7、俺のもの
後日。ギルベルトが悪魔祓いした男性は、彼の言いつけ通りオルバース領の最北に位置する修道院の門前に金貨がたっぷりと入った麻袋を置いていったそうだ。
「これで、しばらくの間は大丈夫だな」
クリークたちに乗ってオルバース領以外の土地を見回っていると、幽霊を見える人間にも遭遇し、城で働かないかと勧誘し続けている。やはり普段見えないものが見えると、生活や人間関係にも支障をきたすのか、誘われた人間はけっこう承諾してくれる。お陰で料理人や庭師など、生きている人間が城に増えてくれて、幽霊たちも嬉しそうだった。
「アンネ、ここの隅が汚れているわ。ニキ! そんな泥だらけの格好で屋敷に上がってこないで!」
(マルガもすっかりメイド長ね)
次々と雇われる新人たちをどの職に就かせるか、エリーゼはバゼルやパウリーネの他にマルガの意見も大いに参考にするようになった。それだけ彼女はもはやこの城になくてはならない存在だ。もちろん、それは他の人間や幽霊たちにも言える。
「エリーゼ。今暇か?」
「今ですか? はい。何かご用ですか?」
執務室にいたはずのギルベルトに声をかけられ、エリーゼは椅子から立ち上がる。ちょうど帳簿の確認が終わったところだった。
「少し散歩に行かないか」
「ええ、いいですよ。でも、クリークたち、今の時間帯はお昼寝をしている最中なのでは?」
彼らは昼は寝ていることが多く、夜に長く散歩の時間を取ることが多かった。
「いや。クリークたちの散歩じゃない」
「では馬に乗って?」
ギルベルトは少し笑った。
「庭を歩くのは散歩とは言わないのか?」
「あ、そちらでしたか」
てっきり犬たちや馬に乗って……と思っていたので、恥ずかしくなる。
「でも、ギルベルトと普通に庭を散歩するなんて、今までありませんでしたもの」
間違えるのも無理ないではないかと言い返してみる。
ギルベルトも自覚があったのか、それもそうだなと頷いた。
「だから、たまには普通のことをしてみようと思ったんだ。嫌か?」
「嫌なわけありません」
嬉しいです、とエリーゼはギルベルトの手を取った。彼は目を細めて、では行こうとエリーゼを庭へ誘った。
オルバース公爵家の庭は太陽の優しい光に照らされて――はおらず、今日も今日とてどんよりとした厚い雲に覆われていた。曇りとはいえ紫外線には常々気をつけるようマルガに言い含められているので、エリーゼは可愛らしいレースの傘を片手に散歩を楽しむ。
「庭師のニキが、太陽の光があまりなくても育つ花を植えて、公爵家を立派な花畑にしてみせるって意気込んでおりましたわ」
「ほぉ。それは楽しみだな。そういえば面接の時、地獄の植物に興味があると言っていた。今度持ってきてやろうか」
「それは……一度マルガに相談した方がよろしいかと……」
「女主人はお前だ。お前が育てたい、見たいと言えば、マルガも従うはずだ」
そうでなければ許さない、と遠回しに言われた気がして、エリーゼは眉を下げて微笑む。
「わかっています。でも、やっぱり一緒に暮らしていくなら、他の人たちの意見も聞いておきたいのです」
「……お前は優しいな」
優しいのだろうか。ギルベルトの足が止まり、エリーゼの手を取った。
「ギルベルト?」
「エリーゼ。まだ、死んだ母親に会いたいか?」
エリーゼはどきりとした。
「もしかして……会う方法が見つかったのですか?」
「そうだ、と言ったらどうする?」
エリーゼは頭をガンと殴られたような衝撃を受ける。以前ギルベルトは降霊術は難しいと言っていた。エリーゼの母親である魂をこの世に呼び出すには時間がかかるとも。だからエリーゼは方法が見つかる間、ギルベルトの婚約者として振る舞うことを決めたのだ。
(でもお母様に会えるのなら、もうギルベルトの婚約者でいる必要はない?)
そう考えたとたん、泣きそうな気持ちになり、胸が痛くなった。
(だめよ、エリーゼ。我儘を言っては)
そうだ。母に会えるのなら、死んでもいいと思っていたじゃないか。
今までが夢みたいなものだったのだ。
(きちんとお別れして、今までのお礼を、言わなくちゃ……)
バゼルやパウリーネ、幽霊たちにもお礼を伝えなくてはいけない。
マルガや新しく来てくれた人たちにも……。
「あの、ギルベルト、わたし……」
ありがとう、とお礼を言って別れを告げなければならないのに、エリーゼの唇は震えて、言葉が出てこなかった。どうして、と焦る。最後くらい、きちんとしたいのに。
「エリーゼ」
ふわりと慣れ親しんだ香りと温もりに包まれる。エリーゼはギルベルトに抱きしめられていた。彼はエリーゼを優しく抱き寄せながら、静かに問いかける。
「なぁ、エリーゼ。今のお前の、嘘偽りない気持ちを俺は知りたい」
教えてくれないか? と優しい笑みと共に問われ、エリーゼはもう我慢できなかった。
「わたし……あんなにお母様に会いたいと思っていたのに……会えるなら、死んでも構わないと思っていたはずなのに……今は、そうじゃないんです」
「もう母親には会いたくないのか?」
首を横に振る。会えるのならば、会いたい。今も恋しい気持ちはもちろんある。でも。
「わたしの命と引き換えに会おうと思うと、躊躇いが生じるんです。わたしはまだ……生きていたい」
マルガやパウリーネたちとお菓子やドレスのことで楽しくお喋りしたい。もっとこの城を、オルバース領を賑やかにしたい。クリークたちにも乗って、いろんなところを駆け巡ってみたい。まだ知りたいことや、やりたいことがたくさんある。
(もっと――)
「ギルベルト。あなたと、一緒にいたいのです」
だから母に会うことは望めない。まだ死にたくない。
「ごめんなさい。約束を破ってしまって」
眦から涙が溢れて、頬を伝う。その涙をギルベルトの指先が拭い、唇がそっと触れた。額や頬にも触れるような口づけが落とされ、エリーゼはきゅっと目を瞑った。
「お前からその言葉が聞けて、よかった」
目を開けると、少年のように嬉しそうに笑みを浮かべるギルベルトの顔があった。
「ギルベルト……怒って、いないのですか?」
「怒るはずがない。お前は、死者の魂を望むより、今を生きることを選んだのだから」
嬉しいんだ、と彼はエリーゼの頬を大きな掌で包み込むと、頬をすり寄せた。
「ギルベルト……」
彼が本気で嬉しがっているのが伝わってきて、エリーゼは胸がいっぱいになる。何も言えないまま涙をぽろぽろ零して、くしゃりと笑った。
彼女のそんな表情を見てギルベルトが耳元で囁く。
「エリーゼ。婚約者としての証を、お前に刻みたい」
「えっ?」
婚約者としての証を刻む?
「どういう、ことですか」
「お前のこの小さな手に、いや、細い首に……」
ギルベルトがエリーゼの手を取り口づけを落とし、首に視線をやった。
「俺のものだという印を付けたいんだ」
「印を……刻む……それって、痛いのですか?」
ギルベルトがくすりと笑い、いいやと答えた。
「少しチクリとするくらいで、刻まれたあとも痛みはない。結婚するまでの間で、もしお前に何かあった時のために……そうだな、例えばお前の血が印に触れた時、俺に異変を伝えてくれる」
「……なら、いいですよ」
あっさりとエリーゼが許可したことでギルベルトは目を丸くした。
「本当にいいのか?」
「いいですよ。……なぜ驚くのですか。あなたが言い出したことでしょう。いいですよ。やめてもいいんですよ」
「いや、やめない」
拗ねたエリーゼを真剣な顔で止めて、ギルベルトはありがとうと律儀に礼を述べてくる。
いつになく真面目な態度にエリーゼも緊張してきた。
「で、どこになら付けていいんだ?」
「えっと……どこでもいいですけれど……ギルベルトの、刻みたい場所に……」
「首でもいいのか?」
「……ごめんなさい。やっぱり首は恥ずかしいので、掌にしておいてもらえると助かります」
印がどういったものかはまだわからないが、ドレスを着る際など、見られるだろう。マルガに見つかったら絶対に小言を言われるだろうし、誰かに見られてしまう可能性も考えれば、首はやはり恥ずかしかった。
「わかった。じゃあ、掌でいいか? 手袋などすれば、そう簡単には見えないだろう」
「そう、ですね。はい。では、掌でお願いします」
ギルベルトはエリーゼの左手に唇を寄せ、そっと口づけを落とした。
刹那、針に刺されたような小さな痛みに襲われる。
「できた」
「もう、ですか」
「ああ」
ほら、と言うように手の甲をひっくり返されて、掌を確認させられた。
赤い刻印は、薔薇の模様に見えた。
「……なんだか、お洒落ですね」
「これでお前は、俺の婚約者だ」
低い声で告げられた宣言に、エリーゼはなぜか頬が熱くなる。
掌にもじんわりとした熱を感じ、隠すように胸の前で握りしめた。
「ど、どうして突然こんなことを言い出したのですか?」
「突然じゃない。ずっと前から考えていた」
初耳だった。
「身体の一部に印を刻むということは、女性側からすれば、重い覚悟を伴うだろう。だからお前の意思を今一度きちんと確かめておきたかったんだ」
「……もしわたしが、母に会いたいと言ったら……死んでも構わないと言ったら、どうしていたのですか?」
ギルベルトが片眉を上げた。面倒な女と思われただろうか。
「その時は死なないよう会わせるに決まっているだろうが」
何を馬鹿なことを、当たり前のことを訊くのだと言いたげなギルベルトの態度に、エリーゼは待ってくださいと確認する。
「では、別にわたしの命を差し出さなくとも、ギルベルトはお母様に会わせてくれるつもりだったのですか?」
「そのつもりだが?」
(そんな!)
「……お前、俺が婚約者の命と引き換えに願いを叶える、そんな血も涙もない男だと思っていたのか?」
「だ、だって、降霊術ってすごく大変だってギルベルトが言っていたから、だからわたしの命を上げるくらいしないと対価としてつり合わないと思って……」
「他の人間はそうだが、お前は別だ」
「そ、そんな……ではさっき、なんであんな尋ねた方をしたのですか」
今まで見たこともない深刻な顔で問われれば、今生に別れを告げる準備はできているかと考えるに決まっている。
「それは単に、今のお前の気持ちを知りたかっただけだ」
「紛らわしいです!」
「そう怒るな。だが、俺に命を取られないとすると……母親に会いたいか?」
エリーゼは一瞬口を噤んで、答えた。
「いいえ。もう、いいのです」
「遠慮するな」
違います、とエリーゼは困ったように微笑んだ。
「あの時は追いつめられていたせいでもあるんですが……周りがよく見えていませんでした。……死んだ人をこの世に呼び戻すことは、やはりしてはいけないことだと、今は思うのです」
母がこの世ではない遠い場所で眠っているのならば、そっとしておこう。
それが自然の道理だとエリーゼは改めて思う。
「それに、わざわざ呼び出して確かめずとも、母はわたしのことを愛しています」
母は姉のローデリカや他の兄姉たちのことも、とても可愛がっていたという。
きっとエリーゼのことも同じように愛していたはずだ。
「だから、その願いはもういいのです」
「……そうか」
「はい。ギルベルトには、いろいろとご迷惑をおかけしました」
「いや、いいんだ。お前の言う通り、母親はお前のことを愛していただろう」
「……ギルベルトのお義母様も、そうでしたか?」
家族のことを訊かれて、ギルベルトは意外だったのか、何度か目を瞬いた。
もしかして訊いてはいけなかったかと後悔しかけたが、彼は「ああ」と当時を思い出すように表情をいくらか和らげた。
「厳しい人だったし、父に対しては蠅でも見るかのような眼差しで接していたが、俺やパウリーネたちには心がこもっていた」
(息子であるギルベルトのことは、愛していらしたのね……悪魔の心まで奪ってしまった女性……どんな人だったのかしら)
隣国の王女だったと言っていたので、気品ある美しい人だったに違いない。
容姿だけでなく、心までも。だって悪魔が惚れるくらいのだから。
(これからもギルベルトの婚約者であるのだから、今一度、きちんとお墓参りしたいわ)
そこで、エリーゼは自分の家族にも思い至った。
(わたしも、そろそろ家族と向き合わなくちゃ)
今まで目を逸らし続けていたが、ギルベルトと生きると決めたのならば、やはり正式な手続きを踏んで、きちんと妻になりたい。
「エリーゼ?」
「ギルベルト。王家と連絡を取ることは、可能ですか?」
◆ ◆ ◆
オルバース城の地下へと続く階段を、足音を響かせながらギルベルトは下りていく。
『坊ちゃま』
「バゼル。お前はここまででいい。後は俺一人で行う」
『しかし……もし何かございましたら』
「その時はクリークたちを呼んで食わせる。心配するな」
強力な悪霊である場合、幽霊である彼らに害を及ぼしかねない。善良で害のない性質が悪に同化してしまうかもしれないのだ。そうなったら、ギルベルトは手を下さねばならない。今まで世話になった彼らが消えるのは後味が悪いし、何よりエリーゼが悲しむ顔を見たくない。
ギルベルトがそう言えば、バゼルは渋々納得した様子で承諾してくれた。
『かしこまりました。ですがどうぞ、くれぐれもお気をつけください。あなた様に何かあれば、私たち以上にエリーゼ様が悲しむでしょうから』
「わかっている」
ギルベルトは一人、地下室の扉を開けて入った。魔法陣を描きながらエリーゼと初めて会った頃のことを思い返す。
最初は生きているのにすでに死んだような顔をしていた。それがここへ来てから、ずいぶんと変わった。明るくなった。いや、元来彼女は明るい性格だったのだろう。あんな離宮で暮らすことを強いられていても、誰かを憎んだりすることはなかったのだから。死んだ母親のことも、自分を愛してくれていると、疑うことなく信じて――
『あんな子ども、産まなきゃよかった!!』
金切り声で、エリーゼの母、ドロテアの魂は叫んだ。ギルベルトが降霊術により彼女の魂をこの世に呼び戻し、娘をどう思っているか訊いた答えだった。
『あの子を産んだせいで、わたくしは死んでしまった! あの子を産まなければ、エクスタイン国の国王に誰よりも愛された美しい王妃として、贅沢な暮らしを続けることができたのに! 王太子やローデリカ、他の子どもたちだけでよかったの。あの娘さえ産まなければ、わたくしは幸せでいられたのに!』
それがドロテアの本心だった。
『だから死んでしばらくの間は、あの子が苦しむよう、そばで呪い続けたわ。わたくしが受けた分まで、苦しんでもがき苦しむようにって! 陛下たちにとことん嫌われて恨まれろって! だって当然でしょう。あの子のせいでわたくしは――』
「もういい」
ギルベルトはその魂を地獄へ送り返した。今まで天界を中心に探していたので、探すのに時間がかかった。ドロテアは死後、地獄へ堕ちていた。詳しく調べると、とても清廉潔白な王妃とは言い難い生涯を送っていた。
婚約者候補として挙がっていた他の令嬢たちに嫌がらせをして蹴落としたり、結婚後も夫である国王の目を盗んで王弟と背徳行為に溺れたりと……決してばれぬよう、慈悲深い王妃の仮面を被り続けながら、裏ではやりたい放題していたのだから、大した女だ。
「生きる価値のない人間だったな」
ギルベルトは未来が見える悪魔を呼び出して、ドロテアが生きていた「もしも」を見た。
無事に一命をとりとめたドロテアは、やはりエリーゼを大切にしなかった。彼女を産んだせいで死にかけて、体調もなかなかよくならず、完璧だった身体の線も崩れて、国一番と謳われた美貌も衰えて、最愛の王弟も他の女と結婚して……すべてエリーゼのせいだと決めつけて、愛そうとしなかったのだ。そして、国王やローデリカ、他の醜悪な人間と共にエリーゼを冷遇し、離宮に監禁して、年の離れた、好色な醜男に嫁がせようとした。
実の娘だというのに、血も涙もない母親。
それがドロテアが生きていた場合の姿だった。
「貴様など、死んで当然だ」
エリーゼを傷つけるしか能がない人間は地獄行きが相応しい。
永遠に苦しみ続けろ。――いや、自分が苦しめてやろう。
(エリーゼ……)
ギルベルトは血の臭いでむせ返る地下牢を後にして、予めバゼルに用意させていた浴槽で血の臭いを洗い落とす。腕に鼻を寄せて落ちたかどうか確かめるが、よくわからない。
(出会った時、エリーゼも血塗れだったな)
儀式用に用いる血は普通動物――雌鶏を使用する。しかしその時のエリーゼは自分の血を代用した。自分の身体を傷つけて、亡くなった母親に会おうとしたのだ。もし、エリーゼが間違えることなく降霊術を成功させていれば、あの母親とも思いたくない女はギルベルトに言ったことをエリーゼに向かって叫んだだろう。
そしてエリーゼの壊れかけた心は、粉々に砕け散って、もう二度と元に戻らなかった。
(反吐がする)
ざばりと音を立てて浴槽から出る。ぽたぽたと水滴を浴室に落としながら、用意してあったタオルで乱雑に髪の毛を拭いていると、鏡に映る自分の姿に目を留めた。
爛々と輝く赤い瞳。
人ではない証。悪魔の子ども。
でも人間の血も引いた中途半端な存在。
こんな自分を彼女は――
『ギルベルト。わたし、これからもあなたの婚約者でいます。あなたと、一緒に生きたい』
半分悪魔の自分を婚約者として受け入れて、王家と向き合うことまで決めた。
『みんなに認めてもらって、ギルベルトの隣にきちんと立ちたいのです』
エリーゼ自身もわかっているはずだ。家族に自分が愛されていないことを。また会えば、傷つくことになることも。それでも彼女は会おうとしている。ギルベルトの未来のために。
あるいはまだ、信じたいのかもしれない。
急にいなくなったことで自分を心配して、今までの仕打ちを反省して、家族として受け入れてくれることを。家族としての情を捨て切れていない。
その可能性に思い至ったギルベルトは、気づけば気配を殺してエリーゼの部屋に侵入していた。今夜は事前に会う約束はしていなかったので、室内は暗く、エリーゼも物音に気づかぬままぐっすりと寝入っていた。寝台の縁に座り、彼女の寝顔を見下ろす。
「う……クリーク……それは食べちゃ、だめなやつ……マルガ、まって……幽霊たちにそのモップを渡して……」
いったいどんな夢を見ているのか。夢の中でも彼女は大変そうで、ギルベルトはくすりと笑って柔らかな頬を手の甲でそっと撫でた。
「ん……ギルベルト……わたし、頑張り、ますから……」
ふにゃりと笑った彼女に、気づけばギルベルトは身を屈めて口づけしていた。
唇にしたかったが、それは結婚式がいいだろうと、口の端にした自分を褒めてやりたい。
「エリーゼ……早く堕ちてこい……」
俺はお前のすべてが欲しい。
自分もあの忌まわしい父親と同じだと思いながら、それでもいいと思った。エリーゼを傷つけた者に報復するためならば、どんな悪人になってもいい。悪に染まっていなければ、やつらに彼女と同じ報いを受けさせることなどできないのだから。




