第1話 事の始まり
「だから?」
「だから、って?」
「…だから!どうして欲しいのか仰って下さい!」
朝からお屋敷の中は忙しかった。メイドたちはオロオロと屋敷中を走り回り、この事態をどうしようか悩まされていた。その原因というのがこのお屋敷の王女にあった。
「そんな…今言ったありのままよ。ねぇ、あなた」
「あぁ、そのままだ」
朝食のテーブルの反対側に座っている国王と王妃はにこやかに微笑みながら朝食を口に運んだ。国王たちとは裏腹に暗い表情をしていたのは、この国の王女であるアウラ王女だった。ため息を吐きながら、ゆっくりと朝食を食べ始めた。控えているメイドたちも、依然落ち着きなく立って見ていた。
舞台はある時代のヨーロッパ。その中で、とても小さな国が、争いもなく平和な暮らしを送っていた。その国こそ、ここ、シャラルテッド王国。
他の国に比べたら、決して裕福であるとは言えなかった。しかし、自然と人の温かさだけは、どの国にも劣っていなかった。国の真ん中に建っているのが、シャラルテッド王国の王家のお屋敷グレインティード城である。国王の娘、アウラは来月で18歳の誕生日を迎える。アウラがお屋敷の外に出ることは滅多になく、教養は全て世話係が行ってきた。たとえキレイに着飾ったって、いくらお作法が良くたって、常に独りぼっちだった。
「来月は王女様のお誕生日の式典がございます。そこには近隣の王国から王女様とお年の近い王子様が何人か出席されます故、今朝、国王様と王妃様が仰られていたように―」
「要は、その中から結婚相手を選べと言いたいのでしょ、エリーヌ?」
アウラの自室では、メイドたちがアウラの着替えの手伝いをし、世話係のエリーヌが来月に控えた誕生式典の概要を説明していた。アウラは美しいドレスに着替え終わると、エリーヌと向かい合い、姿勢を正して立った。
「仰る通りでございます、アウラ王女様」
「お父様もお母様もそう言えばいいものを。好意を持った殿方を1人選びなさい、だなんて、まわりくどい言い方」
アウラは部屋から出ると、大広間へと向かった。その後ろからはエリーヌを先頭として数名のメイドが付いて来た。どこに行くにしても、必ずエリーヌとメイドたちが付いて来る。アウラはそれが嫌でしょうがなかった。自由な時間や、息抜きできる時間など数分も無い。あると言えば、寝ているときだろうか。
大広間に着くと、扉の前に立っていた2人の執事がゆっくりと扉を開け、深々とお辞儀をした。
「…ありがとう」
2人の真ん中で一旦立ち止まると、アウラは礼の言葉を述べた。大広間に入ると、そこにはすでに十数名の弦楽団が揃っていた。それを見たアウラは横目でエリーヌを見て言った。
「エリーヌ、早く始めましょう」
「わかりました。それでは、まずステップの確認から行いましょう」
数日前から、式典に向けてのワルツのレッスンが日課になった。ワルツを踊る時は必ず着替えて行った。朝食の後に毎日2時間。式典まで毎日レッスンが行われた。その間、エリーヌは大広間の片隅でその様子をじっと見守っていた。キレイなワルツの音色に乗り、ステップを覚えることなど、アウラにとっては簡単なことだった。
◆◇◆
「アウラ王女様、今日は、今から中庭の方へお散歩に出かけてはいかがでしょう。お天気も素晴らしいですし」
ワルツのレッスンが終わると同時に、エリーヌが提案した。アウラは大広間の窓から外を眺めた。
「…そうね。けれど、たまには塀の向こう側にも行ってみたいわ」
「アウラ王女様っ…」
何気なく言ったアウラの一言に、エリーヌは困ったように反応した。
「わかってるわ。私は鳥かごの中の鳥。大人しくしていればいいのよ」
アウラはそう言うと、大広間を出て自室へと向かった。その後に続いて、やはりメイドたちが付いて行った。今回エリーヌだけはその場に留まり、弦楽団と当日の打ち合わせをした。
◆◇◆
「アウラ王女様の誕生式典?」
シャラルテッド王国の隣の国ルーン国では、1人の王子が、アウラの誕生式典が来月催されることを知らされていた。王宮の中庭で剣の練習をしているところに、執事が文書を持ってやって来たのだ。王子は動きを止めずに、剣の素振りをしながら執事の話を聞いていた。
「はい。何でも、18歳になられるアウラ王女の誕生を祝うとともに…」
「婚約相手を探すとでも書いてあるか?」
執事が言葉に詰まっていると、王子が代わりに何気なく言ってみた。その言葉を聞くと、執事はふと王子の顔を見た。執事は黙って文書をしまうと、咳払いをした。
「アレ?本当に?…適当に言っただけなんだけど」
王子は剣を腰にしまうと、王宮の中に入って行った。その後を慌てて執事が追いかけた。
「ど、どうなさいますか?」
王子は急に立ち止り、踵を返して執事に向き合うと、指差して言った。
「どうするも何も、会ったこともないような人を祝っているほど僕に暇はない。よって、お断りだ」
「しかし…!」
「悪いが、僕はどこか遠くの戦地に送られたとでも言って丁重にお断りしておいてくれ、クリス君」
そう言うと王子は自分の部屋の中に入ってしまった。クリスはドアが閉められているのもお構いなしに深くお辞儀をして答えた。
「仰せの通りに…ルイス王子」




