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初雪にて恋1

 風邪を引いてから二週間ほど立って、季節はもこもこに着込んでいないと、寒さに震えてしまうほどになった。

 研究所ではショウが「魔力がない人でも使える懐炉カイロが欲しい」と言って、鉄を削る作業をしていた。何日間も鉄を削り、水分をよく含む吸水剤を作り、炭を粉にした。使い捨ての簡単懐炉は空気に触れると酸化して発熱するらしい。

 その作業も昨日終わり、リネットは店の作業場に篭って薬湯を調合していた。小さなヒーターの側で、数種類の薬草を乳鉢にいれてすり潰していく。作業台にはノートがあり、使用した薬草の種類と量を細かく記入する。そこへ、りんりんと呼び鈴がなった。

 お客さんかしら?

 腰をあげたリネットはローブのフードを引っ張りだして、顔を隠すように目深に被る。そして、作業場から店先へと出ると、扉の前にバスケットをひとつ抱えて立つ見慣れた青年の姿があった。


「ソーク! いらっしゃい!」


 どうしてだか弾んでしまった声に、リネットは小さな咳払いをして誤魔化す。

 青年は深草色の長いコートを着ており、首には黒のマフラーを何十にも巻いていた。細身のパンツの裾は磨かれたブーツにきっちりとたくし込んでいる。少し変わったことには、夏ぶりにキャスケットを被っていることくらいだろうか。


「う、うう、魔女様……!」

「……え! ど、どうしたのよ?」


 情けない声で呼ばれてリネットは動揺した。ソークはキャスケットを取るとすんすんと赤い鼻を啜りながら、バスケットをリネットに渡す。どうやら、何かお悩みがあるらしい。


「もしかして、髪のことで何か言われたの?」

「いえ、違うんです……ううっ」


 ふるふると頭を横に振るソークの髪根本は明るい金髪が七センチほどのぞいていた。リネットが風邪をひいていたので、前回の訪問で染められなかったのである。金髪を揶揄されていたと語っていたので、リネットは申し訳ない気持ちで尋ねてみたが、予想は外れた。


「ええと、まずは話を伺うわ。どうぞ、座って。ヒーターも持ってくるから」

「ありがとうございます……」


 カウンターの前の椅子にソークが座ったのを確認すると、リネットは作業場からヒーターを持ってきてソークの側に置く。バスケットはカウンターの上だ。そして階上に上がってお茶の準備をする。お湯を湧かしている間に、ティーポットとカップを準備し、ついでにお茶うけがないか戸棚を探ってみた。

 出てきたのは秋にたっぷり作ったベリーのコンポートだ。試しにひとつ食べてみると、まったりと絡みつく濃密な甘さの中に、ベリーの酸味がほどよくマッチしている。どうやら上出来らしい。

 それからようやくお茶の準備を終えたリネットは、店へ降りてソークにお茶を出したのだった。以前のように遠慮はなくなったが、やはりどこか戸惑いがちにカップに手を伸ばすソークに、リネットはベリーのコンポートも勧める。


「今度は美味しくできたわ。去年はベリーの収穫が早くてね、酸味が強すぎたの」

「今年は果実も木の実も豊作ですから……いつも、私なんかを持てなして貰ってすみません……!」

「といってもねぇ、ほら、ソークは立派な常連さんだし。だから気にしないで」


 しかし、そう言っても青年は神妙な顔で曖昧に頷くだけだ。毎度のことなので、リネットも強くは言わないが、どうにもリネットの好意は伝わっていないようでもどかしい。ちらりと熱い紅茶に静かに口をつけるソークを見る。

 太めの眉は穏やかな曲線を描き、優しい目元と口元が人の良さを表している。どこか気弱そうな雰囲気を全身から発しているが、それは間違いではない。細い顔のラインは繊細で、まつげの一本一本が瞳に憂いと影を落としていた。

 しかし、背は高く力もしっかりある。リネットを抱き上げて階段を登っても、一切ぶれることなく、ベッドに優しく降ろしてくれるほどだ。バランスの取れた素晴らしい体躯。しかし、もったいないことに、ソーク自身はどこか頼りない。それでも、風邪をひいたリネットの看病をこなしてくれるのだが。


「それで、今度は何があったのかしら」

「……はい、実は冬になると街に出稼ぎに行くのですが……今回、仕事にあぶれてしまいました。村長の娘さんがいらっしゃるのですが、どうにも彼女に嫌われているみたいで」


 肩を落としたソークは重い溜息を吐いた。リネットは想像しなかった相談事に、一瞬だけぽかんと口を開けてしまった。

 話を詳しく聞くと、冬になると村の男どもはあちらこちらの街で行商したり、季節の仕事に従事するそうだ。その仕事の口利きをしてくれるのがロミアの村長だった。


「今年、村長のお家を尋ねましたら、娘のリナ様が出まして……私のような者に回す仕事はないと言われて追い返されたのです……」

「それは、大変ねぇ」

「……はい、冬は薪代もかかりますし、春になれば種を買わねばなりません」


 背中を丸めてがっくりと項垂れるソークは「こんなことは魔女様に相談するものではないとわかっているんですが……」と申し訳無さそうだ。リネットは何かいい仕事がないか記憶中をひっくり返してみるが、何ひとつ思い浮かばない。


「そのような事情で、セルトアでお仕事の斡旋所を知りませんか?」

「ああ、それなら警備隊の屯所に行けばいいかもしれないわね。街の情報が集まるところだから」


 セルトアの警備隊の仕事は大きく二つに分かれている。一つはセルトアの治安を守ること、二つは研究所の警備と魔術師の護衛だ。特にセルトアの治安を守るため町中を巡回している警備隊は、様々な情報を仕入れることができた。

 どんな仕事があるかはわからないが、王宮魔術研究所ができたおかげで、セルトアの店はいつだって繁盛しており、人手不足は慢性的だ。きっと、ソークの気に入るような仕事だってあるだろう。

 そう教えるとソークは目をキラキラと輝かせて、リネットの手を握りこんだ。


「ありがとうございます! なにぶん、この街では研究所と魔女様のお住まいしかわからず……」

「これくらいなら大したことないし、なんなら警備隊の屯所まで案内するわ」


 つい素っ気なくソークの手から自分の手を引き抜いて、リネットは所在なさげに両腕を後ろで組んだ。男性から触れられるのが気恥ずかしい。


「そうと決まれば髪を染めなくちゃね」


 それからリネットはソークの髪を栗色に染めてやり、替えのコンタクトレンズを渡した。

 支度を整えるうちに昼になってしまったので、ソークがパンケーキを焼いてくれた。パンケーキは素朴でほのかな甘味があり、またもっちりした食感だ。

 そこに先日の買い出しの時に肉屋で買った鴨のスモークをスライスして挟むと、燻製の香りが食欲をそそる。茹でたカリフラワーもフォークでつつきながら、リネットはパンケーキをおいしく平らげた。


「ソークってお料理上手よねぇ……」

「それが私の取り柄ですから。魔女様は……キッチンにはあまり立たれませんか?」

「……やっぱりわかっちゃう?」

「綺麗なキッチンですからね」


 苦笑しながら頷くソークにリネットは黙る。

 あたしもちょっとはお料理ができるようになったほうがいいわよねぇ。

 朝食のメニューがトーストに卵ばかりだと知ったら、目の前の青年が毎朝ブレックファーストを届けにきそうな予感がしてしまった。

 ちなみに、風邪の時に買い出しに行った分のお金を払おうとすると、ソークは固く遠慮して受け取ることはなかった。微笑みながら「魔女様が元気になったことが何よりです」としまいには、食事の後片付けまでもちゃっちゃと終わらせたのである。


(何から何までお世話になっている気がするわ……!)


 家主なんだし、普通はリネットがお客をもてなす立場だ。しかし、ソークは外は寒いのでリネットに温かい格好をするようにと、自室へと促す。どうしても手伝わせて貰えないと悟り、自室でボア付きのダッフルコートをローブの上から被る。

 髪はポニーテールに束ね、首元から冷えた空気が入らないようにマフラーを巻く。紺色のダッフルコートに赤いチェックのマフラー、そして編上げのブーツにと準備は万端だ。

 灰色のローブは……迷ってから着るのをやめることにした。魔女として屯所にいくわけじゃないからだ。


「さて、準備ができたし、屯所の方にいきましょうか!」

「はい、よろしくお願いします」


 ソークもコートとマフラーを身につけ、二人は店の玄関から通りに出た。レモンイエローの扉にしっかりと施錠をしたリネットは、ソークと並んで路地を歩く。毎朝、通りに住む者達が掃き掃除をしているおかげで、道は綺麗だ。頭上を見れば赤い屋根の縁越しに、狭まった空が見える。正午になると上から太陽が差し込み、暖かくなるのだが、今日はあいにくの薄曇り。


(そういえば……看病にお礼にセルトアの街を案内しようかって、どう誘えばいいのかしら……?)


 タイミングを伺いながら路地を抜けてメインストリートに出たリネットは、お気に入りのチョコレート専門店やスイーツショップをソークに紹介する。ソークは紹介したお店ひとつひとつを珍しそうに、そして楽しそうに眺めてはあれは何だと指を差す。それに答えながら歩いて行くうちに、すっかりメインストリートの行き着く場所、王宮魔術研究所に着いてしまった。

 警備隊の屯所は研究所の横に併設されている。


「改めて見ると大きい建物ですよね……その隣の建物がそうですか?」

「ええ、警備員が出入りしているでしょう?」


 顔を向けると軍人が着るようなかっちりした隊服を着込んだ男性が、二階建ての古びた建物へと入っていくところだった。臆することなく屯所に向かい、リネットは勝手知ったる我が家といわんばかりに堂々と中へ入る。それにソークが続いた。

 中は三十人ほどが詰められるように椅子とテーブルが準備されており、小さな食堂のような賑いを見せている。壁には張り紙が多く、薄暗い照明のおかげでどこか雑然とした印象だ。


「そこらへんの張り紙に求人が載っていると思うわ」

「ありがとうございます! では、私のほうは仕事を探してまいりますね」

「ええ、がんばって」


 魔女さまはどうぞお店にお戻りください。そう言われてリネットは頷く。ちょっとだけソークのことが心配だったが、彼も自らの生計を立てている身である。


(あたしがでしゃばるのはおかしいわよね……うん。作業も残っているし)


 勇ましく張り紙の方に歩いて行くソークをしばらく眺めた後、リネットは一足先に店に戻る。実はエルマーから注文を貰った薬を作成中だった。寒空の下を早足で戻りながらソークがいい仕事につけるよう祈る。


(でも、どうして村長の娘に嫌われているのかしら。やっぱり金髪だから? ううーん……でも、あたしが首を突っ込んで引っ掻き回すのもいけないわよね……!)


 あんなに素直で誠実な青年が報われないことに、言いようのない悲しみと憤りが産まれる。けれど、リネットが割って入るべきことではないのか。そんな葛藤がリネットを縛り付け、結局ソークの綺麗な金色を隠す手伝いしかできない。

 セルトアの魔女と呼ばれていても、リネットは簡単な魔術しか扱えないへっぽこ魔術師だ。しかも、店頭で扱う商品の多くはカガクから生み出された便利な道具。呪文を唱えれば人から好かれる魔法なんて使えやしない、存在もしない。


(多分、ソークの髪や目についてとやかく言ったのも、レナって子だと思うのよね……うん? あら?)


 そこでリネットはふと歩みを止めて、頭上の淡く光る曇天を見上げる。何かが引っかかる。

 しかし、リネットはそこで深く考えることをやめて道を急ぐ。冬の木枯らしがリネットの体温を奪って、指先が悴みだしたからだ。

 手袋をはめるのを忘れるなんて。

 ダッフルコートのポケットに手を突っ込みながら、リネットはメインストリートを我が家へ続く小道へとそれる。

 レモンイエローの扉をくぐって自宅に帰ると、まっすぐに作業場に入りストーブを入れる。それから途中だった作業を開始した。エルマーから注文を貰った薬湯は、睡眠を促進させるものだ。といっても、ハーブを合わせて作ったものだから、医者が処方するようなものではない。

 見るからに肌ツヤよく溌剌としたエルマーを訝しみながら、眠れないのかと聞くと「僕ではなく部下にやろうと思っているのだ」と珍しい言葉が帰ってきた。エルマーはリネットを初めとする第二十研究所の職員とは親しいが、自身が所属する研究室では氷の大魔術師様と言われるほど冷たいと聞く。

 部下に何を仕込むつもりなのか。リネットが疑い深く尋ねると、彼はきょとんとした後、軽く笑ってみせた。


「何を心配しておるのだ。僕とて部下が可愛くないはずがないだろう!」


 とりあえず、リネットはエルマーのその言い分を信じることにして、薬湯の受注を承ったのである。

 作業に没頭すること数時間。

 ごりごりと乳鉢で薬草をすりつぶす作業は思った以上に骨が折れる。これならば面倒でも魔術陣を描いて、刻んでしまえば良かったと後悔した。すぐ終わる作業だと思ったのがいけない。

 なるべくリラックス効果が高いものが欲しいという要望に答えるために、あれこれと加えてみた結果、黄みのかかった薬湯が完成した。

 凝った腰と肩をほぐしていると、りんりんと店のベルが鳴り、リネットを呼ぶ声がする。


「はーい、今行くわ!」

「リネット! さっさと出てきなさいよ!」

「今行くって言ってるでしょうが!」


 腰を上げて返事をした途端にこれだ。それだけで相手が誰だかわかる。いや、声を聞けばすぐに判別できてしまう。

 作業場から店の方に顔を出すと、案の定そこにはヴィルが仁王立ちで立っていた。横にはどこか嬉しそうなソークがいる。


「魔女様のおかげで仕事が見つかりました! 魔術研究所の警備員です!」


 早い吉報にリネットは目をぱちくりとさせた。

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