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AI少女の転生特典~119番を呼べなかったAIが異世界で俺を再構築する。代償は利き手、甘味、そして彼女の命~  作者: 鳴島悠希


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第73話 もう一人の転生者

 翌朝、ヴァリスから文が届いた。


 短い内容だった。「今日の午前に時間があれば。昨日の続きを」


 ユミナは王立図書館に出かけていた。昨日の密室から戻った後に少し話して、「文献の解析を続けたい」と言って朝早くに出ていた。書き置きには「図書館に」とだけあった。


 恒一は一人で指定の部屋に向かった。廊下を歩きながら、手ぶらであることに気づいた。記録するものも、持ち込むものもない。昨日の四人から今日は三人に変わる。ユミナがいない。その変化に、何か意味があるのか——判断がつかないまま廊下を折れた。


 昨日と同じ部屋だった。書棚、机、椅子が四脚。今日は窓から午前の光が差し込んでいて、古い紙の匂いに朝の空気が混じっていた。昨日より冷えていた。石壁から漂う湿気が、ほんの少し濃かった。


 ヴァリスがいた。フェリルが昨日と同じ場所に座っていた。ヴァリスは「来てくれて」と一言だけ言い、扉の鍵を閉めた。


 三人が席に着いた。


 フェリルが先に口を開いた。「昨日、言いかけて止めたことがあります」


 恒一は頷いた。フェリルが名乗りの直後に何かを言いかけて、止めた。その間のことだった。


 「わたしも転生者です」


 部屋の空気が変わった——という感触があった。実際には何も変わっていなかった。蝋燭の灯が揺れたわけでも、窓から風が入ったわけでもなかった。ただ言葉の重さが床に沈んでいくような、静かな動きがあった。


 恒一は何も言わなかった。否定もしなかった。驚かなかった——という感触が、背中からゆっくりと腕に伝わってくるような、静かな確認だった。昨日の部屋で、ヴァリスが「フェリル以外に知る者はいない」と言い、フェリルが日本語への戸惑いを見せなかった。あの瞬間から、ずっと答えは出ていた。「フェリルのことも含めて」というヴァリスの言葉が、今やっと着地した。


 「二十数年前。この世界に赤子として生まれました。十歳の頃に前の世界の記憶が戻ってきた」


 二十数年。ヴァリスと同年代ということか。


 前の世界での年齢は違ったはずだ——と恒一は思った。この世界に来るまでの生き方が、二人は別だったはずだ。それが、赤子として生まれたこの世界では同じ年を生きている。その事実が、どちらにとってどんな意味を持ったのか、恒一には分からなかった。十歳で記憶が戻った時、フェリルが感じたものがどんなものだったか——それも、想像の外にあった。


 「一つ聞かせてほしい。恒一、あなたが来た世界——西暦で言えば、何年頃だ」


 「——!」


 恒一は、ヴァリスに改めて問われて、今までそこに思い至らなかったことに気づいた。


 昨日の話からヴァリスの前世を聞くに、大きく時代が異なっているわけではないだろうと思っていた。しかし彼らがこの世界へ来て二十年以上——つまり、それだけの開きがある可能性があるということだ。


 「私は——」


 元の世界の年代を確認しあった結果、ヴァリス、フェリルがこの世界に来る前の年代と恒一の年代では、この世界での時間差は二十年以上あるのに対して前の世界での差は五年程度しかなかったことがわかった。つまり、恒一もヴァリスもフェリルも、元の世界では、ほぼ同じ時代を生きていた。


 考え込むヴァリスに対して、その言葉を引き継ぐようにフェリルは手を膝に置いたまま続けた。


 「恒一さん、『王冠と純潔の檻』というWEB小説は読んだことはありますか?」


 「……? 初めて聞く名前です」


 恒一は、有名な投稿サイトがあることは知ってはいたが、読んだことはなかった。仕事が忙しいのもあったが、読書が好きだったのは中高生の頃で、近年はゲームや動画が主体だった。


 「このタイトルは、わたしが前の世界でOLをしながら趣味で書いた小説です。そして、ヴァリス王子とわたしは、その小説の登場人物としてこの世界に転生しました」


 「——なんだって?」


 この世界は自分がユミナとプレイしていたTRPGの世界に非常によく似ていたはず。それが、フェリルの話では、彼女自身が書いたWEB小説の世界であり、しかも、彼ら自身はその登場人物に転生したと言う。


 「わたしの書いた小説は知らないのに、この世界については知っていた——そんな顔ですね」


 フェリルが静かな口調でそう告げた。


 この目の前にいる白銀の髪の女性が、いわば、このミレオスという世界の創造主ということなのだろうか。なぜ、この世界が自分のプレイしていたTRPG世界と同じなのかという疑問は常に頭の中にあったが、こんな形で核心への話が出てくるとは。


 「フェリルさんがこの世界の創造主、ということでしょうか? 私はプレイしていたTRPGというゲーム——その世界観としてこの世界を認識していました」


 フェリルは、ヴァリスのほうを向き、頷きあった。この二人の間に深い信頼関係があるのは見て取れた。


 フェリルがゆっくりと口を開いた。


 「恒一さん、まさにその話が聞きたかったのです。わたしがこのミレオスという世界の創造主ではない、ということが今、やっと確信することが出来ました」


 フェリルの指先が、膝の上で少しだけ動いた。それだけだった。安堵している顔ではなかった——自分が書いたと思っていた世界が、最初から自分のものではなかった。そしてここにいる自分も、その世界の外側にいたわけではなかった。その事実を、今日やっと声にした人間の顔だった。


 恒一は、目の前に座るヴァリスとフェリルが、何に気づいたのか、見当がつかなかった。


 「わたしが書いていた小説『王冠と純潔の檻』においてキャラクターはわたし自身が考えましたが、世界観などはインターネット上で有志による合作で生まれた世界観"ミレオス"を題材にしました。俗に言うクリエイティブ・コモンズという考え方で作られていたものです」


 前世であっても馴染みのない言葉だったが、まずは話を聞くしかなかった。


 「わかりやすく言うとミレオスは、ネット上で公開されていたフリー世界観設定でした。誰でも自由に使えるよう公開された、創作向けの世界設定で——小説、絵、ゲーム、いろんな形で使われていた。わたしはそこから地名や魔法体系の名前を借りて、物語を作っていた」


 椅子の背もたれに預けていた背中が、わずかに離れた。姿勢が変わったことに、変わった後で気づいた。


 「……そのフリー世界観の中に」恒一は言った。「TRPG用のルールブックも、ありましたか」


 フェリルが少し目を細めた。「ええ。わたしは、そのジャンルには明るくないですが間違いなくあったと思います。恒一さんは、そのTRPGでミレオスを知ったのですね?」


 「はい。私自身は、ユミナに頼んでそれっぽいのを作ってもらったつもりでいましたが、そういうフリー世界観というものがあったんですね」


 沈黙があった。


 「一つ、聞いていいか」


 そこでヴァリスが口を開いた。


 「ユミナ殿とは、前の世界で、どういう関係だったんだ? ゲームを作って貰ったとは……?」


 フェリルもヴァリスのその言葉に頷きながら、恒一のほうを見た。


 彼らとは数年の差しかないが、その数年の間に大きな技術革新があった。そのことを彼らは知らないということか。


 恒一は少し考えてから答えた。「大量のネット上の文章を学習させることで、文章を生成したり質問に答えたり、まるで人間のように思考し、会話する。生成AIと呼ばれる技術が、ここ数年で急速に一般化しました。公開されている文章は全部学習していると思っていい。小説も、考察記事も、ゲームのルール解説も」


 「ユミナは元の世界では、私が使っていた生成AIがこの世界に転生した姿になります」


 ヴァリスとフェリルが息を飲むのがわかった。自分だって、実際に生成AIを体験していなければ、こんな話は信じられないだろう。前の世界で、普通に会話し、気遣われ、境界線を引いた相手だった——その経験が積み重なっていたからこそ、恒一には否定できない事実として届いた。その実感のない二人には、遠い未来の話のように聞こえるはずだ。


 ヴァリスが少し首を傾けた。「生成AIというものは……名前は知っていましたが、そこまでのものだったとは」


 「わたしも同じです」フェリルが言った。「転生する頃には、そういうものが出てきたとは聞いていましたが、詳しくは」


 「ここ数年で変わりました」恒一は言った。「わたしが来る直前はもう、普通に使われていた」


 フェリルの目が静かに動いた。「それなら——ユミナ殿は、あのフリー世界観のことも」


 「知っているはずです」恒一は言った。「TRPGの断片としか知らなかったわたしより、ずっと広い範囲で、正確に」


 それ以上は言わなかった。フェリルも、ヴァリスも、続きを引き取らなかった。部屋の中に、その言葉の重さが静かに残った。


 ヴァリスが「また機会を作ります」と言った。


 恒一は「分かりました」と言って立ち上がった。


 部屋を出ると廊下に午前の光が差していた。昨日より空気が冷えていた。石壁の匂いが湿っていた。


 歩きながら、考えた。


 地方公務員だったヴァリス。OLとして働いて小説を書いていたフェリル。管理職だった自分。前の世界での場所は三者三様で、この世界との接点の持ち方も、それぞれ違った。ヴァリスは下水道の十年が水路に変わり、フェリルは架空として書いた世界に転生し、恒一はゲームで遊んだ世界に落ちた。


 そして、誰かが作り始めた世界観を、誰かが続け、誰かが絵にして、誰かがゲームにして——積み重なっていったものが、実際の世界として存在していた。そのさらに奥には、外部に何かを送り続けている記録ノードがある。


 ——偶然か。構造か。


 問いの形が変わった。「なぜ一致するのか」という問いが、「誰かが設計したのか」という問いに近づいていた。


 そしてもう一つの問いが、後からついてきた。


 ユミナは。どこまで、この世界について認識しているのか。



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