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AI少女の転生特典~119番を呼べなかったAIが異世界で俺を再構築する。代償は利き手、甘味、そして彼女の命~  作者: 鳴島悠希


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第69話 賢王の城

 謁見は、到着から数日後の午後に設けられていた。


 学院の使者に案内されて王城へ向かった。ユミナは研究者向けの礼服を着ていた。恒一は着替えの中で最も整ったものを選んだ。並んで歩くと差があることは分かったが、「助手」の同行は事前に伝えてあると聞いていたので、今さら気にしても仕方がなかった。


 王城は、港から見えていた白い石造りの建物だった。近づくと規模が分かった。門の高さ、柱の幅、廊下の奥行き。すべてが計算された大きさだった。柱の一本一本に精霊術式の文様が彫り込まれていて、魔力感知を使わなくても、壁全体がかすかに呼吸しているような密度があった。


 案内された謁見の間は、高い天井の広い部屋だった。窓から午後の光が差し込んでいた。石の床に影が縞を作っていた。柱の上部に術式灯が据えられていて、白い光を落としていた。蝋燭の揺れがない、静かな明るさだった。


 部屋の奥に、二つの椅子があった。


 片方に男が座っていた。もう片方は空だった。


 ヴァリス王は、恒一が想像していたよりずっと若かった。


 二十代後半か。黒に近い濃い茶の髪を短く整えていた。礼服は紺と深緑の配色で、装飾は最小限だった。手に資料の束を持っていたが、二人が入ってくると脇に置いて立ち上がった。立ち方が静かだった。音がなかった。


 音に聞く賢王と言われるような圧は感じなかったが、一方で文治の王と言われているにしては、しっかりと鍛えこまれた体躯のように見えた。


「よく来てくれました」ヴァリスは言った。


「ユミナ殿。文書での往来でしたが、こうしてエリン魔術学院始まって以来の天才とまで称された方に実際にお目にかかれたことを、嬉しく思います」


 声に飾りがなかった。儀礼の言葉を言っているのではない、という空気があった。


 ユミナが礼をした。


「お招きに感謝申し上げます。精霊機関車の安定稼働の問題については、可能な限りお力添えできるよう努めます」


 ヴァリスは頷くと恒一のほうへ目を向ける。


「そちらの方を紹介いただけますか」


「コウイチと申します、陛下」恒一は頭を下げた。「エリン都市王国で登録した冒険者で、ユミナの助手をしております」


 一秒ほどの間があった。


 何かが変わった。


「お若いのに随分と落ち着いた雰囲気を持っていらっしゃる。ユミナ殿ほどの高名な導師であれば、弟子の貴方も非凡ではなさそうだ」


 恒一のような人間にも礼節を保ったままヴァリスはそう告げた。


 その後、ヴァリスの視線が一度だけ、恒一に向いた。対話の中で礼儀的に目を向けるのとは違った——何かを確認するような、すぐに終わった一瞥だった。次の瞬間には、視線はすでにユミナへ移っていた。


「早速ですが、試験線の状況はご覧いただけましたか」


「はい。到着の翌朝、馬車の車窓から拝見しました。二度止まるのを目撃しています」


「日常的な現象です」ヴァリスは言った。「運用開始から半年ほどになりますが、停止の頻度が改善されない。制御核の設計に根本的な問題があるのか、精霊炉の熱管理に問題があるのか——二つの仮説があって、どちらを先に検証すべきか判断がつかないでいます」


「拝見してみなければ断言はできませんが」ユミナは言った。「停止のタイミングと発生状況に規則性があれば、熱管理の問題である可能性が高いと考えます。制御核の設計問題であれば、停止ではなく誤動作として現れるはずです」


「停止と誤動作の区別が先ということですか」


「はい。現場での聞き取りと記録の精査が、最初の手順になります」


 二人は話し続けた。


 恒一は少し後ろに立って、聞いていた。技術的な話だった。精霊炉の構造、制御核への魔力供給の方式、停止直前の作業員の証言——ユミナは短い言葉で要点を押さえ、ヴァリスはそれに対して問いを返した。話の進み方に無駄がなかった。


 気づいたことがあった。


 ヴァリスの問いの質が、普通ではなかった。


 精霊機関車はヴァリス王が主導して開発した事業だと聞いていた。


 だから技術知識があるのは当然かもしれない。しかし問いの角度が——机上の検討をしてきた者のそれではなかった。


 実際に手を動かして、失敗を重ねた者が持つ種類の勘どころで聞いていた。「こういう条件の時に特定の問題が起きやすい」という経験の蓄積から来る問い方だった。


 そういえば。


 内政の手腕で知られている——ユミナが言っていた言葉の意味が、少し変わった重さで聞こえ直した。


 ユミナを見た。


 ユミナはヴァリスと話しながら、微妙な表情をしていた。普段の「情報を処理している」表情ではなかった。何かを確認しているような——昨日、「それに——」と言いかけて止まった時の沈黙に似た何かが、顔の端にあった。


 恒一には理由が分からなかった。聞かなかった。


 謁見は短かった。


 精霊機関車の現地視察の日程を確認し、宿舎の設備について一言あり、技術顧問として窓口となる担当者を紹介するという話で終わった。立ち上がったヴァリスが「必要なものがあれば遠慮なく」と言った。礼儀として言っているのではない口調だった。


 廊下に出た。


 石の床を歩く音が響いた。案内の使者が数歩前を行き、ユミナが隣にいた。来た時と同じ廊下だったが、窓から見える光の角度が少し変わっていた。時間が経っていた。


「思っていたより若かった」恒一は小声で言った。


「まだ三十になっていないと聞いています」


「……それで、か」


 続けなかった。それで三年でアルヴェリアをああした、という先を言葉にはしなかった。言葉にするより、黙っている方が重さを保てると思った。


 城門を出ると、午後の光が戻ってきた。精霊機関車の試験線が遠くに見えた。今は止まっていた。作業員が一人、軌道の脇にしゃがんでいた。


 問いは増えた。答えは出ていない。


 いつも通りだった、と思いながら、恒一は門の外へ歩いていった。


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