寂しいわと嘆いてみせる。

 それはエルマーも言っていた。冬の日、王宮魔術研究所で本音を叫んだのを聞いたエルマーは、翌日に出勤したリネットの元にやってきて大仰に騒いだのである。

 いわく「僕としたことが魔女の気持ちに気づかず……これからはリネットと呼ぼう。では早速だがリネット。ソークと結ばれたようでおめでとう! 僕はお見舞いに行った日から、君たちが仲睦まじくなるのではと予感していたぞ」である。

 この調子で三十分は喋ったのではないのだろうか。初めは自分の吐き出した本音を第三者から代弁されて、穴があったら入りたいほどだった。けれど、そのうちいつも通り「面倒くさいな」と思い始めたのだから、エルマーはすごい。

 だが、そんなエルマーにありがとうと素直に言えたのは、彼がリネットを優しい瞳で見つめて言ったからだ。


「リネットが掛かっていたのは、古くからある呪いみたいなものなのだ。お前もソークも、誰もかれも雁字搦めにする、堅牢な鎖だ。それは呼び名であり、誰かから押し付けられた価値観だったり、自分の理想でもある。君の成長を嬉しく思う」


 リネットより一回りも年上のエルマーは、珍しく顔に歳相応の表情を浮かべた。それを見て天才魔術師と呼ばれる彼も、その名のもつ多大な影響力に悩む日があったのかもしれない。もしかすると今でも。

 だが、すぐに労るような顔は隠れた。代わりに「まぁ、恋人ができたのは少し寂しい」と拗ねられたが。応援していたんじゃないのかとショウが突っ込んでくれたのがありがたい。

 そんなことを思い出していれば、サヴィーナが離れて肩を叩く。


「研究所の方で新しい友達ができたんでしょ? 今度、一緒においでなさいな!」

「クレアのこと? そうね。誘ってみるわ」


 最近、名前を呼んでくれるようになったクレアは、相変わらずつんつんとしているが、前より態度が柔らかくなった。この前は二人で街に新しく出来た揚げ菓子のお店に寄ったのだった。

 クレアは不思議そうに店内を覗いて、とりあえずこれだけ分を、と大金をぽんと出したのである。何個買うつもりだと目を剥けば「お菓子を自分で買ったことがないのよね」とのことだった。さすが魔術師を輩出する名門の生まれだ。リネットは変な所で感心したのを覚えている。


「うん、クレアは結構、気さくだし……カフェも喜んでくれるんじゃないかしら」

「うふふ、リネットちゃんが女友達と遊びに来てくれるなんてなかったものね。ところで、私が初めに言ったことは覚えている?」

「え……? えっと、今日はいいことがある……あ!」


 まさか。

 とある予感にリネットは慌ただしく髪を撫で付けて、桃色のローブの裾を払う。


「ねぇ、おかしいところ、ないわよね?」

「大丈夫よ。さっさと行きなさい」


 サヴィーナの返事を聞いてリネットは堪らずかけ出した。僅かに坂道になっている路地を急ぐ。さきほど押さえつけた髪も乱れているだろう。

(ちょっと間抜けだわ……!)

 でも気持ちに急かされて、気取って歩いてなんか居られない。細い路地を抜けて、古い二階建ての建物が見えた。レモンイエローに塗られた扉。見慣れた我が家の前で、佇むひとつの影。


「ソーク!」


 短い期間ですっかり色が戻ってしまった金髪が、春の日差しの中できらきらと輝く。名前を呼べば振り返るソークに腕を伸ばす。勢いがついていたというのに、ソークはしっかりと受け止めて、背を少しだけ曲げるとリネットの頬にキスをした。

 太めの眉にすっきりした目鼻立ち、穏やかな性格が整った顔に出ている。


「会いたくて来ちゃいました」

「奇遇ね! 私も会いたくて、ロミアへ旅行の計画を立てていたところよ!」


 リネットは背伸びをしてソークの頬に柔らかい唇を押し付けて、親たしみと愛情を示す。そして照れたように顔を見合わせた後、二人はレモンイエローの扉の中へと入っていた。

 ユミルラトと書かれた小さな看板が揺れる。セルトアの昔の言葉で「しあわせ」という意味だ。

 それからしばらくして、セルトアの魔女の噂は少し変化した。


 どんなに高名な魔術師でも解決できない悩みなら、セルトアの魔女の元へ行くがいい。彼女はあらゆる手段を用いて、憂いを霧のように払ってくれるだろう。ただし、魔女の力を借りるには、魔女が気にいる対価を支払わねばならない。それがあなたの命だろうと。

 さもなくば金色のお菓子を持っていくのがいい。そのお菓子を気に入れば、魔女はあなたの幸福のために、助力を惜しまないだろう。

完結しました!

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!

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