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すれ違ったら波音は

作者: まめのき
掲載日:2026/04/17

波が立つ、時に大きく、時に小さく

何時だって僕はこの波から逃れられない


日差しは幾分穏やかになり、暖かさのみを届けてくれている

眠くなってもおかしくない陽気にも関わらず

内面が忙しい僕にはあくびすら無縁で

一心に溢れかえり零れ落ちる言葉をノートに書き連ねていた。


心が重いと感じるのはなぜだろう

どうして今まで重いと思わなかったのだろう

何時から重いと思うようになったのだろう

君と出会った瞬間に生まれた?

それともずっと持っていた物を

君が気付かせてくれた?

どちらであっても僕は知ってしまった

この重みを知ってしまった

そしてそれが僕の手に余ることを

きっと素晴らしい・・・この想いはきっと・・・だけど


大きめの教室、間延びした先生の声

退屈な講義は僕の耳には届かない

押し寄せる思考から抜け出せたのは

ノートの隅に書いてある

この気持ちの悪い文章を読んだお陰だった。

なんだこれ、酷すぎる、いや自分で書いたんだけれども

こんなことを書いてしまうくらい僕は熱に浮かされていたのか

いやどうかな

熱に浮かされているなんて思考が一番熱に浮かされてるかも

なるべく良いように誤魔化したいんだろうな

自分の気持ち悪いどろどろを


また見てしまうのは彼女の小さな背中

この講義の間、思考と現実の狭間にはずっと彼女の背中があった

遠い・・・

この距離が僕と彼女の距離なんだと思うと虚しくなる

でも僕には隣どころかこれ以上近くに座る

勇気すら持ち合わせていない

こんなんじゃダメだってわかっているのに


重い・・・重いなぁ・・・


また思考が漂いだし渦を巻こうという時に講義が終わった

退屈を平等に享受していた幾人もの学生の声が重なる

その例にもれず解放の喜びに体を伸ばしつつも

僕の集中はただ一人彼女に向いている

荷物をまとめる彼女に僕の座れなかった隣いた女の子が話しかけている

その子は彼女が大学でよく一緒にいる長い茶髪で巻き髪の女の子だった。

確か相田さんだったかな

僕はああいったとてもとても女子な人は苦手だ

無論僕も相田さんに苦手を与えてるかもしれないが

いや・・・本当の事を言えば

僕のことが見えているかすら怪しい、虚しい

幽霊とはこんな気持ちだったのか

今度、シックスセンスでも観なおそうかな


「葉月もカラオケ行こ~」

「ごめん、今日バイト」

「そうだっけ?え~じゃ葉月が働いてるファミレスに行こうかな」

「え~やめてよ」

「いいじゃん」

「やだよ、なんかハズイもん、てかカラオケは?」

「それよ、葉月を隣に置いてしなしなのポテトをつまみに飲むコーラが良いのに」

「なにそれ?歌は?」

「歌はおまけ、さあ私の隣にきな」

「オヤジくさ、またね今度ね」

「私の葉月が冷たいよ、さては男だな、私と言う女がありながら男を作るなんて」

「だからバイトだって」

「「さき~」」

「ほら呼ばれてるよ」

「やれやれモテる女は辛いですな」

「じゃあね」

「今度、絶対」

「はーい」


彼女・・・種田葉月さんには友人が多い、明るく活発で良く笑う

今話していた女子とは対照的でショートカットで男っぽい格好が好き

柔らかい雰囲気の中に生真面目さがあって

音楽が好きでよくライブに行っているし、自身でも軽音サークルで活動している

葉月さんの好きなバンドの音楽を僕は聞き始めています


皆がそれぞれに教室出て行く中、一人座り続けている僕を

どうやら葉月さんは見つけてくれたらしい、努めて何もないフリをしてノートをしまった


「まっきー今日同じシフトだっけ?」

「そうだね、確か、多分」

「何それ?」

話しかけられた嬉しさで真っ白な僕の変な返しでも彼女は

面白かったらしくカラカラと笑う、笑った顔が可愛い

「じゃ、一緒行く?」

「いや、入り時間違った気がするし用事もあるから・・・」

行けよ、何で断るんだよ、入り時間知ってるのバレてない?キモくない?

「そっか、じゃあ後で」

「・・・うん後で」

何かを落としてしまった感覚になりながら

何も転がっていない教室を後にした


僕と葉月さんは同じバイト先だ

誓って追いかけて入った訳ではない、なにせ僕の方が先輩だし

2週間だけだけど・・・


せめて同じ入り時間だったらな

一緒に行くって言えたのになあ

本当それ?誓える神に?

いやこれは店長のせいだ、だって僕も同じ時間に空くんだから

必然的に同じ時間にシフト希望を出している訳だし

まぁ人件費とかなんかそんな感じだ、世の中はクソ、終わってる

でもなぁ僕でもじゃあどっち削りますかって聞かれたら

僕を削る、店長は間違ってない

僕は人見知りだし、声が小さいし

絶対に文句なんて言えないし

あー、世の中はクソ、終わってる

この後どうやって時間つぶそうかな

あれ、一緒に行ってから時間潰すという手があったのでは・・・

いや待て、近くまで一緒に行って後で何してたのなんて聞かれて

この僕がちゃんとした理由なんて答えられるか?

勿論、否だ

そこまで考えて思う、あーまたやってた

どうしてもこの癖が抜けない

気が付いたら思考の波に流されて

あれよと言う間に渦の中に入ってしまう

この渦の中だなという思考も渦の中に含まれるから手のつけようがない

皆そんなもんだとも思うけれど

やっぱり自分は過剰な気もしてて

治したいと考えるのもこの癖の袋小路で一向に改善しない

だから音楽を聴き始めたのもそれの為だ

音楽に集中すれば何か変わるかもしれないと思って

そうそれが主な理由・・・うん

誰に喋っているんだろう

僕ですね、僕

僕はずっと僕に話かけてる

そう思えば波の始まりはいつも自分ともう一人の自分との会話から始まっている気がする

どうも僕は人よりも頭の中で会話するのが好きらしい

今だってキャンパスを出ようと歩きながらどこも見ずに自分とお喋り

見ているとするなら僕の頭の中

頭の中にいる彼女

・・・この後また会えるんだよな

大学ではあまり喋れないけど、バイト先ならもう少し話せる

なんか後でっていいな


待ち遠しい時間はどうしても長く感じる

僕はバイト先近くのデパートをひたすらぐるぐるしていた

その途中、衣服コーナーで彼女に似合いそうな服を見つけた

またしても暴走始めた妄想癖は

ここでの彼女とのデートの空想に入ったがあまりに

虚しくすぐに止めた

葉月さんの誕生日っていつなんだろ、SNS調べたら分かるかな・・・

キモいな、せめて聞けよ

あまりにうろつく僕を見とがめたらしい

店員さんが話しかけてきた

どうしてだイヤホンしてるに・・・

バイトの時間なんでともごもご言って逃げるように立ち去った

怖いです、ごめんなさい

そして情けないです、こんな自分が


自分のことをまた一つ嫌いになりながら

なんとか時間を潰し終えバイト先に向かう

さっきまでの勝手な憂鬱が、また勝手に軽くなっていく


「おはようございます」

更衣室に入ると葉月さんがいた

「おはよ、まっきー」

「おはよ、種田さん」

「なんかさっきも会ったのに変な感じだね」

「だね、あれてかどうしたの?ピーク中だよね?」

「ネックレスつけっぱなの忘れてて、店長に言われてさ」

「そうだったんだ」

「うん、ほら」

綺麗な鎖骨の上に細いチェーンのネックレスが見えた、

小さなハートのネックレス

「うち、こういうのあんまり付けんから苦戦中」

「意外と不器用だよね」

「うるさ・・・取れた、ドヤッ」

「なんでドヤ顔?」

「どこかの誰かさんの所為で傷ついたから・・・」

「え?あっご・・・」

「うそ」

「え?」

「ほらまっきーも早く、今ピンチだから」

「そうだね、うん」

鎖骨見たのバレてないよね

「あ!まっきー」

「何!?」

「次の日曜なんだけど、急に予定入っちゃって代われたりしない?」

「あ・・うん、大丈夫」

「良かったぁ・・ありがとう、ご飯奢るからさ」

「ありがとう、じゃ遠慮なく」

「ドリアね」

「賄じゃん」

「美味しいでしょ?」

「美味しいけど」

「でしょ、うわ店長めっちゃこっち見てる」

僕にだけ分かるように小さく舌を出して彼女は戻って行った

こんな何でもないやり取りが本当に楽しい

ご飯今度僕から誘ってみようかな


半分浮かれた気持ちでシフトに入った

お店はピークの真っただ中

人が目まぐるしく動いている

僕はこういう時、どうしたらいいか分からなくなる

棒立ちでいる僕を店長が見つけて

「牧野君、とりあえず洗い物入ってくれる」

店長の口調は仕事の忙しさのせいか僕の準備の遅さのせいか

普段より棘があった

「はい」

今日はあまり良くない日かもしれない

自分で仕事を探せと言われないだけ良かったけれど

「まっきーさん、おはようございます」

「おはよ、浅野君」

「拓海でいっすよ」

「癖だから」

浅野君は僕一つ年下でバイトリーダーをしている

僕より背が高くて人懐こく要領が良い

僕なんかにも気さくに話しかけてくれる良い子だ

「さっきいつもじじいとバトって機嫌悪いんすよ」

「そうだったんだ」

「店長のあのバイトに当たる癖治した方がいい」

「まぁ僕も悪いから」

「まっきーさんってマジで聖人ですよね」

「そうかな」

「そうですよ、皆も言ってますよ、良い人だって」

「そっか」

少し気恥ずかしかった

落ち込むけれど悪いことを言われた方がすんなり受け入れるような

僕なのに不思議と彼に言われると嬉しくなってしまう

きっと本心なんだろうと思えるから

もしも彼にとって嘘や建前であったとしても

人に喜びを感じさせるなら関係ない

凄いな、羨ましい

僕なんかは本心を言っても嘘のようになってしまう

こんなことを思っているからそうなるんだろうな

そんなことを考えていたらシフトが終わっていた

結局その日はずっと皿を洗っていた


更衣室に戻るとまた葉月さんがいた

少し先に上がっていたから会えると思っていなかった

何かを書いているようだった

「お疲れ様」

「まっきーお疲れ様」

「残ってると思わなかった」

「ちょっと出さなきゃいけないやつ忘れてて」

「そうだったんだ」

「ゴメン、着替えるよね、すぐ出るから」

「全然大丈夫」

葉月さんは慌てて荷物を片付け始めた

その時書いていた物を見てしまった。

「じゃお疲れ様、あ!もし今日ドリアとか食べたら言ってね、約束だから」

「うん、ありがとう」

「じゃあね」

「じゃあ」

退寮届・・・そっか、葉月さん寮出るんだ


いつも通りの退屈な日常が過ぎ気が付けば日曜日

だらだらと目と鼻の先に迫ったバイト先に向かって歩いている

イヤホンからは葉月さんの好きな曲が流れているが

相も変わらず思考の海にいる僕にはその音は遠い

自分が何の為に生きているのか分からない

かといって何もやりたいことが思いつかない

とりあえずバイトがあった良かったなんて思っているのは

この世界で僕だけだろうか

バイトに自分の存在証明をふわっと置いているのは不味いのではないか

いやバイトを馬鹿にしている訳ではなく

自分のこう何と言うか薄さみたいなものが

いやだってさ、今日は葉月さんいない訳だし

それでモチベーションが上がってない自分に恥ずかしさを覚える訳ですよ

それでもバイトが無いよりもあってくれたおかげで

今日一日を無為に過ごす事なくて良かったなとか

シフト変わったから僕にこう借りみたいなものが葉月さんに出来て

繋がりが太くなったような気がしてみたいな・・・

自分の気持ち悪さが留まることを知らないから誰か助けて下さい


気が付けばバイト先の更衣室だった

もう何も流れていなかったイヤホンをそっとしまい

いそいそと着替える

声が出るか確認したらギリギリ出た

そういえば今日初めて声出したな

乗ってこない気持ちとは関係なく進む時間に

嫌気がさしたが仕方ないからタイムカードに手を伸ばす

そこで初めて気が付いた

タイムカードを切る機械の前に

お菓子が置いてあった

お菓子には大きめの四角い付箋


まっきーへ

シフト代わってくれてありがとう

またちゃんとお礼します!

           葉月


わざわざ用意してくれたのか

モチベーション上がったなぁ

葉月さん、字、綺麗だな

楷書のように線はきっちりしているのに全体としては丸い印象

書かれた文字を見ると葉月さんが

浮かびあがってくるような気がした

丁寧に書かれた文字の一つ一つ

その一つ一つが愛おしいと感じる

自分の中でもちゃんと言葉にしては無かったけど

僕は葉月さんが好きだ

時間はかかったにせよ自分の中でこうして

シンプルな言葉に出来たことに

驚きもあり、嬉しさもあるような気がした

僕は付箋をもう一度、噛みしめるように読んで

ぐちゃぐちゃにならないように大切にしまった


大学に行ってバイトに行って、たまに葉月さんと話せる日があって

そんな日々が続いて気持ちばかりが膨らんでいった

バイトが無ければこんな風にはなっていないだろうな・・・

バイト自体はもう少しで一年になる

こんなに続けられると思わなかったな

バイトはしんどいけど、楽しいと思う

今日は大学もバイトも無い

皆は休日どう過ごしているんだろう

特に何もせずスマホをつけたり消したりしていた時に

バイト先のSNSグループに一件のメッセージが入った

浅野君からだ


お疲れ様です


店長からです


半年間の売上が見事前値比を超えることが

出来たことを祝しまして

恒例の打上を行いたいと思います

恒例と銘打って半年前は出来ませんでした

しかし今回は本当に皆のおかげでこうして

開催することが出来ます。

是非ご参加下さい


とのことです。

参加希望の方はリアクションか浅野までお願いします

尚、財布は店長です笑


打上か・・・

僕たちが入ってからは一度も無かった

前回のタイミングは超えられず

店長が本部に詰められていたと浅野君が笑いながら言ってな

この半年間は僕も含めて頑張ったと思う

皆が同じ目標に向かっていた

それが何時から言われると難しいけど

なんか熱みたいなものが全員に電波していって

気が付いたら一人一人が作業の効率化や

接客の改善をしていた

最初は僕が足を引っ張っているんじゃないかとか

一人だけこの空気に置いて行かれるんじゃないかとか思っていたけど

一ヶ月もしないうちにそんなことは考えなくなった

むしろこの空気感が心地良いとすら思えた

部活もサークルも経験が無い僕にとって初めてのことで

同じ目標に向かって頑張る仲間を持てたようで嬉しかったのかもしれない


皆、リアクション早いな

葉月さんも・・・行くのか

いつもは返信のスピードを気にする僕だけど

皆の勢いに乗ってリアクションした


打上はお店の近くの居酒屋さんで行われた

高校生からパートの主婦さん含め殆どの従業員が参加している

僕が少し喋れるとしたら同じ年代の子たち

高校生の若い子達や、主婦さんのリーダーポジションの方には

まだ緊張してしまう、皆良い人だってことは分かってるんだけど

僕なんかが話かけたら迷惑かなとか思ってしまう

でもこれを期に少しでも喋った方がいいだろうか

僕だって変わりたい


「本当に今日はご馳走になっていいのかしら」

「田島さん大丈夫です、私にお任せ下さい」

「本当?私も張り切って皆を誘っちゃって、こんなに来るなんて思わなかったから

もしあれだった大人の私達でカンパしますよ」

「大丈夫ですよ、ここは私の顔を立てると思って」

「そう?」

「大川さん、大丈夫ですよ」

「あら、もしかして浅野君も出してる?一人暮らしで大変でしょうに私達だって・・・」

「いえ、違がくて、店長本部に泣きついて経費で落とせることになってるんですよ」

「あらそうなの」

「浅野、それは言わない約束だろ」

「小っちゃいな、いいじゃないですか、経費で落とせるのだって店長おかげなんですから」

「そうよ、店長さんじゃなかったら落ちなかったかもしれないし、そのおかげで

私達も遠慮なく楽しめますし、ありがとうございます」

「そうですか?いえいえ皆様のご尽力のおかげです」

「その通りですね」

「おい浅野、今日はとことん付き合ってもらうからな」

「うわ、店長アルハラです」

「店長!浅野君!早く早く皆、準備万端!」

盛り上がる三人に葉月さんが声をかけ飲み会が始まった


浅野君は凄いな、あんな風によく話せるよな

葉月さんも浅野君みたいな人が良いんだろうか

やっぱり無理だ

今日は大人しく飲んでよう

なんで僕には出来ないのかな


打上は盛り上がり、二次会に突入した

僕は高校生や主婦さんに交じって帰ろうとしたが

店長と浅野君に捕まってしまった

帰りたい

黙々と飲んで酔ってるのに酔ってない気がする

やっぱり帰れないかな

葉月さんも帰ったし・・・僕も明日は一限があるんだけど

乗りに乗っている店長に言えなかった

「牧原君、楽しんでるか?」

「はい、楽しいです」

「本当か?もっと楽しそうな顔しろよ」

やばい、どう返したらいいか分からない

「店長、それパワハラです」

浅野君、ありがとう!

「え?これパワハラなの?」

「純度100%のパワハラです」

「やばいじゃん、ごめんよ牧原君、そんなつもりじゃなくて、ただコミュニケーションを

とりたかったんだよ」

「・・・大丈夫です」

「これ大丈夫なやつ?」

「ダメです店長、自首しましょう」

「うわ違うんだ、ただ心配で、今日暗かったから」

「もしかして皆さんの空気壊しちゃってましたかね、すいません」

「そんなことないよ、ただ浅野がさ、牧原君が無理してるんじゃないかって」

「店長、それは言わない約束ですよ」

二人に心配をかけてたんだな

駄目だな・・・僕は、こんな日に

「僕のせいで二人の気分を落としちゃってすいません」

「いや・・・」

「楽しい時間に水を差しちゃいましたね」

「牧原君、気にしすぎだよ」

「え?」

「それは牧原君の美徳なのかもしれないけど、そこまで言われると逆に水ささっちゃうよ・・・あれ?こんな日本語ある?」

「俺に聞かないで下さいよ」

「そうか、お前高卒だもんな」

「はい、アウト、お前呼ばわりと学歴差別によってパワハラです、本部に報告します」

「勘弁してよ浅野君・・・いや浅野様!」

「次の店をちゃんと奢ってくれるなら」

「なんて奴だ、家の嫁の怖さを知っているのに」

「良い人でしょ、マイコさんは」

「いつからマイコ呼ばわりするようになったんだ」

「ダメだ、この人酔ってる」

「イケメンが憎いよ」

「あなたは帰りなさい、愛する家族の元に」

「勘弁してよ、今帰ったらゴキブリ扱いだよ」

「ゴキブリってコンクリート食べるらしいですよ」

「なんで今それ言ったの?食べろってこと?」

二人の会話に思わず笑ってしまった

「お!牧原君が笑ってるよ!良かった!よしもう一軒行こう!」

そういうと店長は上機嫌で目の前にあった居酒屋に向かって行った

「だから怒られるんだよなぁ、でもあの人ああいうところ好きだわ」

「僕ってやっぱり暗いかな」

「え?別にまっきーさん暗くないでしょ?」

「え?そうかな?」

「はい、いや今日は何か楽しそうじゃなさそうに見えたんであれですけど」

「ごめん・・・こういう場でちゃんと喋れない自分に勝手に落ち込んでた」

「向き不向きはありますよ」

「そうだよね、浅野君は凄いよね」

「俺は適当に喋ってるだけですよ」

「それが凄いんだよ、適当って言うけど、ちゃんと盛り上げるしさ」

「そうですかね」

「そうだよ?なんか素で話してくれてる感じがして嬉しいんだよな」

「なんか恥ずかしいっすね」

「本当だよ?知りたいもんどうやってやってんのか」

「分かんないですけど、バイト先で今みたい喋れるようになったの最近ですよ?」

「え?」

「まっきーさん知らないと思いますけど、俺、まっきーさんが入って来るまで

少し浮いてたんですよ」

「そうだったの?」

「ほら、俺目つき悪くて背も高いから皆に距離取られてて

俺も別に仲良くしようなんて思わなかったし」

「想像出来ない、皆と仲良いから」

「まっきーさんのおかげで仲良くなれたんです」

「僕の?」

「まっきーさん、覚えてるかな、初めて会った時、

俺の身長見て羨ましいって言って」

「あ・・・」

「俺があんま好きじゃないんすよって言ったら

身長が高いことの素晴らしさを延々語ってて」

「覚えてる・・凄く緊張してて、嘘を言った訳じゃなんけど・・・」

「それで救われたんですよ、なん別に良いのかって思えて」

「・・・そっか」

「それから他の皆とも向き合えるようになりました、だからめっちゃ感謝してます」

「それなら良かった」

「まっきーさんちゃんと喋れないって言ってましてけど、俺はそうは思いません

ちゃんと話を聞いてくれるし、考えて答えてくれるし、話上手ですよ」

「嘘?僕が?」

「俺だけじゃなくて、皆、言ってますよ」

「皆?」

「はっしーとかトモとか、皆、まっきーさんに話聞いて貰って気が楽になったって

助かったって言ってますよ」

「葉月さんも・・・」

「まっきーさん時々めっちゃ自分のこと否定しますけど、もっと自信持っていいと思いますよ?」

自信か・・・こんな僕が持っていいんだろうか

「おい、二人とも、何してんの、おじさん寂しいよ」

「はーい、店長、直ぐ行きます、まっきーさん行きましょう」

「僕が行って面白いかな」

「めっちゃ面白いですよ、まっきーさん酔うとクソ喋るから、こっちが喋る暇もないくらい」

「え?ゴメン」

「いいんすよ、それが好きなんで、だから飲みましょう、店長奢りなんで」

「うん」

僕はとても幸運だ、こんなにも素晴らしい人達に囲まれている

自信は・・やっぱりまだ持てないけど

彼が、皆が言ってくれているなら僕は捨てたものではないのかもしない

僕みたいな人間の言葉に救われたと言ってくれる人がいる

そして僕みたいな人間に言葉をかけて救ってくれる人がいる

酔いきれなかった身体が熱くなるのを感じる

なんか、穏やかだな

とても気持ちの良い夜は長く

僕は次の日の一限をすっぽかした

流れ続ける時間は季節を進め

指先がチリチリと冷たくなり始めた

もうすぐ今年最後の月がやって来る

この一年はとても早く感じた

人生最後の夏休みと言われる今は

瞬く間に終わってしまうのかもしれない

誰かが言っていたが、待ち遠しいと思う予定が無いと

加速は止められないそうだ

このままでは僕の一年は一秒に満たないスピードで

過ぎ去ってしまうようになるだろう

大学にはどうして楽しみな予定の作り方の講義がないのだろうか

あっても受けないけれど、そんな講義受けたら

僕は何の予定もない寂しい奴だと公言するようなものだ

あっだから無いのか・・・必要としている人間が受けようとしない講義

不意に出た溜息は白く、あっと言う間に空に消えて行った

あの溜息は僕の様だな・・・あんなに綺麗な空に消えていけるなら良いのかな

なんて久しぶりに思考流されていたら、肩に衝撃を受けた

「痛った~」

「すみません、ボーっとしてしまって」

「気を付けてよね」

ぶつかった相手は相田さんだった、どうやら僕は幽霊でも溜息でもないらしい

「なんだ、牧原か」

「僕の名前分かるの?」

「葉月から聞いてるし」

「そっか」

「てか逆にうちの名前知らないっしょ?」

「相田さんだよね」

「ビックリ、でもそっか葉月から聞いてるよね」

「超元気ギャルだって」

「えー嬉しい」

「嬉しいんだ」

「そりゃ嬉しいっしょ、友達が自分の話してくれの」

「悪口かもよ」

「葉月が?ありない」

「そうだね」

「意外と分かる奴じゃん」

「相田さんもね」

「葉月の言った通り、おもろいね・・ごめんうち、誤解してたわ」

「おそらく合ってたよ?」

「やっぱり誤解してた・・・じゃうち用事あるから」

「うん、ぶつかってゴメン」

「いいよー、葉月によろしく」

「うん」

あの夜から、色んな人と話せるようになった

自分に自信は未だにないけど、自分が発する言葉は悪くないと思うと

以前よりもずっと楽に言葉が出てくる

それにしたってあんなギャルらしいギャルと普通に喋れる日が僕にくるなんて

思わなかったけど

葉月さんが僕の話を友達にしてくれている

確かにとても嬉しい

今度、葉月さんに相田さんとぶつかった話をしよう

そう心に思いながら大学を後にした。


家に戻ってバイトに行く準備をした

視界には葉月さんに貰ったお菓子

あれからずっと机に置いてある

そろそろ食べないと思いつつも食べられないでいる

この後のシフト葉月さんと終わりまで一緒だ

ご飯に誘ってみようかな・・・

そんな考えがよぎった

今までの僕だったら無理だと一蹴していたけれど

今日は何故かそれが出来るような気がした


バイトは気が付けば終わっていた

ずっと頭の中では今日どうやって誘うかだけが占めていた

とても不思議だった

本当に人が変わってしまったんじゃないだろうか

僕が先程抱いた、ある種の勘違い的感覚は覚めるどころか

勢いを増して心臓を跳ね上げている

景色は薄く、もう僕には一人の女の子しか見えていない

熱を持った体に思考力の一切を奪われ

いつも言葉を塞き止めていた口は緩み切って

先程の吟味など無かったかのように普通の言葉を吐いていた

「種田さん、この後、良かったらご飯行かない?」

「ご飯?」

「良かったら」

「あーちょっと待ってね、確認する」

「もしかして約束あった?」

「約束とかじゃないんだけど外で食べるならお母さんに言っとかないと

うるさいんだよね」

「そっか、もしもう用意してるなら別日でも」

「多分大丈夫だと思う、それにまっきーにまだお礼してないもん」

「お礼は貰ったよ」

「あれは手付金」

「いいかた」

「へん?」

「かなり」

「そっかなぁ・・・連絡したしこれで大丈夫、どこ行く?」

「この前、店長や浅野君と行った居酒屋はどうかと思ってて・・・」

「あ、それ聞いた三人で行ったんだよね」

「そう、雰囲気良くて美味しい店だった」

「そこ行こ、羨ましかったんだよね」

「うん、良かった」

「あーお腹空いた」

「僕も」

僕の人生にこんな瞬間が来るなんて想像も出来なかった

好きな人と二人で向かい合ったご飯を食べることが出来るなんて

嬉しいを通り越して現実感が無い

「それでさー、まっきー聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

「本当?」

「本当、幼馴染の話だよね」

「そう」

「大学に行かず就職か、凄いな」

「凄いよね」

「大変だろうな」

「そうみたい、ことあるごとに仕事の愚痴言ってくるし」

「そうなんだ、仲良いんだね」

「幼馴染だしね、まぁ向こうはそう思ってないみたいだけど」

「え?」

「うちに気があるみたいなんだよね」

「そうなんだ」

「うん、もうどうせなら告白してくれたらいいのに」

「・・・それは」

「もどかしいというか、凄い気を使っちゃう」

「そうだよね」

「うん、男らしくしてほしい、そしたら・・・」

「あの」

「ん?」

「僕も好きなんだ」

「え?」

「僕も葉月さんが好き・・・付き合いたいと思ってる・・・」

「・・・・」

「ごめん、急に・・・」

「ううん」

「・・・・」

「あの・・・」

「・・うん・・」

「今は誰かと付き合うとか考えらないかな、就活も始まるし・・・」

「うん」

「幼馴染もね、早く告白してくれれば、元の関係に戻れるかなと思って・・・だから」

「うん、大丈夫・・・本当にゴメン」

「謝らないで、告白してくれたの嬉しかった、私の方こそごめん」

「ううん、ありがとう、聞いてくれて」


その後、気まずくなった僕たちはご飯もそこそこに解散した

葉月さんはまたファミレスでと言って笑って手を振ってくれた

僕はその笑顔にちゃんと手を振り返せていただろうか


告白してしまった、そしてちゃんとフラれた

調子に乗っていた、自分だって悪くないんだと思い始めていた

なによりも、葉月さんを盗られたくなかった

今日の僕が今までで一番嫌いだ


気まずい食事会から数日

バイト先までのいつもの道はあと数日に迫ったクリスマス一色だった

楽しそうに通り過ぎて行くカップルや家族を目で追ってしまう

もしかして僕だけが一人なんじゃないだろうか

生物の義務が子孫を残すことであるならば

僕は生物として失格している

お父さん、お母さんごめんなさい、孫の顔は見せられそうにありません

ご先祖様ごめんなさい、牧原家は僕で終わりです

どうにかして無かったことに出来ないだろうか

もし過去に戻れるなら、他のどんなことを捨てても僕はあの告白を止めさせるだろう

自分にはどうしようもないことをどうやって人は解決しているんでしょうか

僕の今のどうしようもないことは

もうバイト先に着いてしまうことです

あの夜から初めて葉月さんとシフトが被る

ちゃんと出来る自信がない


バックルームには先に着替え終えた葉月さんがいた

「おはよう」

「・・おはよう」

何とか挨拶は返せた、挨拶大事

何か僕から話さないと

「えっと・・今日も忙しいかな」

「土曜だし、忙しいよ」

「だよね・・・種田さんは今日ホール?」

「うんホール・・・葉月でいいよ?」

「え?」

「この前、そう呼んでくれたじゃん」

「いいの?」

「なんで駄目なの?」

そう言って笑う葉月さんは今日も綺麗だった


いっそ嫌いになれたらなんて言う人がいるけれど

僕はそうじゃなくてもいいんじゃないかと思えた


まぁとんでもなく引きずってますけどね

バイトが終わり帰路に着いている

家に着いたら何をしようか、間接照明でも点けたり消したりしようかな

このまま家に帰ったら妖怪になってしまう

お酒でも飲んで帰ろうかな

そう思って目に留まった居酒屋に入った

入って気が付いたが一人来たのは初めてだ

なんか緊張してきた

一人だったのでカウンターに通された

とりあえず一杯煽る

カウンターには僕を除いてお一人様上級者しか座っていない

そう思うと隣で一人飲みしてるおじさんに値踏みされてる

気がしてきた・・君はちゃんと一人飲みが出来るかな?

くそっ・・・これが大人の世界か

「牧原じゃん」

「はい?」

知り合いエンカウントだと・・・今日何個壁を越えさせるんだ

「牧原!」

「なに?相田さん」

「一瞬、無視しようとしたでしょ?」

「してないよ」

「こっち見ていいな」

「相田さんこんなところで何してるの?」

「飲みに決まってんじゃん」

「そっか」

「牧原一人で飲んでるの?」

「大人だからね」

「へーいつも?」

「いや、危うく妖怪になるところだったから」

「何言ってんの?」

「僕に聞かないでよ」

「他に誰に聞くのよ、変なの」

「良く言われる」

「だと思った、一緒に飲まない?」

「え?」

「うちらと」

「あー辞めとく」

「断ると思った」

「じゃ聞かないでよ」

「じゃまた誘うわ」

「え?」

本当だろうか、もしそうなら相田さんの方が変な人だ

それなりに飲んで居酒屋を後にした

何かが変わった訳じゃない

未だに重い心は僕に圧しかかり続けているが

少なくとも家には帰れそうだ

繁華街はこれからが本番とばかりに賑わいを見せている

このまま歩けばあの居酒屋がある

別にそこがどうこういう訳じゃないが

目の前を通るのが憚られて

道を変えた

その道には見知った二人がいた

浅野君と・・・葉月さん

雑踏の中で二人とすれ違った

浅野君は僕に気が付いていないようだった

でも葉月さんとは目が合った

どうして目をそらすの?

どうして申し訳なさそうなの?

足と共に時間さえ止まったような気がした

じゃれ合う二人の手には大きな買い物袋

繁華街のきらめきと二人の妙に合う身長差

ああそうか

僕はただ遠ざかる二人の背中を見ているしかなかった

付けたイヤホンから流れる音楽がどうか僕の波音を

消してくれないかと願いながら


お久しぶりに投稿させて頂きました。

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