第48話 大手の圧力
その日の朝、入坑口に着いた時、ドラク商会の班より先に来ている集団があった。
人数が多かった。恒一は数えた。二十人以上いた。装備が重い。二人に一人が大型の背負い袋を持っている。荷車が三台、入坑口の脇に待機していた。統制が取れていた——動きに無駄がない。全員が役割を知っていて、その役割だけをこなしていた。
「ガルシュタインか」
ヘルマが隣で言った。忌々しい、という口調ではなかった。事実を確認する声だった。
「ガルシュタイン探索事業団ですか」
「そうだ。本来なら同じ時刻に入坑しないように調整するが——今日は向こうの許可証の更新が遅れたらしい。重なった」
恒一は集団を見た。入坑を待っている間、彼らは動いていた。準備の確認、素材回収用の袋の配分、役割分担の最終確認。一切の雑談がなかった。効率的だった。しかし何か——恒一には、その効率の質が引っかかった。
「あの人数で一層に入るんですか」
「一層から三層まで、同時に複数班を展開する。素材の回収量を最大化する戦略だ。我々のように一班四人で慎重に動くやり方とは違う」
「同時展開すると、地盤の状況確認は」
「しない」
一言だった。ヘルマがそれ以上言わなかった。
恒一は黙って見ていた。二十人が入坑口に吸い込まれていった。
その日の探索から戻ったのは昼過ぎだった。ドラク商会の建物に入ると、一階の受付に人が集まっていた。商会の幹部が何人か立っていた。グレンの姿があった。恒一はグレンと直接話す機会は少なかったが、姿を見ることはある——あの義腕の重さで、遠くからでもわかった。左腕がゴーレム部品で作られている。肘の下が、金属と革の複合構造になっていた。七層で失った腕の代わりだと聞いていた。
集まりはすぐ解散した。グレンが奥の部屋に引き上げた。恒一はヘルマに報告書を渡して、自室に戻ろうとした。
「コウイチ」
ヘルマが呼んだ。
「今日の探索で確認した三層の地盤の記録、直接グレン社長に持っていけ。奥の部屋だ」
「俺がですか」
「お前の記録の精度が最近上がっている。グレンが見たいと言っていた」
恒一は頷いた。
奥の部屋の扉を叩いた。「入れ」という声がした。
グレンが机の前に座っていた。机の上に書類が積まれていた。向かいの椅子には誰も座っていなかった。恒一が来る直前まで、誰かが座っていたらしかった——椅子がわずかにずれていた。
「三層の地盤記録か」
「はい」
グレンが受け取った。書類を広げて見た。黙って読んだ。恒一は立ったまま待った。
「お前が書いたか」
「はい」
「事実と仮定が分かれている。よい」
グレンが書類を置いた。窓の外を見た。ターレ港が見えた。港の方角からは常に音がした。荷の積み下ろし、波、鴎、人の声。
「今朝、ガルシュタインと鉢合わせたか」
「入坑口で見ました」
「どう見た」
恒一は少し考えた。
「効率的でした。ただ、確認の手順を省いているように見えました。地盤の状態を把握せずに複数班を同時展開している」
「それだけか」
「採算が第一の組織に見えました。素材の回収量が目標で、その達成のための手段として人員を使っている。安全は、失われた場合の損失として計算されている——個人の問題としてではなく」
グレンが窓から目を離した。恒一を見た。
「正確だな」
「見た通りです」
「ガルシュタインは今日、商工会議を通じて一層から三層の探索権の一部について再競売を要求した。現在ドラク商会が持っている区画の一部と重なる」
「再競売、ということは」
「金を積めば取れる。向こうには積む金がある。こっちにはない」
グレンが書類を一枚取り上げた。数字が並んでいた。どんな数字かは恒一には読めなかった。しかしグレンの目が、その数字を嫌というほど知っている目をしていた。
「言いたいことは何でもある。対抗策も考えている。ただ——」
グレンが書類を机に置いた。
「利益は生きて帰ってから数えろ」
独り言に近かった。恒一に向けた言葉ではなく、目の前の数字に向けた言葉だった。
「あいつらが採算で動くなら、こっちは生還率で動く。死んだ社員の分の利益は、永遠に入ってこない。それだけのことだ」
グレンが立ち上がった。
「報告書はいい。仕事に戻れ」
恒一は部屋を出た。
廊下を歩きながら、頭の中で整理した。
再競売の要求。これは交渉ではなかった。前の会社でも似たことがあった——大手が中堅の取引先を抑えるために、同じ取引先に対してより有利な条件を提示する。直接の交渉ではなく、土台を崩す。相手が選択できなくなるまで、選択肢を削っていく。
金の問題に見えて、金だけの問題ではなかった。
ドラク商会が三層の探索権を持っている限り、一定の優位がある。その優位を、手続きの中に包んで奪う——合法的に、正面から。抵抗する手段を与えながら、抵抗できない状況を作る。
恒一は前の会社のある案件を思い出した。部署ごと吸収されて、三年後に解体された取引先があった。最初は「業務提携」という言葉が使われた。
ヘルマの前に戻った。
「終わったか」
「はい」
「グレンは何か言っていたか」
「探索権の競売の話を聞きました」
ヘルマが短く頷いた。それ以上は言わなかった。
夜、恒一は報告書を書き終えてから窓の外を見た。港の灯りが遠くに並んでいた。
ドラク商会の社員は八十人だった。ガルシュタインは五百人を超える。規模が違う。しかし規模だけが問題なのではないと、恒一には見えていた。経営の前提が違った。誰の命を何の単位で数えているかが、違っていた。
グレンが言った「利益は生きて帰ってから数えろ」——あれは方針だった。そして、その方針を持っているから、ガルシュタインに規模で勝てない。
どちらが正しいかは、恒一には判断できなかった。ただ——どちらの会社にいたいかは、すでに決まっていた。




