思考停止について思ったこと
始めに、これは現時点の私が思ったこと、感じたこと、考えたことです。
時間が経つにつれ考え方が変わることはあるし、この考え方を他者に押し付けようというわけでもないので、そこはご理解いただけると幸いです。
ただ、読者の方々の意見や感想は大歓迎です。私自身の成長にも繋がると思っていますので。
是非、思ったことはコメントしてほしいです。
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皆さんは将来に対する不安や、過去の後悔などについて考えて、心が苦しくなったことはありますか?
恐らく、殆どの人がそれを経験したことがあるでしょう。
私は過去、そのようなことばかりを考えて、苦しくなったり逃げたくなったり——ここでの逃げたいは希死念慮——しました。
そんなある時私の父が、「過ぎたことを一々考えてもどうにもならない」、「未来の不安を考えるんじゃなく今を生きることを考えなさい」、みたいなことを言いました。
他にも、「今、生きているエリアに居るのに、反対の死のエリアのことを考えても仕方が無い」だったり、「どうせ死ぬ」なんてことも父やネット上で聞きましたね。
そしてそのような言葉を聞いた私は、一々考えないようにし、今を精一杯生きる、という目標のようなものを作りました。
確かにそれは、当時の私にとっては良い試みだったと思います。
時が経つにつれ、少しずつ死ぬことについて考えることは少なくなり、精神は安定していきました。
余談ですが、父の「生きていることを受け入れるということも大事」という言葉も地味に大きかったのだろうと、書いている途中に気が付きました。
話を戻して。
そう、当時はそれはそれで良かったのです。
ですが天候の影響でしょうか、そこからまた少し精神が不安定になったのですが、その時ふと思ったのです。
「今までやってきたことは単なる思考停止だったのではないか?」と。
というのも私、本当に今しか考えておらず、将来については「まあなんとかなるだろう」ぐらいにしか考えていなかったのです。
将来について考えると不安、だから今できること、楽しいことをしよう。みたいな。
既に勤務先がある人、働いている人ならまだ良いかもしれませんが、私はまだ高校生です。将来について真面目に考える必要がある時期でしょう。
そんな者が将来について「なんとかなる」だけで済ませるのはあまりに思考停止が過ぎるかなと思ったわけです。
そもそもとして、父などが言っていることは、私のような思考停止とは少し違うものだったのだろうと今では思ったりします。
父が言っていたことは「将来の不安ばかり考えても仕方が無い」であって、「将来を考える必要は無い」ではないでしょう。
私は恐らく無意識にそこを履き違えていた。
微妙な解釈の違い、だけど本質は全然違うという。
ということで、私はここまで思考停止くんを割と悪者のように言ってきました、ですが私は今までやってきたことを特に間違いだったとは思わないし、思考停止くんを完全否定するつもりはないのです。
考えないということでその場しのぎはできる、その場しのぎをして心に余裕が出来てきてから考える、でも全然良いと思います。
私自身それで気持ちが楽になったこと、助けられた場面は何度もありますからね。
結局、問題はそれとの関わり方、扱い方なのでしょう。
最近の私の座右の銘は「完璧な考え方は存在しない」なのですが、そういうことです。
どんな考え方にも弱点はあって、カバーしきれない問題がある。
思考停止という行為にもメリット、デメリットがある。
いつも思考停止しとけば大丈夫、いつも考えを巡らせていれば大丈夫、なんてことは恐らくないでしょう。
辛くなったからとりあえず今は何も考えない、成功するかはともかく今は将来成し遂げたいことを考える、などその時その時で柔軟に考え方や対応を切り替えていくことが必要だと、私は思っています。
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ということで以上、『思考停止について私が思ったこと』でした。
直近で、思考停止ばかりしていると人間として成長できない、真に悟りを開けない、などのことを思ったので今回初めてのエッセイなるものを書いてみました。
感想や意見、私まだまだ初心者なので「この場所こうした方が読みやすい」などのアドバイスもあれば是非コメントしてください!




