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AI少女の転生特典  作者: 鳴島悠希


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第61話 戦い

 東の通路に分岐はなく、曲がりもなかった。


 壁が均質に磨かれ、床の加工精度が7層の水準のまま続いている。ゴーレムの横幅では入れない幅——今はそれだけが命綱だった。


 ヘルマが先頭、ノル、恒一、ベックの順で走った。足音は短く消えた。残響がない。7層の空気が音の伸びを飲み込んでいく。6層の鉱物の匂いも水脈の湿気も、ここには届かない。空気が古く、乾いていた。


 背後から振動が来た。等間隔だったゴーレムの歩行音に短い停止が挟まり始めた。止まって確かめ、また進む——別の経路を探している動きだ。


「振動が変わった」ベックが言った。「探している」


 7層が作られた空間なら、行き止まりは設計に入らない。どこかに出口があり、ゴーレムはそこから来られる。恒一の頭の中で可能性が二つ並んだ——行き止まりで時間が稼げる場合と、別の入口から再び接触する場合。どちらかを選ぶ手段はなかった。走るだけだった。


 前方の壁が途切れた。光の先が開けた。


 ---


 広間に出た。


 横幅は20歩を超え、天井が高い。ランプの光が届かない高さだ。壁から柱から、石の密度がここだけ増したような圧が来た——広い空間なのに息が詰まる感覚は、大気そのものが古い封圧を持っているせいかもしれなかった。床は同じ加工面——7層に入ってから踏み続けてきた、目的を持って仕上げられた平面が広間の端まで続いている。壁際に石の柱が等間隔に立ち、各柱の側面を刻み目が縦に走っていた。6層で見てきた縦線と同じ種類だが、精度が違う。縦横の間隔に揺らぎがない。人の手では刻めない整然さだ。


 全員が止まった。


 魔力感知(センスオーラ)を広間に伸ばした。均質な密度が返ってくる——形のある気配はない。今は。


 ヘルマが両手を床に向け、目を閉じた。数秒。


「薄い。だが戻っている」目を開けた。「地盤が使える」


 6層の奥では精霊が全く応答しなかった。広い空間に出て何かが変わった——理由より先に状況を拾う。ヘルマが使えるなら、戦況が変わる。


 ヘルマが通信術式を開いた。「広間に出た。地盤が使える状態に戻った。解読の進捗は」


 返事まで数秒。文字が滲んで浮かんだ。


「停止命令の入力形式を確認中。あと少し時間がほしい」


 あと少し。それが何分かは書かれていなかった。


 広間の対面の壁が動いた。


 壁面の一部が水平に引く。石が石の中に滑り込む音——低く、重い。その奥から振動が来た。一歩ごとに床を震わせる、等間隔の足音だ。


 ゴーレムが別の通路から広間に入ってきた。


 胸部の赤い光が広間の石壁を染める。脈打つリズムは変わっていない。


「構えろ」ヘルマが言った。


 ベックが盾を前に出した。ヘルマが地盤整流の術式を展開し、ゴーレムの足元の石を隆起させた。ゴーレムの左足が引っかかる。止まった——一歩分だけ。


 ゴーレムは足を引いて隆起を踏み潰した。ヘルマが次の範囲に向け直す。また隆起、また潰される。一進一退になった。しかしゴーレムの速度が落ちていた——ヘルマが足元を乱し続ける限り、前進に支障が出る。


 恒一はベックの左に並んだ。次の右腕が来た瞬間、剣の平を添えた。斜めに流した。力で止めるのではなく、角度で逃がす。ダラの言葉の裏返し——重さを受け取って、方向を変える。石の一撃が斜め下に逃げ、ベックの足の刻みが一歩浅くなった。


「ノル」


「今」


 声のない祈りが来た。口の形だけで祈りを作る。ゴーレムの前進が半歩分だけ鈍った。


 その隙に距離を取った。火矢(ファイアボルト)を放った——射出の衝撃が後方へ押す。壁で受け止めた。火が胸部の光を叩いた。光が揺れる。止まらない。


 ベックの隣に戻った。ゴーレムが踏み込んでくる。右腕先行、左腕補完、踏み込み——パターンが変わらない。


 もう一度、同じ手順を回した。ヘルマが隆起、ゴーレムが潰す。恒一が流す、ベックが支える。ノルが鈍らせる。恒一が火矢(ファイアボルト)を当てる。光が揺れる。止まらない。


 何度目かも数えなくなっていた。


 ヘルマが通信術式を一瞬開いた。「解読は」返事が来た。「入力経路を特定した。あと一段階」——それだけ確認して術式を閉じた。ヘルマの顔に変化はなかったが、足元への術式の精度が上がった気がした。


 命令に従っているから固定される——命令の範囲の外に出た時に何が変わるか、それがまだ分からない。ヴェルダの解読が終わるまで繋ぐ。それだけだった。


 ノルが一度、膝を折りかけた。


「大丈夫」自分に言い聞かせるように言った。「もう少しいける」


 限界の輪郭が見えている声だった。「もう少し」という言葉が、実際には何回分を指しているのか、今は聞かなかった。


 ゴーレムの右腕が大きく振られた。


 ベックが受ける——角度が悪い。横方向への勢いを殺せず、ベックの体が数歩弾かれた。体勢が崩れる。ゴーレムが踏み込んだ。


 恒一が前に出た。剣の平を立てた。次の左腕が来た——流した。足が引いた。床が磨かれた平面で摩擦が足りない。体ごと押し込まれた。


 壁が来た。背中から当たった。肺から空気が出た。石の冷たさが背中に張りついた。


 ゴーレムの腕が上がった。恒一はとっさに火矢(ファイアボルト)の術式を組んだ——放てばまた後方に飛ぶ。壁がある。逃げ場がない。


 広間の別の入口から、人が入ってきた。


 四人。先頭が大柄で——恒一より頭一つ半以上高い。長柄の戦斧を両手で持っていた。後ろの三人が走りながら左右に展開していく——連携の位置取りだ。見なくても体が動く、習熟した動きだった。


 先頭の男が石突きを石床に短く打ちつけ、踏み込みの勢いのまま長柄を軸に刃を旋転させた。弧を描いて加速した刃が、ゴーレムの右腕の金属継ぎ目に食い込んだ。


 石を砕く音がした。乾いた、短い音だった。しかし一度ではなかった——継ぎ目に入った刃を引いて、すぐに二撃目が来た。同じ箇所を同じ角度で、今度は押し込みながら。金属が剥がれる軋みが広間に広がった。


 ゴーレムの右腕が詰まった——止まったのではない。可動域が制限された。継ぎ目が崩れて、腕の動きが噛み合わなくなっている。


「ガキ、まだ生きてたか」


 声が広間に広がった。


 リガードだった。


 戦斧の柄を肩に担ぎ直しながら、恒一の顔を確認した。感嘆ではなく状況確認の声だ。以前に一度だけ会った時と同じ、物事を速く処理する目をしていた。


「7層まで降りてきたか」


「意図せず越えました」恒一は壁から体を離しながら言った。「外殻は傷をつけられていません。胸部の光が停止条件と関係していると思います。ヴェルダが通信術式経由で停止命令を解読中です」


「地盤は」「使えます」「浄化は」「あと少しです」「パターンは」


 矢継ぎ早に来た。


「右腕先行、左腕補完、踏み込みの繰り返しが十五回以上。今まで変化なし——今、継ぎ目が入りました。変わるかもしれません」


 リガードはうなずかなかった。それだけ受け取って、ゴーレムの方を向いた。


 戦斧を構え直した。後ろの三人が動く——ヘルマ班の位置を確認して、干渉しない間合いを取っている。言葉がなかった。目配せ一つで動き、それぞれの位置から複数の経路を塞いでいた。大手の班だった。狭い空間でも連携が崩れない。


 恒一はその動きを見ながら、思考の端で引っかかったものを追っていた。


 リガードの体は大きい。しかし先ほどの動きは速度が先だった。大きな体に大きな武器——力任せが自然に見える。しかし実際はちがった。長柄を旋転させた。速度と質量を合わせて、継ぎ目という一点に集めた。だから届いた。


 自分にはその質量がない。体が軽く、剣の重さを借りても、リガードの一撃には届かない。


 しかし速度は——。


 術式の反動で後方に飛ぶ。いつもなら逃げ場に困る動きだが、方向を選べたなら——剣に纏わせれば、引っ張られる形になるか。自分を押すのではなく、引く力として使えるなら。思考がそこまで来て、止まった。今は考えている場面ではない。


 ゴーレムが向き直った。胸部の赤い光が揺れた。継ぎ目への打撃を受けて、何かが変化している。


 右腕が動いた。同時に、左腕も動いた。


 パターンが変わった。



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