表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

第8話 この世界の理

 書庫塔から戻った後、ユミナが言った。


「そろそろ、この世界の仕組みについてきちんとお話しさせてください」


 恒一は机の前に座った。いつもの配置。窓から午後の光が差し込んでいる。ユミナは向かいに座り、手元に一冊の冊子を置いた。書庫塔から持ってきたものだ。表紙に文字が刻まれている。恒一には読めない。


「さっき見たやつの、教科書みたいなものか」


「はい。魔法体系の概説書です」


 ユミナは冊子を開いた。頁の上に、文字列が浮かび上がった。青白い光。書庫塔で見たのと同じ現象だ。ユミナの指が頁の上を滑ると、文字が組み替わる。


「この世界の魔法には、大きく分けて四つの体系があります」


「四つ」


「はい。まず一つ目は——恒一さんがさきほど書庫塔で見たもの。文献魔法(アーカイブアーツ)です」


 ユミナの指が頁の文字列を指した。光が揺れる。


「テキスト——文字や記録を媒介にして術式を発動します。解析、再現、封緘、再構築。情報を読み取り、書き換え、保存する。エリンの主要な魔法体系で、私もこれを使います」


「さっき見た、木板で文字を操作するやつ」


「そうです。あれは文献魔法(アーカイブアーツ)の基礎運用です」


 恒一は頷いた。テキストを媒介にした魔法。文字が浮かび、情報が組み替わる。ITエンジニアだった恒一には、直感的に理解しやすい体系だった。


「二つ目。精霊魔法(スピリットアーツ)


 ユミナが頁をめくった。新しい文字列が浮かぶ。恒一には読めないが、図表が描かれているのはわかった。木や水や風を象徴するらしい絵が添えられている。


「精霊との契約を媒介にします。自然操作——風、水、土、火——とインフラの維持が主な用途です。農業、建築、鉱山、水路。この世界の生活基盤の多くは精霊魔法(スピリットアーツ)で支えられています」


「インフラ、か」


「はい。電力や機械がない代わりに、精霊との契約で社会が回っています」


 恒一は窓の外を見た。石造りの街並み。書庫塔の壁面に光る文字列。石畳の通りを歩く人々。電線はない。車もない。しかし街は機能している。パン屋は焼き上がるし、水は流れるし、夜には灯りが点く。それを支えているのが精霊魔法なのか。


「三つ目。神聖魔法(ディヴァインアーツ)


 頁がまためくられた。今度の図表には、円環と光の筋のようなものが描かれていた。


「祈りと儀礼を媒介にします。治癒、浄化、結界。共同体の同調——大勢の祈りを束ねて大きな術式にすることもあります。ザイラント教国が中心ですが、各地の神殿でも使われています」


「回復魔法、ってやつか。RPGで言うところの」


「概ねそうです。ただし神聖魔法(ディヴァインアーツ)は個人の信仰だけでなく、共同体の構造そのものが媒介になります。一人の祈りより、百人の祈りのほうが強い。そういう性質です」


 三つの魔法体系。テキスト、精霊、祈り。媒介が違うだけで、それぞれが社会の中で機能している。

 恒一は腕を組んだ。


「ユミナ」


「はい」


文献魔法(アーカイブアーツ)精霊魔法(スピリットアーツ)神聖魔法(ディヴァインアーツ)。——全部、TRPGのルールブックに載ってた名前と同じだ」


 ユミナは頷いた。


「ええ。なぜ一致するのかは、わかりません」


 同じ返答だった。街の名前のときと同じ。わからないものを、わからないと言う。

 恒一はそれ以上追及しなかった。今は情報を集める段階だ。


「四つ目は」


 ユミナの表情が変わった。

 微かに——しかし確かに、声の温度が下がった。


異端魔法(ヴァルコード)


 その名前を口にするユミナの声には、先の三つにはなかった硬さがあった。頁をめくる手も、少しだけ遅い。


「検証の迂回を媒介にする魔法です。文献魔法がテキストの正規の手続きで動作するのに対し、異端魔法(ヴァルコード)は——手続きそのものを飛ばします。結果だけを強制する」


「チートコード、みたいなものか」


「……近いかもしれません。しかし代償があります。異端魔法(ヴァルコード)は使用するたびに瘴気と残滓を残します。術者の身体にも、周囲の環境にも。蓄積すれば、土地は枯れ、人は壊れます」


 恒一は黙った。ユミナの声が、説明ではなく警告の調子を帯びていた。


「そして——異端魔法(ヴァルコード)の存在が確認された場合」


 ユミナは一拍置いた。


「ザイラント教国が聖戦を宣言します。神聖魔法(ディヴァインアーツ)の秘奥——決戦魔法を行使して、異端魔法(ヴァルコード)が確認された地域を、国ごと滅ぼします」


 恒一は、自分の呼吸が止まったことに気づいた。


「……国ごと?」


「はい。過去に実例があります。それほどの禁忌です」


 部屋が静かだった。窓の外で風が吹いている。書庫塔の壁面の光が、午後の陽に薄れている。

 四つの魔法体系。三つは社会を支え、一つは社会を滅ぼしうる。しかもその一つを使っただけで、国が消される。


「TRPGにも、あったな」


 恒一は呟いた。ルールブックの最後のほうに載っていた。「異端魔法」の項目。GMであるユミナが「これは使わないでください。世界が壊れます」と言っていた設定だ。ゲームの中では冗談半分に聞いていた。

 この世界では、冗談ではない。


「恒一さん」


「ああ」


異端魔法(ヴァルコード)のことは、決して口にしないでください。この街でも、どこでも」


 ユミナの琥珀色の瞳が、まっすぐに恒一を見ていた。真剣だった。AIだった頃のユミナにはなかった強さが、その視線にあった。


「わかった」


 恒一は短く答えた。

 ユミナは冊子を閉じた。頁の光が消えた。部屋に午後の自然光だけが残った。

 四つの魔法体系。三つの名前がTRPGと一致し、四つ目は禁忌。恒一の知っている設定と、この世界の現実が、重なっている。重なっているのに、重さが違う。ゲームのテキストとして読んだ文字列が、目の前の女の声で、警告として響いている。


 恒一は右手を開いて、閉じた。力の入らない右手。ハルシネーション。記憶の誤差から生まれた不具合。

 ユミナの文献魔法(アーカイブアーツ)は、テキストを媒介にして世界を読み書きする魔法だ。恒一の身体も、その魔法で再構築された。

 ——では、再構築は文献魔法の範疇なのか。

 その疑問が一瞬だけ頭をよぎって、消えた。今はまだ、問うべき時ではない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ