表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔公爵の最愛 ~姉の引き立て役であるわたしが召喚したのは半分悪魔で未来の旦那様でした~  作者: 真白燈


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/12

2、俺の花嫁

 エリーゼはぼんやりとした意識の中、気持ちがいいと思った。頭も身体も柔らかなものに受け止められている。確か最後の記憶では冷たくて硬い床の上だったはずだ。亡くなった母親にもう一度会おうとして、降霊術を行って……。


(そうだ……でも、違う人が出てきて……じゃあ、きっと、失敗したのね)


 それで今、自分は天国にいるのだ。そうに違いない。だってこんなに温かくて、ふわふわした感触に包まれているのだから。


「おい、小娘。一体いつまで図々しく寝ているつもりだ」


 誰かが自分に呼びかけている。もしかすると、まだ天国ではないのかもしれない。そういえば人は死んでから、天国と地獄のどちらへ行くか、裁きを受けるという。ではまだそれを受ける段階なのかもしれない。


(できたら天国行きがいいな……ああ、でも、もうしばらくこの状況が続くのもいいわ)


「おい、いい加減にしろ」

「んん、もう少しだけ……もう少ししたら、天国か地獄に行きますから」

「何を寝ぼけたことを言っている。起きろ!」


 バサッと音がして、すうっと冷たい空気に包まれ、エリーゼはうっすらと目を開いた。


(……えっ)


 目に飛び込んできた光景、人物に一気に目が覚め、飛び起きる。


「え、あ、あなた、だれ、わたし、ここ、どこ」

「まずは落ち着け。言っていることが滅茶苦茶だ」


 鋭い眼光に命じるように言われて、エリーゼはぴしりと固まる。そして控え目にきょろきょろと視線を巡らせ、自分がいる場所が地下室ではないことを知る。白い壁紙に、茶系でシックな家具。豪華な寝台。ふかふかの寝具の上でエリーゼは今まで寝ていたようだ。


(わたしが今まで使っていたベッドよりも抜群の寝心地だったわ)


 なんてことを考えている場合ではなく。


「……あの、ここはどこでしょうか」

「ここは俺の城だ。お前が倒れたので、連れて帰ってきた。メイドに世話をさせて、寝かせたところ、丸二日は眠っていたな」

「丸二日……連れて帰ってきた……連れて帰ってきた?」

「あんなかび臭いところ、怖気が立つ。見たところお前以外誰もいないようだったから、転移の術式を床に書いてすぐに帰ってきた。お前、今まであんな場所で暮らしていたのか? 悪魔召喚せずとも、弱って死ぬぞ。今の体調はどうだ。少しは落ち着いたか?」

「あ、はい……頭の中はまだ混乱していますが、大丈夫だと、思います……。あの、いろいろと見苦しいところをお見せしてしまって? すみません」

「まったくだ。いきなり呼び出されたと思えば死にかけの状態なのだから。召喚を行う場合は、もっと慎重にしろ」

「召喚……わたしがあなたを呼び出した?」


 疑問形で問いかけたことが不快だったのか、男は秀麗な顔を歪ませた。全体的に彫の深い顔立ちなので、凄まれると迫力があって正直とても怖い。


「貴様、自分が何をしたのかも覚えていないのか。馬鹿なのか」

「そ、それくらいわたしだって覚えています!」


 ついムッとして……というより、男の与える恐怖心に抗うように、エリーゼは反論した。


「わたしが言いたのは、母を呼び出したつもりなのに、なぜ全く違うあなたが現れたのか、ということです」

「母だと? お前の母親も悪魔なのか?」


 エリーゼは今度こそムッとして強く言い返した。


「何をおっしゃっているのです! 母はれっきとした人間ですわ。……もう、亡くなっていますけれど」


 しょんぼりと肩を落とすエリーゼを男はまじまじと見つめて、考えるように言った。


「ではなんだ。お前は降霊術と悪魔召喚の儀式を間違えたというわけだな」

「あ、悪魔召喚?」


 一体突然何を言い出すのだ、この男は。


「ふむ……そうすると色々と納得もいくな」


 一人納得する男にエリーゼは頭が追いつかない。


「わたしが本を読んで実行したのは死者を蘇らせる術です。でも現れたのはあなたで……あなたは一体誰です?」


 男は宝石のような赤い瞳をゆっくりと瞬かせると、不意にニヤリと口の端を上げた。

 そしてグッとその端正な顔を近づけてきたのでエリーゼはびくっとしてしまう。


「なっ、なんですか」

「誰だと思う? 我が主よ」

「わ、我が主!?」

「それとも、我が姫君、とでも言った方が相応しいか? お前はこの国の王女のようだしな」

「……わたしが王女だと知っているの?」

「ああ。お前のことならば何でも知っているぞ」


 エリーゼが知らないだけで、世間は自分のことを知っているのだろうか。ずっと引き籠っていたのでてっきり知られていないと思っていた。いや、母を殺した悪魔の子として父や貴族たちが広めた可能性もある。それとも目の前の男はエクスタイン国の貴族なのだろうか。


 自分は本当に何も知らない。この国のことも、自分自身でのことも……。


 今この瞬間もそのことを突きつけられて思わず泣きそうになる。


 困り切って目を潤ませるエリーゼに男は目を丸くし、呆れた顔をする。


「……そんな顔をされると気が削がれるだろうが」


 はぁ、とため息をつき、くしゃりと前髪をかき上げる。憎らしいほど様になっている姿に腹が立ってくる。


「俺が誰か、という質問だったな。お前は死んだ母親の霊をこの世に呼び出すつもりが、俺を召喚した。つまり降霊術には失敗したんだ。俺が先ほど言ったことを思い出してみろ」


 もう一度よく考えてみろ、ととても偉そうに言われて、ぐっと眉根を寄せる。


 そんな教師のような真似事をせず、さっさと答えを教えてくれればいいのに。……本当は薄々、彼の正体に気づいているのだが、答えを出したくない気持ちがある。


『お前は降霊術と悪魔召喚の儀式を間違えたというわけだな』


 エリーゼは降霊術の儀式に失敗した。

 つまり悪魔召喚の儀式をしてしまったということで――


「……あなたは悪魔、なのですか?」


 男は目を細め、微笑んだ。


「ご名答。我が名はギルベルト・ルヴィデ・フォン・オルバース」

「オルバース……オルバース公爵?」


 エクスタイン国の貴族名鑑に乗っていたことを思い出して呟くと、ギルベルトは物珍しそうに片眉を上げた。


「何だ。知っていたのか。まぁ、そうだろうな。五大公爵の一人でありながら、王都に滅多に顔を見せず、鬱蒼とした深い森に囲まれた領地に年中引き籠っている社交性皆無の公爵。噂好きの人間たちからすれば、話したくてたまらないだろう。だがそんなやつらでも、俺の出自に関しては知っていても口にするまい。なぜならば――」


 一人ペラペラ話してくれるギルベルトはもったいぶった様子で口にした。


「悪魔と人間の混血児だ」

「悪魔と人間の……」

「そう。忌み子、悪魔の子だ。口にしてしまえば、自分まで呪われるのではないかと怯えるに決まっているからな」


 エリーゼは目を真ん丸と見開いた。その驚きぶりはギルベルトの得たかったものなのか、満足そうに笑みを深めた。だが、エリーゼが驚いたのはギルベルトの出生にではない。


「わたしと、同じ……」

「同じだと?」


 はっと口を抑えるも、ギルベルトの耳にはしっかりと届いていたらしい。


「どういうことだ。お前も悪魔の血を引いているのか」

「まさか。……そうではなくて、わたしが生まれたばかりに、お母様……この国の王妃殿下が亡くなったのです」

「それでお前は悪魔の子だと?」

「他にも、わたしの近くにいると、その人は不幸になってしまうのです。ですから……わたしは呪われた子、悪魔の子なのです。ご存知ではありませんか?」

「知らん」

「……先ほど、わたしのことは何でも知っているとおっしゃったではありませんか」


 先ほどの言葉はいったい何だったのかとエリーゼはつい文句を言ってしまう。


「召喚者にはそう言うよう、父に教えられたのだ。悪魔の口説き文句? というやつらしい」


 予め決められていた文句だと知り、エリーゼはなんだ、とがっくりする。

 そんな自分を放って、ギルベルトはエリーゼの説明をはっと鼻で笑った。


「たったそれだけのことでお前は悪魔だと? 悪魔が聞いて呆れる。お前の母親が亡くなったのは単に運が悪かっただけだろう」

「そんなこと!」

「もともと出産は命懸けだ。お前以外にも、生まれた時に母を亡くした子どもはこの世に大勢いる。母親の死因にお前の責任は全くない」


 きっぱりと否定されて、エリーゼは面食らう。次いで焦った。


「で、でも……近くにいたら他のみんなが不幸になってしまうのです」

「それは自分が幸せにならないのを、お前のせいにしているだけだ。責任転嫁というやつだな。大した努力もせず、日頃の鬱憤を弱いお前にぶつけて、抵抗できないお前の不幸な顔を見て、醜い自尊心を満たしているんだ」


(そ、そうなの? いえ、でも、努力しても、どうしようもない不幸に遭ってしまうこともあるし……)


「俺が言ったところで、今はまだ信じられないようだ。だからこの問題はひとまず置いておく。――で、お前は降霊術で亡くなった母親を呼び出すつもりだったのか?」

「はい。でも、儀式を間違ってしまったのですよね」

「そうだ。床に落ちていた本を拾って確認したが、悪魔召喚のページだったぞ」

「本当ですか? ……実はわたし、エーデルシュタイン語はあまり読めなくて……あの時は意識も朦朧としていたし、もしかすると、呪文も読み間違えていたのかもしれません」


 やはりもっと入念に準備して挑むべきだったのだ。

 しかし正気を失っていたからこそ実行できたとも言える。


「エーデルシュタイン語はエクスタイン語などの基になった言語だが、もはや大昔の言語だ。読み書きできる人間など、聖職者や物好きな学者くらいだろう。間違っていたとはいえ、よく読めたな。いや、王族では教養として習うのか? それとも個人的に誰からか教えてもらったのか?」

「いいえ。独学で、なんとなく」


 ギルベルトは赤い目を見開き、しげしげとエリーゼの顔を見つめた。


「訂正しよう。お前は馬鹿ではないらしい」


 感心されるように言われて、少し照れる。だが、疑問も湧く。


「あの、儀式や手順に間違いがあったとはいえ、召喚は上手くいくものなのでしょうか」

「そうだな。まぁ、だからこそ俺が呼ばれたとも言える」


 そう言うと、ギルベルトはポケットから何かを取り出した。じゃらりと少し錆びたチェーンにぶら下がっていたのはギルベルトの瞳の色を思わせる真っ赤なルビーであった。


「これは俺の母方の祖先が持っていた宝石だ」

「あなたのお母様の?」

「俺は人間と悪魔の混血児。母が人間、父が悪魔だ。さらに母は隣国の王族だった」

「えっと……」


 突然明かされたギルベルトの出生秘話にエリーゼは困惑する。


(彼の母親は王族だったの?)


 それがどうして悪魔と契ることになったのか。そもそも……。


「人間と悪魔って、その、一緒になれるのですか?」


 ギルベルトが実に堂々と、はきはきとした口調で話すので、今まで疑問を挟む暇もなく聞き入れてしまったが、エリーゼには悪魔という正体がいまいちよくわからない。


 見たところ、普通の人間と何ら変わらないようだが……顔立ちがとても整っている点が、もしかして人間との違いなのだろうか。


「お前の疑問はもっともだ。厳密に言うと、悪魔に実体はない。ふわふわとこの世に浮かぶ亡霊よりかは、はっきり見えるくらいだ。天使もこの類だな」


(天使もいるんだ!)


 尋ねたかったが、その前にギルベルトが話の続きをしてしまう。


「そのため、俺の父――悪魔は受肉して、人間となった」

「じゅ、受肉……」

「受肉するにはいくつか方法があるが、魂の不安定な人間の器に憑依して、そのまま乗っ取る方法がある」

「まさか、あなたのお父様……悪魔もそうして人間に?」


 そうだ、とギルベルトはあっさり肯定した。


「人間の身体を乗っ取って受肉すると、悪魔の能力は半減するが、それでも人間よりかは力がある。俺も、父の悪魔としての力を引き継いでいる。半分だけな。それを補うよう、幼い頃からいろいろと仕込まれた」

「そ、そうなんですね…」

「話が逸れたな。で、だ。もともとの身体の持ち主だった男、この領地を治めていたオルバース公爵の嫡男は、生まれつき神経質で、年齢を重ねると精神に異常をきたすようになった。彼の両親は息子に跡を継がせる気になれず、療養と称して隣国に追い払った。しかしやつは使用人たちの目を盗んで夜な夜な街を徘徊して、さらに心を狂わせていった。その時に悪魔に身体を乗っ取られて、もともと失いかけていた自我を完全に失くしてしまったんだ」


 聞いていてあまり気持ちのいい話ではなかった。


「悪魔が人間の身体を奪ったのは、とある女を誘惑するためだった。誰にも心を開かず、修道院に身を捧げて生涯を終えようとした気位の高い王女、俺の母親となる女を悪魔は口説き、途中いろいろあったものの、無事に婚姻が許されて、エクスタイン国へ連れて帰って来た」


 いろいろ、の部分が非常に気になったが、今はとりあえず最後まで聞くことにした。


「正気を失ったと思った息子が以前とはまるで別人のような立派な姿で、王族の姫君まで嫁にして戻ってきた。男の両親はもはや息子に領地を任せることに何ら問題はないと判断し、二人を歓迎した。母は俺を産み、俺が九歳の時にこの世を去った。父は自分を置いて天国へ向かおうとする母を取り戻すため受肉した身体に自ら止めを刺し、悪魔として母を追いかけていった。残った俺が成長して、この地を治めて今に至るというわけだ」

「ちょっと待ってください!」


 我慢できず、とうとうエリーゼはとうとう口を挟んでしまった。


「何だ。なるべく長ったらしくならないよう、要点だけを端的に話したつもりだが」

「あ、いえ、お話は大変すごくわかりやすかったです。で、でも! あまりにも突拍子のないと言いますか、現実離れした出来事の羅列で、わたし、受け止めきれません!」


 巧妙な作り話だと言われた方が、まだ信じられる。


「それは仕方がない。だがこれはすべて真実だ。俺は悪魔の血を引いた男。お前はあの地下牢の中にあったこの宝石を触媒として――ああ、そうだ。この宝石の話をしていなかったな。これは母が嫁入り道具と称して公爵家に持ち込んだものだった」

「それがなぜわたしの離宮の地下室に?」

「母が姑……父の母親で俺の祖母に当たる人だが、その人に貸したのが始まりだ。祖母は身重だった母の代わりにエクスタイン王家の夜会に出席した。その際、オルバース家をよく思っていない貴族が当時の王太后と結託して宝石をしばらくの間貸してくれるよう頼んだ。頼んだと言ったが、実質命令なようなもので、逆らえない祖母が貸し、いろいろあってあの地下室に隠された」


 ギルベルトは「いろいろ」を使いすぎだ。


(まぁ、なんとなく想像はつくけれど……)


 恐らく王太后たちは最初から宝石を身につけるつもりはなく――いや、何度か使用したかもしれないが、決してオルバース公爵家に返すつもりはなく、自分のものにするつもりで、紛失してしまったという最悪な理由と共に地下室に隠したのだろう。


 自分の身内が起こした嫌がらせにエリーゼは申し訳ない気持ちでルビーを見つめる。


「この宝石には悪魔の血が染み込んでいるというのに、お前の祖先はたいそう勇気があるな」


 ギルベルトはくすりと笑い、チェーンを揺らした。血という単語にエリーゼがぎょっとすれば、彼は面白そうに秘密を明かしてくれた。


「悪魔にとって血は特別なんだ。父は母に何かあった時のためにこっそりと自身の血を宝石につけた。そうすれば、母を襲おうとした際、宝石から光が放たれ、暴漢者には目が見えなくなるという呪いが発動する。母は父のそんな執着じみた想いに気づいていたのか、あっさりと祖母に手渡した」

「もしかすると、おばあ様に何かあった時のためにわざと渡したのではないでしょうか」

「かもな。まぁとにかく、宝石が返ってこなくても、母は何とも思っていない様子だった。父が懲りずに宝石を渡そうとすると、無駄遣いをするなと叱っていたな」


 懐かしい思い出のように語るギルベルトの顔を見て、エリーゼはいったいどんな家族だったのだろうと気になった。


「話を元に戻すと、お前の不完全な召喚儀式は、この触媒で補われ、離れた領地にいる俺を呼び出したというわけだ」


 宝石の持ち主はギルベルトの母方の一族。そして染み込んだ血は彼の父親のもの。

 どちらも深くギルベルトという存在に関係する。


(なんて偶然なのかしら……)


「運命とは、つくづく奇妙で、面白いものだな」


 不敵な笑みとギルベルトの言葉にドキリとする。


「どうした?」

「い、いえ……」


(運命だなんて、何かだか恋愛小説に出てくる言葉だわ。もしかしたらわたしたちの出会いもロマンチックと言え――)


 るわけない。現実逃避も兼ねてうっかり流されてしまいそうになるが、エリーゼが行ったことは悪魔召喚であり、ギルベルトは半悪魔である。ときめく要素はどこにもない。


「あの、こちらの手違いでご迷惑をおかけしまして本当にごめんなさい。またご家族の持ち物もずっとお返しできず、本当に本当にごめんなさい。その時の王家に代わってお詫び申し上げます」


 エリーゼは寝台の上で身体を丸めるようにして頭を下げた。


「真面目だな」


 頭を上げろ、と言われて素直に従う。


「些末な問題だ。今さら謝る必要はない」

「はぁ……」


 気にしていない、ということだろうか。


(根はいい人そう?)


「しかし、悪魔である俺を呼び出したからには願いを言え」

「えっ、願い?」

「そうだ。手違いとはいえ、魔法陣を通じて俺は召喚された。つまり契約が成立したということだ。これがどういう意味かわかるか?」

「わ、わかりません」


 それまでずっと立っていたギルベルトはなぜか寝台の縁に腰掛け、エリーゼの頬に触れると、下がり気味だった視線を自分と強引に合わせた。


「お前は俺の主であり、俺はお前の忠実なしもべになったんだ」


(わたしが主で、この人が僕……)


「ええっ」


 素っ頓狂な声を上げて驚くエリーゼにギルベルトは早く言えと催促する。


「何でもいい。金貨や宝石が欲しいとか、嫌いやつをこの世から消せとか。何でもいい」

「ちょ、ちょっと待ってください! わたしはそんなつもりありません!」

「お前にそんなつもりなくとも、契約は成立したのだ。願いを言うまで、俺は永遠にお前から解放されん」


 その言葉にハッとする。


「わたしが願いを言わないと、あなたに何か不都合が生じるのですか?」

「お前は自分のことを、悪魔より強い存在だと思うか? 危害を加えられそうになっても、勝てると思うか?」

「無理です」

「その通りだ。だが契約が成立している限り、俺はお前に逆らえない」

「わたしがどんな無理難題を命じても、あなたは逆らえないのですか?」


 そうするつもりなのか、と胡乱な目を向けられ、慌てて首を振る。ただの疑問だ。


「逆らえないというのは、召喚者の命を奪う真似はしない、できないということだ」

「なるほど……?」

「ただし、他の方法で召喚者を騙して地獄へ突き落とす方法もあるがな」


 他の方法となると、口先で騙すとかだろうか。


(この人も、その方法でわたしを騙そうとしているのかしら)


「何だその目は。言っておくが俺は、お前のような小娘を騙して愉しむ趣味はない」

「あ、誤解してしまってすみません」

「騙して愉しむなら、根っからの悪人相手じゃないと張り合いがない」


(……やっぱり、悪魔らしく性格は悪そう)


「で。願いは何だ」

「では……わたしの母に会わせてくれませんか」


 エリーゼは亡き母に会いたくて降霊術を試みたのだ。結局悪魔を呼び出してしまったが、何でも願いを叶えてくれると言うならば、代わりに彼に母を連れてきてもらおう。


「死んだ母親に会いたいのか」

「はい。生前の姿で蘇らせてください。一度だけ会えたのならば、もうこの世に未練はありません。わたしの身体を煮るなり焼くなり、好きになさってください」


 確か悪魔に願いを叶えてもらうには対価が必要である。それは自分の命――魂であり、天国へ行くことは許されず、地獄に堕ちることを意味する。……でも、それでもいい。


(もともとこの世に未練はないし、降霊術も悪魔召喚と同じく禁忌の術だもの)


 地獄で苦しむ運命だと告げられても今さらだ。


「お願いします。ギルベルト」


 この世に全く未練のない顔で微笑むエリーゼ。

 そんな彼女をギルベルトは無表情でしばしじっと見つめていたが、不意に顔を背けた。


「悪いが、その願いは無理そうだ」

「ど、どうしてですか」


 まさか断られるとは思わず、エリーゼは目を瞠った。何でも、と言ったではないか。


「お前は悪魔召喚と降霊術を同程度の術だと考えているかもしれないが、降霊術の方が実は難しいんだ」

「えっ、そうなんですか」

「ああ。考えてもみろ。悪魔召喚は、上手くいけば悪魔が人間に一杯食わせることができる。願いを叶えれば対価も受け取ることができ、悪魔側にもメリットがある。だが降霊術は、呼び出された死者にメリットがない。むしろ安らかに眠っていたところを無理矢理叩き起こされるんだから迷惑極まりない話だ」


(……確かにそう言われると、そう、かも?)


 安らかに眠っていたところを、と言われて、エリーゼは母側のことを全く考えていなかったことに思い至る。もう死んでいるのだから関係ないだろうと思っていたが、やはり亡くなった人間をこの世に呼び戻すことはしてはいけないのだ。


 ギルベルトは他にも、必要な道具や生贄、手順の違いなどを説明して、いかに降霊術が危険なことか説明してくれた。まるでエリーゼの考えを改めさせるようにも聞こえて、彼女はせっかく固まっていた決意が少しずつ揺らいでくるのを自覚する。


(それでも……)


「どうしても……母に会いたいのです。どうにか、なりませんか?」


 泣きそうな顔でギルベルトを見つめると、彼もまた真摯に見つめ返してくれた。


「なぜそんなにも会いたい」

「それは……わたしを愛してくれる人が、一人くらいはいるということを証明したいからです」


 他に誰もいないから、と付け加えた声は消え入りそうなほど小さく、自分でも情けなく思えた。亡くなった母に愛情を求めるしかないことを、初めて会ったばかりのギルベルトに知られる状況はとても恥ずかしい。


「……できるかどうか、まだわからない。だが、やるだけはやってみる」

「本当ですか?」

「ああ」

「っ……ありがとうございます!」


 目を潤ませて感謝すれば、涙で濡れた視界に映るギルベルトの眉根は寄せられていた。たぶん呆れられているのだろう。


「あの! それまでどうかわたしをこき使ってください」

「は?」

「普通の願い事よりも大変なのでしょう? では命を差し出すだけでは対価の釣り合いが取れません。ですから、他に何か役立ちたいのです!」


 涙をぐいっと拭って宣言すると、ポカンとした表情のギルベルトが自分を見ていた。


「……いろいろ尋ねたいことはあるが、まずお前は対価に自分の命を差し出すつもりだったのか?」

「はい。降霊術を行う際も、その覚悟で行ったので、お気になさらないでください」


 罪悪感を抱く必要は全くないですよ! という意味で言ったのだが、ギルベルトは頭痛がするといった感じで額に手をやって眉根をさらに寄せた。


(何か間違ってしまったかしら)


「あの、教えてくだされば、掃除や洗濯もやってみせます。料理もゆで卵の殻を剥くくらいなら、できますわ。犬の散歩とか、ペットの餌やりもやってみますわ。他にも――」

「ストップ」


 もう自己アピールはいいと、ギルベルトに手で制されて、エリーゼは口を噤む。


「あんな場所にいたのだから訳ありだと思っていたが……これはそうとう根深そうだ……厄介な……しかし……」


 顎に手を当てて、独りぶつぶつぶ何か呟いていたギルベルトだが、突然「ま、いいか」と吹っ切れたような顔をしてこちらを振り返った。


「いいだろう。俺がお前の亡くなった母親を呼び出すまで、俺の近くにいることを許す」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 最終的には殺される。そしてそれまでの間ギルベルトにこき使われることを本人に許されたわけで、普通ならば絶望してもおかしくない。……のだが、自分でも気づかぬほど精神的に疲弊していたエリーゼは、自分の要望が叶ったことを素直に喜んだ。


「それでわたしは何をすればいいのでしょうか」


 隣に座っていたギルベルトは目を細め、もともと近かった距離をさらに詰めてくる。異性とまともに接したことのないエリーゼは落ち着かず、それとなく身を引こうとするが、なぜか腰にギルベルトの手が添えられて、ぐっと押し出される。


 眼前に神々が作ったのではないかと思う美しい顔を突きつけられて、その赤い瞳から目が逸らせない。


「お前には俺の花嫁となってもらう」


 まるで心臓に止めを刺すように、ギルベルトは告げた。


「はなよめ……花嫁? えっ、花嫁!?」


 エリーゼは目を白黒させる。


「そうだ。命を差し出すと言うならば、俺の妻となり、俺に尽くせ」

「ちょ、ちょっと待って、急にそんな――」

「撤回は許さん」


 そのまま顔がくっつきそうになり、キスされる! と思ったところで悲鳴が上がった。エリーゼが発したものではなかった。


『坊ちゃま! なりません! いくらご自身が悪魔で顔がとってもカッコイイからといって、そんな急に迫ってお前は俺のもの宣言するなど! 私は許しませんぞ! 男女恋愛とはもっと清く正しく、手順を守って行うものです!!』


「あ……」


 エリーゼは気配なく現れた老人にとても驚いた。だがそれだけだったならば、まだ意識を保っていられただろう。なにせ目の前に悪魔がいるのだから。だが――


「す、透けてる……」


 老人の身体は全体的にうっすらと透けていた。何ならお腹から下は途中でぷっつり切れているように見える。その姿はまるで……。


「ああ、そういえば言い忘れていた。俺に仕える使用人たちは基本的に生きていない。この男も、幽霊だ」

「生きて、いない……ゆうれい……」


 亡くなった母親に会いたいと言っていたくせに、いざ実物の霊を前にして、エリーゼの意識はプツリと切れてしまった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ