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悪魔公爵の最愛 ~姉の引き立て役であるわたしが召喚したのは半分悪魔で未来の旦那様でした~  作者: 真白燈


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4/12

4、見た目をチェンジ!

 エリーゼの怒った顔を思い出しながら、ギルベルトはくすりと笑った。

 初めて自分を呼び出した時、彼女は城に住まう幽霊たちよりも生気のない顔で自分を見ていた。


「バゼル。いるか」

『はい。おります』


 執務室で椅子に腰かけていたギルベルトのそばに、スッとバゼルが現れる。


「王宮の様子はどうだ」

『坊ちゃまのご指摘通り、王家はエリーゼ様を闘病中と偽り、そのままにしております」

「つまり探そうともしていないわけだな」

『はい』

「クソみたいな連中だな」


 いつもなら口が悪うございます、とか何とか言うバゼルも、今回は何も言わない。彼もエリーゼのこれまでの扱いに腹を立てているのだろう。


 ギルベルトの父親は悪魔である。人間の身体を乗っ取って受肉したため力は半減されるが、悪魔としての力はきちんと受け継がれており、息子であるギルベルトも、悪魔として大抵のことはできた。


 エリーゼと初めて会った時に、彼女のこれまでの記憶を読み取り、彼女がどんな扱いを受けながら生活してきたのかも、しっかりと見てしまった。


 王家の人間がエリーゼの精神がおかしくなったと言って幽閉するつもりだったことも全部。


「ああいう連中はそのうちまた絶対にエリーゼにちょっかいをかけてくる。今は監視だけして、存分に泳がせておけ」

『かしこまりました。……一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか』

「何だ」

『坊ちゃまが王家の動向を監視する理由は、エリーゼ様のことを愛しているからでしょうか』

「愛している、か……」


 ギルベルトは両親のことを思った。


 幼い頃の曖昧な記憶の中で、父は事あるごとに母に愛していると告げていた。子どもが見ている前だろうがお構いなく、だ。そんな父を母は鬱陶しいとばかりにあしらって、ギルベルトには愛していると告げていた。それを見た父が子どものように嫉妬して……。


「今まで生きてきた俺が知っている『愛』とは、何が何でも相手を手に入れるために手段を選ばず、死んでもあの世まで追いかける、まさに執拗な想いだ。それをエリーゼに向ける感情と同じにしていいかは、少々疑問に思う」

『なるほど。ではまだ坊ちゃまは愛がどのようなものかわからないのですね』


 うんうん、と微笑ましいとばかり頷くバゼルを半目で見やりながら、反論するのもさらに面倒なことになると、聞き流し、こう言った。


「だがエリーゼを見ていると、何だか放っておけない気になるのは確かだ」


 母と同じ王女であるはずなのに、エリーゼは些細なことで礼を述べ、身分ある者ならば当然そうあるべき態度にも委縮しているところがある。


 そして先ほどみせた、まるで捨てないでくれと訴えるような寂しげな、子犬のような眼差し。ギルベルトは気づけば手を伸ばして、彼女の頭を撫でていた。何なら抱きしめたくなった。お前は一人ではないと言いたかった。


(俺がこんなふうに思うのも、彼女と契約しているからだろうか)


 悪魔召喚に応じると、契約者のことが特別に見える。……などとはっきり聞いたわけではないが、悪魔の中には人間に絆されたり、騙しているようで最後に一杯食わされたという話を父から聞かされたことがある。何かしらの情が生まれた結果だろう。


(まぁ、そんな悪い気はしないから別にいいか)


 生まれのせいか、なるようになる、というのがギルベルトのモットーだった。


「今まで散々な生活を送ってきたのならば、王都でのことは忘れて、うんと贅沢な、女王のような生活を送らせてやる。お前もそのつもりで仕えろ」

『はい、坊ちゃま!』


 満面の笑みで承諾したバゼルに、ギルベルトは面白がっていないか? と思ったものの、何も言わず残っている雑務を片付けることにした。


     ◇ ◇ ◇


「ギルベルト! ゆっくり、ゆっくりでお願いします!」

「俺じゃなくて、馬に頼んだらどうだ」


 エリーゼは初めて乗る馬上からの景色に生きた心地がしなかった。乗るだけならまだしも、ギルベルトはけっこうな速さで馬を走らせているのだ。振り落とされるのではないかと心臓がバクバクしている。


 城での案内が終わり、ギルベルトの仕事を手伝うことにも少しずつ慣れ始めて、エリーゼは彼と以前から約束していた外出の最中だ。ギルベルトの城から一番近い村へと向かっている。


「うう……」

「ほら、エリーゼ。着いたぞ」


 着いたと言っても、ここからは歩いて行くそうで、エリーゼはギルベルトに草の上に下ろしてもらった。


「はぁ……草木の匂いがしますね」

「田舎臭いってやつか?」

「そういうわけではないですけれど」


 だが王家では味わえない空気だ。


「オルバース領地って、こういうところなんですね」


 何と言うか……。


「何もないだろう」

「そんなばっさり……広大な土地があるじゃないですか。牧歌的な雰囲気で、とってもいいと思います!」

「牧歌的、ねぇ……」


 空はどんよりと曇っている。この地では天気が悪いことが多いそうだ。


(それに……気のせいかしら)


 先ほどから何だか言葉では上手く説明できない、嫌な感じがするのだ。


(いえ、わたしの気のせいよ! 病? は気からと言うし!)


「悪寒がしないか」

「えっ、どうしてですか」

「いや、なに。この土地は昔、土地の奪い合いで、大勢の人間の血が流れたらしい。恨みや怨恨に染まった悪霊がうようよその辺りを漂っていたからな」

「ひえっ……」


 エリーゼは思わずギルベルトの腕に縋ってしまった。


「ギ、ギルベルト、脅かすのはやめてください!」

「事実だ。安心しろ。害のある悪霊は地獄へ落としておいた」


 ギルベルトはお祓いのようなこともしているらしい。悪魔なのに。


「オルバース領地のこと、きちんと考えているんですね」

「なんだ。悪徳領主とでも思っていたのか」

「いえ、そういうわけではないんですけれど……他の霊たちと一緒に暮らしていましたから、放っておきそうだなと思って」

「悪霊は害のない霊たちにもよくない影響を与える。あいつらは代々仕えてくれているし、守ってやるのが城主としての義務だろう」


 へぇ、とエリーゼは霊にもいろいろ種類があるのだなと知った。そんなことを話しながら村を見てまわっていると、すれ違う村人が頭を下げてきた。見たところ老人が多く、若者や子どもの姿はあまり見かけなかった。率直に言えば、あまり活気のない村だった。


「他の村も、こんな感じなのでしょうか」

「ああ。オルバース領を地図で示した時、境界線をなぞるように深い森に覆われている。森には駆除しても次々悪霊が湧いて出てくる……外向きには、獣に襲われていることになっているが、悪霊のせいだな。若者は気味悪がって他の土地に仕事を求めて、そのまま帰って来ないことが多い」

「住民が他の土地に流出しているってことじゃないですか。それって土地を治める立場からするとけっこう危ない状況では?」


 村人から得る税収が減って、領地経営に支障をきたすのではないか。


「金はあるから問題ない」

「……どうやって稼いでいるんです?」

「知りたいか?」


 わざわざこちらに問いかけてくるということは、悪魔的に稼いでいるのだろうか。


「まさか、悪いことをして稼いでいるんですかっ」

「今度教えてやる」


(否定しなかった!)


 戦慄くエリーゼにギルベルトはふっと笑った。


「安心しろ。そう悪いことではないはずだ」


 怪しい! 信じられない! と疑うエリーゼだったが、村長が出迎えて茶を飲んでいってくれと招待したので、ひとまずその話はそこで終わりとなった。


「いやぁ……ギルベルト様がこんな素敵な女性と結婚なさるなんて」

「あの、まだ婚約の身ですから」

「おお、そうでしたか? 私たち年寄りからすれば、婚約も婚姻も同じようなものでしてねぇ。ははっ、後継者が楽しみですなぁ」


 気が早すぎる。そしてデリケートな話題にも容赦なく触れてくるのでエリーゼは顔を赤くしながら内心腹を立てた。ギルベルトの方は村長の態度に慣れているのか、涼しい顔で出された茶を飲みながら何か困っていることはないかと訊いた。


「そういえば以前の大雨と落雷で橋が崩れてしまいましたね。修復に時間がかかっているので、お力添えいただけると助かります」

「わかった。後で人手を寄越す」


(えっ、どうやって?)


 まさか幽霊たちをやるのでは……とエリーゼは思ったが、今尋ねるわけにはいかないので我慢する。


「あとはそうですねぇ……やはりもう少し若い者の手が増えると助かりますねぇ……」

「そうか。すまないな」

「いえいえ! ギルベルト様には本当に感謝しております! ギルベルト様のお父上、先代公爵様の気が触れて、正気に戻られてこの土地に美しい奥方と共に戻って来られたかと思えば、まだギルベルト様が幼い頃にどちらも亡くなられて……ギルベルト様はお顔は怖いですが、私たちのことも気にかけてくださって、本当によくしてくれております」


 感謝していると村長は深く頭を下げた。


「――疲れたか?」


 帰りはゆったりとした馬の歩調で、エリーゼは黙り込んでいた。


「いえ、いろいろ考えていて……」

「言ってみろ」

「怒らないでくださいね? まず、この土地って、何と言いますか、呪われているみたいだなって……」


 後ろからギルベルトが微かに笑ったのがわかった。


「お前の言う通りだ。この土地は呪われている。土地の影響は自然と人にも及ぼす。俺の父――悪魔に憑依された人間が、正気でなかったのもそのせいだろう。悪霊に対抗できず、いつしか神経を病んでいた」

「そ、そうだったのですか……」


 改めて考えてみると、住むにはリスクがありすぎる土地だ。


「やっぱり、今後も人の流出は避けられないのでしょうか……」

「健康的な人間には住みにくいだろうな」


(健康的、か……)


 悪人ならば、住みやすいのだろうか。しかしそんな人間が住みついては、もともとの住人が安心できない。うーん……と悩むエリーゼに、ギルベルトがまた笑ったのがわかった。


 笑うところなどあったかと振り返れば、優しい表情をした彼と目が合ってどきりとする。


「な、何ですか」

「いや。お前が俺の領地のために何とかならないのかと真剣に考えている姿を見て、微笑ましい気持ちになった」

「子どもっぽいって思ったんですか」


 違う、と否定する声も優しかった。


「嬉しいんだ」


 ずっと曇っていたのに雲間から光が差し込んで、ギルベルトの顔を照らした。


(彼は悪魔なのに……)


 後ろを振り返っていたエリーゼは黙って前へ向き直った。


「怒ったか、エリーゼ?」


 黙って首を振った。なぜかわからないがひどく落ち着かない心地だった。


 帰宅後。汗をかいたので湯浴みをして、ギルベルトと共に夕食をとった。その後は居間に移り、軽いものをパウリーネたちが用意してくれて、ギルベルトは酒も飲んでいた。


「そういえばギルベルトは今おいくつなんですか」

「二十四だ」


 領主としては若い。


「改めて考えると、すごいですね。あっ、すみません。何だか上から目線になってしまって……」

「構わん。自分でもそう思うからな」


 グラスを片手にギルベルトは遠い目をする。


「父が亡くなった当初はそれはもう面倒だった。今まで一度も顔を合わせたことのない親戚連中が押しかけてきて、遺産を寄越せと、母の形見まで勝手に持って行こうとしたんだからな」

「それは……大変でしたね」


 月並みな言葉しか出てこないのがもどかしいが、まだ幼かったギルベルトの心情を思うと、エリーゼは胸が痛んだ。


「そうだな。大変だったが、そう悪い思い出でもない。霊たちが盗もうとした宝石の隠し場所やクローゼットからわんさか出てきて、盗人たちを脅かしてやってからな。くくっ……やつらのあの時の顔、それはもう愉快だったな」

「まぁ……」


 ギルベルトに同情していたエリーゼは、ほんのちょっぴり彼の親戚が気の毒になった。


「俺はその時、悪魔よりも人間の方が醜悪かもしれないと思ったな」


 人間の方が、と言われてエリーゼはどきりとする。

 とっさに浮かんだのが姉のローデリカや父だったからだ。


(わたしったら、なんてことを……)


 彼らは自分の家族ではないか。それなのに……。


 ――でも、家族なのに、姉や父は自分を愛してくれなかった。優しくしてくれなかった。


「なぁ、エリーゼ。俺は幽霊たちが親戚連中を追い返してくれて、実に清々した。自分の存在を馬鹿にされて、お前などどうにでもなると舐められた態度を間違いだと突き付けることができたのだからな」


 ギルベルトがエリーゼの目をじっと見つめながら言うので、彼女は心の内を見透かされて何かを訴えかけられているように聞こえた。


 しかし、今のエリーゼにはまだ自分の家族との向き合い方がわからず、逃げるように合間に微笑んだ。そして、話を変えるように昼間気になったことを口にする。


「そういえば、村長に後で人を寄越すとおっしゃっていましたが、誰を送るのですか。まさか幽霊を?」


 話題を変えたことでギルベルトは少々面白くなさそうな顔をしたが、それだけだった。


「まさか。土人形だ。俺の血を与えることで、人間のように振る舞える。領民が困った時にも、今まで何度か寄越した」

「えっ、すごいですね」


 いっそその土人形を村人として住まわせたらいいのに、と思ったエリーゼの考えを否定するようにギルベルトは補足した。


「ちなみに用が済んだらすぐに壊す必要がある。そうしないと勝手に自我を持ち始めて、血を与えた主人になり替わろうとしたり、住民たちに危害を加えるからな」

「怖い……」

「対価なしでは、何事も成立しない」


 半分悪魔のギルベルトの言葉が何だか身に染みた。

 何でも願いを叶えてくれる。そういう旨い言葉には必ず裏があるのだろう。


(無償の愛っていうのも、恋愛小説だけの話なのかも……)


 少なくとも自分のような人間には縁のない話だ。

 そう考え、エリーゼははっと己の過ちに気づいた。


(わたしったら自分が愛されることばっかり考えているわ)


 自分から愛することも大切ではないか。


(そうよ。愛してもらうには、まず愛することが大事……わたしは今、ギルベルトの婚約者なのだから……)


 ギルベルトを愛すればいいのだ、とちらりと彼に視線をやった。


「今度は何を考えているんだ?」

「い、いえ!」


(うう……わたし変だわ。ギルベルトを前にすると、落ち着かないし、いつもの自分でいられない)


 ここはひとまず、ギルベルト以外から愛することにしよう。


「ええっと、この城に仕えてくれる幽霊たちのことを考えていました」

「見た目が怖いからお前の前には現れないよう命じているはずだが」

「ええ……でも、やっぱりこれからも一緒に住んでいくとなると、やはり顔を合わせないというのは無理があると思って。それに、姿を消させているのも何だか申し訳なくて……」

「ふむ……。その言葉を聞いたら喜びそうだな。じゃあ、慣れるまで見続けるか?」

「そ、そうですね。一日中ずっと見続けていたら慣れるような気がします!」


 思い出すだけで身体を震わせるエリーゼに、ギルベルトは呆れたように言った。


「無理するな。害はないが、生きている人間がこの世にいないものを見続けていると、自分まで引っ張られる可能性があるんだ」

「どういうことです?」

「つまり、普通ではいられなくなるということだ。そういう見た目になっているんだろうな」


 生者と死者は違うのだときっぱり示すために。


「でも、ギルベルトは平気じゃないですか」

「俺は半分悪魔だからな。悪魔は死んだ魂を相手にする。商売相手に一々寿命を縮めていては話にならんだろ」


(何だか変な理屈……)


「せめて……もう少しだけマイルドな見た目だったらいいんですけれど……」

「じゃあ、変えてみるか?」

「えっ、変えられるのですか?」

「土人形を作る時も、容姿を考えて作るからな。それと同じ要領でいいなら、可能だろう」


 どんな見た目がいい、と問われて、面食らう。


「えっと、それなら普通の人……」

「幽霊らしさは残してくれ」


 それってけっこう難しいのでは?

 結局その場で答えを出すことはできず、エリーゼはしばらく考えさせてほしいと頼んだ。


 そして数日後。


「あの、こんな感じでも、いいですか?」


 どれどれ、とギルベルトや参考人としてバゼルとパウリーネが紙に描かれたデザインを覗き込んできた。


『ほぉ』

『まぁ』

「……これは、幽霊と言っていいのか?」


 ギルベルトが首を傾げながら言った。


「ゆ、幽霊です! ……図書室に置いてあった絵本をモデルにしたんです」


 真っ白なシーツを被ったような、しずくを逆さまにしたようなフォルムに、きゅるんとした目をした幽霊は、元の原型とは真逆の可愛らしいデザインであった。


「やっぱり、幽霊としての威厳が失われて、よくないでしょうか」

『私はよいと思いますよ』

『ええ、私も。何だか親しみが湧いて、陽気な気分になれそうですもの』


 バゼルとパウリーネがそれぞれ賛成してくれるものの、ギルベルトは紙を手にして考え込むように黙り込んだままだ。


「あの、ギルベルト。あなたが気に入らないのなら、わたし、もう一度考えてみます」

「お前はこういう可愛らしい見た目が好きなのか?」

「えっ?」


 真剣な顔をして問われるので、重要な確認なのかとエリーゼは真面目に答える。


「そう、ですね。怖いよりはやはり可愛いものが好き、です……」

「そうか。わかった」


 何がわかったのだろうか。


「ええっと、デザインの方は――」

「問題ない。おい、お前たち。見た目を変えるぞ。出て来い!」


 ギルベルトがパチンと指を鳴らしたのを合図に、扉が勝手に開き、気絶して以来の幽霊たちがそれはもうたくさん入ってきた。


『坊ちゃま! 見た目を変えるとは、どういうことでしょうか!』

『奥様! お久しぶりでございます!』

『おい、奥様ではなくて、エリーゼ様とお呼びするよう、バゼル殿から命令されただろう!』

『あっ、いけね! つい忘れちまってた!』

「っ……」


 慣れようと思ってもやはりその見た目はとても怖くて、エリーゼはついギルベルトの背中に隠れてしまう。


「今からお前たちの見た目を変える」

『えっ、具体的にはどういう?』

「それは――」


 こうだ、とギルベルトがもう一度指を鳴らすと、ぽんぽんっと愉快な音を立てて、恐ろしい見た目をした幽霊たちがエリーゼの描いた幽霊デザインへと身を変えていく。


「わぁっ……」


 エリーゼは思わず声を上げた。なぜなら幽霊たちの姿がとても可愛らしかったからだ。


 みんな同じ、というわけではなく、シルクハットを被った幽霊や胸元? にリボンを付けている幽霊、髭を蓄えている幽霊など、きちんと個性も出ている。


『おおっ、そなた、とってもキュートな見た目になっておるぞ』

『そちらこそ、そのお髭、なかなか似合っているではありませんか』

『奥様、どうですか?』


 幽霊たちの視線が一斉にエリーゼに注がれる。

 以前は彼らに取り囲まれて、気を失ってしまった。でも今は――


「す、すごくいいです。文句なしでとっても可愛い!」

『本当ですか!?』


 エリーゼは目を輝かせて、頬を微かに上気させながら力いっぱい頷いた。


「はいっ! 今のみなさんならもう怖くありません! 何時間でも話していられます!!」


 おおっ……と幽霊たちがふよんとした幽体をぶつけ合いながら喜びを分かち合う。


『エリーゼ様に喜んでいただき、何よりでございます』


 エリーゼはその言葉に少し気まずくなる。


「あの、今までずっとお会いできなくてごめんなさい。今さらですけれど、姿を変えることになって大丈夫ですか?」


 自分の都合で長年の慣れ親しんだ姿を変えさせてしまったのだ。

 申し訳ない気持ちになってきた。


『なぁに。そんな深刻に捉える必要はございませんよ』

『そうですよ! 五百年も同じ姿をしているとさすがに飽きてきますから。たまにはイメチェンもしないと』

『おいおい。お前はまだ三百年くらいしか幽霊やっていないだろう』

『とにかく、とっくの昔に死んだ私たちは自分たちの見た目なんて、ちっとも気にしていませんから。むしろ坊ちゃまの大事な婚約者であるエリーゼ様とお話ができるのならば、大歓迎です』

『このデザイン、エリーゼ様が考えてくださったのでしょう? ありがとうございます!』

「みなさん……」


 ああ、自分はやっぱり愚かだ。

 こんなに気さくでいい幽霊だったのに、見た目のせいでずっと接触を避け続けてきた。


「そう言っていただけると、わたしも嬉しいです。遅くなりましたけれど、これからどうぞよろしくお願いしますね」


 幽霊たちは声を揃えて『はいっ!!』と返事してくれた。その姿はやっぱり大変可愛らしくて、エリーゼもまた笑みを浮かべていた。


 そんな彼女をギルベルトがじっと見ていることには気づかなかった。


(――みなさんといっぱい話しちゃった。楽しかったな。明日からは騒がしくなりそう!)


 寝台に横になり、エリーゼはふふっと笑った。


「嬉しそうだな、エリーゼ」

「わぁっ」


 真上にギルベルトの端正の顔が突然現れ、エリーゼは素っ頓狂な声を上げた。

 驚いて起き上がり、額がぶつかりそうになったのだが、ギルベルトがひょいと器用に避けたので問題なかった。


「ギルベルト! 勝手に入って来ないでください!」


 せめてノックぐらいしてほしいと恥ずかしさから怒ると、ギルベルトは腰に手を当てて偉そうに言い返した。


「ノックをしても返事がなかったから、入ってきたんだ」

「普通は寝ていると思って引き返すでしょう」

「お前の顔をどうしても見たかったんだ」


 髪を一房そっと手に取られて、屈んだ姿勢から見つめられると、エリーゼは心臓が痛くなった。


(またそんなことさらりと言って!)


 ……でも、今日の彼はどこかいつもと雰囲気が違う気がする。


(なんだか寂しそう?)


 いや、違うかなとエリーゼが首を傾げている間も、ギルベルトは大人しく返答を待っている。いつもは勝手に寝台に腰かけるか、自分の言いたいことを話し始めるのに……。


「どうか、したんですか?」

「……姿が変わった幽霊たちを、お前は今まで見たこともないような顔で見ていた」

「えっと、それは変だった、ということですか?」

「違う。俺が見たこともない顔をしていた、から……俺も――」

「俺も?」

「ああいった姿になった方がいいかと悩んでいる」

「は?」


 ああいった姿とは、つまりギルベルトも見た目を幽霊たちのような可愛らしくするという意味だろうか。


「な、なぜ急にそんな思考に?」

「だから言っただろう。お前が、俺が今まで見たこともない表情をして喜んでいたからだ」


(それだけで……?)


 姿を変えて、エリーゼのことを喜ばせたい。

 ギルベルトの言葉がそう聞こえて、エリーゼは心臓に手を当てたまま言った。


「……ギルベルトは、そのままでいいです。いえ、そのままで、いてください」

「なぜ?」


(なぜって……)


 言わせるのか、とエリーゼはぎゅっと手を握りしめた。


「わ、わたしが今のあなたの姿が嫌いではないからです」

「嫌いではない、ということは?」

「っ……好きだということです! わたしにとって、ギルベルトの顔や姿は特別なんです! 別に可愛い幽霊の姿でなくても、少し怖いくらいに端正な顔立ちでも、そのままでいてほしいんです!」


 これで満足か! と言い切ったエリーゼは、気づけば熱い温もりに包まれていた。


(え、え、わたし……)


「お前は、可愛いな……」


 耳元でギルベルトの低く、甘い声が聞こえた。抱きしめられている、と理解したとたん、エリーゼは固まった。顔がとんでもなく熱い。どうしていいかわからない。


「震えている。寒いのか?」


(違います!)


 あなたがわたしを抱きしめているからです! とエリーゼは言いたかったが、異性に初めて抱擁されて、口が利けぬほど恥じ入ってしまった。


「……俺にこうされるのは、嫌いか?」


(ずるい……)


 エリーゼはおずおずと彼の大きな背中に腕を回して、嫌いではないことを伝えた。

 ギルベルトはくすりと笑って、しばらくの間、エリーゼを抱きしめていた。



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