6、夜のデート?
その夜。マルガが退出すると、エリーゼは寝台からそっと抜け出して、自分でも脱ぎ着できるドレスに着替える。
ちなみにマルガがやってきてからというものの、エリーゼの身支度は彼女が請け負うようになった。
忙しい時は以前と変わらずパウリーネが手伝ってくれるが、百年以上生きている彼女だとどうしても一昔前の髪型になったりして少し古臭くなってしまうので、パウリーネ自身がマルガに任せたのだ。
任せられたマルガは「私もそんなお洒落な方ではないのですが……」と困った顔をしていたが、流行を学ぶべく雑誌などを取り寄せて必死で勉強していた。
(変なところは、ないかしら)
鏡でおかしなところがないか入念に確認する。
ふと、自分の表情が以前より明るくなったように思った。
(頬もふっくらして、少し太った……いえ、健康的になったのね)
離宮にいた頃の自分とは別人だ。あの時鏡に映った自分は、生きているのにまるで死んでいるようで、覇気がなかった。環境が変われば、こうも人間は変わるのだ。
エリーゼが感慨深く思っていると、コツンという音が聞こえた。ギルベルトが来たのだろうかと扉の方へ目を向けるが、音は窓際から聞こえた。
もしかして、と重厚なカーテンを開けて、エリーゼは目を瞠った。
「まぁ、ギルベルト!」
「こんばんは、我が婚約者殿」
真夜中の訪問者は昼間約束したギルベルトであった。まさか外から訪れるとは思わず、エリーゼは窓を開けるなり、どうして外から来たのか尋ねた。
「マルガに見つからないように、と言っただろう? それにこちらの方が喜ぶのではないかと思ってな」
「驚きましたけれど、喜ぶのは……」
(でも、何だかロマンチックかも)
小説にも敵対する関係に当たる男女が恋心を抑えきれず、夜中に男性がこっそりと女性の屋敷に忍び込んで窓から呼びかけるシーンがあったのだ。
(まさかギルベルトはそれを参考にして……?)
「屋根にクリークたちを待機させている。早く来い」
単に犬たちを呼んだついでの行動だっただけのようだ。まぁ、いいかとエリーゼが差し出されたギルベルトの手を取ると、彼はひょいとエリーゼを抱き上げて外へ出そうとする。
(いえ、ちょっと待って)
「ギ、ギルベルト、あなた、どうやってここまで来たのですか」
暗くてよく見えないが、窓の外に足の踏み場はほぼ――バランスを上手く取れば辛うじて立っていられるような窓枠の出っ張りしかない。エリーゼの部屋は三階で、打ちどころが悪ければ最悪……いや、落ちれば普通に死んでしまう高さだった。
「どうって……壁に手をついて、この細い足場を歩きながら――あ、おい、しっかりしろ」
気を失いそうになるエリーゼを抱きしめながら、ギルベルトが上に向かって言った。
「クリーク、フランメ、アレス! 来てくれ!」
飼い主の呼びかけに応じて、屋根から犬たちが下りてきた。黒い翼をはためかせ、ギルベルトの真横で留まる。
「ふむ。クリークたちに乗って、呼べばよかったな」
「今度からは、ぜひそうしてください……」
いくらギルベルトの運動神経が驚異的であっても、毎回綱渡りするような真似をされるとこちらの寿命が縮んでいく。……と、そんなやり取りはあったものの、何とか犬たちの背中に乗り、無事に出立することができた。
「どこへ行くんですか? オルバース領ですか? それとも他の領地に?」
こんな夜中ではさすがに通りに人が出ているとは思わないが……。
「そうだな。とりあえず墓地にでも行くか」
「ぼ、墓地!?」
予想外の場所にエリーゼはぎょっとする。
そして逢引のようなだと密かにときめいていた気持ちがすっかり喪失してしまった。
(……いえ、これは公爵家未来のために必要なこと)
自分から役に立ちたいと言い出したことではないか。
エリーゼは浮かれていた己を叱咤し、頭を切り替えた。
「わかりました。墓地ですね。ドーンと来いです! はりきって行きましょう!」
「思っていた反応と違うが、威勢がいいな」
この場にマルガがいれば「エリーゼ様、もっと声を大にしておかしいとおっしゃるべきです!」と言ってくれただろうが、城で留守番中だったので指摘する者は誰もおらず、代わりにクリークたちが遠吠えを上げてエリーゼの熱意を応援するのだった。
◇ ◇ ◇
(うわぁ……本当にお墓がいっぱいだわ)
オルバース領から少し出たところに小さな教会が見え、ギルベルトはそこにある墓地に目を付けたようだ。ちょうど雲間から月が見えて、ズラリと規則正しく並ぶ墓の光景が上からよく見えた。
「下りるぞ」
「うう、はい。……あれ、そちらに行くのですか」
てっきり墓地に下りるかと思えば、ギルベルトは教会の屋根に着地した。
「教会の方たちにばれてはまずいのでは?」
「別にばれてもいいさ」
その笑みが何だか悪いことを考えているように見えて気になったが、ひとまず見守ることにした。犬たちにしばらく待つよう命じると、ギルベルトはエリーゼを当たり前のように抱き上げて、教会の扉前に着地するよう飛び降りた。
「……以前から思っていましたが、ギルベルトって身体が浮いたりします?」
着地前に浮遊感に襲われるのだ。だいたいあの高さから躊躇なく飛び降りて涼しい顔をしているのも……並の人間の身体能力にしてはおかしい。
「生身の人間と接することが今までなかったから気づかなかったが、そうらしいな」
他人事のように言うので呆れてしまう。
(人前では見せないよう、わたしが見張っておかなきゃ!)
なにせ自分は彼の婚約者なのだから……と思ったところで、気恥ずかしくなる。
「エリーゼ」
「は、はい」
しっ、と唇に手を当てて、ギルベルトが抑えた声で指示する。
「俺が先に入るから、お前は中の人物に気づかれないよう頃合いを見計らって入れ。入ったら、椅子の後ろにでも隠れていろ」
「え、それって、どういう……」
行くぞ、とそれ以上の説明はせず、ギルベルトは重厚な木の扉を開けて教会の中へ入っていった。
「これはこれは。声が聞こえて地上へ降り立ってみれば、迷える子羊が嘆き悲しんでいるではないか」
突然朗々とした声で話し始めたギルベルトに、エリーゼは驚く。
そしてそれはエリーゼだけではなかった。
「だ、誰だ!?」
中には人がいた。
(え、司祭様?)
身なりからして、教会に属する人間のようだった。
彼は突然現れたギルベルトの姿に驚愕しており、またよく見れば怯えを滲ませていた。
「誰か、だと聞いたな。そうだな。今、お前が心の中で救いを求めている者になれるかもしれん」
「ま、まさか、天の使いだとでも言うのか?」
(そんなまさか)
不審者だとは思わないのはここが神に祈る場所であるからだろうか。
ギルベルトは鷹揚に頷いてみせた。
「ああ、まさしくその通りだ。余はそなたの声を聞いて舞い降りてきた天の使いだ」
(ええっ!?)
「おお……」
(いや、おおっ、じゃなくて! 彼は人間と悪魔のハーフです。そう簡単に騙されないで!)
ギルベルトもいったい何を考えているのだ。
一人称や口調まで変えて、ゆっくりと男性のもとまで歩いて行く。
「いや、待て。そう簡単に天の使いが現れるはずがない」
一瞬雰囲気に呑まれかけた男性も冷静さを取り戻したのか、怪しむ目つきでギルベルトから距離を取ろうとする。
エリーゼは男性の視線がギルベルトに釘付けなのを確認すると、そっと中へ入った。
しかし暗くてよく見えず、うっかり長椅子に足をぶつけて物音を立ててしまう。
「誰だっ!」
(わわっ。どうしよう!)
見つかってしまうと血の気が引くエリーゼを助けたのはギルベルトだった。
「そう声を荒らげるな。お前の心をかき乱す悪魔が様子を見に来たのだ」
ギルベルトは男性の顎に手をかけて、エリーゼの方を見ていた視線を自分の方へそっと戻す。……そのギルベルトの仕草が妙に色気があるせいか、相手は年老いた男性だというのに、エリーゼはドキドキしてしまった。それは男性も同じなのか、ぽっと頬を染めてギルベルトを見つめている。……ちょっと、気持ち悪い。
「そなたはここの司祭か?」
「は、はいっ」
司祭は魅了の術にでも陥ったかのように先ほどとは打って変わった様子で従順に頷き、丁寧な口調で訊いた。
「あの、あなた様はつい先ほど、悪魔とおっしゃいましたか?」
「ああ。敬虔なそなたを地獄へ落とそうとしている者がいるな? それが悪魔だ」
司祭は否定するかと思ったが、ギルベルトの言葉にどこか腑に落ちたような顔をして、絶望を露わにした。
「ああ、私はなんてことをしてしまったのだ……」
「司祭よ。そなたは悪魔をこの世に呼び出してしまったのだな?」
「魔が差してしまったのです」
「魔が差しただと? それだけで、あの大掛かりな術を行使したというのか?」
「それは……ええ、私の先ほどの言葉は間違いでございます。私はこの身をさらに高貴なものにしたいと欲をかき、悪魔の力を借りようとしたのでございます」
神に仕える信徒、聖職者が悪魔を頼ろうとするとは邪道もいいところである。
「なるほど。上昇志向を持つことは何も悪いことではない。だが何の努力もせず、願いを叶えようとするのは、そなたの神の教えに反するのではないか」
「ええ、ええ……おっしゃる通りでございます」
落ちくぼんだ目から男性はぼろぼろと涙を零し、自分の悲運を赤裸々に明かす。
エリーゼは聞いているうちに男性に呆れてしまい、すべて自業自得ではないかと思ったが、自分もまた降霊術と悪魔召喚を間違えた身である。
人間とは聖職者であろうと、もともとどうしようもない生き物なのかもしれない。
「私は今では悪魔の言いなり。このままでは身を滅ぼし、死後もやつに魂を奪われて、煉獄で甚振られ続ける道しかございません」
「よしよし。もう泣くな。私がそなたを助けてやろう」
「ほ、本当でございますか?」
まさしく神に縋るような眼差しを向けられ、ギルベルトは微笑する。
エリーゼの目には、見事獲物が罠にかかったかのような暗黒微笑に見えたが、男性にはまさしく神の如き慈悲深い笑みに見えたのだろう。
「ああ、どうか私をお助けください! 助けてくださるのならば、もう卑怯な真似をして出世しようなど考えません! 寄付金をちょろまかすような真似もいたしません! 誠心誠意、神にお仕えいたしま――うっ」
男性が突然自分の首元を押さえ始めた。まるで見えない何かに締め上げられているような苦悶の表情に、エリーゼはまさかギルベルトが何かしたのではないかと一瞬腰を浮かせた。しかしその時。
「動くな」
その命令は、エリーゼだけに発せられたものではなかった。
ステンドグラスから降り注ぐ月明かりに照らされたギルベルトがこちらを振り返り、赤い瞳が妖しく光った。
彼はやけに長く伸びた男性の影を足で踏んでおり、手を伸ばした。
何か掴んだようにも見えて、エリーゼが目を凝らすと、呻いていた男性が大きく咽た。
「ごほっ、ごほっ……いったい、何が」
「そなたは今、悪しき者に息の根を止められそうになっていたのだ」
(あれは、なに……?)
細く、黒い帯がギルベルトの手に握られていたと思ったが、それは蛇のようにうねり、次第に膨らんでいく。そして人型の、だが決して人ではない醜い生き物が現れた。
「そなたが改心するのを許せないからと、魂だけ抜き取って逃げようとしたのだろう」
「ひぃ……」
どうやらギルベルトに首根っこを押さえられているのが本物の「悪魔」という存在らしい。
「うっ、ぅつ、オレを、はなセ! オマエ、タダの、ニンゲンのくせ、がっ――」
悪魔は奇怪な鳴き声を上げて苦しみ始めた。赤子のようにも聞こえ、実に不気味で不快な気分にさせられる。
(ギルベルトと、全然違う……)
「これは低級悪魔だな」
「て、天の使いよ。どうか私をお救いください。その悪魔をやっつけてください」
「その前に、先ほどの誓い、違わぬな?」
「は、はい、もちろんでございます」
「他に何か、そなたの誠意を示すことはないか?」
え? と司祭は戸惑った表情をする。
だがギルベルトに微笑まれると、すぐにはっとした様子で述べる。
「私が悪魔の力によってなし得た財産を、すべてこの教会のために寄付します」
「教会にだけか?」
「で、では、貧しい者や、困っている者にも分け与えます」
「ああ、それはよい行いだ。しかし、他にはないのか?」
「ほ、他には……あっ、あなた様にも――」
「余は天から遣わされた身。そんなもの、必要ない」
そこはきっぱりと設定を守り、ギルベルトは首を振った。
苦しんでいる傍らの悪魔が何か文句を言うように暴れたが、司祭の目には入っていない。
「で、ですよね。では、どうすればいいのでしょうか。私の頭ではこれ以上の施しは思いつきません。どうかお教えください」
手を汲んで懇願されると、ギルベルトはコホンと咳払いする。
「そなたは教会を住処としているではないか。他の――運営がままならない教会や……そうだな、修道院にも、手を貸すべきではないか」
「はぁ」
「ここから西の土地、オルバース領の最北に、寂れた修道院がある。その門前に、そなたが差し出してもいいと思う額を麻袋に入れて、真夜中の時刻、誰にも見つからないよう置いておきなさい」
「……何だか、面倒な行いな気もしますが」
「人は面倒事を嫌うものだ。だがその手間こそ、神へと捧げる愛情の証。信仰の深さの証ではないか?」
「おお……」
もはやここまでくると、何でもありな気がした。
「この悪魔を、そなたの心から消滅させたいのだろう?」
その言葉が止めとなったようだ。司祭は覚悟を決めた表情で何度も頷いた。
「わかりました。神の使いであるあなた様の言う通りにいたします!」
「よし。それではそなたの心から悪を消し去ってやろう」
そう言い放つと、ギルベルトは悪魔を軽々と持ち上げ、耳元で何かを囁く。
その瞬間、悪魔が絶叫し、ピカッと光った。
「ひぃっ……」
男性だけじゃなくて椅子の後ろに屈んでいたエリーゼも小さく悲鳴を上げて目を瞑った。
「――エリーゼ。もう出てきていいぞ」
ギルベルトにそう言われても、エリーゼは怖くてしばしその場から動けなかった。ちょっぴり腰も抜けていた。
だがもう一度早く出て来いと言われると、恐る恐る這いずるようにして身廊へと出た。見たところ、悪魔の姿はもうなく、司祭もひっくり返って動かない。
「その人、死んでしまったのですか」
膝を震わせながら立ち上がり、エリーゼはびくびくしながらギルベルトのそばへ行った。
「いや。恐怖で気絶しているだけのようだ」
ギルベルトの言う通り、司祭は白目を剥いて気絶していた。悪魔に魂を奪われたようにも見えるが、出っ張った腹は上下に動いているので、生きてはいるみたいだ。
ついほっとすると、ギルベルトが男性に近づいて何かしようとするので、焦った。
「な、何するんですか」
「念押しだ。……いいか、お前は必ずオルバース領の最北の修道院、門前に金を置くのだ。でなければお前はまた悪魔に魂を狙われる。地獄へ堕ち、煉獄の炎で繰り返し、その身を焼かれることになるぞ。いいな」
ギルベルトが司祭の耳に唇を寄せ、低い声で言い聞かせると、司祭は白目を剥いた状態ながらぴくぴくと反応し、「はい。かならず、そうします……」と答えた。
「よし。これで用件は終了した。エリーゼ。帰るぞ」
エリーゼは何か言いたげな顔をしてギルベルトを見た。
「なんだ。その顔は」
「今のはいったい、どういうことですか」
「見た通り、悪魔祓いをしてやったのだ」
「確かに悪魔はどこかへ追いやったようですが……オルバース領の修道院に寄付をしろっていうのは……」
「悪魔払いをした報酬だ。こんな夜中にわざわざ訪れて、悪魔を退治してやったのだ。金をもらわなければ労力に見合わないだろう」
「その言い方だと、ギルベルトがもらうように聞こえますが」
「俺が受け取り、オルバース領のために役立てる。なに、その修道院は俺が手を貸さずとも、自分たちだけで経営できている。何も問題はない」
「……まさか今までこんなことをして収入を得ていたのですか?」
そうだ、とギルベルトはあっさり肯定する。
「まだ父が人間だった頃だ。クリークたちの夜の散歩に付き合っていると、たまたま悪魔の気配を感じて、『助けてくれ……』と悲鳴を上げる人間の声が聞こるんだ。訳を訊くと、悪魔に丸め込まれて地獄へ連れて行かれそうだから、困っていると言う。だから代わりに俺が追い払って、恩を売った。実入りがいいので、その後も続けることにしたんだ」
「悪魔が悪魔祓い……」
何とも言えない表情でエリーゼが見ると、ギルベルトは肩を竦めた。
「俺は半分人間だから、人間に肩入れしても問題あるまい」
「まぁ、確かに結果的に人助けにはなっていますけれど……」
「安心しろ。地獄に堕ちた方がましだと思う人間の助けは無視している。ああ、あと、報酬を支払わず、踏み倒したやつもだ」
(踏み倒されたこともあるのね……)
恩知らずというか、怖い者知らずというか……。
「助けても懲りずにまた悪魔召喚しているやつのこともな」
そう言って笑うギルベルトの顔は悪魔らしく、エリーゼは困った気持ちになった。
人間と同じ存在に見えて、そうではない一面もある。
ずいぶんと彼の人となりを知ったように思っていたが、まだまだだったようだ。
「それより、クリークたちもそろそろ待ちくたびれているだろうから、戻るぞ」
「そうですね」
司祭もいつ気絶から目を覚ますかわからないので、エリーゼたちは教会から出ることにした。
「――俺に幻滅したか?」
犬たちに乗っての帰り道。黙っているエリーゼに、ギルベルトが不意にそう切り出した。
「えっ、別にしていませんけれど、どうしてです?」
「お前の態度がそう見えた。……今も黙っているから、俺と話すのが嫌で、俺の存在が疎ましくなったのではないかと思った」
表情はわからないが、どこか思いつめたようにも聞こえ、エリーゼは驚いた。
「そんなこと、思うはずがありません。……黙っていたのは、何だか疲れてしまって……たぶん、初めてあなた以外の悪魔を見たり、人間の醜い欲を目の当たりにしてしまったからだと思います」
刺激が強すぎたのだ。
「ギルベルトが悪魔祓いをしていると聞いても、悪魔が悪魔祓いすることには少し違和感というか、おかしさは感じましたけれど……でも、よくよく考えてみると、小さい頃からそんなふうにして収入を得て、きちんと領地経営の資金にしているのですから、すごいなと思いました」
ギルベルトの母親は彼が幼い頃に亡くなり、父親も後を追ったという。残された彼は自分にできることで領地を切り盛りしてきたのだ。エリーゼが彼の立場だったら、絶望して何もできなかったと思う。
(ううん。できない、っていうより、ギルベルトはできるようにしなければならなかったんだわ)
前へ進むしかなかったのだ。そんなふうに考えると、彼を非難するような気持ちは一切わかなかった。むしろ尊敬する。
「あなたは、すごい人なのですね」
「過大評価しすぎな気もするが……悪く捉えていないなら、いい」
後ろから抱きしめているギルベルトの抱擁が強くなった。
(ギルベルトも不安になったりするのかな)
エリーゼは心配しなくていいと伝えたくて、お腹に回されている腕をそっと撫でた。
「それにわたし、もともと降霊術で母を呼び出そうとしていた王女ですよ? ギルベルトを恐れたりなんてしません。どちらかというと、あなたに呆れられる立場だと思います」
「俺がお前を呆れる? お前にはお前の願いがあったんだろう。それを嗤ったりはしない」
予想とは違って真面目に答えられる。
「ああ、でも呼び出されて今にも死にそうだったのは驚いたな。あと降霊術と悪魔召喚を間違えたこと。さらに幽霊たちの見た目に驚いて半分悪魔の俺に隠れたことや――」
「もういいです!」
やっぱり意地悪だ! とエリーゼが怒ると、ギルベルトはくすくす笑いながら、甘えるようにエリーゼの肩に顔を埋めてきた。少し密着しすぎな気もするが、マルガは今はいないし、たまにはいいかとエリーゼは見逃してあげることにした。何より――
「エリーゼ。お前といると、退屈しない」
ギルベルトからもっといろんな言葉をもらいたかった。
(やっぱりわたし、我儘になってる)
自分ばかりが欲しているだけではだめだ。彼にも何かしてあげたい。
そうした気持ちは、以前よりもずっと強くなっていた。




