過日の英雄
第二話です。
旧版と違い、男性が登場しております。
あと、文章量も1.5倍位になってます。
「申し訳ないが俺は盟約の騎士オルフェウスではない。」
そう告げられ、領主たちの間に言葉にならぬ衝撃が走り言葉を失った。
当然だ、何故なら此度集った者達は半信半疑であったとしても儀式に覚悟をもって臨んでいたのだから。
現状のままでは滅亡の未来が待っているこの国において、騎士の召喚は成功させなくてはならない事だった。
ファイーナの隣で片膝を付いていた女は、か細い声を震わせながら問いかける。
「・・・では、・・・ではあなたは・・・・・・あなたが盟約の騎士オルフェウスでないというのならば、誰・・・なのですか?」
女の言葉を聴くと、男は広間全体を見渡していたのを取りやめて、言葉を発す。
「私の名はヴィルフリート・ベルトラム。改めて言うが、盟約の騎士ではない。」
名乗った後、男―――ヴィルフリートが反応を伺っていたところ、少し小柄な若草色の髪をした少女が男の目の前まで駆け寄り、怒りを滲ませた瞳を向けながら叫んできた。
「あなた、よりにも依って私の前でその名を騙るなんて!!覚悟はできているの!!」
「・・・お前は俺の事を知っているのか?」
自分に対して返事を返してきたヴィルフリートに、少女は更に怒気を纏い今度は静かに言葉を発す。
「・・・そう、まだそんなふざけた事いえるなんて大した度胸ね。ここで私が斬り捨ててあげる・・・・・・来い、メリク・スウド!!」
少女が叫び、ヴィルフリートと距離をとると同時に虚空から二振りの曲短剣が手元に現れる。
飛びかかろうとする少女に対しヴィルフリートが向かい討とうとする直前、人影が間に割り込むのが気配で分かり構えを解く。
割り込んだのは大柄な男であった。
その巨躯に似合わぬ俊敏な動きでヴィルフリートと少女の間に割り込むと、攻撃態勢に入っていた少女を押さえ込んだ。
「止まれ、カミラ。いきなり襲い掛かるだけでなく覇刃を使うなど、やりすぎだ。」
「うるさい、ハンネスは私の邪魔をするって言うの!!」
「いいから落ち着け。あちらの事情も聴かないで話を一人で進めるな。」
ハンネスと呼ばれた男により次第に少女は落ち着きを取り戻していく。
それを見届けてからハンネスは振り返ると、ヴィルフリートに話しかける。
「迷惑をかけてしまってすまなかったな。まあ、私がでしゃばらなくとも貴殿は対応できていたようだが。」
「いや、こちらとしてもややこしくならずに済んでよかった。感謝する。」
二人の会話に少女がムッとしていたがそれには触れずに会話は続く。
「それは良かった。では改めて、私はアンシェリア十三統治区シオ領主のハンネス・エッフェンベルガーだ。先ほど君に突っかかってきたのは、私と同じアンシェリア十三統治区のイセ領主カミラ・ドッペルバウアーだ。・・・それで、先ほど貴殿は自身のことをヴィルフリート・ベルトラムと名乗っていたが・・・・・・それはアンシェリア連合ゼノン領主のヴィルフリートの事か?」
ハンネスの言葉に、ヴィルフリートは納得をしたような雰囲気を漂わせる。
「あぁ、私はゼノン領主のヴィルフリートで間違いない。」
「あんた、まだそんな事を「カミラ!!後にしろ。」・・・ふん!!」
再び罵声を浴びせようとしたカミラは、ハンネスに一喝されて不貞腐れる。
「・・・ヴィルフリート殿、貴殿はあの扉から出てきたわけだが何か心当たりはないか?先ほどの様子だとオルフェウスのことを知っていた様子だったが。」
「心当たりか・・・戦場にいたら急に光に包まれて気付いたときにはそこの扉の奥にいた。」
「戦場だと?貴殿は何処の戦場に居られたのだ?」
「ユストゥスだ。」
「・・・・・・なるほど、そうか。ではもう一つ、貴殿の知っているエッフェンベルガー当主の名は?」
「・・・アロイジア・エッフェンベルガーだ。」
「貴殿なら当然そう答えるだろうな。」
ハンネスの言葉にヴィルフリートはいぶかしげに問う。
「・・・なに?」
「貴殿の答えたアロイジアは我がエッフェンベルガー随一の女傑であり、およそ二百年前に生きた私の先祖の名前なのだ。」
「・・・・・・二百年前・・・だと?」
「そうだ。そしてヴィルフリート・ベルトラムという名は同時期において起きた隣国ユストゥスとの戦いの最中、消息を絶ったゼノン領主の名だ。」
「・・・・・・。」
ヴィルフリートはあまりのことに言葉を失う。
「ふむ、やはり。・・・どうも彼が嘘を付いているようには見えないのだが。エルフリーデ、おまえはどう思う?」
ファイーナの横で事の成り行きを見守っていたエルフリーデは、突然意見を聞かれたことに戸惑いながら自分の考えを述べる。
「・・・私にも彼が嘘を付いているようには、とても思えないわ。何か身の証になるようなものでもあればいいのだけど・・・・・・あら?」
何かを考え込んでいる様子のヴィルフリートを眺めながら話をしていたエルフリーデであったが、腰に差してある一振りの美しい鞘に収められた剣の柄に見覚えのある紋が刻まれているのを見つけたため、声をかけた。
「あの、貴方様の腰にある剣をお見せいただけないでしょうか?」
エルフリーデの呼びかけにヴィルフリートは考え込むのを中断し、構わないと告げながら剣を預けた。
「・・・う~ん、確かにこれはベルトラム家の紋ね。でも紋がそうだからといって本人と断定するというのも・・・。そういえばカミラは何か気付いた事あるかしら、こういうことに詳しいでしょ?」
そう言いながら振り向いたエルフリーデの前には、何故か剣を凝視しながら固まっているカミラの姿があった。
「・・・・・・カミラ?」
エルフリーデの呼びかけに反応が見られず、戸惑っていたところでカミラの口から呟くようなぐらい小さな声が震えながら聴こえた。
「・・・・・・そ・・・そんな・・・。・・・・・・その・・・その剣は・・・・・・!!」
尋常ではない様子のカミラに、エルフリーデは恐る恐る問いかけた。
「カミラ、この剣を知っているの?」
エルフリーデの問いかけに、剣を凝視していたカミラはゆっくりと視線を移し、ポツリポツリと喋り始めた。
「・・・・・・ねぇ、エルフリーデ。・・・貴女は私が研究している内容は知っているわよね?」
「え、えぇ。落日戦争のことでしょ?・・・確かヴィルフリート・ベルトラム好きが講じて研究するようになったって聞いていたけど。」
「そうよ。ヴィルフリート様が消息を絶ってしまわれたあの戦争で一体何があったのか。あの御方の足跡を知り、それを物語として私よりもずっと後に生まれてくる人々にもその名を伝えていくことが私の夢なのよ。」
「でも、そのこととこの剣の何の関係があるの?」
「私の一族―――ドッペルバウアーでは昔から王国史に関する多くの書物を蒐集、保管していてね、もちろんヴィルフリート様を含めたベルトラム家に関する書物も。・・・・・・その中にあったのよ、貴女が手に持っているその剣が描かれた書物が。」
「・・・なっ!!・・・・・・で、ではこの剣を持つこの方は本当に?」
「そうとしか考えられないわ。・・・私だってその書物を読むまで存在すら知らなかった剣なのだから。・・・その剣の銘はイェド・プリオル、書物には意思を持つ魔剣と記されていたわ。」
カミラが告げたとき、それに応えるようにエルフリーデの手許にあった剣にはめ込まれた宝玉が淡く光を明滅させた。
「きゃっ!!」
突然光ったため、エルフリーデは驚いて声を上げてしまう。
「驚かせてしまってすまないな。その剣は恥ずかしがり屋で、私以外に名前を呼ばれただけで照れてしまうのだ。」
苦笑しながらヴィルフリートが謝る。
それを見てカミラが慌てたように身だしなみを整え、先程と打って変わっておずおずとしながらヴィルフリートに話しかけた―――瞳の端に涙を浮かべながら。
「さ、先程は失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした。・・・許されぬ事ではあると思いますがどうか、どうかご容赦を。」
そういいながら頭を下げる。
先程の言葉使いとは打って変わった丁寧な言葉にヴィルフリートは苦笑しながら答えた。
「先程の様な言葉遣いで構わない。結果的に君が私の身分を証明してくれたようだから。・・・それに、気負った喋り方では此方も疲れてしまう。」
ヴィルフリートの言葉にカミラは安心したようにほっと息を吐くと、今度は興奮した様子の紅い顔で問いかけた。
「あの、本当にヴィルフリート様ですよね。」
「あぁ。先程も名乗ったように私の名はヴィルフリート・ベルトラムで相違ない。・・・・・・ただ、君達の話を聴く限り私は二百年の時を越えたという認識でいいのか?」
ヴィルフリートは確認を求めるようにカミラ達に聞くと、ハンネスが答えた。
「あぁ。どうやらそれで間違いないようだ。もうお察しのことかと思われるが、私共は盟約の騎士、オルフェウスの召喚をしようとしていた。しかしながら何かしらの要因によって貴殿を誤ってこの時代に呼び寄せてしまったようだ。」
「・・・そうか。現状はそれでいいとして・・・・・・私の時代へ戻る方法はあるのか?」
ヴィルフリートがそう問いかけると、ハンネスが申し訳なさそうな顔をして首を横に振る。
「・・・・・・恐らくは、無理だろう。先程も告げた通り、この時代は貴殿の居られた時代から二百年程経っている。現在伝わる貴殿に関する記録では、ゼノン領主は二度と戻られなかったとされており、つまりは・・・。」
「この時代に残った、と云うことか。」
「あぁ、そう結論付けるほかない。」
「では、我がベルトラム家はどうなった?」
ヴィルフリートの更なる問いに、再びハンネスは首を横に振る。
「・・・やはり滅亡していたか。ベルトラムは戦乱で若い血を失っていたのだから致し方なきことか。」
その余りにも淡白な反応にファイーナが思わず問いかける。
「その、よろしいのですか?」
「別に構わないさ。跡継ぎがいなければ途絶えるのは当然のことだ。そもそも私が跡継ぎを作っていないことも原因といえるからな。」
「・・・・・・そう、ですか。」
ヴィルフリート自身が気にしていないようであったので、ファイーナはこれ以上その話題を続ける事をやめた。
「はい、はいはい!」
二人の話が終わったのを見計らい、カミラがいかにも話をしたくてたまらないという表情を顔に浮かべながら手を挙げてきた。
「カミラ、落ち着け。」
それをハンネスが抑えながら提案をする。
「とりあえず、一旦場所を変えよう。いつまでもこんなところで話していてもしかたない。ファイーナ、私はカミラと広間の片づけをしてから向かうからヴィルフリート殿を円卓の間にお連れして差し上げろ。」
「えっ!?ちょっとハンネス、何で私まで!!ヴィルフリート様と一緒に行きたいのに!!」
「先程までの行動に対する反省を兼ねた罰だ。」
「そんな~!!」
悲痛な叫びをするカミラを尻目にファイーナ達はヴィルフリートを連れて広間を出て行くのであった。
閲覧有難うございます。
ハンネスはしっかり者で、カミラの世話を焼く近所のにーさんみたいなイメージ。
今後ともヨロシク。
設定メモ
ベルトラム家
のちに落日戦争と呼ばれることになったアンシェリア連合と隣国ユストゥスの間の戦争の時代まで残っていた、アンシェリア十三統治区ゼノンを治めていた家の名である。落日戦争までは、他家に比べて精強な騎士団とアンシェリア中央部に位置することから発展した商業市場をもつことで、十三家の纏め役としてアンシェリア率いてきたが、戦争末期に当代随一の英雄と名高かった当主ヴィルフリートが消息を絶ったまま戦争が終結。国として纏まらなくてはならない必要に迫られたアンシェリアは、世継ぎの居なかったベルトラム家の領地を他の十二家の共通統治地区とし、その後王制となったアンシェリアの国王直轄地として王都が置かれることとなった。結果、ベルトラムの命脈は途絶えた。
メリク・スウド
ドッペルバウアー家に伝わる覇刃でメリクとスウドという二振りの曲短剣。同時に使う事で真価を発揮する水を司る特殊な武器で、資格のある担い手が振るうと水を操ることができるといわれる。