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AI少女の転生特典  作者: 鳴島悠希


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第60話 古代の番人

 6層への降下は、五度目になっていた。


 最初の一歩で感じた圧倒感は、回を重ねるごとに「この層の条件」として頭に収まっていた。魔力感知(センスオーラ)の飽和も、ヘルマの精霊感知の薄さも、ノルの神聖魔法(ディヴァインアーツ)が瘴気に鋭く応答することも——それが6層で動くということの形だった。どこまで来たかを、足の下の石の感触で把握できるようになっていた。


 今日は南東の深部へ向かった。数回前の降下で確認した、壁面の刻み目が続く方向だ。最初に見た時は縦線が三本だった。次の降下では五本になり、その次では七本を超えていた。等間隔は保たれたまま、数だけが増えていた。ヘルマは何も言わなかったが、記録しろという目を一度向けた。今日はその先を確認する降下だった。


 南東の通路が下り坂になった。


 傾斜は緩かった。しかし10歩進むごとに、空気の性質が変わる感覚があった。6層に入った時の「年月の冷たさ」が、さらに圧縮されていた。鉱物の匂いが消えた。水脈の気配も消えた。足音が6層より遠くなった——音が出た瞬間に終わる感触はあったが、その後に何も残らない。残響の可能性ごとなかったことになる消え方だった。


 壁面の刻み目が、また増えていた。十本を超えていた。


「止まれ」


 ヘルマが言った。全員が止まった。ヘルマが屈んで床に手をついた。数秒、そのままだった。


「床が変わった」


 恒一も屈んだ。


 平らだった。6層の床は岩盤が露出していて、削れた跡があり、施工の均質な層が乗っていた。ここは違う。凹凸がない。均質に磨かれた石の平面が続いていた。岩盤ではない——目的を持って仕上げられた面だった。作られた床だった。


「7層だ」ヘルマが立った。「境界を越えた」


 誰も何も言わなかった。


 恒一の頭の中で、グレンの言葉が一度だけ鳴った。7層には今期は入らない。命令違反は解雇。意図して越えたわけではなかった。気づかないまま越えていた。それでも今、ここにいる。


「引き返す」ヘルマが言った。「記録を取って——」


 床が、震えた。


 一度目は小さかった。遠くで何かが崩落したかと思った。二度目が来た。三度目が来た。周期があった。一定の間隔で、床の石が振動した。振動のたびに、天井の隙間から細かい粉が落ちた。


 魔力感知(センスオーラ)が反応した。


 前方から密度の変化が来ていた。6層で感じていた均質な厚みが、前方から押し返してくるように変化した。輪郭があった——形のある何かが、暗部から近づいていた。速くなかった。しかし止まらなかった。一歩ごとに床を震わせ、まっすぐ来ていた。


「前方に——」


 言い終わる前に、ランプの光の端にそれが入ってきた。


 大きかった。


 高さは4ひろを超えていた。通路の幅いっぱいに近い横幅があった。人の形に似ているが、人ではなかった。上半身は二本の腕を持ち、頭部に相当する突起があった。下半身は石の台座のように太く、二本の柱が交互に前進する——それが「歩く」に当たる動作だった。素材は石だった。石の継ぎ目を金属が走っていた。継ぎ目の精度が高かった。胸の中央に、光を発する部分があった。暗い赤。一定のリズムで、脈打っていた。


 起動中を示す光だと、理屈より先に分かった。


 ---


「退がる!」


 ヘルマの声と同時に、ベックが前に出た。盾を構えた。ゴーレムの右腕が振られた——薙ぎ払いだった。ベックが盾で受けた。金属と石が当たる鈍い音が通路に広がり、消えた。ベックの足が床を二歩削った。踏ん張っていた。


「押せない」ベックが言った。感情のない声だった。事実だった。


 ヘルマが右手を出した。地盤整流の術式を展開しようとした——ゴーレムの足元の石を操作して崩す。精霊が返事をしなかった。発動音が一瞬だけあって、消えた。薄い反応が来て、途切れた。


「精霊が遠い。地盤は使えない」


 ヘルマが術式を使えないと口に出したのは、初めて聞いた。


 恒一は幅広の剣を抜いた。ダラから受け取った一本だ。重い。しかし今はその重さが欲しかった。ベックの左に並んだ。


 次の右腕が来た。ベックが盾の縁で受けた瞬間、恒一は剣の平を斜めに添えた。力で止めるのではない——角度だけで流す。ダラの言葉が出てきた。切るんじゃない、殴るんだ。今やっているのはその逆だった。重さを受け取って、方向を変える。石の一撃が斜め下へ逃げた。ベックの足の刻みが一歩分だけ浅くなった。


 ゴーレムが二歩進んだところで、恒一は声を出した。


「ノル——」


「分かってる」


 声は出さなかった。呼吸だけで、ノルは祈りの形を作った。魔力感知(センスオーラ)が、ノルの周辺から広がる密度変化を捉えた。深穴蛸を退かせた時より大きい波紋が前方へ走った。


 ゴーレムの動きが、半歩分だけ遅くなった。


 恒一はその間に距離を取った。火矢(ファイアボルト)を放った。射出の反動で体が後方へ流れた——体が軽いため、これはいつものことだった。壁で受け止めながら態勢を立て直した。


 火が外殻を叩いた。


 胸部の赤い光が一瞬だけ乱れた。石の表面に熱の跡が走った——確かに届いた。しかし継ぎ目は動かなかった。金属の縫い目に亀裂は入らなかった。焦げただけだった。


 半歩分が終わり、ゴーレムが再び等速で来た。


 氷矢(アイスボルト)を試みた。術式の形がまだ安定していなかった。未完成のまま走らせた。細い氷の束が金属部分を叩いて、床に結晶が散った。何も変わらなかった。


 ベックの隣に戻った。剣を構えながら、頭の中で事実を並べた。火矢(ファイアボルト)は届く。氷矢(アイスボルト)も届く。ベックの刃も当てようとすれば当てられる。しかしそれが傷をつける道筋にならない。焦げる。砕ける。止まる。ゴーレムの石の厚みに対して、外殻を壊す手段がこの班に存在しなかった。


 撃ち続けることはできる。しかし、止める方法がない。


 右腕先行、左腕補完、踏み込み。右腕先行、左腕補完、踏み込み。


 変化がなかった。ゴーレムは変化しなかった。こちらの攻撃に対しても変化しなかった——速度も、パターンも、何も変わらなかった。生き物ではないから当然かもしれなかった。しかしその「変化しない」という事実は、頭の中で何かとして引っかかった。言葉にならなかった。今は言葉にする余裕もなかった。


 後退しながら、前方を見続けた。


 通路に分岐があった。東への狭い入口——ゴーレムの横幅では入れない幅だった。


「東!ベック、次の右腕を流してから折れる」


 ベックが一度うなずいた。タイミングを合わせた。右腕が来た。二人で斜めに流した。ベックが折れ、恒一が続いた。全員が分岐に入った。


 ゴーレムが入口で止まった。通路の幅を確かめるような動きを一度した後、動かなくなった。


 ---


 狭い通路の中で、全員が息を整えた。


 ゴーレムは入ってこなかった。通路の幅がゴーレムの横幅を下回っている——入口で判定して、侵入しないと判断した。待機しているのか、別の経路を探しているのかは分からなかった。


 ヘルマが術式の板を出した。会社の準備した通信石のリレーに繋ぐための術式だった。6層の入口付近に設置された中継点から、地上のヴェルダと繋がる経路だ。7層の高密度では届かなかった——しかし分岐に入って距離が開いた今、かすかに応答があった。


 数秒後、術式の板に文字が浮かんだ。滲むような字だった。


「6〜7層境界付近の起動反応を感知した。ゴーレムの起動命令を解読中。時間を稼いでほしい」


 ヴェルダからだった。上から読んでいた。この深さの変化を、地上から捉えていた。


「停止条件は」ヘルマが返した。


 間があった。文字が届くまで、数秒かかった。


「命令構造の解析中。停止コマンドの形式は見えてきた。もう少しだけ」


 ヴェルダが解読している。解読が終わるまで、生きている必要があった。


 恒一は頭の中で今日の観察を並べた。7層の床の加工精度——岩盤ではなく、目的を持って仕上げられた面。ゴーレムの構造——石と金属の継ぎ目の精度、胸部の赤い光の脈動、一定の攻撃パターン。ノルの神聖魔法(ディヴァインアーツ)が半歩分の遅延を引いたこと。術式が外殻に届いて、しかし傷をつけられなかったこと。


 攻撃パターンが固定されている。


 変化しないということは、命令に従っているということだ。命令の内容は分からない。しかし命令は——有限の範囲を持っているはずだった。命令の範囲に含まれていない事態に、このゴーレムはどう対応するのか。


 そこまで考えて、止まった。


 TRPGのルールブックに、古代防衛機構の項目があった。「起動条件、停止条件、行動範囲」——あの頃読んだ文字の形が、浮かんだ。細部は合わないかもしれない。この世界のゴーレムと、あのルールブックの記述が完全に一致しているとは限らない。しかし何かが重なっていた。言葉にできなかった。確認できていない以上、今は言わなかった。


 分岐の外で、ゴーレムの振動が別の方向から来た。


 東の通路の先を探している——別の経路を探している音だった。


「移動する」ヘルマが言った。術式の板を閉じた。「ヴェルダが解読する。それまで繋ぎ続ける」


 恒一は術式の板に書いた。「攻撃パターンに変化なし。十回以上、同じ順序。術式・打撃ともに外殻を傷つけられなかった。停止命令の解読を優先してほしい」


 数秒後、返事が来た。「了解。解読に組み込む」


 東の通路を進み始めた。ゴーレムの振動が、壁の向こうを追ってくる。どこかに出口があるか、行き止まりか。今日分かったことを、生きて報告書に書く。



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