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大学時代に書いた作品(黒歴史)

夢宮学園

 初投稿です。

 もし生徒会長が学校を仕切ったらどうなるのか。そんな思いから始まった小説です。

 ですので、ご都合主義満載のライトノベルです。

 そこを理解して下さい。

 深夜の学園。辺りが静まり返っている中でたった一つ、蛍光灯が灯されている学生会室に一人の少年が書類と格闘していた。その書類の量はこの部屋の全ての机が埋まるほどの量だが、少年は全く表情を変えず、淡々と機械のような正確さで片付けている。

 少年の名は御神楽圭一。夢宮学園中央校舎学生会長。

 その肩書から仰々しい風貌を想像してしまうが、少年の第一印象は男女であり、女装をさせるとそこらの女子よりも可愛く映る可能性があるほど整った中性的な顔と体つき。

 だが、少年が愛らしく笑うことはない。あくまで外見は外見であり、中身とは関係無い。

 少年は中央校舎学生代表、その事実を忘れてはいけない。

 ふと少年が手を自らの頭に置いた。そして、バチバチと放電したかのような音が響き渡った。

 少年はその姿勢で固まり、自らの超能力で生み出した電流を頭に流す。

 しばらく後少年は放電を止め、一息をついた。

「ふう、休憩終了」

 そう呟き、また書類仕事を開始した。



「御神楽学生会長! お話があります」

 とくに当てもなくぶらぶらと校舎内を彷徨歩いていた御神楽は後ろを振り向く。

 そこにはいかにも規則を守っていますと言わんばかりの服装の少女が胸を張っていた。

 普通の満点を叩き出してしまうその容姿と服装、そして爪は切りそろえられてスカートは膝上、ハイソックスを履いた眼鏡少女に御神楽は一人だけ心当たりがあった。

「佐藤君か」

「違います、剣崎坂御園です」

 あれ? そうだっけ。

 御神楽は首をひねっていると。急に御園が怒り出した。

「何で会う人会う人そんな名前が出てくるのですか。山田、藤原、そして田中、挙句の果てには御神楽会長の仰る佐藤」

 それは君の雰囲気があまりに『普通』を醸し出しているからだ。

 だんだん、と周りが注目しているのも関わらず足を踏みならす。どうやら御園のコンプレックスを刺激してしまったらしい。

「誰ですか? 私は誰ですか? 私の名は剣崎坂御園。それ以上でもそれ以下でもありません!」

 胸を張って宣言する。心なしかその表情は泣きそうになっていた。

「ああ、すまない。剣崎坂君、それでどうしたのだ」

 このまま続けても仕方ないので話の軌道を元に戻そうとするか。

「ふっふーん、これを見てください」

 そう言って左腕をぐっと突き出した。そこには腕章が縫い付けられ、刺繍で風紀委員と描かれていた。

「ほう、剣崎坂君は風紀委員に就任したのか」

 御神楽は素直に称賛する。

「そうです、これで私も委員会の一員です」

「なるほど、それはおめでとう。風紀委員として活躍を期待する」

「はい、ありがとうございます」

 御神楽は学生会長として御園の就任を称え、その場を去ろうとした。

「ちょっと待ってくださーい!」

 御園が叫び、御神楽のブレザーを引っ張った。

「待て、首が、首が締まる締まる」

 御神楽が必死にバタバタするが生憎と御園は気づいていない。

「私が風紀委員として働くからにはこの学園をより良いものにしたいのです」

 御神楽の顔が赤から青白く変化しようがお構いなしにしゃべり続ける。

「ということで御神楽会長、これからよろしくお願いします」

 そう言ってようやく御神楽を離した。御神楽は廊下に倒れこみ、痙攣している。

「会長! 聞いていますか」

 御園が御神楽を見下ろす。酸欠で意識が朦朧としていた御神楽はとりあえず「ああ」、と答え、気を失った。



「しかし、何でいきなり風紀委員に入ったのだ」

 隣を歩く御園に聞く。

「決まっているでしょう、個性ですよ」

「個性?」

「そうです、今まで私は自分の殻に閉じこもる毎日でした。私も最初はそれで良いと思っていたのですが、だんだんと、気付かないうちに自分の個性が削られていったのです」

 そう言ってハンカチで目頭を押さえる。本人にとっては重要なことらしいのだが、御神楽は「そうか」と答えることしかできない。

「そして気付いた時にはすでに後の祭り。私から個性が消え、残ったのは無個性の自分でした」

 ぐっと拳を握る。相当強く握っているのか血管が浮き出ていた。

「身長体重三サイズ、テストの点が全て平均になり、実技試験のランキングでもちょうど半分の順位。努力しようが怠けようが必ず平均になってしまう体質になってしまったのです」

「くくく、そんな馬鹿な」

 御神楽はとりあえず笑っておいた。

「信じていませんね」

 顔を御神楽の方へ向け、グッと睨みつける。

 その態度に御神楽は失言したことを悟った。

「すまない」

「まあいいです。そんな出来事を突然信じることは難しいですよね。とにかく、私はその恐るべき体質を克服するために一歩踏み出すことにしました。外に窓を開けば自ずと個性が戻ってくると考えたからです」

「それで、風紀委員か」

 御神楽がポツリと呟いた。

「はい、ということでこれから私は汚い物に耐えられない潔癖症になるつもりです」

「まぁ、それはなる必要がないと思うが」

 その何気ない一言にまた御園が炎を上げる。

「必要がないですって。会長、その言葉は聞き捨てなりません。必要ないは無関心へと繋がり、そして無関心が学園内に蔓延することによりまた多くの個性が失われていくのですよ」

 拳を振り上げて演説を行う。御神楽としては周囲から発せられる視線の圧力が最高潮に達しかけていることに御園が気付いてほしかった。

「すまない」

 ここで一端折れて御園の暴走を止めようと試みた。

「ふん、会長ってデリカシーが無いのですね」

 功を奏したのか御園の演説が止まった。御神楽はほっと一息つく。

「確かに言われてみればそうだな。気をつけるとしよう」

「いえ、それも会長の個性ですから治す必要はありません」

「馬鹿にしているのか、君は」

「さぁ、どうでしょう?」

「あのなあ……」

 文句を言おうと口を開いたが、御園の表情を見て止めた。

 いつも個性がほしいと悩んでいた御園だったが今は本当に楽しそうに笑っていたからだ。

「まあいいか」

 御園に聞こえないよう呟く。本人が楽しそうならそれで良い。



「失礼する」

 御神楽は風紀委員会の扉をノックし、中へ入った。

 突然の闖入者に一瞬驚く学生だが、御神楽だと分かると落ち着きを取り戻す。

 御神楽は比較的近くにいる学生に声をかけた。

「突然すまないが、立花君を呼んでもらえないか。えーっと……中田君?」

 最後は尻すぼみになっていった。

「誰がですか! 誰が中田ですか! 私の名は剣崎坂。け・ん・ざ・き・さ・かです。間違えないでください」

 御園は髪を振り乱して怒りを現わしていた。トラウマを刺激してしまった御神楽は他の風紀委員から白い目で見られてしまう。

「すまない剣崎坂君、君の名を間違えてしまったことを許してくれ」

 誠心誠意心を込めて頭を下げる。すると御園は段々と落ち着きを取り戻し始めた。

「はぁ、もういいです。そうですね……彼女は今ここにいますよ」

 心なしか今の出来事で心身ともに疲れ果ててしまったように見えた。

「すまなかった、それで、立花君を借りられるか?」

「はい、数日前から彼女の外出許可が出ましたから問題はないと思います。それでは彼女が来るまで少々お待ちください」

「了解。ところで剣崎坂君、大分風紀委員として板がついてきたな」

 御神楽が手放しで褒める。すると御園は少し照れたようにはにかみ。

「いいえ、まだまだですよ。取り締まりも巡回も先輩の足を引っ張ってばかりで」

「それでも先輩から苦情が出ないのは良いことだ。この風紀委員は下級生に厳しくてな、大抵入会して一カ月で辞めていくものだ」

「はい、しかし、同期が抜けていくのを見るというのは辛いものですね」

 そこで沈んだ表情になる。御園としては入会した者全員が最後までやり通してほしいのだろう。しかし、初志貫徹を貫こうと思えばそれは並大抵の意志では不可能だ。

 御神楽は軽く頷き、御園の頭を撫でた。

 御園は少し驚き、やがてゆっくりと笑みに変わっていった。

「会長、背伸びしないと撫でることが出来ないのですね」

「煩いな、気にしていることを言うな」

「それが会長の個性ですから恥じることはありませんよ」

「馬鹿にしているのか、君は」

「さぁ、どうでしょう?」

 そう言って花が咲くように笑った。



「あ、会長。来てくれたんですね〜」

 そう言いながら奥から一人の少女が駆け出してきた。

「ああ、そうだが立花く……おわぁ!」

 少女は駆け出した速度を緩めることもなくその勢いで御神楽へと抱きついた。

「ん〜、すりすり〜」

 そう言いながら頬を摺り寄せてくる少女。

 少女の名は立花柚。活発な性格で好奇心旺盛。常に動きやすいよう軽装備で髪はショートカット。猫のようにすばしっこく、悪戯っぽい瞳が忙しなく何かを探している小悪魔な雰囲気を持つ少女だった。

「なっ!」

 御園が目を点にして固まっている。

「立花君、気持は嬉しいが放してくれないかな」

 足や腹筋に力を込め辛うじて転倒を免れた御神楽は柚を引き離そうとする。

「え〜、嫌です。せっかく久しぶりに会えたのに」

 そう言って柚は離そうとしない。

「不謹慎です! 離しなさい、立花さん」

 硬直から解けた御園が慌てて柚を引き離そうと御神楽に近づく。

「ほら、剣崎坂君もそう言っているだろ、迷惑になるから解いてくれ」

「え〜、鈴木さんの命令で離すの〜?」

 その言葉に御園が切れた。

「誰が鈴木ですか! 誰が! 私の名は剣崎坂です!」

「あはは、怒っちゃった」

 ペロリと舌を出す柚。その表情に反省の色は微塵も無い。

「前から思っていたのです。立花さんは風紀委員としての自覚が全くありません」

 厳しく非難する口調で柚を弾劾する。

 が。しかし、柚は全く応えずに。

「自覚といってもここ一カ月で検挙率を含め、一番誰が活躍したのかな〜?」

 なんて聞き返してくる始末。それに御園は。

「ぐっ、それは確かに立花さんですが、私も負けていません。最後の方で私は大いに活躍しました」

 そう胸を張る。しかし、柚はそれを面白そうに見つめ。

「そうそう、おかげであなたは風紀委員内で丁度中の順位になったのよね」

 火に油を注ぐようなことを言う。すると御園はプルプルと震えだし、ついには……

「うっ、あああああああああ!」

 理性のタガが外れてしまった。

「さあ会長、早く行きましょう」

 そう言って柚は御神楽の腕を引っ張った。

「おい、剣崎坂君はどうするのだ」

 風紀委員会の部屋を振り向きながら柚に聞く。

「大丈夫、大丈夫。先輩方が取り押さえてくれるでしょ」

 耳を澄ますと。「お、落ち着いてください。中山さん!」やら「誰が中山ですかー! 私の名は――」等ドタンバタンと御園が暴れる音が響いてきたが徐々に鎮静化に向かっていった。

 ――哀れ、剣崎坂御園。



 廊下を歩きながら隣に歩く柚に聞く。

「これでいいのか?」

「んっ、何が?」

「剣崎坂君についてだが。やりすぎではないのか」

「ああ、そこは心配しないでください。時々こうしてストレスを発散させないと彼女は一人で抱え込んで自滅してしまいますからね」

「どういうことだ」

 その言葉に御神楽は問い詰める。

「剣ちゃん、頑張りすぎてしまうのですよ」

 明るい表情が消え、物寂しげな表情になる。

「風紀委員に入会したときもそうでした」

 御神楽は黙って聞く。

「彼女は何でも形から入る方でね、それは最初の頃とてもウザかった」

 そう言って笑う。しかし、それは嘲りの嘲笑ではなく懐かしむ様な笑みだった。

「その頃、私達同期のあるグループが賭けをしていたのですよ。誰が最初に辞めるかってね」

「それはあまり褒められないな」

「分かっていますよ、今となっては後悔しか残りません」

 自嘲するように上を向く。

「その剣ちゃん。必死だったのですよ」

 少しでも皆のために、少しでも学園のためにと平凡な能力しかないのに自分にできることを精一杯やり切る毎日でした。

「でもね、見てしまったのですよ。彼女が陰で泣いているところを」

 どんな時でも全力で取り組む。そんな芸当が出来る者などいません。必ずどこかで支障を来してしまうものです。

「剣ちゃんがいなくなってしまった風紀委員を想像してみました」

 もう無茶苦茶ですよ。剣ちゃんは当たり前のことしか出来ません。しかし、その当たり前のことが出来る人がいなくなれば組織は崩壊します。

「だから、私は剣ちゃんの息抜き相手になろうと決めたのですよ」

 彼女が無理をしない様に、一人で抱え込まない様に。

 時には助け、時には喧嘩して。潰れない様に陰から支えようと。

「君がそう決めたのなら僕が口を挟むことはない。しっかりと剣崎坂君を支えてあげてほしい」

「はい、わかりました」

 そう元気良く返事する。

 御神楽はその笑顔が眩しいなと感じた。

「一応聞いておくがそのグループはどうなった」

 しかし、その問いを発すると柚はぐっと唇を噛みしめ俯いた。

 次に顔を上げたとき、虚無的な表情が顔に張り付いていた。

「全員……風紀委員を辞めましたよ」

 もう耐えきれないとか、もっと自分に相応しい道があるとか言ってね。

「……そうか」

 御神楽はそう答えることしか出来なかった。

 辞めろと言われていた者が風紀委員に残り。

 辞めろと言っていた者が風紀委員から去った。

 この事実に御神楽は何か因果めいたものが作用したかのように感じられた。

「厳しいな」

 御神楽はそう呟いた。



「ねぇ会長、どこに行くの?」

 御神楽が所定の位置に向かっている途中、柚が不思議そうな顔をして聞く。

「別の校舎だ」

 そっけなく御神楽が答える。

「別校舎? そんなものあったっけ?」

 柚が首を傾げ、御神楽に聞き返した」

「この校舎の正式名称は知っているな」

「ええと、確か夢宮学園中央校舎だったと思う」

 御神楽はその答えに頷く。

「その通り、僕は夢宮学園の学生会長だが、正確には夢宮学園中央校舎学生代表だ」

「えっ? 会長は会長でなく代表なの」

 柚が疑問をぶつけた。どうやら驚いているようだ。

「まあ、確かにな。しかし、他校舎同士の関わりは滅多になく、それぞれの代表が各校舎を仕切っているから各々の校舎の代表が会長と称しても問題はない」

「う〜ん……ややこしいなぁ」

 柚が頭を抱える。それを見た御神楽は柚の頭の上に手を乗せる。

「そんなに気にすることはない、僕は僕だ」

「うん、そうだね。ありがとう」

 顔を上げ、御神楽にお礼を述べる。そして。

「でも会長、会長の背がもう少し高かったほうが絵になっていたと思うけど」

 にひひ、と小悪魔な笑みを浮かべる。

「うるさいな」

 不機嫌になった御神楽は早足で歩きだす。

「あ〜ん、待ってください会長〜」

 柚がそのあとを駆け足で追いかけていった。

 


「この中央校舎に揃っている設備は知っているな」

 御神楽が柚に聞く。

「うん、ここに学生会や各部活動の本部、そして学園長室もあるということは知ってるよ」

 その答えに御神楽は正解だと頷く。

「この夢宮学園の学生数は膨大だ。とてもあの校舎一つで収まるわけがない」

「しかし、中央校舎には学問から軍事まで、超能力開発や魔術研究など特殊な部門が揃っているはずだけど」

「だが、それでも中央校舎は全体から見ると比較的普遍なものばかりだ」

「信じられません、そんなこと」

 至極全うな答えだ。しかし、それは中央校舎から出たことのない学生が持つ意見だろう。

「立花君。君は暗殺等特殊部隊が存在しているのは知っているか」

「いえ、そんな物騒な部隊は存在しないはず」

「公式には、な。君も風紀委員に入ったのだろう。もうそろそろ各校舎の顔見せが行われるはずだからそのための前知識として知っておくといい」

 そして、御神楽が目線を上げた時、純白のペガサスに乗った学生が二人の前へと優雅に着地した。

「お久しぶりです、御神楽会長。飼育委員一年仙道鈴花です」

 そう言ってぺこりと頭を下げる。

 柔和な微笑みと水が流れ落ちたと比喩されるロングヘアー。とある屋敷の奥で読書をしていた深窓の令嬢が抜け出してきたような美しさと儚さを併せ持っていた。誰もが彼女の前に立つと壊れ物を扱うが如く丁重な対応をせざるを得なくなる雰囲気を辺りに漂わせている。

「あっ、私と同族だ。ねぇねぇ仙道さん」

 だが、それでも柚は持ち前のKYを発揮し遠慮なく話しかける。

「はい、何でしょう」

「私の名は立花柚っていうの。よろしくね、仙道さん」

 そう言ってニッコリと笑う。

 その誰でも信用させてしまう人懐っこい笑顔が柚の長所だと御神楽は思う。

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 闇夜に咲く一輪の花のような笑みを柚に向けた。

 柚はペガサスの後ろへと御神楽の助けを借りながら乗る。

「まずは兵学校舎へ」

 そう注文を付けた。

「兵学校舎とは一体何?」

「文字通り軍事関係に特化した校舎。士官学校、練兵場そして闘技場などが設置され、戦うことが生きがいと感じている学生が集まる校舎だ」

「一体どんな雰囲気ですか?」

 柚が聞く。しかし、御神楽はそれに答える代りに注意をした。

「そろそろ飛ぶぞ。振り落とされないようしっかり捕まれ」

 ペガサスは嘶き、そして羽ばたきながら走る速度を上げを始めた。

「え? きゃあああああああああああ!」

 柚の悲鳴が辺りに響き渡った。



 兵学校舎――それは戦闘狂の学生が集まる校舎。

「ここが兵学校舎だ」

 ペガサスから降り、目の前の建造物に向かってそう宣言する。

「はい。でも会長。これは校舎なのですか?」

 恐る恐る柚が聞く。鈴花も御神楽達の案内人のため付いてくる。

「まぁ、誰でも初めに見た感想はそうなりますよね」

 鈴花が困ったように御神楽を見る。

「そうだろうな。僕も始めて見た時、要塞か大監獄の間違いではないかと思ったからな」

 中央に聳え立つ長方形の建物、そしてそれを囲むように正方形の建物が敷き詰められ、更にそれを宿舎らしきテントが多い、そしてこれでもかというように電磁鉄線が五重に張られている。おまけとして見張り台が計四ヶ所立っていた。

 御神楽一行が正門前、と言っても脱走防止用として取り付けられた鉄線が走る鉄の門を正門と称するならの話しだが。

 その鉄門が開き、中から軍服を着た腰まで伸びるストレートヘアーを携えた金髪美女が鞭を持って現れた。肌は陶磁器のように白く、鼻は高い。容貌からして一目で異国の血を引いていることが分かる。百八十cmはある長身に加え、その射殺すような鋭い碧眼の瞳が威圧感を周囲に捉える。

 その美貌から普通女神と称するが軍服を着ているから戦乙女だな。

 そう思いながら後ろの二人を振り返る。睨みつけられれば大抵の人がその眼力に耐えられず、失禁してしまうほどの恐ろしさを持つ人物に出会って委縮してないか心配になった。

 が……

「うわ〜、すごい胸。羨ましい」

「不謹慎ですよ、柚さん。それにしても同じ女として少し嫉妬してしまいますね」

 そこには己の胸元を見ながらため息を付く少女二人がいた。御神楽はこの二人、結構根性がある方なのでは、と推測する。

 そんな余裕のある彼女らを無視し御神楽が金髪美女に歩み寄った。

「こんにちは、僕は中央校舎学生会長御神楽圭一だ」

 そう言って右手を差し出す。

 しかし、彼女はそれを一瞥もせず鞭を御神楽に向かって振り上げた。

「会長!」

 柚が悲鳴を上げる。しかし、御神楽はあろうことか風切り音を鳴らす鞭を顔色一つ変えることも無く掴んで見せた。

「いきなりの挨拶だな、シルヴィア君」

 御神楽は不敵に笑ってみせる。すると初めてシルヴィアは女神のような表情を崩し、高笑いを始めた。

「はーーーーはっはっはっは。御神楽、腕は訛っていないようだな。嬉しいぞ」

 鞭を腰に戻しながら空いた右手で御神楽と握手をする。

 先程までのギャップにポカンとしている二人に御神楽はシルヴィアを紹介した。

「彼女の名はシルヴィア=イニシティブ。兵学校舎の学生会長だ」

「うむ、その通りだ。ところでこの二人は一体誰だ」

 その男勝りな口調が二人を委縮させる。それを察知したシルヴィアは二人に対して優しく語りかける。

「驚かせてすまんな、この校舎は男子の比率が多くてな。しかも荒くれ揃い、そんな奴らを制しておれば自然と口が悪くなってしまうものなのだよ」

 ようやく緊張が解けた二人はコクコクと頷き、御神楽の後ろへと隠れてしまった。

「嫌われたようだな」

 クククと御神楽は喉の奥で笑う。

「この二人は僕の付き添いだ。二人の身分は僕が保証しよう。立花君、仙道君、何なら兵学校舎を見学して来てはどうかな。僕はシルヴィア君と話すことがある」

 二人はブルブルと首を振り、余計に縮こまってしまった。

「やれやれ、すまないがこの二人も一緒でよいかな」

 御神楽はため息をつき、シルヴィアに同意を求める。

「別に構わんよ。しかし、そうだな。今度闘ってくれたら考えてやろう」

 シルヴィアは笑いながら御神楽に条件を出す。御神楽は不敵に笑って。

「この戦闘狂が」

「はーーーはっはっはっは。それは褒め言葉だよ」

 高笑いしながら踵を返し、校舎内へと入っていった。御神楽達も後へと続く。



「意外と綺麗ですね」

 廊下を歩いていた鈴花が周りを見渡してそう感想を漏らす。

「軍事関係は汚いし無法地帯だという誤解はあるが実際はそうでもない、上下関係がキッチリと定まっているから秩序という点で見るとこの校舎が最も優れているぞ」

 シルヴィアが後ろを向かず、そう説明する。

「なるほど」

 勉強になります。そう頷いていた。

 教室を覗くと皆背筋を伸ばし、教師の言葉を一言一句書き留めていた。グラウンドを見ても小隊を組んだ学生達が模擬戦を行っている。

「けど、例外もいるよ」

 柚がとある教室を指さしながら言う。

 そこには教師が教壇の上に立ち、授業しているが学生達の眼には今一つやる気が感じられない。寝ている者さえいる。

「まぁ、仕方ないな」

 御神楽は苦笑してシルヴィアの方を向いた。が、シルヴィアは先ほどの陽気な雰囲気が一変し、鬼気迫るような表情を滲ませていた。

「この屑どもが!」

 シルヴィアの一喝と鞭に響きによりその教室の空気が一変する。

「貴様等は何様だ! いつから惰眠を貪れる立場となった! 貴様等の立場を復唱してみろ!」

 その教室に在籍していた学生が一斉に起立し、とある言葉を復唱し始めた。

「「はい、私共は屑であり社会に生きる価値のないゴミであります」」

「その通りだ、では、貴様等が人となるにはどうすべきか」

「「はい、教師様の御言葉を一言一句吸収し、会長の命令に絶対服従することでございます」」

「よろしい、なら今回は腕立て百回で許してやろう。始め!」

「「はい、ありがとうございます」」

 その言葉とともに教室にいた学生達全員はその場で腕立て伏せを始めた。

 そしてシルヴィアの剣幕に驚いている教師にも叱責が飛んだ。

「つまらん授業をした罰だ。貴様は倍の二百だ!」

 シルヴィアの一喝が教師を怯えさせ、そして教師は慌てて床に伏せる。

「「「……」」」

 その光景を柚と鈴鹿は目を点にして絶句し、御神楽は何の感情も出さずにその光景を眺めた。

「どうだ、御神楽君。この従順さ、他校舎の学生達に見習わせたいと思わないか」

 シルヴィアは先程までとは打って変わって晴れやかな顔で御神楽に聞く。

 しかし、御神楽はゆっくりと首を振る。

「そう思わない、確かに彼らは秩序がよく、従順だが、命令者がいないと指示待ちの烏合の衆になってしまう。彼らは厳しい訓練で団結力を会得したがその代償として自ら動こうとする力を失ってしまった悲しい連中だ」

「はっはっは。厳しい評価だなそれは」

 シルヴィアは唇を歪め、案内を再開した。

「誤解のないよう言っておくが、彼らの中にも自分で考えて動ける輩もいる」

 歩く途中、シルヴィアがそう補足した。

「戦うのが好きで好きでしょうがない性分を持つ者はどれだけ厳しく指導しようが、自ら考えて動けるのだよ」

「人はその者達を将軍と呼ぶがな」

 御神楽が後を追うように付け加える。

「はーーーはっはっはっは。高潔な精神を持つ将軍なんて小説にしか登場しないさ」



 そうこうしているうちに一つのドアの前まで辿り着いた。かけられた札は学生会室。

 入る前に御神楽は二人に声をかけた。

「立花君、仙道君。僕達はシルヴィア君と話がある。だからすぐ横の部屋で待機してもらっていいかな」

 二人の表情が見る見るうちに不安へと染まっていく。それを見た御神楽は隣の部屋を開けた。明るい日差しが舞い込んでくるごく普通の部屋、テーブルの上にはお茶菓子が設けられているのを確認して。

「ほら、見る限り怪しい所は何もない。ここでお茶でも飲みながら待っていてほしい。万が一何かあればすぐに助けに来るから」

 そう言って二人の背中を押す。不安に揺れる二対の瞳が御神楽を捉えたが心を鬼にしてドアを閉めた。

「さて、と」

 シルヴィアの待つ学生会室に入ると御神楽は一息をついた。

「相変わらず質素な部屋だ」

 学生会室を見回した御神楽がそう感想を漏らす。

「合理的と言ってくれ。私から言わせてもらうと装飾とか絵画とか、そのような余計な物を置く意味の方が分からない」

 ハッキリと言い切った。その様子に御神楽は肩をすくめる。

 右の壁に夢宮学園全体の地図がかかり、左の本棚には軍事関係らしい本がギッシリと詰まり込んでいる。円卓テーブルが中央で存在感を放ち、ドアから最も遠い位置にシルヴィアが手を組んで座っている。

 御神楽は手前のドアから一番近い位置に座る。必然、シルヴィアと正面から相対する。

「子守も大変だな」

 柚と鈴花のことを指すのだろう。それに対し、御神楽はそっけなく答えた。

「別に苦痛じゃないな」

「はーーーはっはっはっは。そうかそうか」

 何が面白いのかシルヴィアはまた高笑いを上げた。

「今日はいい天気だな」

 椅子に座り、何気ない日常会話から始めようとする。

 しかし、シルヴィアはそれが気に入らなかったのか鞭を御神楽へ振る。そして御神楽は前回と同じように鞭を手で止めた。

「御神楽、私はまどろっこしい話が嫌いだ」

 すでに笑っていない。陽気な口調は消え、部屋の温度が一気に下がった。鞭を振るう動作に関しても全く違和感なく、まるで帽子を取るかの様な自然な動きだった。

「そうか、それはすまなかった」

 そんな険悪な空気中でも御神楽は全く臆することなくシルヴィアの目を合わせながら謝罪する。

「ふっ、さすが御神楽だ。私の目を見ながら謝れる学生などどれだけいることか」

 少し口元を緩める。

「一杯いるぞ、中央校舎は特に。今度見学しに来るといい。歓迎しよう」

 おどけて見せた。が、だからと言って部屋の温度が下がるわけでもない。

「そうか、それは楽しみだ。で、それで今日は一体何の用だ」

「一応ここに来るまでに知らせておいたはずだがな。単刀直入に言おう、兵学校舎の学生に自由を与えろ」

「断る」

 にべもなく断る。しかし、御神楽は眉一つ動かさない。

「そう言うと思っていた。理由を聞こう」

「決まっている。兵にとって自由というのは不要だからだ」

「なるほどな、確かに戦場において兵が勝手に動くのは問題だな。しかし、ここは学園であり、僕達は学園生だ。この時期に兵としての心構えを叩きこむにはまだ早すぎると思うが」

「はっはっは。まさしく平和な時期にいる指導者の言葉だな」

 どことなく馬鹿にした口調。

「平和か……確かにその通り、暢気な考えかもしれないな」

 御神楽はまだ余裕を崩さない。

「だがな、シルヴィア君。君は平和というのを勘違いしている」

 ん? とシルヴィアが疑問の目を向ける。

「平和というのは全ての人が争わず、実力に見合った報酬や名誉を得られる時期というものではない。むしろ逆だ。人が他人より優位に立つために日夜争い、優れた成果を挙げた人物に対して人はそれを称賛するどころか嫉妬してその人物を蹴落とそうとするだろう。そして、常に平和を壊そうと企む者達と日常の裏で暗闘しなければならない。しかも戦時中と違い、勝利しても皆から称賛されるわけではない、勝って当たり前。それが皆の認識だ。が、たった一度でも敗北すれば人は不安がり、指導者の交代を訴え始める。戦時中と比べ、遥かに理不尽な道理がまかり通るのが平和という時期だ」

 ククク、と御神楽は目を閉じて足を組み、片唇を吊り上げて笑う。

「常に勝つためにはどうするか。それは敵を知り、己を知れば百戦危うからず、だ。つまり情報戦さえ制せば戦況は格段に有利となる。そこは軍人であるシルヴィア君がよく知っているだろう」

「確かにな、情報さえ制せば百倍の敵が現れようとも恐れるに足らん」

 自信満々に言い切るシルヴィアに御神楽は苦笑した。

「百倍の敵を恐れるに足らん、か。その感性は賛同し難いな」

 自分ならせいぜい三倍だな。そこが為政者と軍人との違いか。

「ところでシルヴィア君。君はこの校舎で行われている非公式のスパイ養成学科は知っているか」

 御神楽がシルヴィアの目を捉えながら突き付ける。それに対し、シルヴィアは余裕の表所を崩そうとしない。

「何か、証拠はあるのかな」

 シルヴィアの表情に曇りはない。御神楽はさらに畳みかける。

「ふむ、何故『証拠がある』と聞いてきたのかな」

「それはもう、推測や憶測で物事を測ることは愚の骨頂だと叩き込まれているからな」

「ほう、意外だな。てっきり冤罪を突き付けられるたら激昂して襲い掛かってくると踏んでいたのだがな」

「失礼だな御神楽君。私はそんなに喧嘩っ早くないぞ」

「どうだか、会う度会う度戦いを申し込まれているのだ、こんなチャンスが舞い込むと一も二も無く僕と戦うかと思っていたのだがな」

 そこで始めてシルヴィアは驚いた顔を作る。

「それは気まぐれさ」

 だが、すぐに元の鉄仮面を被る。

「苦しいな、その言い訳は」

 にこやかに笑いながら。しかし、その腹の内では相手の出方を探ってお互いの距離の中間で火花が散らす。そして、御神楽は手元にある書類を出すタイミングを計っていた。

「御神楽君、そんな回りくどいことを言わずとも死にたいのならそう言ってくれればすぐに殺してやるのに」

 胸元から漆黒の塊――ベレッタM92Fを御神楽に突き付け、今度は怒りを露わにする。だが、御神楽はそれが演技だと見抜いていた。

「ほら、また襲わなかった」

 その言葉にシルヴィアは表情を崩した。御神楽はその一瞬を見逃さず、一枚の書類を手渡した。

 その書類を見たシルヴィアは凍りついた。わなわなと震え、書類を落としてしまう。

「まさか我らの校舎に裏切り者がいるのか」

 ギリリと歯を食いしばる。その絶対零度の瞳で睨みつけられようとも御神楽はどこ吹く風という風に落ち着いている。

「どう受け取るかは君次第だ、シルヴィア君。ここで大事なのは勝利を得るために必要不可欠なのが情報であり、僕達中央校舎はそれを常に握っているということだ」

 沈黙が部屋に満ちた。

 ある者は拳を膝の上に乗せ、余裕の表情で返事を待っている。

 もう一人は怒りのあまり顔が赤から青くなりかけている。

 一分、二分。誰も動こうとしない。

 五分後、シルヴィアが口を開いた。

「御神楽君、君は我々と戦争をしたいのか」

 わなわなと震えながら聞く。それに対し、御神楽は。

「その場合、どっちに大義があるか分かるよな。他の校舎はどちらに援護してくれるのか考えたことがあるか」

 すぐさまそう切り返す。あくまで淡々とした口調で。

 この論争は分が悪いと悟ったのか別の個所をつく。

「なぁ、御神楽君。隣の部屋にいる少女達は可愛いよな」

 ねっとりと、わざと陰険な口調で御神楽の嫌悪感を引き出そうとする。

「いや、全然可愛くないぞ。二人は天使と悪魔だ」

 涼しい口調でシルヴィアの言を受け流した。それを聞いたシルヴィアは真っ赤になり。

「御神楽君、私を舐めない方が良い。私は必要だと判断すれば拷問も平気で行うし無関係な人間に対しての虐殺も行えるぞ」

 しかし、そのような脅しにも御神楽は。

「だからやってみろと言っている」

 眼を閉じてやれやれと首を振った。

「……いいだろう。後悔はするなよ」

 最後通牒と言った形で御神楽に叩きつける。

 御神楽に反対の意思がないことを確認したシルヴィアは備え付けの電話に何事か伝え、学園の地図を柚達がいる部屋を映す画面へと変えた。

「ほぉ、それは便利な道具だ。今度自分の学生会室にも設置するか」

 地図がモニターへと変わったのを見た感想がそれだった。

「ずいぶんと余裕だな。これから惨劇が始まるというのに」

 低い声音で御神楽を追及する。

「惨劇? ああ、兵学校舎の学生に対する惨劇か」

 あくまで御神楽は揺るがない。それを見たシルヴィアはさらに激昂した。

「後悔しろ! 御神楽!」



「何かこのお菓子ってパサパサしてるよね」

 部屋に備えられた茶菓子を食べながら柚が鈴花に聞く。

「これは携帯食のオートミールですから。兵隊さんのご飯ですよ」

 鈴花はにこやかにそう答えた。

「ふーん、どうりで味がないわけだ」

 そう言って水を一気に飲み干す。

「柚さん、そんな飲み方は女の子らしくありませんよ」

 鈴花が注意をする。

「平気だって、誰も見ていないのだし」

 全く悪びれずもせず柚が答えた。鈴花がため息をつく。

「はあ、それにしても会長ってすごいですよね」

 今度は鈴花が柚に振る。

「ん? まぁ私達の正体を一発で見抜いたという意味では確かにすごいよ」

 柚は声のトーンを落とし、真面目な顔になる。

「何故見抜かれたのでしょうね」

「さぁ、前に尋ねた時にはこう返ってきたよ『中央校舎の学生の顔と名前ぐらい全員覚えている』って」

 柚が御神楽の無表情な声を真似る。それに鈴花がクスクスと笑う。

「『覚えている』って中央校舎の学生数って何人でしたっけ」

 その問いに柚は目線を上にあげ、唇に手を当てて考え込む。

「ん〜、何人だろ。万は超えていたと思うよ」

「会長は一体どんな記憶術を使っているのかしら」

 鈴花が首をかしげる。

「いや、会長曰く『電気で瞬間記憶が可能な脳の構造へと変化させ、さらに記憶の保存容量を増量しただけだ』だよ。どれだけ記憶出来るかと聞くとスパコン並にできるとのこと」

 柚は首をすくめ、投げやりに言い放った。

「……もはや化け物ですね」

 鈴花が呆れたように顔を引き攣らせる。

「うん、会長と比べれば私達の方がよっぽど人間らしいよ」

 同情するかの様に柚が優しく言う。

「まぁ、毎日学生会室に送られてくる書類の量を考えるとね」

「ええ。あの量は少し……ね」

 二人は思い出す。学生会室にひっきりなしに舞い込む書類の束を。放っておけば一時間で厚さ十cmを超えるあれを……

「私なら一週間かかります」

 鈴花が沈んだ声を出す。

「すごいじゃん。私なら一カ月かかると思う」

 つられて柚も沈んだ声色になってしまう。

「でも会長はその量×二十四を一日で終わらすのよね」

「しかもミスなしパーフェクトで」

 鈴花が柚の相槌をうった後二人揃ってため息を吐く。絶対に越えられない巨大な壁が御神楽と自分達の間に立ち塞がっているような感覚を覚えた。



 そうして二人で御神楽についての話題に花を咲かせていた時、外の様子が騒がしいことに柚が気付く。

「ねぇ鈴花。何か騒がしくない?」

 柚がドアの方に注意を向けながら鈴花に問う。

「ええ、何人かが集まっているようです」

 鈴花も真剣な表情になっている。

「全員殺気を放ってる。これは普通じゃないね」

 ペロリと柚が唇をなめた。

「楽しそうですね」

 鈴花が苦笑する。

「うん。だって久しぶりに暴れられるからね」

 ニヒっと歯を剥き出しにして好戦的に笑う。

「あなたは本当に戦いが好きですね」

 鈴花が目を細める。

「だって仕方ないじゃない。性分なんだし」

 少し口を尖らせた。

「別にいいですよ。責めはしません」

 そう諦めたように溜息を吐いた。

「ニャハハ、カーニバルの始まり始まりー♪」

 その言葉と同時にガスマスクや防弾チョッキなど完全装備で身を固めた学生が柚や鈴花のいる部屋へとなだれ込んできた」



「いいのか御神楽君」

 学生会室でその様子を眺めていたシルヴィアが楽しむように聞く。

 シルヴィアは立ち上がり、モニターの近くで御神楽を見下ろしていた。

「彼らはこの兵学校舎きっての精鋭だ。彼女達が辱められる前に降伏することが最善だと思うがな」

 その忠告に対し、やはり御神楽は余裕的な表情を崩さず、口元に僅かな笑みを浮かべている。

「ククク、知らないことは本当に恐ろしいな」

 そう口から漏らした。シルヴィアが慰撫し気な目で御神楽を見る。

「言っただろう」

 御神楽は顔を上げた。

「彼女達は天使と悪魔だと」



「やれやれ、服が汚れちゃった。ね〜鈴花、これも直せない?」

 柚が己のブレザーを撮みながら宙に浮いている鈴花へと聞く。

 周りには兵学校舎の精鋭たちが床、壁、天井そして空間の割れ目等全方位から伸びている無数の鎖で体中を拘束され、地面に転がされている。その内何人かは抵抗し、鎖の支配から逃れようともがいていた。しかし、足掻くたびに鎖の束縛は強くなり、最後には締め付けの強さが体の臨界点を超え、気絶していった。

「その鎖の呪縛、何度見ても怖気が走りますね」

 宙に浮いている。そして、鈴花の背中には純白の羽根が四対存在していた。

「まぁ、これで鈴花の同胞を何人も絞め殺したからね」

 ニハハ、と陽気に笑う。柚の眼は通常と違い、漆黒の眼球から真紅の瞳孔がキョロキョロと獲物を探し求めて忙しなく動き回っている。

「こ、この化け物どもめ!」

 ドアの陰に隠れていた学生が突如現れ、背を向けている柚に向かって高速の土槍を放った。

「およっ?」

 虚を突かれた柚は反応が一瞬遅れ、硬直してしまう。

 直撃かと思われた瞬間、一本の白羽根が土槍の移動直線を遮った。そして土槍と白羽根が衝突すると辺りがカッと閃光が走り、次には土槍が跡形もなく消えていた。

「異次元追放、私の仲間もそれで何人が強制的に退場となったか」

 世界からね。と付け加える。

 そして、 生きた生物を察知した真紅の瞳はグルリ回転し、土槍を放った学生を“視る”。

 すると学生の周りから無数の鎖が出現し、床に横たわる学生同様に絡め取られ、床に転がされた。

「一応言っておくけど、抵抗すると鎖の締め付けはどんどん強くなるからねー、って聞いてないか」

 学生は必死で鎖の呪縛から逃れようと激しく抵抗していたが、だんだんと動きが緩慢になり、そしてついに動かなくなった。

「ほい、終了」

 片目を閉じて半身前に出し、何かをねだる様に手を差し出して決めのポーズを取る。

「柚さん、その瞳でこちらを向かないで下さいね」

 鈴花が念を押す。すると柚は苦笑して。

「大丈夫大丈夫。そんなことしないから」

 手をひらひら振り、安全なことをアピールした。



「……ばかな、こんなことが。これは夢だ。夢に……決まっている」

 それら一部始終を見たシルヴィアはよろよろと後ずさり、自分の椅子に座りこんで大きくため息をついた。

 悪夢――まさしく悪い夢をみているような気分だった。

 兵学校舎きっての。いや、夢宮学園全体で見てもトップクラスの力を持つ精兵達があどけない少女二人の前になす術無く一方的に動きを封じられて拘束され、最後には動かなくなっていった。

「非公式のスパイ養成学科の存在の真偽を確認しにきた中央校舎学生代表とその供を捕えて闇に葬り去ろうとした。シルヴィア君、その事実に対して何か釈明はあるかな」

 放心状態のシルヴィアに向かって冷酷な現実を突き付ける御神楽。

 シルヴィアは肘を立てて指を組み、そこに頭を乗せて意気消沈している。

「シルヴィア君、僕の望みは学生会に派閥関係の学生を入れることだ」

 御神楽は最初に切り出した話題をもう一度繰り返す。

「それを受け入れれば今回のことには目を瞑ろう」

 もし受け入れない場合は。

「この事実をある委員会へ報告する」

 御神楽はそう言い切った。

「監査委員か……」

 シルヴィアはぐったりとした表情で呟いた。

 それは夢宮学園に存在する全ての校舎にある委員会。その校舎以外の校舎からのメンバーで構成されており、校則や取り決め事が守られているかチェックしあうために存在する。彼らの持つ権限は高く、たとえ学生会長だろうが派閥の統括者だろうが干渉されない特権を持つ唯一の委員会でもある。

 ニヤリと唇を吊り上げて笑う。だが、ここで御神楽は譲歩案を出した。

「と、言っても監査委員は気難しがり屋ばかりだ。彼らを動かすには相当鼻薬を利かす必要があるだろうな」

 シルヴィアは御神楽の意図を読み取ろうと御神楽を見る。

「たとえ告発しても中央校舎にメリットは少ない。いや、それどころか監査委員に付け上がられて中央校舎の学生に多大な迷惑がかかる可能性さえある」

 あの強欲者どもめ。そう溜息を吐く。

「僕の要望は学生の権利を増やすことだ」

 再度繰り返す。その眼には遊びや余裕が消え、真剣な瞳でシルヴィアに訴える。

 そして御神楽の提案にシルヴィアは考え込む。その様子を見た最後に御神楽はこう付け足した。

「そうすればスパイ及び学生誘拐未遂の件は金輪際僕の口から出さないことを誓おう」

 これで十分だろう、譲歩の余地は残した。シルヴィア君にとってもそう悪い条件ではないはず。そう考えながら、しかし、それを顔には一切表さないままシルヴィアの答えを待った。

「君の言い分はよく理解した」

 シルヴィアから怒りの表情が消え、淡々と言葉を紡ぐ。

「今回の出来事は彼らの勝手な行動であり、私はその責としてスパイ養成学科を即日廃止しよう。それでいいか」

 その答えに御神楽は驚いた。が、グッと唇を噛み締めて心を現さない。

「たとえその学科を廃止しても証拠は残る。そうすると証拠を隠滅したとして監査委員からの処分がさらに厳しくなるぞ」

 御神楽は自分の口調が早口になっていることに気付いていない。

 それに対し、シルヴィアはふふふと笑う。

「御神楽君、君は監査委員を呼ばないよ。原因となる学科を廃止したとなれば彼らが動く理由がない。しかし、それでも動かそうとすれば君の言うとおり相当の鼻薬を利かさなければならなくなるな。それも自分の校舎の財政を圧迫するほどの多大な代償を支払ってな」

 御神楽は黙りこむ。シルヴィアの言うことは全くの図星であったから。シルヴィアの開き直りにより御神楽は新たな戦略を考える必要があった。頭をフル回転させて現状の打開を考える。

 と、そこでシルヴィアが口を開いた。

「なぁ御神楽君。君はこの学園の真実に気付いているか」

 唐突に語り出した。御神楽は思考を中断させ、シルヴィアの話に耳を傾ける。

「校舎も部下も、そして自分さえも他人から与えられた作りもの。私達がクローンだという事実に」

「僕やシルヴィア君のみならず各校舎の代表は全員知っているがそれがどうした」

 御神楽はそう強気に返答した。

「はっはっは。確かにそうだったな」

 その問いに対し、御神楽は頭を振る。そして今はどうでもいいと、だけ言った。

「ふふふ、そうか」

 何かが吹っ切れたような笑みを浮かべる。御神楽にはそれが破滅を望む者の雰囲気を持っていた。

「ラグナロク計画は成功するのと思うかね」

 シルヴィアが尋ねる。御神楽は静かに首を振った

「分からない。ただ、僕はなすべきことをなすだけだ」

「ははは、君は立派だな」

 シルヴィアが笑う。

 過去の偉人達の遺伝子から作られたクローンである自分達――英雄の魂

 大人など誰からも干渉されない干渉されないこの世界――ミズガルズ

 最後には社会のために戦う――北欧神話ラグナロク。 

「確かにな。僕は史上初世界を統一した人物のクローンであり、君は三人目の世界統一を成し遂げた人物のクローンだ。しかし、今は関係ない。話題を元に戻すぞ。シルヴィア君、何故学生の自由を奪う?」

 全くの無表情で聞く。御神楽の眼には先程までと比べ、人間らしい感情が消えていた。

「決まっているだろう。自我崩壊が起きても我々の命令に従えるよう魂に刻みこんでやるのだよ。そして、自我崩壊は起きたが我々の命令に従うだけの神経は残っている。その結果をもって実験は終了。どうだ、御神楽君。最善の結果だと思わないかい?」

 御神楽は目を閉じて自分の考えを整理させる。今のシルヴィアは壊れている。その彼女に理解させるためには言葉を慎重に選ばなければならない。

 何分かの沈黙が流れ、そしてついに御神楽は目を開き、語り出した。

「組織において大切なことは何か」

 突然の問いかけ、シルヴィアは驚いた表情を作る。

「上司の命令には絶対服従だがそれがどうした」

 シルヴィアの答えに御神楽はゆっくりと首を振る。

「それもあるが大事なことは勝つために自分の役割を全うすることだ。

 One for all. All for one. 一人は皆のために、皆は一人のために。との言葉が示す通りの心構えが勝利へと繋がるからだ。

 上司の命令に絶対服従なのはこの心構えへの近道だからだ。

 そこは理解したな」

 シルヴィアはコクリと頷く。

「よし、なら次へと進もう。政府は一体僕達に何を求めているのか。少なくとも命令に従うだけ人形を作るためではない。何故なら政府は僕達に自由を与えているからだ。もし人形を作るためならこんな非効率なことはしない。生まれた時から徹底的な洗脳を行い、自我なんて与えさせない。そんなものを持ってしまったら後々面倒だからな。

 話が逸れた、すまない。

 政府は僕達に自我を与えた。そしてこの学園で過ごさせている。この事実から政府は一体何を求めているか考えよう。どう思う、シルヴィア君。自我があって得なこととは何か」

 そこでシルヴィアに水を向ける。

「シルヴィア君、考えてみろ。君は何故生まれてきた? 何故兵学校舎の学生会長を務めているのかその真意は?」

「ふむ……」

 シルヴィアは顎に手を置いて考え始めた。

「政府が僕達に自我を与えたのはその方がより良く社会に貢献する為と考えている。いずれ僕達はこの閉ざされた学園から外の世界へと旅発つ。戦うことが得意な者、研究するのが好きな者。様々な特色を持った学生達がそれぞれの場所で己の役割を全うする。そのために作られたのだと思う」

 さらに言うと。御神楽は続ける。

「もちろんそれは楽観論かもしれない。外の世界には想像も絶する悪意が満ちていて、その悪意により学園生は傷ついて疲れ果て、最後はゴミ屑のように命を落としてしまう未来が待ち受けている可能性がある。しかし、だからどうした。全ては予想だ、外の世界がどうなのかは出てみないと分からない。だから僕は全ての可能性を挙げ、どの未来が来ても学園生達が頑張れるように、生きられるようにと方針を模索した。その結論として、学生達が自分は自分だと胸を張って周囲に誇れる環境を整えることだった。

 その基礎を作るために僕は学生の自由を推奨する。どれだけ辛くても、どれだけ死にたくなっても学園生活での楽しい思い出があればそれだけで前を向くことが出来ると信じているからだ」

 そう言い切った。少し興奮し、話し過ぎたせいか軽く喉が痛い。御神楽はシルヴィアの返事を待った。

「ふふふ、はーーーーはっはっはっは!」

 突如シルヴィアは笑い出した。腹を抱え、爆笑している。

「何がおかしいのだ」

 御神楽は怪訝な目でシルヴィアを眺める。自分の演説を笑い飛ばされたので心なしか機嫌が悪い。

「はっはっは、すまないな。御神楽君、なるほどなるほど、どうやら君は私の予想と違っていたようだ、残念残念」

 笑いすぎて目に涙が溜まっている。

「どこに笑う要素があったのか聞かせてもらおうか」

 淡々と、感情を隠すようにシルヴィアに聞いた。

「そうだな……君はあらゆる事態を想定し、準備を万端に整えるキレ者の策士かと思っていたが、本当は常に何かから支えてもらわないと一人で歩くことすら出来ない臆病者だったということだ」

「ほう……それは気付かなかったな」

 御神楽の表情がニヤリと喜の意味を表現する。

「確かに組織の考え方としては君のが理想だ。自分がいかに全体へ貢献できるのか考えて行動する。反吐が出そうなほど正論だな。だがな、御神楽君。過去の歴史においてそのような考え方で戦に勝利した例は稀だぞ」

「確かに、そこは否定できない」

「否定しないのか? まあいい。君の考えだと兵士一人一人が上官の命令よりも自分で考えた行動を推奨するように聞こえる。上官の命令が行き届く規律の取れた集団と勝手気ままに動く烏合の衆、その勝敗は火を見るより明らかだろ」

 シルヴィアの演説は止まらない。

「君の言うとおり我ら指導者には常に責任が付きまとう。だがな、不確定な“理想”を念頭に置いて作戦を立て、その結果部下を犬死させた場合、その部下にどう謝罪する? 素直にごめんなさいと謝るのか」

「それは無いな、部下達の十字架を背負い、先に進むのみだ」

 御神楽は何かを反抗するように声のトーンを上げる。しかし、シルヴィアが一笑に付す。

「不可能だな、御神楽君。言っただろ、君は臆病者だと。一度想像してみろ、中央校舎の学生全員が自我崩壊を起こし、抜け殻となっている横で我ら兵学校舎の学生は普段通り授業を受けている。君はその光景に耐えられるのか」

 御神楽は胸が抉られたかのようにグッと前かがみになる。これまでも、ふとした瞬間によぎっているその最悪な予想。自分の全てが否定された未来を御神楽はこれまで考えないようにしていた。

 御神楽にダメージを与えたと見たシルヴィアは笑みを深める。

「最初はな、御神楽君。何故君がこの校舎に学生の自由を与えろと今更訴えたのかが理解できなかったのだよ」

 だが、今なら分かる。そしてシルヴィアは声のトーンを落とす。

「学生に自由を与えることが本当に正しいのか判らなくなってしまったのだ」

「なっ!」

 御神楽が驚愕した。虚を突かれ、表情を崩してしまう。

「これは私の想像だが、今の自分が本当に正しいのか君は分からなくなっていた。それは当然だな、何故なら学園生に真実を話すわけにはいかないからだ。誰も相談できない。そして、時間だけが刻一刻と過ぎ去っていく。そしてある時、我らの校舎のやりすぎが問題視されているのを聞いた君は自分の正しさを確認するためにここに来た。それで合っているかな」

 御神楽は答えない。シルヴィアの言葉が重すぎて思考が停止していた。

「さて、話を戻そう。指導者は道を選択しなければならない。それも一番成功率が高く、未来において苦しむ人が最も少ない道を、だ。ゆえに私は自我崩壊が起きないよう学生の自由を奪い、権利を奪い、そして意思さえも奪う。何故ならその道が実験の成功と失敗との幅が最も少ないからだ。だから理想を頼りにし、All or Nothingの道を選ぶ御神楽君にこう言おう」

 そこで一拍区切ってたっぷりと間を持たし、言い放った。

「君は、間違っている」

 シルヴィア=イニシティブ。彼女のオリジナルは群雄割拠の時代に生まれおち、女でありながらも戦国時代を統一した覇者であった。オリジナルとクローンには何の関係もないとされているが今のシルヴィアを見ると、オリジナルの彼女はこのような気迫と信念で絶望的な状況から戦況をひっくり返してきたのだと思う。

 事実、途中まではこちらが優勢だったのにいつのまにか立場が逆転し、こちらが追い詰められている。

「……さすがだ。僕は君を甘く見ていた」

 目を閉じたくなるような現実を突き付けられながらも、しっかりと現実を見据えて対処するシルヴィアを称賛する。

「ほぅ、私を褒めるとは。どうやら君は根っからの臆病者ではないらしい。どうかな、君も私の意見に賛同してくれると嬉しいのだが」

 シルヴィアは晴れやかに笑う。その顔には勝ったという表情が浮かんでいた。

「……少し待て」

 そう言い、心を落ち着かせる。確かにシルヴィアの考え方には共感する部分がある。 だが、それを認めるわけにはいかない。

 物心がついた時にはすでに自分は学生会長であり、そして己がクローンだと知っていた。

 中央校舎の学生の表情を見て誓った信念――学生達に自由を与えると誓った。

 そしてその信念を実践していった結果、学生達が笑いあう今の中央校舎の姿がある。

 御神楽はそれを誇りに思い、この道が正しいのだと信じていた。しかし、それが今、この瞬間も足元から崩壊を始めている。

 だが、諦めるわけにはいかない。何かあるはずだ、現状を打開するための糸口が必ずある。

 沈黙の時が流れ、誰も動こうとしない。シルヴィアは余裕の表情で御神楽の返答を待ち、御神楽は目を閉じて模索する。

 ふと、御神楽は御園のことを思い出した。あれは御園が風紀委員として校舎内を循環している場面だった気がする。



「会長、お疲れ様です」

 学生会室を出たところで御神楽は御園と鉢合わせし、御園が頭を下げた。

「いや、そんなに気にしなくていい。そちらこそお疲れ様」

 手を振って頭を下げる必要はないとアピールした。

「しかし、お久しぶりですね。前回に会ったときはいつでしたっけ」

 御園が考え込むように唇に指をくわえる。

「そうだな、大体二週間ぐらいだ。お互い忙しかったからな」

 御神楽はその仕草にドキリとしながらも苦笑する。

「まっ、それもそうですね。私もようやく風紀委員が板に付いてきましたから」

 そう言って腰に手を当てて伸びをする。御神楽はふと疑問が口を衝いて出た。

「そういえば……えーと」

「剣崎坂御園ですよ」

 ニコニコと笑う顔が怖い。

「そういえば、剣崎坂君はあの場所で大丈夫か」

 風紀委員――それは学園の治安を守る委員会。その性質ゆえに暴動者や違反者を捕えるために相応の力が要求される。夢宮学園に存在する委員会の中で最も力が求められる委員会でもあった。

「それは大丈夫ですよ、私基本は受付や学内見回りなど陰の仕事ですし」

「それではつまらなくないか。風紀委員の華は違反者の取り押さえだろう」

 御神楽は御園に疑問を投げかける。人というのは何か見返りがないと動かないものだから。過酷な労働を強いられる環境の中で唯一の楽しみが取り押さえだと公言する輩もいるくらいだ。

 ゆえに御神楽は御園の意図が理解できなかった。

「そうですけど、私は私のできることをするだけです」

 あっさりと御園は御神楽の疑問を返す。

「ん? どういうことだ」

「私はこの学園が大好きです。この場所を守りたい、ですから私は私なりの方法で学園に貢献するだけです」

「自分なりの方法で、か」

 御園の言うことを咀嚼する。そのような考え方は御神楽にとって新鮮だった。

「なるほどな。見回り感謝する」

「はい、どういたしまして」



 そして、ついに御神楽が口を開いた。

「君にとって学園生とは……何だ?」

「そうだな、実験を成功させるために政府から与えられた使い捨ての駒だ。それ以上でもないしそれ以下でもないが、それがどうした?」

 その答えを聞き、御神楽は喉を鳴らした。

「ククク、なるほど。どうやら僕と君では理解し合えるはずがなかったのだな」

 笑いが止まらない。数学者が難解な問題に挑戦し、何年悩んでも解けなかったが実は簡単な公式で解けると分かった瞬間の気持ちが理解できた。

「シルヴィア君、僕と君では永遠に解り合えることがないだろう。何故なら、僕にとって学生は守るべき同胞だ。しかし、君とっての学生は単なる駒だ。根本的な考えから違っているのだから解り合えなくて当然だな。クククククク」

 拳を口に引き寄せ、コックリコックリと頷きながら笑う。

「ふむ……それで君はどうする」

 今度はシルヴィアが笑う。それは肉食獣のような獰猛な笑みだった。

「隣人と解り合えないならどちらか一方が消えるしかない。つまり君と僕、どちらかが会長の職を辞さなければこの問題は終わらないだろうな」

 冷徹な炎を宿した瞳でシルヴィアを睨みつける。

「はっはっは、ようやく闘う気になったか御神楽。私は嬉しいぞ」

 シルヴィアから発する威圧感がさらに増す。

「いいのかシルヴィア君、これまでの試合では僕が勝ち越しているが」

 挑発気味に言い放つ。だが、シルヴィアは気後れしなかった。

「御神楽君一つ言っておくが“試合”と“死合”とを同列に考えない方が良い」

「御忠告ありがとう。だがな、僕も死合を何度か経験しているから問題はない」

「そうか、なら安心だ」

 シルヴィアは鞭を取り出す。

「そういうことだ、全力で掛かってこい」

 御神楽も刀を鞘から取り出す。

 そして、時が止まった。



「そらっ!」

 御神楽はテーブルをシルヴィアめがけて蹴り飛ばし、時も置かずにカマイタチを放つ。

 真空の刃によりテーブルが真二つに切られるが、シルヴィアに当たることはなかった。

「悪運の強い奴だ」

 御神楽は舌打ちする。

「悪運が強くなければ生き残れないぞ」

 切られたテーブルの片方から鞭が伸びて御神楽の刀を絡め取る。

 刀を封じられた御神楽と鞭を操ったシルヴィアが再び対面する。

「その小さな体のどこにそんな力が隠されているのか知りたいな」

 シルヴィアは刀を引っ張りながら歯ぎしりした。

「それは色々と、な!」

 シルヴィアの呼吸を見計らい、腕の力を緩め、体勢を崩したところで思い切り引っ張る。

 刀は鞭の呪縛から解き放たれた。

 追撃のカマイタチを放とうとしたが、シルヴィアの手にある拳銃が御神楽の動作を直前で停止させる。

「次は私のターンだろう?」

 人を食ったかのような笑みでベレッタM92Fを構えた。

 御神楽は電気を操り、動体視力と反射神経とを脳を介さない別回路で繋ぐ。

 一発、二発と時には体をずらし、時には刀で弾いて直撃を避ける。

「ほう、やはりかわすか。なら、これはどうだ」

 パパン。

 一つの銃声に六つの弾。シルヴィアの恐るべきクイックドローが御神楽に牙をむく。

「ちっ」

 遮蔽物の無い状況を不利と悟った御神楽は左に跳び、本棚を掴む。

 本棚は壁に固定されていたのだが御神楽の強化した腕力により壁ごと引き抜いた。

「相変わらずの馬鹿力だな」

 シルヴィアの呆れたような感心したような呟きが聞こえた。

「褒め言葉として受け取っておこう」

 シルヴィアの眼前へと姿を躍らせ、カマイタチを放つ。

 それを屈みこんで避けたシルヴィアは弾を素手で掴み。

「やはり、これしかないようだな」

 そしてその弾をリロードした。

 御神楽がその不可解な動作に顔をしかめる。

「死ね、御神楽」

 そう言い放ち、ベレッタM92Fで撃った。

 御神楽は嫌な予感がし、先程までの避けと違い、右足で左足を蹴って無理矢理体勢を崩して大きく避けた。そしてその上をジグザグな軌道を描きながら弾が通り過ぎていく。

 あのままでは喰らっていたという予想に肝を冷やして御神楽が起き上った時、先ほどの弾が反転して自分めがけてホーミングを始めた。

 御神楽はその正体を突き止めるべく手の神経回路を電気で増幅させ、その弾を掴んだ。

 御神楽の手の上には真っ赤な弾に目とギザギザ歯が生えたシャークフェイスで御神楽の手に噛みつこうとしていた。

「生きている?」

 その馬鹿げた予想に御神楽は首を傾げる。

「ほぅ、よく分かったな。褒めてやろう」

 シルヴィアが称賛する。

「全く嬉しくない」

 そう言って御神楽はそれを投げ捨てた。地面にあたり、粉々に砕ける。

「無機物に命を吹き込んだのか」

 御神楽が警戒しながらシルヴィアに問い質す。

「その通り、私に触れた無機物はある程度の時間、命が吹き込まれるのさ」

 そう宣言し、手に持った鞭を御神楽に見せつける。その鞭は意思を持っているかのようにうねうねと動き回り、生理的嫌悪を引き起こさせた。

 その隙に鞭は御神楽の刀に巻き付き、刀を奪った。

 シルヴィアが高笑いをする。

「はっはっは。これで万策尽きたな。刀がなければ遠距離攻撃など出来やしまい」

 だが、御神楽はそんなことなどどこ吹く風というように。

「そんな能力なんて知らないぞ」

 と無表情に聞いた。

「切り札は隠しておくものだよ、御神楽君」

 シルヴィアが喜色満々に言い放つ。

 過去、御神楽はシルヴィアと対戦した時、その変幻自在な鞭とクイックドローを如何に掻い潜るか。それが出来たら御神楽の勝ちで出来なければシルヴィアの勝ち。そういうものだった。

「まあいいか」

 シルヴィアの隠された能力が明らかになったにも関わらずそう呟く。

 そして御神楽は空いた右手をシルヴィアに突き出した。

「今回は死合だ。生命の保証なんてする必要がないな」

 右半身を前面に押し出し、シルヴィアからは御神楽の右側しか見えなくなる。

「何をする気だ?」

 シルヴィアが燻し気な目で御神楽を眺める。

「なあに、御神楽は刀さえ封じれば遠距離攻撃が出来ないという先入観を打ち砕くだけだ。気をつけろ、痺れるぞ」

「なっ!」

 シルヴィアが御神楽の意図に気付いた時にはすでに遅かった。御神楽の右手から放たれた電流がシルヴィアの体を貫く。

 発射から着弾までの時間――零秒。

 御神楽はバチバチと帯電しているその手をシルヴィアに向けながら。

「切り札を隠しているのは君だけではないぞ」

 そう言い放った。

 御神楽圭一は他の発電系能力者と違い、遺伝子レベルでの組み換えが可能なほどの極技をもっている。その微細なコントロールが可能なゆえに希少能力者など強大な力を持つ者に対して五分の戦いに持ち込めることが出来た。しかし、誰が広めたのか分らないが、御神楽はその代償として最大許容量が著しく低くなり、放電できるのは己に触れている物体のみという妄言が広がっていた。だが、御神楽はその噂により敵が油断していた方が良いので積極的に止めたりしなかった。

「まさか君まで信じているのは予想外だった。もし知っていたのなら遮蔽物となるテーブルから出ようとしなかっただろうな」

 刀を取り戻した御神楽はシルヴィアを見下ろしながらぞんざいに言い放つ。

「ああしまった、会長辞任届のありかを聞くのを忘れていた」

 そう言ってピシャリと自分の頭を叩いた。

 辞任届を探していると、突然シルヴィアの口から咆哮のような雄叫びが聞こえた。

「み〜か〜ぐ〜ら〜!」

 その目は血走り、手負いの獣を連想させた。

「驚いたな、あれを喰らって立ち上がるか。ビニールなど絶縁体さえ焼き切る電圧だぞ」

 シルヴィアはヨロヨロとふらつく体を割れたテーブルで支えながら立ち上がる。

「殺してやる、殺してやるぞ! 御神楽ぁ!」

 そう叫びながら手に持ったベレッタM92Fで御神楽を撃とうとする。

「仕方ない」

 それに合わせて御神楽はカマイタチを放とうと構えた。

 お互いが攻撃する瞬間。

「は〜い、ストップストップ」

 人を小馬鹿にした雰囲気の声が二人の戦闘を中断させる。

 御神楽は刀を下し、声がした方を向く。

「立花君か」

 ドアの前にはにこやかに笑いながら後ろに手を組んでそして体を少し傾けたポーズで立っていた。

「そうそう。お互い言いたいことは言い尽くし、全力でぶつかりあったのだからもうお開きということで」

 次に手を合わせ、“お願い”というポーズを取る。

「……仕方ない」

 その仕草に毒気を抜かれた御神楽は刀を納刀する。刀が鞘に収まる際、キチンと微かな鍔鳴り音が鳴った。

 だが、もう一方はそういかない。スイッチの入ったシルヴィアは拳銃を納めようとせず、突然の乱入者である柚に向かって。

「邪魔するな!」

 命を吹き込まれた二発の弾がホーミングしながら柚へと向かっていく。

「全くもう」

 後ろから鈴花が現れ、背中の羽根で弾を異次元へと跳ばす。

「立花君、シルヴィア君をあの鎖で取り押さえてくれないか」

 弾を放つシルヴィアとそれをガードする柚と鈴花。すっかり蚊帳の底へと置かれた御神楽が柚に聞く。

「あ〜、多分無理。私の鎖は無機物だからシルヴィア先輩の超能力とすっごい相性が悪い」

 柚が頬を掻きながら目をそらした。御神楽は鈴花へと目を向ける。

「次元の狭間に跳ばして良いのなら」

 ボソボソと小さな声でそう呟く。その返答に御神楽は少しため息をつき。

「仕方ない」

 そう言って抜刀した。

「どうした! 天使や悪魔といえどもこの私一人倒せないのか!」

 シルヴィアは二人との闘いに夢中で御神楽を警戒していない。

 御神楽はスッとシルヴィアの後ろへ忍び寄り。

 雷光獅炎流――雷鳴閃

 シルヴィアの耳元で抜き身の刀を神速の速さで納刀した。

 ギャキキ。刀と鞘が当たることによって引き起こされる不協和音が辺りに響いた。

 遠くにいる柚や鈴花さえも顔をしかめて耳を防いでいる始末。それを耳元でくらったシルヴィアは。

「がっ……ぐっ!」

 三半規管を麻痺されて体が斜めに傾いでいき、ついには床へ横倒しとなった。

「ふう」

 御神楽は一仕事終えたかの様にほっと一息。

「会長、あんな技を使うより頸動脈を押さえるなり首筋を叩いたりしてもっと穏便に済ませられなかったの?」

 まだ痛みが残っているらしい。柚は耳を摩りながら御神楽に文句を言う。

「そう言ってもな、シルヴィア君は軍人だ。人体の急所を狙った攻撃に対しては条件反射によってずらされてしまうからこれが一番だったと僕は思うが」

 御神楽が今回の技を使った理由を説明する。

「それでも〜」

 柚は頬を膨らませて不服そうだ。

 御神楽はそれを尻目にしながら一言。

「帰るぞ」

 と、だけ告げ、学生会室を出ていった。



「立花君。ちょうど良かった」

 廊下を歩いていた時、巡回中の柚を見つけたので呼び止める。

 柚は御神楽が手に持っていた二通の封筒を見つけた。

「会長、それは何ですか」

 封筒を指差しながら御神楽に聞く。

「ああこれか、先日の兵学校舎のシルヴィア君からの便りだ」

 シルヴィアの名を聞いた時、あの出来事を思い出して柚がビクリと肩を竦ませた。

 それに御神楽が苦笑して。

「そんなに身構えなくていい。賠償とか糾弾とかそんな物騒な類ではないから」

「そうですか」

 ほっと安堵のため息を漏らす。

「で、内容は一体何ですか」

「内容を要約すると僕に対しての再戦の挑戦状。『次は負けないぞ』とか書かれていた。そして、これは君宛だ」

 そう言って一つの封筒を手渡した。柚はその場で開けて中身を確かめる。

「何て書かれていた?」

 一通り読み終えたと判断した御神楽聞く。すると柚は複雑そうな表情を向けて。

「私が倒したあの兵学校舎の精鋭からの挑戦状。『前回の戦いで君の弱点が分かった。次は必ず我らが勝つ』との内容」

「ククク。彼らは本当に戦いが好きなのだな」

 御神楽は含み笑いを行う。

「ええ、もう戦闘狂の域ですよ」

 不満そうに御神楽へと同意した。

「あ、会長」

 突然後ろから声をかけられる。

 その高すぎず低すぎず、速すぎず遅すぎない普通の声の持ち主は。

「ああ、山中君か」

 と言って振り向く。すると声をかけた少女は怒り出し。

「誰ですか? 山中とは一体誰なのですか? いいですか私の名は」

「剣崎坂御園だろ」

 先手を打って御神楽が答えた。驚いている御園に向かって。

「冗談だ。君の名を忘れるはずがない」

 そう微笑みかけた。

 そして、御神楽は御園の肩にかけられた腕章に目を止める。

「おや、それは」

 御園は待っていましたと言わんばかりに胸を張って。

「見て下さい、“風紀委員長”です。委員会に入って僅か一ヶ月で風紀委員長。これはもう快挙でしょ」

 御園は嬉しいのか今にも小躍りしそうだ。

 御神楽はそれを見ながら思いを馳せる。

 彼女は普通だ。能力も知識もこれといった特色のない学生だろう。

 だが、彼女は当たり前のことを当たり前に出来る才能を持っていた。

 事実、ここ最近の治安は非常に良く、風紀委員が心おきなく働いているからだと思う。

 その原動力になったのが目の前の少女。

「ん、私の顔に何か付いていますか?」

 そう言って自分の顔を触り始める。

 その様子を見ながら御神楽は微笑んで。

「いや、何でもない。風紀委員長就任おめでとう」

 何をやっても“平凡”なことしか出来なかった彼女はわずかな期間の間で風紀委員長に就任するという“非凡”を成し遂げた。

 その功績を称えて御神楽は御園の頭を撫でた。

 すると御園は目をパチパチし、そして次に顔を真っ赤に染めた。

「どうした? 顔が真っ赤だぞ」

 そう言って御園の顔を覗き込もうとすると。

「き、きゃああああああ!」

 絶叫を残し、脱兎のごとく走り去っていった。

「一体どうしたのだ」

 御神楽は首を捻っていた。

 するとそこにひょっこりと柚が顔を出す。

「あ〜あ、会長。ついにやってしまいましたね」

 柚が呆れ声を出す。

「ん? 何が、僕は何もしていないぞ」

 まじまじと柚を見る。すると柚は。

「御神楽会長は誰が好きなのですか」

 と質問してきた。普段と違い真面目な目をしている。ゆえに御神楽は真剣に考え、絞り出した答えが。

「僕は学園生全員が大好きだぞ」

 とてつもなく朴念仁な答えに柚がますます変なものを見るような目を御神楽に向けて。

「……会長を好きになった女性って大変ですよね」

 と小さく呟いた。

「何故?」

 最高の答えを出したのに褒めるどころか呆れられてしまったことに御神楽は首を捻った。



 学生会室で一人書類の山と格闘している御神楽はふと手を止め、いつものように頭に電流を流して休憩しようとする。だが……

「少し乱れているな」

 己の発電回路の調子が悪いことに気付いた。

「仕方がない、久しぶりに寝るか」

 こういう日は月に何度かある。その時は睡眠という手段をとれば調子が戻ることを御神楽は知っていた。

 すでに緊急を要する重要な案件はあらかた終わらせている。

 残りは明日に回しても大丈夫だろうと推測する。

 机をつなぎ合わせて備え付けの毛布を被り、本にタオルを巻いてまくら代わりとする。

 横になって、ウトウトと浅い眠りに就き始めると御神楽は今回のシルヴィアとの話し合いについて思い出し、こう総評した。

「今回は失敗したな」




 最後まで読んで下さった方々に無量の感謝を。

 ありがとうございました。

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